Example of Why You Should Not Trust Evidence-Based Policy

最近は「エビデンス」を基に政策を決めていこうという話がよく出ているが、「エビデンス」を見るたびに、ほんとかなと思って、「エビデンス」のもとになっている論文をチェックしてみると、眉唾なことが多い。それらを全て列挙するのは大変なので、代表的なものをひとつ挙げておこうと思う。他の「エビデンス」もこんな風に突っ込みどころはいろいろある。

受動喫煙を禁止しようという動きの根拠のひとつとなっているのは、受動喫煙が大きな害を生じさせるという「エビデンス」である。最近は赤ちゃんのいる家庭では喫煙を禁止させようという、こんなことどうやって実施するんだというような政策も議論されているようだ。

その中のひとつの「エビデンス」として、受動喫煙をしている赤ちゃんは乳幼児突然死症候群(Sudden infant death syndrome、SIDS(シッズ))にかかる確率が4.7倍になるというものがある。Wikipediaによると、SIDSというのは「何の予兆もないままに、主に1歳未満の健康にみえた乳児に、突然死をもたらす疾患」一般を指すらしい。もちろん、1歳未満の赤ちゃんが突然なくなるというのはとても悲しい話であり、なるべく防ぎたいということについてが多分議論の余地はないだろう。では、この、4.7倍というとても大きな数字はどこから来ているのか?

「4.7倍」の根拠となっている論文は厚生省心身障害研究という、僕にはぜんぜんわからない雑誌に1997年に掲載された、「乳幼児突然死症候群の育児環境因子に関する研究ー保健婦による聞き取り調査結果ー」という論文である。まず、いちゃもんをつけさせてもらうと、喫煙に反対している厚生省が出している雑誌なので利益相反の疑いがあることと、そもそもちゃんと専門家にレビューされているのかよくわからない論文である。政府の債務が大きくなりすぎると経済に悪影響を与えるので増税しましょうという論文が、ぜんぜんちゃんとしたレビューもされず、財務省の雑誌に書かれている様なものである。それを元に増税するのはまずくないか?

では、この論文で何をやったかというと、SIDSで子供を失った両親に聞き取り調査を行い、SIDSに関連のありそうな行動(喫煙やうつ伏せで寝かせていたか等)をとっていたかを記録する。一方、コントロールグループとして、SIDSで亡くなった子供に年齢・地域等の面でマッチした子供を選び、その子達の親にも同様のインタビューをする。それで、この2グループの親の行動にどのような行動の差があるかをもって親のいろいろな行動とSIDSとの相関を分析している。いわゆるケースコントロール(症例対象)研究という手法である。以下に、この2グループの特徴のサマリーの、喫煙に関する部分をコピーする。
この研究で使われた、SIDSで亡くなった子供の数は377人である。そのうち両親ともに喫煙者である割合はSIDSで子供が亡くなった両親の場合は23%(86人)、そうでない両親の場合は8%(30人)である。この差は大きいので、おそらくは、両親が喫煙者であった場合に子供がSIDSにかかる確率は高く出るだろうなと思うだろうが、その通りで、よくマスコミなどで見られる4.7倍というのはこの差を元に計算されている。但し、他にも注目して欲しいのは、片方の親だけが喫煙者である場合の差はそれほど大きくない。SIDSで亡くなった子供がいた家庭で、片方の親だけが喫煙者であった割合は52%であり、そうでない家庭の場合はその割合は58%であった。結局、両親のいずれかあるいは両方が喫煙者であるというように条件を緩和すると、SIDSにかかる確率は1.6倍に大きく下がることになった。

この調査は1997年なので喫煙者が多いが、それでも両方とも喫煙者の家庭の割合は低い(上の表によると両親とも喫煙者の家庭は8%のみの一方、片方だけ吸っている家庭の割合は58%だ)。このことだけ考えても、1.6倍ではなく4.7倍という数字を使うのは誠実ではないと言える。更に、以下のグラフ(データの出典はJT。グラフはここからコピーさせてもらった)に見られるとおり1997年以降、喫煙者は大きく下がってきている。
このことを考えると、両親とも喫煙者というケースはかなり減ってきているのではないか。こういう状況で、1.6倍ではなくて4.7倍を使うのは誠実な態度とは思えない。

しかも、喫煙とSIDSの関係という意味では、ここで取り上げた分析は基本的に何もコントロールせず相関を出しているだけである。この研究では、うつぶせに寝かさせていた子供や、母乳ではなくて人口栄養を与えられていた子供がSIDSにかかる確率も高く出ているが、それらを同時にコントロールしたりももちろんしていない。それに、マッチング(SIDSで亡くなった子供と似た子供の選び方)もかなりいい加減だと思う。年齢と住んでいるところしかマッチングしていないが、おそらくは、SIDSで亡くなった子供の親の学歴や収入は、コントロールグループの親のものより低いのではないか?ふたグループの差はこれで説明できるかもしれない。しかも、片親だけが喫煙者である場合の効果が弱いということは(もちろんいろいろ他の要素との相関も考える必要があるが)、タバコを吸う量(intensive margin)も重要なのかもしれない。その場合、もし近年喫煙者の減少(extensive margin)に加えて、喫煙者であっても吸う量が減っているというのであれば、喫煙がSIDSに与える効果は更に弱くなっているかもしれない。どれもこれも「相関と因果」を重視する人であれば気にしなければならない基本中の基本である。こういうことを気にせずにおそらくは人々を煽る目的で4.7倍なんていう数字を使っていいのか。

受動喫煙の効果に限らず、確固たる「エビデンス」なんて経済学に限らずあまりないのではないか。最近「エビデンス」と叫んでいる人たちの「エビデンス」を注意深く見てみるとその思いがいっそう強くなっている。その場合、「エビデンス」とか叫びつつその背後にあるあいまいなところ・弱いところを隠すような不誠実な態度をとって非専門家を「だます」よりも、「エビデンス」が不十分であることを認めつつも、利用できる中でベストを尽くしているという態度をとる方が、長期的には「エビデンス」ベースの政策決定に対する信頼を高め、それをより広めていく上で役に立つと思う。

