Monday, May 01, 2017

Learning Japanese Income Tax

今回は、日本の(個人)所得税についてちょっと見ていくことにする。きっかけとなったのは、twitterで見かけた、以下のグラフである。


出典を探すのに手間取ってしまったが、このグラフは「月刊誌『KOKKO』編集者・井上伸のブログ」というブログの著者が作ったものであるようだ。この手の、金持ちが優遇されている!みたいなキャッチーなメッセージのデータはしばしばtwitterで見かけるが、多くは信頼性にかけるので、あまり真剣に見ないのだけれども、日本の税制およびデータの基礎的なところについてちょっと学んでみるきっかけにしようと思い、ちょっとデータを見てみた。僕自身、ぜんぜん日本の税制なんて素人なので、間違えも多くあるかもしれない。間違えに気づいたら教えてくれるとうれしい。

このグラフは、所得が1億円を超えると、総税負担(所得税+社会保険料+住民税)が所得に占める割合(総税負担率)が低下するというのがメッセージである。平たい言葉で言うと、所得が1億円を超えるような大金持ちは低い税率で優遇されている、ということであろう。ちょっと調べる気になったきっかけは、本当かな、これ、と思ったことである。とりあえず、全てをカバーするのは大変なので、今回は所得税に的を絞る。上のグラフによると、所得税の支払額を所得で割った所得税負担率は所得5000万円~1億円で一番高くなり(28.7%)それ以上の所得の人の場合は所得税率が下がっていく。まぁ、所得が1億円以上のお金持ちは総税負担率が下がっていくという傾向は所得税率の低下から主に生み出されているので、とりあえず所得税に焦点を絞るのは悪くないだろう。

まずは、このデータがどこから来ているかというと、国税庁が出版している「申告所得税標本調査」というものである。今回は、上のグラフと同じ2014年(平成26年)のデータを使うことにした。2015年のデータも公開されているが、あまり変わらなかった。

まず、僕もぜんぜん知らなかったので、基本的なところに戻りたい。日本の税のデータは、源泉徴収された人(サラリーマンの多く)と確定申告をした人(自営業や、資産家、サラリーマンでもいろいろな資産を持つ人が主)で完全に分かれていることだ。タイトルからわかると思うが、上のグラフの元になっている「申告所得税標本調査」というのは、後者(確定申告した人)だけをカバーしている。ただ、日本で働く人の多くは、家を買ったり大金持ちでもない限り、多分、会社が勝手に納税(源泉徴収)してくれて、自分では何もやらない人が多いと思う。つまり前者だ。僕も日本で働いていたときには、若かったせいもあるけれども、税金払ってるなんて考えもしなかった。給料明細の手取り(税引き後の給与)だけしか見てなくて、額面(税引き前の給与)なんて気にもしなかった。こういう人たちの場合は、企業が申告した税のデータがまとめられ、「民間給与実態統計調査」として国税庁から出版されている。僕が簡単に調べた限り、両者を使いやすい形でまとめたデータは存在しないようだ。というわけで、今回のブログポストを書くに当たっては、両方を見てみた。

但し、両者を単純に合体させればよいというものでもなさそうだ。まず第一に、源泉徴収をされていても、確定申告をしている人はたくさんいる。2014年でいうと、確定申告した人は612万人だったが、そのうち源泉徴収されていた人が352万人いた。つまり確定申告した人(「申告所得税標本調査」に含まれる人)の約半分は会社から所得税を天引きされている人(「民間給与実態統計調査」に含まれている人)のようだ。「民間給与実態統計調査」に含まれる労働者は2014年で4756万人いるが、352万人を引くと残りは、4405万人である。つまり、所得のあった人で、確定申告した人(つまり上のグラフでカバーされている人)は612/(612+4405)=12%だけなのである。このことは、上のグラフは、所得があった人のうちたったの12%、しかも特殊な人だけをカバーしているということになる。これは問題だろう。

それ以外で気になったのは、おそらくは、「民間給与実態統計調査」は各企業からの報告を基にしているので、2つ以上の会社から給料をもらっている人はダブルカウンティングされているだろうということである。まぁ、そういう人はおそらく少ないだろうと仮定して、以下の議論を進めていく。

下のグラフは、僕が2014年の「申告所得税標本調査」を使って、各所得レベルの人の(平均)所得税率を再現してみたものである。


全所得階級で、最初に示したグラフの税負担率と同じなので、「申告所得税標本調査」を使って計算されているという僕の推測は多分正しいと思う。最初のグラフと同じく、所得5000万円から1億円で税負担率がピークとなり、それ以上の所得の場合は、所得税負担率は低下している。

これは何でだろう?日本の所得税率は累進的、つまり。所得が高い人ほど税負担率が高くなるようになっている。これは、高所得者の人に、より高い税率を負担してもらおうということである。具体的には、2014年の所得税の税率は以下のようになっている。


