What Really Really Happened to Income and Consumption Inequality?

家計レベルの消費を記録しているデータセットで最も広く使われているCEのデータを何も加工せずに使うと、1980年以来、所得の不平等の度合い(不平等の度合いを測る指標として上位10%の所得と下位10%の所得の比を使う)は大きく上昇した(36%)にもかかわらず、消費の不平等の度合いの上昇度は小さい(16%)ことがわかっている。

このような状況下、前回のポストでは、CEのデータを改善すると、消費の不平等の上昇度(30%)は所得の不平等の度合いに比べて上昇度が低いことはないという結論になるというAERのペーパーを紹介した。

ところが、NBERの最新のペーパー("Consumption and Income Inequality in the U.S. since the 1960s")で、MeyerとSullivanは別の方法でCEのデータを改善すると、やっぱり消費の不平等の上昇度は所得の不平等の上昇度に比べて小さいということを報告しているので紹介する。結局、消費の不平等の上昇度合いがどのように変化したかということについては、明確な結論はまだ出ていないのだろう。

いくつかのグラフを彼らのペーパーから転載する。上のグラフは、所得の不平等の変化を示している。不平等の度合いは、上位10%の所得と下位10%の所得の比(90/10比)であらわされている。税引き前の所得(ピンク色)も、税引き後の所得(えんじ色)も、1962年から2014年の間に大きく上昇している。彼らの計算によると、所得の不平等の度合いは29%上昇した。

次は、消費の不平等の度合いの変化を示したグラフである。加工していないデータは茶色、彼らが改善したデータは緑で示されている。レベルは違うものの、どちらも、1960年から2014年の間にあまり上昇していないことがわかるであろう。所得の不平等(紫色)の上昇度に比べたら変化はとても小さい。彼らによると消費の不平等は7%しか上昇していない。

では、前回のペーパーとどのように異なるのか?前回のデーパーでは、エンゲル曲線を使って家計レベルの総消費額のデータを計算した。今回のペーパーでは、常によく把握されているカテゴリーだけに注目し、よいデータであるカテゴリーから各家計の総消費額を逆算して各家計の総消費額を計算している。言い換えると、彼らによると、常によく把握されているカテゴリーの消費額の動きは、加工していない総消費額の動きとあまり変わらないということである。

では、所得の不平等と消費の不平等の動きはどうして連動していないのか?その問いに答えるため、彼らは、所得と消費の不平等の動きを、家計のタイプ別に計算した。上のグラフは、家計のタイプ別の所得の不平等の変化である。見やすくするために、全ての家計タイプの所得の不平等を1980年時点でゼロに基準化している。これを見ると、全ての家計タイプで、所得の不平等は高まっているが、高まり度合いは、独身の家計(濃い青および薄緑)で大きく、結婚している家計(紫および赤)および退職している家計(薄い青)で小さい。

最後に、消費の不平等の動きはこれらの異なる家計のタイプでどう異なるかを示しているグラフである。所得のグラフと同じように、消費の不平等の度合いはグループごとに1980年のレベルをゼロと基準化している。面白いのは、結婚している家計および退職した家計では、消費の不平等は所得の不平等ほどではないもの順調に上昇している一方、独身の家計の消費の不平等は所得の不平等の上昇傾向とは逆に低下傾向にあるという点である。著者らはこのことについて、(消費ではなく!)所得のデータが、独身の家計の所得をうまく把握できていないのではないかと推測している。

上で書いたとおり、消費の不平等がどのように変化したかについてはまだ決着はついていないのかもしれない。今後よりよいデータやよりよいデータの補完方法が出てくるのであろう。

What Happened to Income and Consumption Inequality?

今回は、簡単に、Aguiar and Bilsによる2015年のAERのペーパー("Has Consumption Inequality Mirrored Income Inequality?")について触れてみる。まずは背景から。アメリカを始めとして、多くの先進国で、所得の不平等が1970年以来高まっていることはよく知られている。2010年には、REDが、主要な先進国で所得の不平等がどのように変化したかという研究を集めた特集号を出版した。

但し、最終的に重要なのは厚生(幸福度)の不平等であって、所得の不平等が厚生の不平等に直結しているとは限らない。まずは、「所得」といった場合に、「税や補助金等を考慮する前の所得」を指すと考えよう。このような所得を「税引き前所得」と呼び、税や補助金を考慮した後の所得を「税引き後所得」と呼ぶ。この場合、税引き前所得が不平等であったとしても、政府が所得の高い人に高い税を課し、所得の低い人には低い税と多くの補助金を与えれば、税引き後所得の不平等はあまり大きくない可能性もある。但し、アメリカを始め多くの国で、税引き後所得も高い水準にあり、1970年以来更に高まっていることがわかっている。