Trading Stocks with Trump's Tweets

前に書いたけれども、NPR(National Public Ratio、アメリカの公共ラジオ局)のPlanet Moneyというポッドキャストが僕のお気に入りだ。経済学や経済一般についてのいろいろな内容を、30分以内で紹介するポッドキャストだ。今回は、Planet Moneyが行っている、面白い試みを紹介する。

アメリカのトランプ大統領はTwitterにかなり頻繁に投稿することで知られているが、Planet Moneyのメンバーは、アメリカのトランプ大統領がいろいろな企業についてTweetを投稿していることに注目した。例えば、トランプがある企業について悪いことをTweetしたら、その企業の株価が下がる可能性が高い。そこで、トランプ大統領がある企業についてTweetをしたら、悪い内容ならその企業の株をショートし、よい内容ならその企業の株を買えば儲けられるかもしれないと考えた。但し、常にトランプ大統領のTweetをチェックして何らかの企業に言及したらすぐに手動で株の売買を行うのは非効率なので、自動化することが望ましい。

では、このような売買をどのように自動化できるだろうか?アメリカではこのような自動的な株取引が可能なシステムが存在するらしい。どのように実装するかについて簡単に説明してみよう。このプログラムはトランプ大統領のTweetをフォローし全て自動的に分析する。注目するのは次の2つの要素だ。1つ目は、ある(上場)企業の名前が言及されているかだ。2つ目は、その企業について、ポジティブな内容かネガティブな内容かということだ。1つ目については、トランプ大統領が言及したら反応する企業名のリストを用意しておくだけである。とはいえ、難しい要素もあるようだ。例えば、「ティファニー」というキーワードは結局使えないことがわかった。大統領の娘の一人の名前がティファニーであり、娘のことを言っているのか、企業のティファニーについて言及しているのかを識別するのは困難なことがわかったからだ。2つ目の方が難しい。ある企業について言及する表現はいくらでもあるからだ。例えば「トヨタがメキシコに工場を作るらしい。トヨタはひどい(Toyota is terrible)。」であればトヨタに対してネガティブなことをTweetしていることは容易に判断できる。しかし、例えば、「トヨタはメキシコの計画を取りやめてアメリカに工場を作るらしい。トヨタの考えはひどかったが考えを改めたようだ。ホンダも見習うべきだ。」というTweetがポジティブであることを自動的に判断することは難しい。しかも、この場合、トヨタについてなのかホンダについてなのかの判断も簡単ではない。どのようにポジティブかネガティブかの判断の質を高めたかというと、トランプ大統領の過去のTweetをプログラムに分析させ、その分析結果を人間がチェックして、間違っていたらそれをプログラムに学習させることで判断の精度を高めていったのである。機械学習と呼ぶのかな。

では、トヨタについてネガティブなTweetだと判断したとしよう。次に決めなければならないのは、どのようにトヨタの株を取引するかだ。パラメーターとなるのは、いくらショートするか(ネガティブの表現度合いによって金額も変えたほうがより期待利益が高まるかもしれない)と、どの程度保有するかである。これについては、これまでの株価のデータがあるので、どのような売買ストラテジーに従えば、少なくとも過去の株価の動きによると期待利益を最大化できるかを試すことができる。もちろん、彼らのプログラムは株価を動かさないという仮定が必要だ。結局わかったのは、トランプ大統領が何かの企業についてネガティブなTweetをするとその企業の株価は低下することが多いが、その効果は比較的すぐに消えてしまうので、Tweetがでたらすぐ株を売買し、30分くらい保有してから逆の取引を行ってポジションを解消するのがもっとも期待利益を高めることがわかった。

Planet Moneyでは、このシステムをBOTUS(Bot of The United States)と呼んで、BOTUSが何をしているかをリアルタイムで公開している(@BOTUS)。ちなみに、BOTUSというのは、アメリカ大統領をPOTUS(President of The United States)と呼ぶことに引っ掛けている(ついでに書いておくと、ペンス副大統領のペットのウサギはTwitterのアカウントを持っていてこれもBOTUS = Bunny of The United Statesと呼ばれている)。

最近、BOTUS(ウサギじゃないほう)が何をしているかについての報告がPlanet Moneyあったが、今のところ、BOTUSは何のトレードもしていないらしい。というのは、トランプ大統領は(最近は)Tweetを夜中にすることが多いので、取引をしたくても株式の取引時間外だからである。時間外取引をするという手もあるが、時間外取引は取引量が少ないのでリスキーであり、時間外取引をするか考えているところらしい。引き続き注目している。

Wage Growth and Labor Market Flows

もう少し関連文献をじっくり読んでから書きかたったけれども、そういう時間がないので、かなり大雑把に書いてみる。

賃金が上がるときには失業率が低下するという関係が見られることが多い。フィリップスカーブといわれるものである。賃金(上昇率)と一般的な物価(上昇率)はだいたい一緒に動くことが多いので、失業率と物価の上昇率(インフレ率)の負の関係としてフィリップス曲線を理解している人も多いかもしれない。

ただ、流行の言葉を使うと、この関係は「相関関係」であり、「因果関係」はここからは読み取れない。言い方を変えると、どうしてこのような賃金上昇率と失業率の負の相関関係が見られるかを理解するためには、何かしらの仮説を立てる(モデルを作る)必要がある。この相関関係は比較的簡単な仮説で理解されてきている。何らかの理由(財政・金融政策による刺激も含む)で経済が好調になって、企業がもっと多くの労働者を雇いたいということになれば(労働需要の増加)、労働者の価格である賃金は需要の増加を反映して上昇していくことになる。そして、失業していた人はどんどん企業に雇われてゆき、失業率は低下していく。より多くの人が就職し、賃金も上がるということであれば、物への需要も増加し、物価も上昇していくと考えられる。更に、失業率がある水準より低くなると、景気が改善しても、失業率は下がらず、賃金・インフレ率だけ上昇してしまい、経済に悪影響を与えると理解されている。このような水準は自然失業率といわれる。

