Tuesday, August 29, 2017

Rising Big Firms and Declining Labor Share

ここ20年程度、日本やアメリカを含む多くの国で、(メディアンという意味での)平均的な家計の所得があまり増えていないというようなことがいわれている。このことが、いわゆる「閉塞感」や「経済状況への不満」につながっているのかもしれない。一方、国の総所得(実質GDP)は過去ほどのスピードではないにしても、トレンドとしては増え続けている。

ではなぜ、国の総所得は増え続けているのに、平均的な家計の所得は増えていないのか?わかりやすくするために、国には生産性の異なる2人の労働者しかいないものとして、国の総所得を以下のように分けてみよう。

(0)国の総所得=(1)資本に配分される所得+(2)企業の利益+(3)生産性の高い労働者に配分される所得+(4)生産性の低い労働者に配分される所得

(1)は機械などを保有している人がその生産の対価として受け取る収入である。(4)が最初に書いた、平均的な家計の所得を捕捉している。また、(3)+(4)が総所得に占める割合は労働分配率(labor share of income)と呼ばれ、(1)が総所得に占める割合は資本分配率(capital share of income)と呼ばれる。このような分解をすると、総所得が増えているのに、平均的な家計の収入が増えていない理由は以下のように考えることができる。(A)労働分配率が低下している、(B)労働分配率は減っていなくても、生産性の高い労働者の取り分が増えている。今回は、なぜ労働分配率が低下しているかについて分析した最新のペーパー2つについて簡単に書いてみる。

Autor, Dorn, Katz, Patterson, Van Reenenは、最近のNBERワーキングパーパーとして出版された論文("The Fall of the Labor Share and the Rise of Superstar Firms")において、多くの先進国で労働分配率に何が起こったかを分析した。彼らによると、1982年から2012年の30年間で、労働分配率は67%から61%に低下した。大体カリブレーションを習うと、労働分配率をあらわすパラメーターは大体2/3と習うが、それが67%という数字に対応している。しかし、彼らによると、今では67%という数字から10%程度低下しているということになる。更に、彼らは、このような労働分配率の低下は全ての産業・企業で起こったのかという疑問に答えるため、企業レベルのマイクロデータを使って、労働分配率の過去30年の変化を分析した。彼らによると、各産業・企業の労働分配率はあまり変っていないけれども、労働分配率の低いスーパースター企業が経済に占めるしシェアが高まったことが、マクロで見た労働分配率の低下に貢献していることがわかった。彼らのスーパースター企業というのは、売り上げに占める利益の割合が高く賃金の割合が低い企業である。アップルのような企業を想像すればよいのかな。彼らによると様々な産業において、アップルのような、相対的に利益が大きく労働分配率の低い企業のマーケットシェアが高まってきたことで、マクロで見た労働分配率は下がってきているということである。

次の疑問は、このような変化はなぜ起きたかということである。彼らによると、このようなスーパースター企業のシェアの高まりは多く国で同時並行的に起きている。各国が同じようにスーパースター企業優遇政策をとってきたとは考えにくいことから、このような労働分配率の低下は政策の結果ではなく、おそらくは、スーパースター企業が1人勝ちすることを容易にした技術革新の結果であろうと分析している。但し、著者らは、このようなスーパースター企業を生じさせた原因が技術革新だとしても、大きなマーケットシェアを持つに至ったスーパースター企業がシェアを生かして競争を阻害することで、労働分配率の回復を妨げたり、あるいは更なる低下を生み出す可能性があることに警鐘を鳴らしている。

De LockerとEeckhoutは最新のNBERワーキングペーパー("The Rise of Market Power and the Macroeconomic Implications")において、アメリカの上場企業におけるマークアップ率(売値と減価の比率、大雑把には利益率と考えてもよい)の平均が1960年から2014年の間にどのように変化したかを計算した。彼らの採用した計算手法にはいろいろイシューがあるんだけれどもここでは割愛する。彼らが計算したマークアップ率の平均は以下のグラフで示される。


1960年から1980年ごろまではマークアップ率は18%程度(グラフでは1.18)程度の水準にあったが、そこから急上昇し、2014年にはマークアップ率は67%に達した。ラフにいうと、100円の原価に対して、1980年までは18円の利益を乗せていたのが、2014年には67円も乗せられるようになったということである。

ところで、マークアップ率というのは、必ずしも利益率と同じように考えることはできないものの、著者らは、このようなマークアップ率の変化は、経済全体で集計された配当の総額の変化と対応していると主張している。以下のグラフは、マークアップ率の動きと配当の総額の動きを重ね合わせている。著者らは、マークアップの上昇は配当の総額の上昇と同時に起こっており、(大)企業の市場支配力が1980年以降上昇した結果マークアップも高まったというストーリーと整合的であると主張している。

更に、著者らは、簡単なモデルを使って、マークアップ率が何らかのショックの結果高まった場合に、マクロ経済に何が起こりうるかという分析を行い、以下のことが起こりうると主張した。これらはいずれもアメリカで近年起こっていることである。もちろん、別のショックが原因でこれらのことが起こった可能性も十分にあるし、そもそも市場支配力が高まったせいでマークアップ率が上昇したのかもわからないけれども、少なくとも、(大)企業の市場支配力が増した結果、高いマークアップをつけることが可能になり、実際にアメリカで起こっている様々なマクロ経済のトレンドが引き起こされたというストーリーと整合的であるといえる。

  1. 労働分配率の長期的な低下傾向((2)の割合が高まることによる(3)+(4)の割合の低下)
  2. 資本分配率の長期的な低下傾向((2)の割合が高まることによる(1)の割合の低下)
  3. 生産性が低い労働者の賃金の低下傾向((4)の低下に対応している)
  4. 労働参加率の長期的な低下傾向(賃金の低下の結果である)
  5. 労働市場のフロー(労働者の動き)の長期的な低下傾向(賃金が低下することで労働者が高い賃金を求めて労働市場で動く頻度が低下する)
  6. 労働者の移住の頻度の長期的な低下傾向(同様に、労働者が高い賃金を求めて移住する頻度が低下する)
  7. 実質GDP成長率の長期的な低下傾向(労働者がその生産性を生かせる職に移る頻度が下がることで経済全体の生産性が停滞する)

No comments:

Post a Comment