加えて、重要なのは消費の不平等の度合いである。極端な話、全ての人がリスクを嫌い、生まれる前は同じ所得の可能性を持っており、市場の失敗がなければ、生まれる前から所得が高くなった人から所得が低くなった人へ所得を移転する契約を結ぶことができ、このような所得移転の結果、所得の不平等は存在しても、消費の不平等はまったく存在しないということが理論的には考えられる。ここまで極端ではなくても、人々が貯蓄を持っていて、短期的な所得の変動を貯蓄で補う(所得が高いときには貯蓄を増やして、所得が低いときには貯蓄を切り崩す)ことができれば、消費額の不平等は(税引き後の)所得の不平等に比べて小さいことが期待される。消費の不平等の度合いは厚生の不平等の度合いに直結するので、本当に重要なのは消費の不平等がどのくらい大きいか、あるいは上昇してきたか、ということなのだが、消費のデータは所得のデータに比べてよくはない。

もちろん、こういった背景を元に、所得の不平等に関する研究は理論・実証の両面で行われてきている。有名なペーパーとして、Krueger and Perriによる、2006年のREStud論文がある。この論文で、彼らは、1980年から2004年の間に、所得の不平等の度合い(不平等の度合いを測る指標として上位10%の所得と下位10%の所得の比を使うが、他の指標でもメッセージはあまり変わらない)は36%上昇したが、消費の不平等の度合いは16%しか上昇しなかったと計算した。つまり所得の不平等の上昇は、本当に重要な消費、あるいは厚生の不平等よりずっと大きく、所得の不平等の上昇をもとに厚生の不平等も大きく上昇したと自動的に考えるのは間違っているということである。

上のグラフは、Aguiar and Bilsがアメリカについて計算したものである。グラフでは、労働所得(サラリーとボーナスだけ、金利収入とかは含まれない)、税引き前の所得、税引き後の所得、および消費の不平等の度合いが、1980年から2010年の間にどのように変化したかを示している。所得に関する不平等の度合いは軒並み上昇する一方、消費の不平等の度合いはあまり上がっていないことがわかるであろう。

このことは、ちょっと不自然に感じられるかもしれない。Krueger and Perriの論文が流行った理由のひとつは、重要なデータの動きが直感と異なっていたからだと思う。普通に考えれば、所得の不平等の度合いが上昇すれば、消費(および厚生)の不平等の度合いも上昇するのが自然であろう。だから、所得の不平等の度合いが、厚生の不平等の度合いを測るのに使われているのである。

Krueger and Perriは、なぜ消費の不平等が所得の不平等ほど上昇しないということが起こりうるかというメカニズムも提示した。所得の不平等が高まるということは、高い所得になるチャンスも高まるが、低い所得になるリスクも高まるということである。リスク回避的な人々であれば、このような状況に直面して、これまでよりいっそう、所得の変動に対する保険を入手したくなるということになる。もし、人々が、低い所得を非常に避けたければ、所得の変動に対する保険をより手厚くするようになり、結果として、所得の不平等が上昇して、所得の変動リスクが上昇しても、保険が手厚くなった結果、消費の変動は小さくなることがありうるというのが、彼らの提示したメカニズムである。もちろん、この議論は、抽象化されたものであり、実際に人々が直接的に所得変動に対する保険を増やしたというデータはないような気がするが、所得の変動に対して(間接的な方法で)保険をかける方法はいろいろあり、このペーパーではどのような方法が用いられたかまでは踏み込んでいないが、別の方法で所得の変動に対する保険をかけていたとしても、彼らのメカニズムは当てはまる。 