このストーリーで問題なのは、では、なぜ、現在の日本やアメリカのように、失業率はとても低いのに賃金上昇率はあまり上がらないのか、ということである。どちらの国も、失業率はかなり下がっているのに、賃金上昇率あるいはインフレ率が加速する気配は見えない。このような状況を鑑みるに、上のような単純なストーリーだけではダメなのではと考えることもできるであろう。

上の問題点を解決することができるかもしれない研究として、Moscarini and Postel-Vinayの一連の研究が挙げられる。彼らは、いくつかのデータに着目した。
  1. ミクロのデータを見ると、労働者の賃金が上がるのは、同じ企業に勤め続けている場合ではなくて、別の企業に移ったときである。つまり、賃金が上昇するには、経済が好調になって、既に働いている労働者がより賃金の高い職を見つけて移ったり、別の企業からより高いオファーをもらって移ったり、あるいは引抜きを防ぐため今働いている企業が賃金を引き上げる、という活動が活発にならなければならないのである。つまり、失業者が職を見つけるということと、賃金の動きは厳密にはリンクしていない。
  2. しかも、絶対的な人数で見ると、ある企業から別の企業に移る人の数の方が、失業している人が職を見つける数よりずっと多い。簡単な数字を示してみると、失業率が5%とすると、働いている人は95%である(働こうとしていない人は含めないでおく)。失業者は平均すると1ヶ月で25%の割合で職を見つける(これをUE率(Unemployment-to-Employment rate)と呼ぶ)ので、毎月職を見つける失業者の人数は5%*25%=1.25%である。就職している人で別の職に移る人の割合は平均して1ヶ月で2.5%くらい(これをEE率(Employment-to-Employment rate)と呼ぶ)であり、失業者が職を見つける割合よりずっと低い。しかし、母数が多いので、転職する人の割合は1ヶ月あたり95%*2.5%=2.4%である。よって、転職する人の数の方が絶対的な数では、職を見つける失業者よりずっと多い。よって、彼らの賃金の変化の方が、新たに職を見つけた失業者の賃金の変化より、全体的な平均賃金に与える影響が大きいと考えられる。
  3. 賃金上昇率とEE率あるいはUE率の相関をとると、EE率と賃金上昇質の相関の方がずっと高い。このことは、賃金上昇率に影響をより強く与えるのは、どのくらい失業者が職を見つけているかというよりは、どのくらい労働者が転職活動しているかであることを示唆している。
Moscarini and Postel-Vinayはこれらの事実に注目して、労働者が、失業しているときは低い賃金でもまずは働きはじめ、そのあとで別の企業から次々とオファーをもらって転職していくことで賃金が上がっていくモデルを構築し、そのモデルを様々な分析に使用している。

最初に述べた、失業率はかなり低いのに賃金上昇率(およびインフレ率)が上がらない状況も、彼らのモデルの枠内では新たな解釈が可能となる。景気が長くにわたって低迷した後の景気回復期では、労働者は低い賃金からまたゆっくり転職活動などをして賃金を上げてゆかなければならないので、失業率が低いとしても、それは、経済が過熱する(そしてインフレ率が上がる)ことを示唆しているわけはなくて、まだ経済がゆっくり回復しているということなのかもしれない。言い換えると、長い景気低迷の後では、低い失業率をもって、財政・金融政策によって更に経済を刺激する余地がないということにはならない、という解釈もできるかもしれない。

特に、最近、アメリカは、EE率が長期的な低下傾向にあるので、彼らのモデルによると失業率と賃金上昇率の負の相関が弱まっているという解釈も可能である。Moscarini and Postel-Vinayが日本について議論しているかわからないし、日本のデータはよく知らないけれども、もし日本で、EE率がかなり低い、あるいは低下しているとすると、日本では更に失業率と賃金上昇率の負の関係が弱まっているといえるかもしれない。労働市場が硬直的で、転職活動が活発でない、あるいは失業や賃金の低下を恐れて労働者が余り活発に転職活動を行わないというような状況であれば、失業率と賃金上昇率(そしてインフレ率)のリンクを弱める効果もあるかもしれない。そういう状況では、もしかしたら、失業率が低いからといって、もう景気を刺激する政策は打ち止めすべきという単純な議論は成り立たないのかもしれない。

Economist Again on Six Big Ideas in Economics

去年の夏にも同じ企画があったが、Economist誌が、経済学における6つの重要なアイデアというシリーズを今年もやっている。学部生など、非専門家でも読んで楽しめると思うので、読んでみて欲しい。去年のラインナップはここ。今年のラインナップも面白そうだ。

1. コースの企業の理論(http://econ.st/2u89V9T
2. ベッカーの人的資本(http://econ.st/2uqoENE
3. セイの法則
4. ピグー税
5. 自然失業率
6. 世代重複

