以前のポストでもふれたが、AuerbachとGoerdonichenkoは、最近の研究("Measuring the Output Responses to Fiscal Policy")において、財政乗数は好景気と不景気で大きく異なっていることを示した。最近のNBER Reporter(NBERワーキングペーパーとして発行された話題の研究を著者が非専門家にもわかりやすく説明している発行物。お勧めである。)でAuerbachとGoerdonichenkoが最近の彼らの研究について整理していたので、興味深く読んだ。彼らの研究の結果は以下のように要約できる。
- 財政乗数は不景気のときのほうが高い。アメリカのデータによると、好景気の時の財政乗数は0.5程度だが、 不景気の時には財政乗数は1.5-2.0あたりまで上昇する。つまり、財政政策による景気のした支えが必要な時期(不景気の時)には幸運なことに財政政策は有効なのである。既存の研究では、財政乗数が景気の状況によって異なることを考慮していなかったので、財政乗数の推定値は低めに出ていた(例えば0.5と1.5の平均を考えれば1になってしまう)。
- OECDのデータでアメリカと同様な研究を行ったところ、アメリカ以外のOECD諸国でも財政乗数はアメリカのデータにおける推定値と同じくらいであることがわかった。つまり、不景気のときの方が財政乗数は高いのである。
- 更に、OECDのある国が拡張的な財政政策を行った時には、他のOECD諸国にも波及効果があることもわかった("Output Spillovers from Fiscal Policy")。
では、バブル崩壊後の日本においても、彼らの研究結果は成り立つであろうか?AuerbachとGoerdonichenkoは最近のペーパー("Fiscal Multipliers in Japan")において、日本のデータでアメリカと同じような特徴が見られるかを検討した。その結果は以下のように要約される。
- 長いデータ(1960-2012)を使うと、日本においてもアメリカやその他の国と同じ傾向が観察された。つまり、財政乗数は好景気には1を下回り(0.9)不景気には1を超える(2.5)というものである。
- 但し、より最近のデータ(1985-2012)を使うと、そのような特徴は観察されなかった。つまり、財政乗数は一般的に低く、 不況期においても大きく上昇したりしなかった。
- これを文字通り解釈すると、最近の日本では財政政策はあまり効果的ではないということである。その理由として、彼らが挙げているのは、ゾンビ企業がはびこっていることから、財政政策が効果的とは成り得ないというストーリーである。
- それに、1980年代ごろまでは他の国へのキャッチアップが起こっていた(ので、キャッチアップ終了後のデータと一緒に取り扱うのは問題がある)と考えると、日本の好景気と不景気がいつであるのかを定義するのは難しいことも指摘している。
- 但し、彼らは他のチャンネルの可能性も挙げている。例えば、1990年代以来、金融政策が財政政策の効果を打ち消すように行われていた可能性も指摘している。
- 更に、日本においては、信頼できる長期的データが乏しい点を指摘している。例えば、彼らによると、日本においては整合的な戦後のGDPのデータが存在しない。また、稼働率のデータも存在しない。財政政策の効果を計るにあたっては「予測された」財政政策の変化分を取り除く必要がある(「予測されなかった」財政政策の変更の効果のみを見たいため)が、長期にわたる財政政策の見通しに関するデータが乏しいと指摘している。
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