このペーパーはとても評判を呼んだペーパーだが、それ以降、本当に消費の不平等は上がらなかったのか?ということは常々疑問が投げかけられてきた。その背景としては、以下の点が挙げられる。
  1. 消費の不平等を計算するには、様々な品目について家計ごとの消費額を毎年記録しているデータセットであるConsumer Expenditure Survey(CE)が使われる。特に、Krueger and Perriをはじめとして多くの研究では、各家計にインタビューを実施することによっていろいろな品目への消費額を記録した結果が使われてきた。インタビューは過去の消費額について聞くので、ちゃんと思い出しているかという問題が常に存在する。
  2. 特に、近年、CEのインタビューの結果を集計して計算された総消費額と、GDPの一部として計算される総消費額に大きな乖離が生じていることが問題視されている。1980-82年には、CEから計算された総消費額はGDPの一部の総消費額の86%と、まずまずの比率であったが、この数字は、2008-2010年には66%まで低下してた。CEのインタビューで記録される総消費額は(GDPの方が正しいとして)実際の総消費額のたった2/3しか把握していないのである。
  3. CEには、少数の家計に、何を買ったかを頻繁に記録してもらうことで各家計の消費行動を把握する日記方式のデータもあるが、日記方式のデータによると、消費の不平等はインタビュー形式のデータから計算されたものより、上昇度が高かった。
  4. 各家計の消費額を含むデータセットとしてはPanel Study of Income Dynamics (PSID)もあるが、1990年代までは食料への支出しか記録していないので、(食料だけでなく総)消費の不平等の研究にはあまり使われてこなかった。このような問題点に対して、最近のペーパーで、Attanasio, Hurst, and Pistaferriは、PSIDにおいて、各家計の食料だけでない総消費を推計し、その不平等の度合いの変化を計算すると、所得の不平等の上昇と同じようなスピードで上昇していることがわかった。
このような背景を元に、このペーパーでAguiar and Bilsがやったことは、所得の異なる家計の消費パターンの違いを使って、インタビュー形式のデータが補足し損ねているであろう消費を補完することで、CEのインタビュー形式のデータの改善版を作成し、このデータをもとに、消費の不平等がどのように変化したかを計算しなおしたというものである。彼らによると、消費の不平等は所得の不平等と同じくらい上昇した。具体的には、1980年から2010年の間に、彼らの作成したデータに基づく消費の不平等は30%程度上昇した。この数字は、CEのインタビュー形式の元データに基づく不平等の上昇の度合い(16%)よりかなり大きく、所得の不平等の上昇度合い(36%)ととても近い。ある意味、リーズナブルな結果であると言える。

最後に、Aguiar and Bilsがどのようにインタビュー形式のデータを補完したかについて簡単に述べておこう。彼らが使ったのは、所得が高い人と低い人の、消費パターンの違いである。ちょっと専門的な用語を使えば、エンゲル曲線を使ったとも言える。エンゲル係数はもしかしたら聞いたことがあるかもしれないので、エンゲル係数を使って説明してみよう。エンゲル係数というのは、所得の何割を食費に当てるかという数字である。この割合は、所得が上がれば上がるほど低くなることが知られている。所得が上がれば、食料以外のものをいろいろ買うようになるからだ。この係数は人々のそのほかのいろいろな特長によって変わってくる。では、ある人についてエンゲル係数がわかったとしよう。そうすると、その人の食料への支出額もわかれば、総支出額が逆算できる。食料への支出額をエンゲル係数で割ればよい。このようなプロセスを様々な消費カテゴリーについて行うことで、より信用できる総支出額が計算できるというわけだ。

もちろん、消費の不平等がとても重要なことは背景にあるのだけれども、このようなある意味データだけのペーパーがトップジャーナルであるAERに載るのは、最近のデータ重視の流れとも合致しており、望ましいことだと思う。REDの特集号では、多くの国について消費の不平等の上昇が所得の不平等の上昇より小さいことが報告されているが、他の国に対する同じような研究が今後出てきて、REDで報告された各国の結果が覆されていく可能性もあるかもしれない。

Rising Big Firms and Declining Labor Share

ここ20年程度、日本やアメリカを含む多くの国で、(メディアンという意味での)平均的な家計の所得があまり増えていないというようなことがいわれている。このことが、いわゆる「閉塞感」や「経済状況への不満」につながっているのかもしれない。一方、国の総所得(実質GDP)は過去ほどのスピードではないにしても、トレンドとしては増え続けている。

ではなぜ、国の総所得は増え続けているのに、平均的な家計の所得は増えていないのか?わかりやすくするために、国には生産性の異なる2人の労働者しかいないものとして、国の総所得を以下のように分けてみよう。