(年間)所得195万円までは所得税率は5%だけれども、それを超えた分の所得はだんだん高い税率が課され、1800万円を超える所得には40%の税率がかけられている。2015年からは4000万円以上の所得に対して45%の最高税率が課されることになったので、累進性はより強化されている。もちろん、いろいろな控除があるので、所得に対してそのまま上の表の税率が課されるわけではない(後でこのことについてまた触れる)が、所得税負担率(平均税率)が低下するというのは奇妙である。これは、「申告分離課税」という制度によるもののようだ。申告分離課税というのは、ある種の収入については、通常の所得と分けて、上の表に基づく税率でなく、ある一定の税率を別途課す制度である。対象となるもので、多分わかりやすいものは、株式を売り渡したときの収入、および、家(やゴルフ会員権)を売ったときの収入である。株式を譲渡した際の税率は一律15%(+住民税5%と今は復興特別所得税0.315%が課される)であり、家を売ったときの収入には、所有期間が5年を超える場合は15%(+住民税5%と今は復興特別所得税0.315%)、5年未満の場合は30%(+住民税9%と今は復興特別所得税0.315%)が課される。なぜこれらの資産移転に関する税率が低いかというと、これらの資産の買うためにはまず所得が必要であり、その所得に既に所得税が課されているから、もう一度高率の所得税を課すのを避けるのが目的であろう。

というわけで、最初のグラフで、なぜ所得が1億円を超える人の所得税率が低いかというと、こういう人たちは、主に、家や株式を売ったことで一時的に所得が高かったからだ。実際、2014年に所得が100億円を超えていた人は税率が17%だったが、申告所得税標本調査によると、これらの人の主な収入は株式の譲渡による収入と資産(おそらく家)を長期保有したあとに譲渡したことによる収入であった。通常の税率が課される配当収入と給与収入もあったが、あまり大きな割合ではなかった。つまり、最初に示したグラフで、高所得者の税率が低いのは、過去に既におそらくは高い税率で税金を払った人の資産の移転に伴う税率が低いことによるものであり、金持ち優遇ではない可能性が高い。

最初にあげたグラフのもうひとつ大きな問題点だと思うのは、「高所得者」が誇張されていることである。まずは、既に述べたとおり、最初にあげたグラフは確定申告をした11%の人だけのデータであり、とても少数の人たちのデータである。それに加えて、あのグラフで「高所得者」のカテゴリーに入る人の割合はとても低い。


上のグラフは、各収入カテゴリーに含まれる人の割合を示したものである。1億円を超える人の割合は非常に低い。所得が1億円を超える人たちの総合計はたったの0.25%である。つまり、税負担率が下がっていると指摘されている人の割合は確定申告をした11%の人たちのうちのたったの0.25%なのだ。最初に示したグラフでは低い税率を享受していると強調されている、一番上の所得カテゴリーである100億円以上の所得の人はたったの11人!しかいない。もちろん、少ないから問題ではないっていうことではないが、これらの人にかける税率をちょっと上げたところで、全体の税収に与える影響がかなり小さいと思う(今度ちょっとした計算をしてみる)。しかも、上で議論したように、これらの人は既に一回高率の所得税を払っている可能性が高いので、もう一度高率の所得税をかけるのはアンフェアではないかという議論もできる。同じくらい重要なこととして、これらの人の所得に高率の所得税をかけると、貯蓄のインセンティブを阻害したり、彼らが国外に出てしまったりする可能性もある。

ちなみに、「民間給与実態統計調査」に含まれる、「普通のサラリーマン」の税率は所得とともにどのように変化しているであろうか?以下のグラフがそれを示している。


所得ともに、平均所得税率は上がり続けている。2500万円以上のカテゴリーの中の内訳がないので「申告所得税標本調査」から得られたこぶ型の形と比べることはできないが、「申告分離課税」をしていない人たちに限定すれば、給料の水準とともに税率はきれいに40%まで上がっているのではと推測する。

ちなみに、二つの調査から得られる平均所得税率、および、(控除とかを無視した場合の)法律で定められている税率を比べたのが以下のグラフである。


一番上のオレンジの線が限界税率(上の表で示した税率)である。もちろん、累進性があるので、平均税率(薄青)は限界税率より低い。確定申告した人たちの平均税率は青緑である。彼らの平均税率は源泉徴収の平均税率(赤)より高い。他の資産からの収入の申告分離課税の税率の方が高いからだろう。2000万円を超える収入カテゴリーで平均税率が25%程度でほぼ同じなのは、申告分離課税による税率と普通の所得税率が同じくらいになるからだろう。確定申告した人の平均所得税率(青緑)も源泉徴収の平均所得税率(赤)も、法律上の平均税率(薄青)より低い。これは、さっき書いたが、様々な控除があって、実際の課税対象所得はもともとの(額面)所得よりずっと低いからである。

つらつらと学んだことを書いていったので、とりとめがない書き方になってしまったが、日本の所得税の基礎について学ぶことができて、個人的には満足している。多分いろいろ見落としていたり、間違っているところもあると思うので、教えてくれるとてもうれしい。

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