Random Thoughts on "Evidence"

もともと時々しか書いていないブログなんだけれども、最近特に書くペースが遅くなってしまった。これまでは、新しいペーパーを書いたり、帰ってきたペーパーのリバイズをしたりしながら、いろんな分野の新しいペーパーについて流し読みするというスタイルできたのだけれども、1-2年くらい他のペーパーを基本的に読まずに、自分のペーパーのリバイズだけするということを試しているからである。そうしないと、放っておくとどんどんたまっていくリバイズが永遠に終わらない感じがしたからだ。リバイズのペースが上がっているような気がするので、しばらくはこの方向でやっていこうと思う。

というわけで、またも、新しい論文のレビューとかではなく、ツイッターとかでみた記事に対する感想文のようなものである。今回は、ダイヤモンド社の記事となっていた「受動喫煙に関するエビデンス」について、あまり考えず思ったことを書くだけにしておく。おそらくは、本にはもっとちゃんと書いてあるんだろうけれども、「学力」の経済学でもううおなかいっぱいで、この本を読む予定はないので、あくまでオンラインの記事だけを読んだ感想である。

  1. ちょっと最近、「エビデンス」という言葉が、正直言って(言葉は悪いが)うざくなってきている。趣旨には100%賛同するんだけれども、基本的に誠実な研究者は常にやってきたことなので、何か「エビデンス」という横文字で押し捲られると、誰でも知っていることをコンサルの人が横文字で主張してくるときと同じような違和感がある。
  2. ダイヤモンド社の記事によると、「日本人については「受動喫煙が健康に悪影響を与える」という確たるエビデンスがなかった」らしい。ところが、9つの、統計的に有意でなかった研究をまとめてメタアナリシスにすると、それが強力なエビデンスになるように書かれている。僕は統計とか計量とかよく知らないんだけれども、そういうもんなの?これで通用するなら、僕も今度、10個くらい統計的に有意でない研究を探してこようという気になる。喫煙者ではないし、そりゃ受動喫煙がいい影響があるわけはなくて、あるとしても大きい悪い影響か小さい悪い影響なので、禁止するコストが小さいなら禁止すべきであり、喫煙とかもっとしにくくなるといいなぁと日本で煙もくもくの小さいバーで酒を飲むたびに思うのだけれども、議論としては、JTの人に肩入れしたくなる。
  3. 次に、飲食店での全面禁煙が飲食店の売り上げに(負に)影響するかという議論がなされているが、それが重要なトレードオフなの?疑問である。一番重要な問題は、喫煙者が幸せになって非喫煙者が害をこうむるという外部性の問題、そして喫煙者の上司が店を選んだら断れないような話なんじゃないかと思うんだけど。
  4. この質問について日本のエビデンスはないけど、海外については、飲食店の全面禁煙は飲食店の売り上げに影響を及ぼさなかったというエビデンスがあるので、日本でもこのことは当てはまるのと考えるのが妥当であろう、といっているが、なんとなく、自分の議論に都合のいい部分についてだけ外部適用性の評価が甘いのではと考えてしまう。
  5. どちらかというと、「受動喫煙が健康に悪影響を与える」か否かの方が、国(人種)によって結果に違いはないだろうから、他の国の研究結果を日本に外部適用するのはあまり無茶じゃない気がするんだけれども、「飲食店の売り上げへの影響」というのは、各国の文化に影響を受ける面が大きい気がするので、海外の結果をそのまま日本に持ってくるのには慎重にならなければいけない気がする。特に「エビデンス」という言葉を振りかざしているのであればなおさらではないのか。
  6. あと、記事を見てて、「公共施設の全面禁煙」と「飲食店の全面禁煙」という言葉が混ざっているのに違和感を覚えた。もしかしたら議論の元になっている研究のいくつかは、「公共施設」を対象としていたり「飲食店」を対象としていたりするのかな。こういうところもっと正確にして欲しい。
(Disclosure) JTからお金をもらったりしてません。

Teach Me! BOJ


金融政策は、伝統的には、短期金利を操作し、それが長期金利にも波及することを通じて、実体経済に影響を及ぼしてきました。短期金利を操作していたのは、短期金利が一番確実にコントロールできるからです。以前に「教えて!にちぎん」に書いていた通り、長期金利は、通常、実体経済の状況や民間の経済主体がどのように将来の景気について考えるかで決まってくるものであり、日本銀行が直接コントロールすることは難しく、かつ、すべきではないという立場でした。 

