Business Cycles of the Emerging Economies

今回はAguiar and Gopinath (JPE2007)について書く。この論文は2つの部分で構成される。1つ目は、いわゆるEmerging Economies (EE)と呼ばれるグループに含まれる13カ国の景気循環の特徴を整理して、13カ国の小さい先進国(Small Developed Economies, SDE)の景気循環の特徴と比較したことである。2つ目は、EEの国に特徴的な景気循環のパターンは通常のRBCモデルでは説明できないことを示した上で、これを生み出すことのできるようなモデルの拡張方法を提示したことである。ロジックもとてもわかりやすい、JPEのお手本のような論文である。比較に使われる先進国は小さい先進国に限定されている。その理由としては、EEはsmall open economyとしてモデル化されるので、比較の対象となる先進国もsmall open economyとして分析したいのだけれども、大きな先進国の場合、small open economyとして分析することを正当化するのが難しいからである。モデルを実際にカリブレートする際には、筆者らはEEの代表としてメキシコ、SDEの代表としてカナダを使っている。

RBCモデルがポピュラーになって以来、RBCモデルを他の国、特に非先進国に当てはめようとする試みは多く行われてきた。特にアメリカにいる留学生であればまずは自分の国に当てはめたくなるのが自然であろう。但し、そのような研究は比較的脚光を浴びるのに時間がかかった。それはなぜか。個人的な印象としては、(1)普通のRBCモデルで仮定される完備市場の仮定をそのまま非先進国にも使ってよいのかという疑問があった、(2)RBCモデルの暗黙の背景として、経済がBalanced Growth Pathにあることがあるが、非先進国にはそれが当てはまらない、(3)データの信頼性に問題がある、(4)マクロ経済学の動向がInternational Economicsの動向に影響を与える時にはラグがありがち、という4点が挙げられると思う。

但し、(1)については、最近の研究で、現時点でよく分析に使われているタイプの市場の不完備性がマクロ指標の動きに影響を与えるケースは少ないことがわかってきているので(もちろん、これは、現在分析されているタイプの市場の不完備性に問題があるのかもしれない)、比較的抵抗が薄くなってきている。この論文においては、分析をEEに限定することで(2)と(3)の批判は(ある程度)かわすことができている。また、この論文においては多くの国のデータを同時に見ることで(3)の批判もある程度かわすことができている。

筆者らが景気循環のパターンを分析したのは以下の国である:
  • EE:アルゼンチン、ブラジル、エクアドル、イスラエル、韓国、マレーシア、メキシコ、ペルー、フィリピン、スロバキア、南アフリカ、タイ、トルコ
  • SDE:オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、フィンランド、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、スイス

筆者らは、これらの国の最低40四半期のデータを分析した結果、以下の4つのパターンは大多数の国に共通であることを発見した。

1. EEの方がGDPの変動が激しい。HPフィルターをかけた四半期データを使うと、実質GDPのstandard deviationはEEに含まれる国の平均が2.7%、SDEの国の平均は1.3%である。

2. EEでは民間消費の変動がGDPの変動より激しい(higher volatility of C)。SDE(DE一般に当てはまる)においてはこのパターンは逆である。全サンプルの平均を取ると、実質民間消費のstandard deviationはEEではGDPのstandard deviationより45%高い一方、SDEでは6%低い。

3. EEでは貿易収支(Trade Balance)の変動も激しい。EEの国の平均の貿易収支の対GDP比率のstandard deviationは3.2、SDEの国は1.0である。

4. EEでは貿易収支とGDPの負の相関が高い。EEの国では、相関係数はー0.51、SDEでは相関係数はー0.17である。

このペーパーでは、これらの違い、特に2-4(1はほぼショックの大きさの仮定から出てくるので)を再現するためのスタンダードなRBCモデルの拡張方法を提示している。そのキーとなるロジックは以下のとおり、非常にシンプルである。普通のRBCでは消費の変動は小さい。それはなぜかというと、ショックがstationary(平均の上下を行ったり来たりすると考えればよい)で、消費者がrisk averse(消費の変動を嫌う)だからだ。GDPが上がったり下がったりする中で、消費を安定させたければ、GDPが高いときには貯蓄を増やして将来の不況に備え、GDPが低いときには貯蓄を切り崩せばよい。いわゆるpermanent income hypothesisである。このような仮定の元では、消費の変動はGDPの変動より必ず小さくなる。実際、RBCでしばしば問題になるのは、モデルにおいて逆に消費の変動が小さすぎる(Excess smoothness puzzleと呼ばれる)ことである。