Evidence-Based Policy against Loud Voice

今回は、最近話題になっている、「受動大声規制」について書いてみる。

  • まわりで大声で話されると気分が悪くなるというのは、皆知っていることであるが、最近、大声で話す人が近くにいると子供の健康を害するという確かなエビデンスが蓄積されてきた。これに基づいて、主に公共の場で大声で話すことを禁止する動き(「受動大声規制」)が高まっている。
  • 大声が健康に良くないというエビデンスは、複雑な計量経済学的手法に基づいて得られたものなので、ここでは説明はしないけれども、経済学者がエビデンスがあるといった場合には100%正しいので、信じて欲しい。
  • ちょっと専門的なことに興味のある人のために書いておくと、このエビデンスは、いくつもの最近の実証的な研究に関するメタスタディに基づいている。一個一個の研究では、統計的に有意な結果は得られていないけれども、メタスタディをすることで、有意な結果が得られた。まぁ、細かいところは気にしないで欲しい。
  • より細かいところが気になる人のためにちょっと書いておくと、そのうちの多くの実証研究は、4.5-6畳一間の家庭で、夫が常にものすごい大声で話している状態が20年以上続いた家では、妻がノイローゼになったりして体調を壊すケースが(統計的に有意ではないけれども)多いことに基づいている。これらのエビデンスを元にすると、レストランでおじさんた達が大声で話していると、子供も体調を壊すことは確実である。子供の健康を守るために、大声は禁止しなければならない。
  • 大声で話す人が近くにいると健康に悪影響を与えるというのは、国際的なエビデンスからもはっきりしている。例えば、アメリカ人は大声な人が多いが、アメリカ人は平均寿命が日本人に比べて短い。このエビデンスは、大声が健康に悪影響を与えることを示唆している。
  • ただ、大声で話す人は、年齢が高めの人が多い。政治家も声の大きい人は多い。よって、「受動大声規制」はなかなか、投票する有権者及び、政治家に支持されないことが問題である。レストラン等で大声を規制すれば大声でしゃべりたい彼らは損害をこうむることになるが、受動大声で健康を害する人のほうが重要なのは議論するまでもない。
  • しかも、大声の人が重要な顧客であるレストラン・居酒屋等も、受動大声規制をすると売り上げが落ちてしまうということから、レストラン・居酒屋業界が反対をしている。受動大声規制がレストランや居酒屋の売り上げに影響を与えるか否かというのは、決着がついていない問題である。例えば、レストランや居酒屋の経営者に、受動大声規制が実施されたら売り上げにどう影響を与えるかと聞いてきたところ、売り上げが落ちるという意見が大多数をしめていた。但し、こんなものは、強いエビデンスとは言わない。
  • 逆に、最近は、売り上げに負の影響を与えないという強いエビデンスが出てきている。25年前に富山県滑川市で受動大声規制を導入してみたところ、売り上げは落ちなかったという強いエビデンスが有名なものである。25年前に富山県滑川市で売り上げが落ちなかったというエビデンスがあるんだから、今、全国的に受動大声規制を実施しても100%大丈夫である。
  • ちなみに、大声が禁止されているレストランは既にたくさん存在しているし、インターネットで検索すれば簡単に見つかる。こういう状況で何で全てのレストランで受動大声規制を導入しなければならないかは、受動大声が子供などの健康に悪影響を与えることから明らかである。
  • 加えて、近年の行動経済学の知見によると、大声を出している人は出したくて出しているのではなく、自分をうまくコントロールできていないことがわかってきた。よって、大声が出しづらい環境にすることで、大声を出さなくて良くなった人の幸福度も高まることが期待される。極端な話、公共の場で大声を出した人には罰金を課すという政策も、意思に反して大声を出してしまう人を幸福にするという面で有効な政策であり、今後検討してゆきたい。
  • 今後は、このような、エビデンスに基づいた政策決定がよりいっそう広まって欲しいものである。

Learning Japanese Income Tax

今回は、日本の(個人)所得税についてちょっと見ていくことにする。きっかけとなったのは、twitterで見かけた、以下のグラフである。


出典を探すのに手間取ってしまったが、このグラフは「月刊誌『KOKKO』編集者・井上伸のブログ」というブログの著者が作ったものであるようだ。この手の、金持ちが優遇されている!みたいなキャッチーなメッセージのデータはしばしばtwitterで見かけるが、多くは信頼性にかけるので、あまり真剣に見ないのだけれども、日本の税制およびデータの基礎的なところについてちょっと学んでみるきっかけにしようと思い、ちょっとデータを見てみた。僕自身、ぜんぜん日本の税制なんて素人なので、間違えも多くあるかもしれない。間違えに気づいたら教えてくれるとうれしい。

このグラフは、所得が1億円を超えると、総税負担(所得税+社会保険料+住民税)が所得に占める割合(総税負担率)が低下するというのがメッセージである。平たい言葉で言うと、所得が1億円を超えるような大金持ちは低い税率で優遇されている、ということであろう。ちょっと調べる気になったきっかけは、本当かな、これ、と思ったことである。とりあえず、全てをカバーするのは大変なので、今回は所得税に的を絞る。上のグラフによると、所得税の支払額を所得で割った所得税負担率は所得5000万円~1億円で一番高くなり(28.7%)それ以上の所得の人の場合は所得税率が下がっていく。まぁ、所得が1億円以上のお金持ちは総税負担率が下がっていくという傾向は所得税率の低下から主に生み出されているので、とりあえず所得税に焦点を絞るのは悪くないだろう。

まずは、このデータがどこから来ているかというと、国税庁が出版している「申告所得税標本調査」というものである。今回は、上のグラフと同じ2014年(平成26年)のデータを使うことにした。2015年のデータも公開されているが、あまり変わらなかった。

まず、僕もぜんぜん知らなかったので、基本的なところに戻りたい。日本の税のデータは、源泉徴収された人(サラリーマンの多く)と確定申告をした人(自営業や、資産家、サラリーマンでもいろいろな資産を持つ人が主)で完全に分かれていることだ。タイトルからわかると思うが、上のグラフの元になっている「申告所得税標本調査」というのは、後者(確定申告した人)だけをカバーしている。ただ、日本で働く人の多くは、家を買ったり大金持ちでもない限り、多分、会社が勝手に納税(源泉徴収)してくれて、自分では何もやらない人が多いと思う。つまり前者だ。僕も日本で働いていたときには、若かったせいもあるけれども、税金払ってるなんて考えもしなかった。給料明細の手取り(税引き後の給与)だけしか見てなくて、額面(税引き前の給与)なんて気にもしなかった。こういう人たちの場合は、企業が申告した税のデータがまとめられ、「民間給与実態統計調査」として国税庁から出版されている。僕が簡単に調べた限り、両者を使いやすい形でまとめたデータは存在しないようだ。というわけで、今回のブログポストを書くに当たっては、両方を見てみた。