ところが、リーマン・ショック以降、まず米・英などの中央銀行が長期金利に働きかける政策を実施しました。短期の政策金利がゼロ%に達し、いわゆる「ゼロ制約」に直面していたので、これ以上長期金利を引き下げることが不可能な状況下、更なる金融緩和効果を実現するために、長期国債等の買入れを通じて、長期金利を引き下げる政策を始めたわけです。日本銀行も2010年10月に「包括的な金融緩和政策」を導入し、やや長めの金利に働きかけました。また、2013年(平成25年)4月に導入した「量的・質的金融緩和」では、イールドカーブ全体の金利低下を促す観点から、大規模な国債の買入れを開始しました。長期国債等の買い入れや将来の金融政策についてコミットする、いわゆるフォワード・ガイダンスによって、長期国債の利回り等、名目の長期金利に影響を与えることができることはわかっていますが、それが実体経済にどのような影響を与えるかはわかっていません。アメリカの中央銀行である連邦準備銀行は、既に、長期国債等の買い入れを段階的に終了し、リーマン・ショック以前の金融政策に戻す方向に動き始めています。 

その一方、日本銀行は、2016年(平成28年)1月以降、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を実施し、理論的にも実証的にも効果が確認されていない政策を次々と実施しています。効果が確認されていないものの、なにかやらないと、最近数年の日本銀行の金融政策フレームワークが批判されるおそれがあるので、次々と新しい政策を目くらましのように実施して、あまり過去の政策に注意が向かないようになるというよい効果も期待されています。但し、効果がまったく確認されていないと認めてしまうと批判が強まるリスクがあるので、日本銀行は、マイナス金利と大規模な国債買入れの組み合わせが、長短金利全体に影響を与えるうえで、有効であるという研究結果をあわせて発表します。(詳しくは『量的・質的金融緩和』導入以降の経済・物価動向と政策効果についての総括的な検証」をご覧ください)。ここでは、非常に古くて今では経済学者には使われていないモデルに基づく理論的分析、および、識別問題について突っ込みどころ満載の実証的分析によって、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」が非常に効果的であることを示しています。これは素人の方がぱっと見ればこれはよくわからない、すごいと思われるでしょうが、それが狙いです。日本の経済学者の方々は、今や日本銀行が発表することについてまじめに批判・検証することは諦めているので、彼らにも突っ込まれない、しかも、このペーパーは日本語なので外国の経済学者にも突っ込まれない、という好ましい状況になっております。というわけで、事情を察して大人の対応をお願いします。 

こうした研究結果も踏まえ、2016年(平成28年)9月に日本銀行は、「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)」を導入しました。具体的には、日本銀行当座預金の「政策金利残高」に適用する金利を短期の政策金利とするとともに、長期金利については、10年物国債金利の操作目標を示して、これを実現するように国債の買入れオペを実施しています(詳しくは、「金融緩和強化のための新しい枠組み:『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』」をご覧ください)。最初に述べましたとおり、実質長期金利をコントロールすることは、まず不可能、かつ、望ましいかもわからないものですが、ここで参照しましたペーパーでは、がんばって正当化のように見えることを書いてみました。但し、理論的にも実証的にもきちんとした分析はありません。再びですが、事情を察して、大人の対応をお願いします。 

(注1) オリジナルはここ
(注2) インスピレーションは@JS_Ecohaさんのツイートだったと記憶しております。

No, Aging Did Not Cause the Secular Stagnation.

今回は、AcemogluとRestrepoによる最新のNBER Working Paper("Secular Stagnation? The Effect of Aging on Economic Growth in the Age of Automation")に触れる。とても短い論文だし、2017年のAEA年次総会で発表したと書いてあるので、おそらくはAER PPに載る論文なんだろう。