では、このパターンを崩すにはどうしたらよいか。筆者らは、GDP成長率へのショックを導入すればよいことを示した。GDP成長率が急に上がった場合どうなるか?将来のGDPは大きく上がることが予想されるので、将来の消費を現在の分にまわすことが、消費を平準化したい消費者にとって最適な消費パターンとなるのである。就職したての若い人を考えてみればよい。(今の日本では必ずしもそうではないかもしれないけれども)将来の収入が順調に上がることがわかっているれば、現在は借金してでも買い物をすることで現在の消費と将来の消費を近づける(消費の平準化)ことができるのである。GDPの成長率が上がった場合、現在のGDPの伸びはあまり大きくないかもしれないけれども、将来もGDPが順調に伸びることが予想されるので、消費の伸びはGDPの伸びより大きくなるのである。

整理すると、GDPの一時的なレベルとGDP成長率の両方が変動する場合、前者の変動が大きければ消費の変動は比較的小さいものとなり(SDE)、後者の変動が大きい場合は消費の変動はGDPの変動より大きいものとなる(EE)。消費の変動が大きくて、投資の変動がそれほど大きくなければ、貿易収支(=GDP ー消費ー投資)も大きく変動し、GDPとの相関も高くなるのは容易に想像できる。彼らは投資の調整コストを入れることで投資の変動を抑えているので、この結果も驚くべきことではない。

では、実際に、それぞれの国でどちらのショックが大きいかを測るにはどうしたらよいだろう。シンプルなRBCモデルであれば、GDPの変動(および景気循環すべて)はTFP(Total Factor Productivity、全要素生産性)の変動から生み出される。その上、TFPの変動は「ソロー残差」と呼ばれるものの変動から推定するのが一般的である。ただし、ここで問題となるのは、一時的なレベルの変動と成長率の変動を区別するのは難しいことである。しかも、データが非常に短い(40四半期程度)上に、データもあまり当てにならない。では筆者たちは何をしたか。まずは、EEのソロー残差を使って一時的なレベルの変動と成長率の変動の相対的な大きさを推定したところ、EEの国では成長率の変動が大きいという仮定をしてもそんなにおかしくない(正確に書くとわかりにくいのでわざとあいまいに書いている)ことを示した。その上で、消費のデータも使ってTFPの変動を推定するとEEの国では成長率の変動が重要で、SDEの国では一時的なレベルの変動が重要だという結果が導かれる、と主張した。具体的には、彼らの推定結果によると、メキシコ(EEの代表)においては成長率の変動が全体的な変動の96%を生み出している一方、カナダ(SDEの代表)においては成長率の変動は全体的な変動の37%しか生み出していないことがわかった。

ただし、EEの国は消費の変動がGDPの変動より大きくて、彼らのモデルにおいてはこのようなパターンと整合的なのは成長率の変動しかないとわかっているので、消費のデータも使って推定すればこのような結果が出るのは当たり前である。ある意味、彼らの「推定」方法というのは彼らに都合のよい結果が出ることが前からわかっているのである。しかも、使用されたデータが短いという問題も残る。実際、長いサンプルを使って、ここで使われたモデルに含まれていない消費の変動を生み出すことのできる他の要素も含んだモデルを推定すると、彼らの結果は打ち消されるというペーパーがAERのforthcomingとなっている。

最後に、筆者らは、1994年のメキシコのような急激な貿易収支の動きも、モデルで生み出すことができることを示している。但し、景気変動の大部分が成長率の変動によるものであれば成長率に大きな負と正のショックが連続であった場合、消費が大きく減少そして増加するので、これもあまり驚くべきことではない。

この論文の重要な貢献は、EEの景気循環に関するデータを整理して、この分野の今後の研究の発展に刺激を与えたこと、消費の大きな変動を生み出すシンプルなロジックを提示したことである。成長率へのショックというのは、ファイナンスでも一時期はやりの気配を見せていた(Bansal-Yaronのlong-run risk)が、今はどうなっているのだろう?

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