但し、両者を単純に合体させればよいというものでもなさそうだ。まず第一に、源泉徴収をされていても、確定申告をしている人はたくさんいる。2014年でいうと、確定申告した人は612万人だったが、そのうち源泉徴収されていた人が352万人いた。つまり確定申告した人(「申告所得税標本調査」に含まれる人)の約半分は会社から所得税を天引きされている人(「民間給与実態統計調査」に含まれている人)のようだ。「民間給与実態統計調査」に含まれる労働者は2014年で4756万人いるが、352万人を引くと残りは、4405万人である。つまり、所得のあった人で、確定申告した人(つまり上のグラフでカバーされている人)は612/(612+4405)=12%だけなのである。このことは、上のグラフは、所得があった人のうちたったの12%、しかも特殊な人だけをカバーしているということになる。これは問題だろう。

それ以外で気になったのは、おそらくは、「民間給与実態統計調査」は各企業からの報告を基にしているので、2つ以上の会社から給料をもらっている人はダブルカウンティングされているだろうということである。まぁ、そういう人はおそらく少ないだろうと仮定して、以下の議論を進めていく。

下のグラフは、僕が2014年の「申告所得税標本調査」を使って、各所得レベルの人の(平均)所得税率を再現してみたものである。


全所得階級で、最初に示したグラフの税負担率と同じなので、「申告所得税標本調査」を使って計算されているという僕の推測は多分正しいと思う。最初のグラフと同じく、所得5000万円から1億円で税負担率がピークとなり、それ以上の所得の場合は、所得税負担率は低下している。

これは何でだろう?日本の所得税率は累進的、つまり。所得が高い人ほど税負担率が高くなるようになっている。これは、高所得者の人に、より高い税率を負担してもらおうということである。具体的には、2014年の所得税の税率は以下のようになっている。


(年間)所得195万円までは所得税率は5%だけれども、それを超えた分の所得はだんだん高い税率が課され、1800万円を超える所得には40%の税率がかけられている。2015年からは4000万円以上の所得に対して45%の最高税率が課されることになったので、累進性はより強化されている。もちろん、いろいろな控除があるので、所得に対してそのまま上の表の税率が課されるわけではない(後でこのことについてまた触れる)が、所得税負担率(平均税率)が低下するというのは奇妙である。これは、「申告分離課税」という制度によるもののようだ。申告分離課税というのは、ある種の収入については、通常の所得と分けて、上の表に基づく税率でなく、ある一定の税率を別途課す制度である。対象となるもので、多分わかりやすいものは、株式を売り渡したときの収入、および、家(やゴルフ会員権)を売ったときの収入である。株式を譲渡した際の税率は一律15%(+住民税5%と今は復興特別所得税0.315%が課される)であり、家を売ったときの収入には、所有期間が5年を超える場合は15%(+住民税5%と今は復興特別所得税0.315%)、5年未満の場合は30%(+住民税9%と今は復興特別所得税0.315%)が課される。なぜこれらの資産移転に関する税率が低いかというと、これらの資産の買うためにはまず所得が必要であり、その所得に既に所得税が課されているから、もう一度高率の所得税を課すのを避けるのが目的であろう。

というわけで、最初のグラフで、なぜ所得が1億円を超える人の所得税率が低いかというと、こういう人たちは、主に、家や株式を売ったことで一時的に所得が高かったからだ。実際、2014年に所得が100億円を超えていた人は税率が17%だったが、申告所得税標本調査によると、これらの人の主な収入は株式の譲渡による収入と資産(おそらく家)を長期保有したあとに譲渡したことによる収入であった。通常の税率が課される配当収入と給与収入もあったが、あまり大きな割合ではなかった。つまり、最初に示したグラフで、高所得者の税率が低いのは、過去に既におそらくは高い税率で税金を払った人の資産の移転に伴う税率が低いことによるものであり、金持ち優遇ではない可能性が高い。

最初にあげたグラフのもうひとつ大きな問題点だと思うのは、「高所得者」が誇張されていることである。まずは、既に述べたとおり、最初にあげたグラフは確定申告をした11%の人だけのデータであり、とても少数の人たちのデータである。それに加えて、あのグラフで「高所得者」のカテゴリーに入る人の割合はとても低い。


上のグラフは、各収入カテゴリーに含まれる人の割合を示したものである。1億円を超える人の割合は非常に低い。所得が1億円を超える人たちの総合計はたったの0.25%である。つまり、税負担率が下がっていると指摘されている人の割合は確定申告をした11%の人たちのうちのたったの0.25%なのだ。最初に示したグラフでは低い税率を享受していると強調されている、一番上の所得カテゴリーである100億円以上の所得の人はたったの11人!しかいない。もちろん、少ないから問題ではないっていうことではないが、これらの人にかける税率をちょっと上げたところで、全体の税収に与える影響がかなり小さいと思う(今度ちょっとした計算をしてみる)。しかも、上で議論したように、これらの人は既に一回高率の所得税を払っている可能性が高いので、もう一度高率の所得税をかけるのはアンフェアではないかという議論もできる。同じくらい重要なこととして、これらの人の所得に高率の所得税をかけると、貯蓄のインセンティブを阻害したり、彼らが国外に出てしまったりする可能性もある。

ちなみに、「民間給与実態統計調査」に含まれる、「普通のサラリーマン」の税率は所得とともにどのように変化しているであろうか?以下のグラフがそれを示している。


所得ともに、平均所得税率は上がり続けている。2500万円以上のカテゴリーの中の内訳がないので「申告所得税標本調査」から得られたこぶ型の形と比べることはできないが、「申告分離課税」をしていない人たちに限定すれば、給料の水準とともに税率はきれいに40%まで上がっているのではと推測する。