まずは、簡単にバックグラウンドから紹介しよう。普通の景気循環であれば、不況期にはGDP(生産活動)の成長率が急に落ち込むものの、その後の回復期にはGDPの成長率が急激に回復するのが常である。しかし、ほぼ全部の先進国では、2000年代後半の不況期以降、GDP成長率の急速な回復が見られない。下のグラフは、Summersが2016年2月に書いた記事と同じように、先進諸国の実質GDPの年間成長率の10年間の平均値の推移を示している(ソースはOECD。2016年以降はOECDの予測値)。
どの国も、1970年代以降、成長率が少しずつ低下し、2000年代初めのドットコムブームの後は、軒並み年率2%を下回っている。OECDの平均成長率も濃い青で示しているが、グラフにあるその他の国の動きと同じようなものである。このような成長率の停滞はSecular Stagnation(長期停滞)と呼ばれている。重要な事実は、この停滞はほぼ全ての先進国で起こっているという点である。よって、ある国に特有の理由によって説明してはならず、各国に同時に起こりうる説明でなければならない。例えば、日本において、生産性の低い企業が淘汰されていないから経済成長率が停滞したと言う議論は、日本の経済成長率が他のOECD諸国に比べて更に低いことの説明にはなるかもしれないけれども、大きな流れの説明にはならない。

このような長期停滞の裏にあるのは何であろうか?いくつもの仮説が提示されている。
  1. Summersは投資の需要の低さを強調している。ひとつ考えられるのは、コンピューター・オンラインサービスなどの重要性が増してくると、昔のように大型の機械に巨額の投資をする事が少なくなり、それが長期的な投資需要の停滞を生み出している。投資需要の停滞が総需要の停滞につながり、成長率を引き下げている。
  2. KrugmanはLiquidity Trap(流動性トラップ)の重要性を強調している。ゼロ金利制約に引っかかっている状況では、金融政策(政策金利の引き下げ)によって消費、投資などの総需要を刺激することが困難なため、総需要が停滞し、成長率の回復を妨げているのではないかというのである。但し、アメリカ・欧州・日本で行われてきている非伝統的金融政策はなんで効いてないのか?もし原因が通常の景気循環に対して金融政策で対処できないということであるならば、日本のように10年以上にわたってそのような不況が続くことが何でありうるのか?といった質問に答えられなければならない。後者の質問に対しては、いい均衡とゼロ金利に引っかかり続ける悪い均衡の二つがあり、悪い均衡にはまってしまうと脱出が難しいというような理論が提示されているが、このようなモデルは、急激な変化(1980年代の急激な地価上昇とその後の急激な低下のような)でも見られない限り、データによる正当化が難しいのではというのが個人的な印象である。
  3. Gordonなどは、そもそも技術革新のスピードが鈍った(インターネット以降、生産技術や生活を劇的に変えるような技術革新が起きていない)ことが長期的な停滞を引き起こしているのではないかという仮説を立てている。この仮説もデータから確かめることは非常に難しい。また、このような悲観論に対しては、1990年代初めにも同じことを言う人が言う人がいたけど、その後何が起こったか知ってるよな、という答えがよく返ってくる。
  4. BernankeはGlobal Saving Glut(世界的な貯蓄過剰)の重要性を強調している。中国やその他の途上国では貯蓄が大幅に増加しており、資源国では近年までは資源価格の上昇によって貯蓄が大幅に増えていた。そのような貯蓄の増加が世界の金利を引き下げ、またそのような貯蓄がドル資産などに向かうことで先進国の貿易赤字に結びつき、先進国のGDPの成長率を鈍化させた、という説である。
  5. 最後の仮説は、社会の高齢化をベースとしている。人口の高齢化に伴って、老後に備えるための貯蓄が増えて消費需要が停滞していること、そして、高齢化すると経済のダイナミズムが失われて技術革新が遅くなることを重視する立場である。
今回のペーパーでは、最後の仮説、つまり高齢化が進むと経済成長率が低下するという仮説をクロスカントリーデータで検証してみた結果、そのような仮説はデータでは支持されなかったということを示している。では、彼らのデータを見てみよう。まずは、高齢化に関するデータを示しているのが以下のグラフである。
緑色の線はOECD諸国における、50歳以上の人の人数の20-49歳の人の人数に対する比率である。しばしば、「依存人口比率」(dependency ratio)と呼ばれている。この数字が高いということは労働世代一人ひとりが養わなければならない高齢世代の人数が多いということである。今のOECD平均は0.9程度であるが、2050年には1.3を超えると予測されている。黒い線は全世界平均で、もちろんOECD平均より低い。日本はもっと高くなっている。