(0)国の総所得=(1)資本に配分される所得+(2)企業の利益+(3)生産性の高い労働者に配分される所得+(4)生産性の低い労働者に配分される所得

(1)は機械などを保有している人がその生産の対価として受け取る収入である。(4)が最初に書いた、平均的な家計の所得を捕捉している。また、(3)+(4)が総所得に占める割合は労働分配率(labor share of income)と呼ばれ、(1)が総所得に占める割合は資本分配率(capital share of income)と呼ばれる。このような分解をすると、総所得が増えているのに、平均的な家計の収入が増えていない理由は以下のように考えることができる。(A)労働分配率が低下している、(B)労働分配率は減っていなくても、生産性の高い労働者の取り分が増えている。今回は、なぜ労働分配率が低下しているかについて分析した最新のペーパー2つについて簡単に書いてみる。

Autor, Dorn, Katz, Patterson, Van Reenenは、最近のNBERワーキングパーパーとして出版された論文("The Fall of the Labor Share and the Rise of Superstar Firms")において、多くの先進国で労働分配率に何が起こったかを分析した。彼らによると、1982年から2012年の30年間で、労働分配率は67%から61%に低下した。大体カリブレーションを習うと、労働分配率をあらわすパラメーターは大体2/3と習うが、それが67%という数字に対応している。しかし、彼らによると、今では67%という数字から10%程度低下しているということになる。更に、彼らは、このような労働分配率の低下は全ての産業・企業で起こったのかという疑問に答えるため、企業レベルのマイクロデータを使って、労働分配率の過去30年の変化を分析した。彼らによると、各産業・企業の労働分配率はあまり変っていないけれども、労働分配率の低いスーパースター企業が経済に占めるしシェアが高まったことが、マクロで見た労働分配率の低下に貢献していることがわかった。彼らのスーパースター企業というのは、売り上げに占める利益の割合が高く賃金の割合が低い企業である。アップルのような企業を想像すればよいのかな。彼らによると様々な産業において、アップルのような、相対的に利益が大きく労働分配率の低い企業のマーケットシェアが高まってきたことで、マクロで見た労働分配率は下がってきているということである。

次の疑問は、このような変化はなぜ起きたかということである。彼らによると、このようなスーパースター企業のシェアの高まりは多く国で同時並行的に起きている。各国が同じようにスーパースター企業優遇政策をとってきたとは考えにくいことから、このような労働分配率の低下は政策の結果ではなく、おそらくは、スーパースター企業が1人勝ちすることを容易にした技術革新の結果であろうと分析している。但し、著者らは、このようなスーパースター企業を生じさせた原因が技術革新だとしても、大きなマーケットシェアを持つに至ったスーパースター企業がシェアを生かして競争を阻害することで、労働分配率の回復を妨げたり、あるいは更なる低下を生み出す可能性があることに警鐘を鳴らしている。

De LockerとEeckhoutは最新のNBERワーキングペーパー("The Rise of Market Power and the Macroeconomic Implications")において、アメリカの上場企業におけるマークアップ率(売値と減価の比率、大雑把には利益率と考えてもよい)の平均が1960年から2014年の間にどのように変化したかを計算した。彼らの採用した計算手法にはいろいろイシューがあるんだけれどもここでは割愛する。彼らが計算したマークアップ率の平均は以下のグラフで示される。


1960年から1980年ごろまではマークアップ率は18%程度(グラフでは1.18)程度の水準にあったが、そこから急上昇し、2014年にはマークアップ率は67%に達した。ラフにいうと、100円の原価に対して、1980年までは18円の利益を乗せていたのが、2014年には67円も乗せられるようになったということである。

ところで、マークアップ率というのは、必ずしも利益率と同じように考えることはできないものの、著者らは、このようなマークアップ率の変化は、経済全体で集計された配当の総額の変化と対応していると主張している。以下のグラフは、マークアップ率の動きと配当の総額の動きを重ね合わせている。著者らは、マークアップの上昇は配当の総額の上昇と同時に起こっており、(大)企業の市場支配力が1980年以降上昇した結果マークアップも高まったというストーリーと整合的であると主張している。

更に、著者らは、簡単なモデルを使って、マークアップ率が何らかのショックの結果高まった場合に、マクロ経済に何が起こりうるかという分析を行い、以下のことが起こりうると主張した。これらはいずれもアメリカで近年起こっていることである。もちろん、別のショックが原因でこれらのことが起こった可能性も十分にあるし、そもそも市場支配力が高まったせいでマークアップ率が上昇したのかもわからないけれども、少なくとも、(大)企業の市場支配力が増した結果、高いマークアップをつけることが可能になり、実際にアメリカで起こっている様々なマクロ経済のトレンドが引き起こされたというストーリーと整合的であるといえる。