ちなみに、二つの調査から得られる平均所得税率、および、(控除とかを無視した場合の)法律で定められている税率を比べたのが以下のグラフである。


一番上のオレンジの線が限界税率(上の表で示した税率)である。もちろん、累進性があるので、平均税率(薄青)は限界税率より低い。確定申告した人たちの平均税率は青緑である。彼らの平均税率は源泉徴収の平均税率(赤)より高い。他の資産からの収入の申告分離課税の税率の方が高いからだろう。2000万円を超える収入カテゴリーで平均税率が25%程度でほぼ同じなのは、申告分離課税による税率と普通の所得税率が同じくらいになるからだろう。確定申告した人の平均所得税率(青緑)も源泉徴収の平均所得税率(赤)も、法律上の平均税率(薄青)より低い。これは、さっき書いたが、様々な控除があって、実際の課税対象所得はもともとの(額面)所得よりずっと低いからである。

つらつらと学んだことを書いていったので、とりとめがない書き方になってしまったが、日本の所得税の基礎について学ぶことができて、個人的には満足している。多分いろいろ見落としていたり、間違っているところもあると思うので、教えてくれるとてもうれしい。

How to Think about Optimal Policy in Macro?

今回は、現代のマクロ経済学者が、最適な政策・採るべき政策を考える時にどのような手法を使うのかを紹介してみようと思う。「マクロ」経済学者と書いたのは、おそらくは、このような考え方を受け入れられない、経済学者もいるはずだからだ(後で少し触れる)。ちゃんとした(マクロ)経済学者が、政府が取るべき政策について議論するときにどのように考えているのか、あるいは、ちゃんとしてない人は何がまずい(と少なくとも僕が思っているのか)がわかってもらえれば幸いである。今回はちょっと抽象的に議論して、気が向いたら、次回は、ちょっとしたモデルを組んで具体的な例を示すことをやるかもしれない(こういうことを書いても大体やらずに終わるんだけれども…)。



マクロ経済学者が望ましい政策について考えるときには、モデルをもとに、上のようなグラフを頭に描いている。x軸(Policy variable=政策変数)は政府が選べる政策である。具体的には、消費税率、あるいは最低賃金の水準を頭に思い描いてもらえばよい。今は最低賃金としておこう。y軸(Social welfare)は、大まかに言って「社会全体の幸福度」を示している。具体例で考えてみよう。上のグラフは最低賃金をいろいろな水準に変えたときに、社会全体の幸福度がどのように変化するかを示している。幸福度の変化はは山なりの曲線であらわされ、最低賃金がw1のときに社会全体の幸福度が最大化されている。あるいは、もし現在の最低賃金がw1より低ければ、(w1を超えない程度に)最低賃金を引き上げると社会全体の幸福度が高まるので、この場合は、モデルをもとに、最低賃金を(w1を超えない程度に)引き上げるべきだとマクロ経済学者は主張する。

もちろん、上のような考え方は、様々な仮定の元に成り立っている。まずは「Policy variable=政策変数」についていくつかコメントしておこう。

  1. 上の例は政策変数が一つの場合だが、もちろん政策変数が一つである必要はない。消費税の例で言えば、消費税率と軽減税率(軽減税率=消費税率のケースは軽減税率がないケースと考えられる)の二つが政策変数となってもよい。一般的に、何を政策変数とすべきかについて、いい答えはない。なるべく一般的な議論をするために、政策変数として何でも含める(なんでも政策変数というモデルにおいて最適な政策を考える)という考え方をする人は多いが、この場合、分析が複雑になるし、望ましい政策がとっても複雑で事実上実現不可能かもしれないので、必ずしも一般的であればよいというわけではない。
  2. その一方、まずは消費税率だけ考えて、軽減税率のことは忘れようという考え方もできる。その場合、望ましい消費税率を求めたとしても、その結果はロバスト(頑健)でないことが往々にありうる。消費税の例を使うと、消費税率だけ考えて望ましい消費税率を算出したとしても、軽減税率を導入すると望ましい消費税率は大きく変化するかもしれない。実際に軽減税率は政策変数として使われる(消費税を導入している国の僕が知る限り全てで軽減税率が導入されている)ので、消費税率だけ考えて望ましい政策を考えても事実上役に立たないともいえる。
  3. もっと根本的な話をすると、望ましい政策はモデルの選択に依存する。どんなモデルを元に議論をしているのかを明らかにするのが望ましい。そうすることによって、その経済学者が望ましい政策を考えるに当たって、どういう要素を重視しているか、あるいはどういう要素が考えられていないか、が明らかになるからである。そういう手続きを経ずに、「こういう政策が望ましい」とか「こういう政策が実施されるべきだ」とか言われても信用できない。
  4. 関連した話になるが、ある経済学者がある論文において最適な政策はこれこれだと主張しているとしても、多くの場合、それは、あるモデルの中で最適な政策を分析しているだけであって、通常の場合経済学者自身の価値判断は含まれていない。経済学者でも、あるアジェンダがあってそれに沿う論文ばかり書いている人もいて、その場合は、その論文の結果がその経済学者の主張と一致することが多いが、それは論文の外の情報(その経済学者の評判)からわかることであり、論文自体は、様々な要素が入ったモデルが正しいとすると、モデルの中ではある政策が望ましい、といっているだけである。論文の結果と経済学者の意見をごっちゃにしてはいけないと思う。論文の評価もそれを書いた経済学者の個人的な価値判断とは関係ない。
  5. それと、しばしば、新しいモデルを構築した場合、そのモデルの中で最適な政策を分析することは、実際にそのモデルを使って政策提言する気がなくても面白い分析となる。たとえば、金融政策が入ったモデルで、フリードマンルール(実質金利と同じ率のデフレを起こしつづける経済政策)が最適かどうかを知ることは、そのモデルにおいて貨幣がどのような役割を果たしているかを学ぶのに役立つ。そういった動機で最適政策を分析しているケースも多々あるので、そういう論文を書いている学者がいても、その論文での最適な政策をその経済学者が望ましいと思っていると思わないように注意すべきである。
  6. 上のようなことを書いたのは、結局、各論文は複雑な現実の一部分を切り取ってあるチャンネルを中心に分析したものであり、最終的には、ある国がおかれた経済状況や、その経済状況において重要と思われる様々なチャンネルを比較した結果として、望ましい政策が提案されるはずだからだ。
では、次に、「社会全体の幸福度=Social welfare」についてコメントしておこう。まず、「社会全体の幸福度」というのは何だろう?日本に国民がN人いるとして、わかりやすい例としては、以下のようなものが考えられる。