では、この依存人口比率が1990年から2015年の間に高まった国は経済成長率(一人当たりの実質GDP成長率)も低下するはずだという相関関係が、高齢化が長期停滞を引き起こしている場合に成り立っていなければならない。では、この二つをプロットしてみたのが以下のグラフである。
オレンジの点がOECD諸国、水色の点がそれ以外の国である。OECD諸国だけを見ても、全部の国を見ても、強い相関は見られない。それどころか、単純に線形回帰してみると、仮説が正しいときの場合とは逆に、正の相関がある。つまり、1990年から2015年の間に高齢化が進んだ国は経済成長率が低下するという仮説は彼らのデータからは支持されていない。逆に、経済成長率はわずかながら高まっている。

では、どうしてこのようなことが起こりうるか?彼らの仮説は、高齢化が進んだ国は、ロボットなど、労働力を使わない技術にシフトすることにより、生産性の低下を防ぐことができた、あるいは生産性が更に向上できたからだ、というものである。その仮設と整合的なデータとして以下のグラフが示されている。
X軸は前のグラフと同じく、高齢化の進み具合である。Y軸は、ロボットの使われる度合いが1993年から2015年の間にどの程度変化したかを示している。この数字が大きいということは、ロボットがより使われるようになったことを示している。日本がないように見えるのが残念だが、相関は正であり、彼らの仮説と整合的である。個人的には本当かなぁ、とにわかには信じがたい仮説なんだけど、まぁ、ちゃんと読んでいないので、批判のしようがない。簡単なデータ分析で大きなテーマについて直感的でない答えを出している、とてもprovocative(挑発的)な論文である。

Does When and How to do Fiscal Adjustments Matter?

Alesina, Azzalini, Favero, Giavazziによる最新のNBER Working Paper ("Is it the "How" or the "When" That Matters in Fiscal Adjustments?" No. 22863)を簡単に紹介する。

多くの先進国で、政府債務が膨らんでおり、財政再建が大きな課題の一つとなっている。ユーロ圏ではギリシャの政府債務返済への懸念が生じたことがきっかけとなって経済危機が生じ、それがその他の政府債務が大きい国(ポルトガル、スペイン、イタリア)にも飛び火したことで、ユーロ圏経済に深刻な影響を与えたことは記憶に新しい。日本においても、消費税率引き上げの背景にあるのは財政再建への取り組みである。

では、財政再建を行うに当たって、どの方法(税率引き上げか支出削減か)あるいはいつ行うか(好況の時か不況のときか、あるいはゼロ金利制約に引っかかっているときか)によって財政再建の効果は異なってくるか、という問題は常に重要であり続けている。長期的には財政再建をしたいとしても、財政再建は緊縮的政策であり、一時的には経済活動(GDP)が低下することとなる。そうであれば、できるだけ経済活動への悪影響が小さい手段、時期を選びたいからだ。

今回簡単に紹介する彼らのペーパーは、クロスカントリーデータ(たくさんの国の時系列データ)を用いて、財政再建がGDPに与える効果をVARを使って分析したものである。具体的には、彼らは、16のOECD諸国(オーストラリア、オーストリア、ベルギー、カナダ、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、アイルランド、イタリア、日本、ポルトガル、スペイン、スウェーデン、UK、US)の1981-2014年のデータを使って、財政再建のGDPに与える効果を、手段別(増税か支出削減か)および時期別(不況期か好況期か)に推定した。また、ゼロ金利制約の時期でその推定値が異なるかも検討してみた。また、ちょっとテクニカルになるが、彼らは、政府による政策の発表を持って「財政再建」が行われたとした。その結果は以下のグラフにまとめられる。