  1. 労働分配率の長期的な低下傾向((2)の割合が高まることによる(3)+(4)の割合の低下)
  2. 資本分配率の長期的な低下傾向((2)の割合が高まることによる(1)の割合の低下)
  3. 生産性が低い労働者の賃金の低下傾向((4)の低下に対応している)
  4. 労働参加率の長期的な低下傾向(賃金の低下の結果である)
  5. 労働市場のフロー(労働者の動き)の長期的な低下傾向(賃金が低下することで労働者が高い賃金を求めて労働市場で動く頻度が低下する)
  6. 労働者の移住の頻度の長期的な低下傾向(同様に、労働者が高い賃金を求めて移住する頻度が低下する)
  7. 実質GDP成長率の長期的な低下傾向(労働者がその生産性を生かせる職に移る頻度が下がることで経済全体の生産性が停滞する)

Example of Why You Should Not Trust Evidence-Based Policy

最近は「エビデンス」を基に政策を決めていこうという話がよく出ているが、「エビデンス」を見るたびに、ほんとかなと思って、「エビデンス」のもとになっている論文をチェックしてみると、眉唾なことが多い。それらを全て列挙するのは大変なので、代表的なものをひとつ挙げておこうと思う。他の「エビデンス」もこんな風に突っ込みどころはいろいろある。

受動喫煙を禁止しようという動きの根拠のひとつとなっているのは、受動喫煙が大きな害を生じさせるという「エビデンス」である。最近は赤ちゃんのいる家庭では喫煙を禁止させようという、こんなことどうやって実施するんだというような政策も議論されているようだ。

その中のひとつの「エビデンス」として、受動喫煙をしている赤ちゃんは乳幼児突然死症候群(Sudden infant death syndrome、SIDS(シッズ))にかかる確率が4.7倍になるというものがある。Wikipediaによると、SIDSというのは「何の予兆もないままに、主に1歳未満の健康にみえた乳児に、突然死をもたらす疾患」一般を指すらしい。もちろん、1歳未満の赤ちゃんが突然なくなるというのはとても悲しい話であり、なるべく防ぎたいということについてが多分議論の余地はないだろう。では、この、4.7倍というとても大きな数字はどこから来ているのか?

「4.7倍」の根拠となっている論文は厚生省心身障害研究という、僕にはぜんぜんわからない雑誌に1997年に掲載された、「乳幼児突然死症候群の育児環境因子に関する研究ー保健婦による聞き取り調査結果ー」という論文である。まず、いちゃもんをつけさせてもらうと、喫煙に反対している厚生省が出している雑誌なので利益相反の疑いがあることと、そもそもちゃんと専門家にレビューされているのかよくわからない論文である。政府の債務が大きくなりすぎると経済に悪影響を与えるので増税しましょうという論文が、ぜんぜんちゃんとしたレビューもされず、財務省の雑誌に書かれている様なものである。それを元に増税するのはまずくないか?

では、この論文で何をやったかというと、SIDSで子供を失った両親に聞き取り調査を行い、SIDSに関連のありそうな行動(喫煙やうつ伏せで寝かせていたか等)をとっていたかを記録する。一方、コントロールグループとして、SIDSで亡くなった子供に年齢・地域等の面でマッチした子供を選び、その子達の親にも同様のインタビューをする。それで、この2グループの親の行動にどのような行動の差があるかをもって親のいろいろな行動とSIDSとの相関を分析している。いわゆるケースコントロール(症例対象)研究という手法である。以下に、この2グループの特徴のサマリーの、喫煙に関する部分をコピーする。
この研究で使われた、SIDSで亡くなった子供の数は377人である。そのうち両親ともに喫煙者である割合はSIDSで子供が亡くなった両親の場合は23%(86人)、そうでない両親の場合は8%(30人)である。この差は大きいので、おそらくは、両親が喫煙者であった場合に子供がSIDSにかかる確率は高く出るだろうなと思うだろうが、その通りで、よくマスコミなどで見られる4.7倍というのはこの差を元に計算されている。但し、他にも注目して欲しいのは、片方の親だけが喫煙者である場合の差はそれほど大きくない。SIDSで亡くなった子供がいた家庭で、片方の親だけが喫煙者であった割合は52%であり、そうでない家庭の場合はその割合は58%であった。結局、両親のいずれかあるいは両方が喫煙者であるというように条件を緩和すると、SIDSにかかる確率は1.6倍に大きく下がることになった。