「社会全体の幸福度」=国民1の幸福度+国民2の幸福度....+国民Nの幸福度

この考え方は広く使われていると思うが、いろいろ問題点があり、リーズナブルではないと思う人も多い。上のような「社会全体の幸福度」の考え方についていくつか注釈を加えておこう。
  1. 最初に言っておかなければならないのは、「社会全体の幸福度」をどう設定するかというのは、経済学の「外」の問題ということである。経済学が得意とするのは、「社会全体の幸福度」が与えられたときに、いろいろな政策を使って、それをどう高めるかを考えることであって、「社会全体の幸福度」をどう選ぶかは、経済学の問題ではないと考える人が多い。極端な話、「正社員として働く人だけの幸福度の合計」と定義しても良いし、「東北地方の農家の幸福度の合計」と定義しても良い。もちろん、こういう定義がリーズナブルだろうという考えはあるけれども(このポストの議論は、一般的にこれがリーズナブルだろうと考えられている手儀に従って進めている)、どの定義を使うべきかというのは狭義の経済学の問題ではない。
  2. では、上の定義に戻ろう。最も大きな問題は国民一人ひとりの幸福度を足し合わせられるのかということである。国民一人ひとりの幸福度を直接比較できないのであれば、足し合わせることはできない。足し合わせる(あるいは幸福度を比較する)ことは不可能だという立場をとるとしたら、上の議論は成り立たない。では、その場合でも、とるべき政策について主張できるのはどのような場合か?全ての国民の幸福度が上昇(あるいは少なくとも同じ)場合である。誰でも、何もせずにお金をもらえれば幸福度がアップすると考えよう(この仮定はそんなにむちゃでないだろう)。その場合、ある政策を実施して、全ての国民が何もせずにお金をもらえる場合、国民1人ひとりの幸福度の直接の比較ができなくても、その政策は望ましいものとなる。これが、大雑把に言うと、「パレート効率性」あるいは「パレート改善」というものである。
  3. 国民一人ひとりの幸福度が比較できたり、足したりできるというのはある意味とても強い仮定なので、それなしに望ましい政策について語れるというのは大きな利点である。しかし、そのような状況でしか政策を語らないということであれば、推薦できる政策はとても限られてくるであろう。例えば、二人しかいない国で、ある政策を実施したときに国民1は100万円得して、国民2は10万円損をするのであれば、うまく国民1から10万円以上とって国民2に上げることができれば、両方とも幸福度が上がる(あるいは最低限幸福度は変らない)政策なので望ましいといえるが、そんな簡単にある国民から別の国民にお金を動かすことはできないかもしれない。そういうことが容易にできるモデルではそのような政策は望ましいものであるが、実際の経済ではお金を容易に移すことができないという制約があれば、そのような政策も実施できない。結局、望ましいとして薦めることのできる政策は、全ての国民が、お金の移転なしに得をする政策でなければならない。これはとてもハードルが高い。こういう政策だけを認めるということにすると、結局、政策について何もいえない状況になることが容易に考えられる。かなりきびしい条件の下で望ましい政策だけ語り、ほとんどのケースにおいて望ましい政策について語ることができないことを選ぶか、もっとルースな条件で望ましい政策を語るけれども、多くのケースにおいて望ましい政策について語ることを選ぶかというのは、とても悩ましい選択だ。ここでは後者の立場をとっている。
  4. それに、もし、本当に、全ての国民が幸せになる政策であれば、なぜそれが実現していないか?という問題も存在する。とても経済学者的な考え方だけれども、誰もが喜ぶような政策であれば、既に実施されているはずだろう、もし、あるモデルに基づいて、全ての国民の幸福度が上昇する政策が存在し、それが実施されていなかったら、そのモデルが間違っているか、そういう政策が実施できない何らかの制約が存在する可能性が高いという考え方もできる。

というわけで、以降は、国民一人ひとりの幸福度は足し合わせられると考えていこう。では、一人ひとりの幸福度はどのような特徴を持っているだろう。おそらくは、(特徴①)持っているお金が多ければより幸福度が高まるというのは、受け入れられるであろう。また、(特徴②)全然お金を持っていない人にとっての1万円は大金持ちにとっての1万円より幸福度を高めるというのも、おそらくは受け入れられる特徴であろう。僕が一万円拾えばとてもうれしいけれども、多分ザッカーバーグはあんまりうれしくないだろう。

この特徴②はとても重要である。特徴②を受け入れる場合、たくさんのお金を持っている人からあまりお金を持っていない人にお金が動く政策は社会全体の幸福度を高める効果がある。ザッカーバーグから1万円余計に徴税し、僕には1万円減税する政策は、僕とザッカーバーグの幸福度の和を大きくするのである。つまり、経済を「公平」に近づける政策は社会全体の幸福度にとって望ましいといえる。

その一方、経済の「効率」を高める政策は、一般的に、平均的に国民の収入を高める効果を持つ。特徴①を受け入れるとすると、経済の効率を高める政策は社会全体の幸福度を高めることとなる。これは良くあることなんだけれども、もし、経済の「効率」を高めようとすると「公平」の面で悪化する場合、どちらかを追求するとその方面から社会全体の幸福度は増加するものの、もう一方の方から社会全体の幸福度が低下することが十分ありうる。この場合、社会全体の幸福度を最大化する政策というのは、「効率」と「公平」のバランスをうまくとる政策ということになる。これが、いわゆる「効率」と「公平」のトレードオフというものである。