この調査は1997年なので喫煙者が多いが、それでも両方とも喫煙者の家庭の割合は低い(上の表によると両親とも喫煙者の家庭は8%のみの一方、片方だけ吸っている家庭の割合は58%だ)。このことだけ考えても、1.6倍ではなく4.7倍という数字を使うのは誠実ではないと言える。更に、以下のグラフ(データの出典はJT。グラフはここからコピーさせてもらった)に見られるとおり1997年以降、喫煙者は大きく下がってきている。
このことを考えると、両親とも喫煙者というケースはかなり減ってきているのではないか。こういう状況で、1.6倍ではなくて4.7倍を使うのは誠実な態度とは思えない。

しかも、喫煙とSIDSの関係という意味では、ここで取り上げた分析は基本的に何もコントロールせず相関を出しているだけである。この研究では、うつぶせに寝かさせていた子供や、母乳ではなくて人口栄養を与えられていた子供がSIDSにかかる確率も高く出ているが、それらを同時にコントロールしたりももちろんしていない。それに、マッチング(SIDSで亡くなった子供と似た子供の選び方)もかなりいい加減だと思う。年齢と住んでいるところしかマッチングしていないが、おそらくは、SIDSで亡くなった子供の親の学歴や収入は、コントロールグループの親のものより低いのではないか?ふたグループの差はこれで説明できるかもしれない。しかも、片親だけが喫煙者である場合の効果が弱いということは(もちろんいろいろ他の要素との相関も考える必要があるが)、タバコを吸う量(intensive margin)も重要なのかもしれない。その場合、もし近年喫煙者の減少(extensive margin)に加えて、喫煙者であっても吸う量が減っているというのであれば、喫煙がSIDSに与える効果は更に弱くなっているかもしれない。どれもこれも「相関と因果」を重視する人であれば気にしなければならない基本中の基本である。こういうことを気にせずにおそらくは人々を煽る目的で4.7倍なんていう数字を使っていいのか。

受動喫煙の効果に限らず、確固たる「エビデンス」なんて経済学に限らずあまりないのではないか。最近「エビデンス」と叫んでいる人たちの「エビデンス」を注意深く見てみるとその思いがいっそう強くなっている。その場合、「エビデンス」とか叫びつつその背後にあるあいまいなところ・弱いところを隠すような不誠実な態度をとって非専門家を「だます」よりも、「エビデンス」が不十分であることを認めつつも、利用できる中でベストを尽くしているという態度をとる方が、長期的には「エビデンス」ベースの政策決定に対する信頼を高め、それをより広めていく上で役に立つと思う。

Trading Stocks with Trump's Tweets

前に書いたけれども、NPR(National Public Ratio、アメリカの公共ラジオ局)のPlanet Moneyというポッドキャストが僕のお気に入りだ。経済学や経済一般についてのいろいろな内容を、30分以内で紹介するポッドキャストだ。今回は、Planet Moneyが行っている、面白い試みを紹介する。

アメリカのトランプ大統領はTwitterにかなり頻繁に投稿することで知られているが、Planet Moneyのメンバーは、アメリカのトランプ大統領がいろいろな企業についてTweetを投稿していることに注目した。例えば、トランプがある企業について悪いことをTweetしたら、その企業の株価が下がる可能性が高い。そこで、トランプ大統領がある企業についてTweetをしたら、悪い内容ならその企業の株をショートし、よい内容ならその企業の株を買えば儲けられるかもしれないと考えた。但し、常にトランプ大統領のTweetをチェックして何らかの企業に言及したらすぐに手動で株の売買を行うのは非効率なので、自動化することが望ましい。

では、このような売買をどのように自動化できるだろうか?アメリカではこのような自動的な株取引が可能なシステムが存在するらしい。どのように実装するかについて簡単に説明してみよう。このプログラムはトランプ大統領のTweetをフォローし全て自動的に分析する。注目するのは次の2つの要素だ。1つ目は、ある(上場)企業の名前が言及されているかだ。2つ目は、その企業について、ポジティブな内容かネガティブな内容かということだ。1つ目については、トランプ大統領が言及したら反応する企業名のリストを用意しておくだけである。とはいえ、難しい要素もあるようだ。例えば、「ティファニー」というキーワードは結局使えないことがわかった。大統領の娘の一人の名前がティファニーであり、娘のことを言っているのか、企業のティファニーについて言及しているのかを識別するのは困難なことがわかったからだ。2つ目の方が難しい。ある企業について言及する表現はいくらでもあるからだ。例えば「トヨタがメキシコに工場を作るらしい。トヨタはひどい(Toyota is terrible)。」であればトヨタに対してネガティブなことをTweetしていることは容易に判断できる。しかし、例えば、「トヨタはメキシコの計画を取りやめてアメリカに工場を作るらしい。トヨタの考えはひどかったが考えを改めたようだ。ホンダも見習うべきだ。」というTweetがポジティブであることを自動的に判断することは難しい。しかも、この場合、トヨタについてなのかホンダについてなのかの判断も簡単ではない。どのようにポジティブかネガティブかの判断の質を高めたかというと、トランプ大統領の過去のTweetをプログラムに分析させ、その分析結果を人間がチェックして、間違っていたらそれをプログラムに学習させることで判断の精度を高めていったのである。機械学習と呼ぶのかな。

では、トヨタについてネガティブなTweetだと判断したとしよう。次に決めなければならないのは、どのようにトヨタの株を取引するかだ。パラメーターとなるのは、いくらショートするか(ネガティブの表現度合いによって金額も変えたほうがより期待利益が高まるかもしれない)と、どの程度保有するかである。これについては、これまでの株価のデータがあるので、どのような売買ストラテジーに従えば、少なくとも過去の株価の動きによると期待利益を最大化できるかを試すことができる。もちろん、彼らのプログラムは株価を動かさないという仮定が必要だ。結局わかったのは、トランプ大統領が何かの企業についてネガティブなTweetをするとその企業の株価は低下することが多いが、その効果は比較的すぐに消えてしまうので、Tweetがでたらすぐ株を売買し、30分くらい保有してから逆の取引を行ってポジションを解消するのがもっとも期待利益を高めることがわかった。

Planet Moneyでは、このシステムをBOTUS(Bot of The United States)と呼んで、BOTUSが何をしているかをリアルタイムで公開している(@BOTUS)。ちなみに、BOTUSというのは、アメリカ大統領をPOTUS(President of The United States)と呼ぶことに引っ掛けている(ついでに書いておくと、ペンス副大統領のペットのウサギはTwitterのアカウントを持っていてこれもBOTUS = Bunny of The United Statesと呼ばれている)。

最近、BOTUS(ウサギじゃないほう)が何をしているかについての報告がPlanet Moneyあったが、今のところ、BOTUSは何のトレードもしていないらしい。というのは、トランプ大統領は(最近は)Tweetを夜中にすることが多いので、取引をしたくても株式の取引時間外だからである。時間外取引をするという手もあるが、時間外取引は取引量が少ないのでリスキーであり、時間外取引をするか考えているところらしい。引き続き注目している。

Wage Growth and Labor Market Flows

もう少し関連文献をじっくり読んでから書きかたったけれども、そういう時間がないので、かなり大雑把に書いてみる。

賃金が上がるときには失業率が低下するという関係が見られることが多い。フィリップスカーブといわれるものである。賃金(上昇率)と一般的な物価(上昇率)はだいたい一緒に動くことが多いので、失業率と物価の上昇率(インフレ率)の負の関係としてフィリップス曲線を理解している人も多いかもしれない。

ただ、流行の言葉を使うと、この関係は「相関関係」であり、「因果関係」はここからは読み取れない。言い方を変えると、どうしてこのような賃金上昇率と失業率の負の相関関係が見られるかを理解するためには、何かしらの仮説を立てる(モデルを作る)必要がある。この相関関係は比較的簡単な仮説で理解されてきている。何らかの理由(財政・金融政策による刺激も含む)で経済が好調になって、企業がもっと多くの労働者を雇いたいということになれば(労働需要の増加)、労働者の価格である賃金は需要の増加を反映して上昇していくことになる。そして、失業していた人はどんどん企業に雇われてゆき、失業率は低下していく。より多くの人が就職し、賃金も上がるということであれば、物への需要も増加し、物価も上昇していくと考えられる。更に、失業率がある水準より低くなると、景気が改善しても、失業率は下がらず、賃金・インフレ率だけ上昇してしまい、経済に悪影響を与えると理解されている。このような水準は自然失業率といわれる。

このストーリーで問題なのは、では、なぜ、現在の日本やアメリカのように、失業率はとても低いのに賃金上昇率はあまり上がらないのか、ということである。どちらの国も、失業率はかなり下がっているのに、賃金上昇率あるいはインフレ率が加速する気配は見えない。このような状況を鑑みるに、上のような単純なストーリーだけではダメなのではと考えることもできるであろう。