上のグラフは、「Efficiency=効率」だけ考えた場合、あるいは「Equality=公平」だけ考えた場合、「社会全体の幸福度」がどのように政策変数とともに変化するかを示している。イメージを沸きやすくするために、政策変数を消費税率と考えてみよう。政府はある一定金額を国民から徴税せねばならず、徴税方法として消費税と累進所得税があるとする。消費税率を上げると、消費税から得られる税収が増えるので、所得税率を下げることができる。この場合、累進性の度合いは維持されると仮定する。上のグラフは、「効率」だけ考えると、消費税率を上げればあげるほど社会全体の幸福度は上がることを示している。消費税はモノの税込価格を一律に引き上げるので、モノの相対価格を変えない。よって、消費者は(モノの相対)価格が何も変らなかったように行動する。言い方を変えると、消費税というのは価格のゆがみをもたらさないのである。一方、消費税率を高めると所得税率を下げることができ、所得税引き後の所得を高めるので、労働の意欲を高めることが期待される。つまり、消費税率を上げると、消費税は価格のゆがみをもたらさず、一方所得税率を下げることで賃金のゆがみを是正することができるので、経済の「効率」は改善するのである。

その一方、消費税率を高めると「公平」という面だけ考えると、「社会全体の幸福度」は下がってしまう。よく言われていることであるが、定率の消費税は低所得者、つまり「1万円から得られる幸福度が高い」人の税負担が大きくなり、「1万円から得られる幸福度低い」人の税負担が小さくなるので、「公平」の面だけ考えると望ましくないのである。そういう意味では、軽減税率というのは、このような消費税率の問題点を和らげる政策と考えることもできる(もちろん他の政策、たとえば所得税の累進性の引き上げ、で代替することも十分可能である。何を政策変数とするかによって望ましい政策が変わってくるいい例である)。

最初に示したグラフは、上の二つのグラフ(「効率」だけのものと「公平」だけのもの)を足し合わせた結果、山なりになっているのである。但し、このような山なりの形がいつも得られるわけではない。極端な例として、代表的個人のモデルを考えてみよう。国民が1人しかいない(全員が同じ所得等を持つと)経済では、仮定から既に「公平」は達成されているので、「公平」を改善するとという効果はないのである。言い方を変えると、代表的個人のモデルで考えると、上のグラフで言う「効率」だけ考慮したケースがそのままモデルに当てはまる。つまり、消費税は上げられるだけ上げた方がいいのである。


では、ちょっと違う例を見てみよう。例としてまた最低賃金を使う。上のグラフで言う、Case 1は一番最初のグラフで示した例である。では、Case 2の場合はどうか?Case 2も山なりであり、最低賃金がw2のときに社会全体の幸福度は最大化されるので、マクロ経済学者はCase 1と同じように、最低賃金の引き上げを主張すると考えるかもしれない。しかし、Case 1 との大きな違いは、最低賃金を変えたことによる社会全体の幸福度の上昇幅が小さいことだ。この場合、分析に使われたモデルで捨象された他の要素も考慮した場合、最も望ましい最低賃金のレベルが変る可能性が大いに存在する。このような場合には、マクロ経済学者はあまり強く政策の変更を主張しないであろう。どんなモデルも捨象されたいろいろな要素が存在するし、上のようなグラフを描くために使用したパラメーターにも不確実性がある(あまり自信がない)ケースが多いので、捨象された要素を加えたり、ちょっとパラメーターを変えたら、採るべき政策が大きく変ってくるのであれば、無責任にある政策(w2)を推奨はできない。Case 3は上でもちょっと触れた特殊なケースで、最低賃金が低ければ低いほど、社会全体の幸福度が高まるケースである。言い換えると、このモデルが正しければ、経済学者は最低賃金は廃止すべきだ(廃止したときに社会全体の幸福度が最高となる)と主張することになる。

最後にいくつかコメントを。
  1. 繰り返しになるが、ちゃんとした経済学者であれば、頭の中にモデルがあって、そのモデルの下で、上のグラフのような分析をした上で、望ましい経済政策について議論しているということである。しばしばインターネット上で見かけるが、何のモデル、トレードオフも念頭になく、こういう政策を採るべきだと議論している人がいるが、多くの場合、そんなのは別に望ましい政策を議論していると言うより、個人の嗜好を表明しているに過ぎない。
  2. わかりやすい例としては、ある業界に利益のある人が、少なくともその業界の人は得をする政策を望ましいと議論したところで、それ以外の人たちがどのような影響を受けるか、もしそれ以外の人が負の影響を受けるのであれば、負の影響が、その業界の人が得る恩恵に比べたら小さい、という議論をしないと、(少なくとも僕には)説得力はない。大金持ちではない人が大金持ちに対する課税を強化して、それ以外の人に対しては減税をすべきだと主張するのも似たような話である。もちろん後者の場合、「公平」を改善する効果があるから「社会全体の幸福度」が高まる可能性はあるが、大金持ちの人たちが、投資を控えたり、シンガポールや香港に資産を移したりすることで起こりうる負の効果も冷静に考えた上での議論でなければ、自分が得するからうれしい政策に対する支持を表明しているだけで、あまり説得力はないであろう。
  3. モデルがあった上で議論をしていても、望ましい政策は、結局はどのようなモデルを使っているか、どのようなパラメーターを考えているかに依存することが多い。全てのモデルにおいて成り立つ望ましい政策なんてほぼ存在しないので、望ましい政策を議論する際には、どのようなモデルを考えているか・どのようなチャンネルを考慮しているのかなどを明示した上で議論が行われると建設的な議論になると思う。
かなり、大雑把な議論をしている箇所もあるし、あまり推敲せずに書いたので、おかしいところとかは指摘してもらえるとうれしい。