上の問題点を解決することができるかもしれない研究として、Moscarini and Postel-Vinayの一連の研究が挙げられる。彼らは、いくつかのデータに着目した。
  1. ミクロのデータを見ると、労働者の賃金が上がるのは、同じ企業に勤め続けている場合ではなくて、別の企業に移ったときである。つまり、賃金が上昇するには、経済が好調になって、既に働いている労働者がより賃金の高い職を見つけて移ったり、別の企業からより高いオファーをもらって移ったり、あるいは引抜きを防ぐため今働いている企業が賃金を引き上げる、という活動が活発にならなければならないのである。つまり、失業者が職を見つけるということと、賃金の動きは厳密にはリンクしていない。
  2. しかも、絶対的な人数で見ると、ある企業から別の企業に移る人の数の方が、失業している人が職を見つける数よりずっと多い。簡単な数字を示してみると、失業率が5%とすると、働いている人は95%である(働こうとしていない人は含めないでおく)。失業者は平均すると1ヶ月で25%の割合で職を見つける(これをUE率(Unemployment-to-Employment rate)と呼ぶ)ので、毎月職を見つける失業者の人数は5%*25%=1.25%である。就職している人で別の職に移る人の割合は平均して1ヶ月で2.5%くらい(これをEE率(Employment-to-Employment rate)と呼ぶ)であり、失業者が職を見つける割合よりずっと低い。しかし、母数が多いので、転職する人の割合は1ヶ月あたり95%*2.5%=2.4%である。よって、転職する人の数の方が絶対的な数では、職を見つける失業者よりずっと多い。よって、彼らの賃金の変化の方が、新たに職を見つけた失業者の賃金の変化より、全体的な平均賃金に与える影響が大きいと考えられる。
  3. 賃金上昇率とEE率あるいはUE率の相関をとると、EE率と賃金上昇質の相関の方がずっと高い。このことは、賃金上昇率に影響をより強く与えるのは、どのくらい失業者が職を見つけているかというよりは、どのくらい労働者が転職活動しているかであることを示唆している。
Moscarini and Postel-Vinayはこれらの事実に注目して、労働者が、失業しているときは低い賃金でもまずは働きはじめ、そのあとで別の企業から次々とオファーをもらって転職していくことで賃金が上がっていくモデルを構築し、そのモデルを様々な分析に使用している。

最初に述べた、失業率はかなり低いのに賃金上昇率(およびインフレ率)が上がらない状況も、彼らのモデルの枠内では新たな解釈が可能となる。景気が長くにわたって低迷した後の景気回復期では、労働者は低い賃金からまたゆっくり転職活動などをして賃金を上げてゆかなければならないので、失業率が低いとしても、それは、経済が過熱する(そしてインフレ率が上がる)ことを示唆しているわけはなくて、まだ経済がゆっくり回復しているということなのかもしれない。言い換えると、長い景気低迷の後では、低い失業率をもって、財政・金融政策によって更に経済を刺激する余地がないということにはならない、という解釈もできるかもしれない。

特に、最近、アメリカは、EE率が長期的な低下傾向にあるので、彼らのモデルによると失業率と賃金上昇率の負の相関が弱まっているという解釈も可能である。Moscarini and Postel-Vinayが日本について議論しているかわからないし、日本のデータはよく知らないけれども、もし日本で、EE率がかなり低い、あるいは低下しているとすると、日本では更に失業率と賃金上昇率の負の関係が弱まっているといえるかもしれない。労働市場が硬直的で、転職活動が活発でない、あるいは失業や賃金の低下を恐れて労働者が余り活発に転職活動を行わないというような状況であれば、失業率と賃金上昇率(そしてインフレ率)のリンクを弱める効果もあるかもしれない。そういう状況では、もしかしたら、失業率が低いからといって、もう景気を刺激する政策は打ち止めすべきという単純な議論は成り立たないのかもしれない。

Economist Again on Six Big Ideas in Economics

去年の夏にも同じ企画があったが、Economist誌が、経済学における6つの重要なアイデアというシリーズを今年もやっている。学部生など、非専門家でも読んで楽しめると思うので、読んでみて欲しい。去年のラインナップはここ。今年のラインナップも面白そうだ。

1. コースの企業の理論(http://econ.st/2u89V9T
2. ベッカーの人的資本(http://econ.st/2uqoENE
3. セイの法則
4. ピグー税
5. 自然失業率
6. 世代重複