  1. GDPの1%に相当する財政再建を行った場合、増税によって行うか、支出削減によって行うかによって、GDPへの影響は大きく異なる。支出の切り下げで財政再建を行った場合のGDPへの影響は小さい(青い線、0.5%以下)一方、増税によって財政再建を行うとGDPへの影響は大きい(黒い線、1%以上)。
  2. 財政再建をいつ行うかは財政再建がGDPに与える影響に大きく影響しない。上のグラフでは、濃い線が好況期に財政再建を行った場合、薄い戦が不況期に財政再建を行った場合であるが、両者は近い。
  3. ちょっと驚くべきことかもしれないが、不況期に財政再建を行った方が、GDPに対する負の影響は小さい。但し、この点に関して、著者らは、GDPへの影響と厚生(幸福度)への影響をごっちゃにしないようにと言っている。GDPへの影響は小さくても、経済厚生をみると、不況期の財政再建のほうが負の影響が大きいことは十分に考えられる。
  4. ゼロ金利制約が財政再建のGDPへの効果に影響を与えるかについては、ゼロ金利の期間が短いので、綿密な分析はできないが、上の分析において、ゼロ金利制約に引っかかっていた国・期間をはずして推定を行っても、結果は大きく変らない。このことは、ゼロ金利であるか否かは、財政再建のGDPへの効果に大きな影響を与えないことを示唆している。
一つ注意書きを書いておくと、これをみて、やっぱり消費税増税による財政再建は間違っているんだ、と短絡的に考えないようにして欲しい(そう考える人は多い)。日本の場合、そもそも、支出削減による財政再建をしようとしても削るところがないかもしれないからだ。最近は特に、社会保障制度(生活保護等)をより充実させるべきとか、子供に関する政府の支出(保育所、学校等)を拡大するべきとかいう考えが広まっているようなので、支出を減らそうと言う方向にはないようにみえる。そういう中で財政再建も行っていこうとすると、GDPへの影響は比較的大きいかもしれないが、増税に頼るしかないともいえる。著者らの議論とも重なるが、GDPへの影響と経済厚生への影響はまったく異なっている。必要なのは、直近のGDPへの影響だけ見て騒ぐことではなく、長期的に支出と課税をどのようなバランスで、長期的に実行可能なプランで行うかという大枠の議論だと思う。

Why the Median Professor at Tokyo University is not Publishing?

河野議員は、最近、日本のグラントのおかしな申請フォーム、あるいはグラントの使用におけるおかしな習慣について意見をTwitterで募り、いろいろ改善策を実施してくれたようで、日本の研究者の間で彼の仕事が賞賛され、話題になっていた。その一方、グラントの使いやすさを改善するなんてことをするんだから、グラントを受ける研究者側のパフォーマンスも注目するだろうなと思っていたら、やっぱりそういうことになりそうだ。

以前のポストで触れた阪大社研DP(ディスカッションペーパー)についてTwitterで意見を求めている。注目しているのは、日本のトップの国立大学の経済学部において、所属する教員の2005-2015年の10年間にトップ200のジャーナルにパブリッシュされた論文数の中間値をとるとゼロである、つまり半分以上の教員は過去10年にトップ200のジャーナルにひとつもパブリッシュできていないという事実である。ブログ記事でも触れたが、半分以上の人が過去10年に1本はパブリッシュしている機関は大阪大学の社会経済研究所(このDPを書いたところ)と京都大学の経済研究所だけである。トップ200のほとんどはかなり細分化された分野のジャーナルを含むのであまり知識が広くない僕なんて多分聞いたことないジャーナルがほとんどだと思う。

この理由については、いくつか考えられる。いくつかを挙げてみよう。

  1. 昔は英文のジャーナルへのパブリケーションが求められていなかったので、昔の人はあまりそういう業績を出そうとしてこなかった。
  2. アジアも含む海外の方が研究環境が圧倒的によいので、欧米のトップスクールでPh.D.をとった場合、若くて生産的な時期は海外で過ごして、生産性が衰えてきたころに日本に戻るパターンが多い。
  3. 従来の日本では、(国際)ジャーナルにパブリッシュせず、政策に直結する仕事をする人が出世してきた。
  4. 日本の研究環境が劣悪なので、海外であればパブリッシュできる生産的な人も日本ではパブリッシュできていない。
  5. 経済学部にはマルクス経済学(あるいは経済史)の人が多く在籍しており、そういう人たちは英語のジャーナルに載せる文化ではない。
  6. 経済学部に在籍する経営学(マーケティング、会計等も含む)の人も(日本では)国際ジャーナルにパブリッシュする文化ではない。

経済学部(あるいは他の学部)を改革するか、そしてどのように改革するかを考える際には、パブリッシュされていない理由は何か、そして、実際パブリケーションを重視する方向に移行するのか、などを考えなければならないが、これ自体も難しい問題である。

日本の経済学部で何が起こっているかを知るひとつの材料として、東京大学の経済学部がどのような構成になっているかを見てみた。何で東大を選んだかというと、日本のトップの大学であること、そして、日本の大学の特徴を考える上で典型的な学部かなと思ったからである。それに、分析というほどのことはしていないにしても、HPに載ってる人をひとりづつ見ていくのは東大だけでも大変であった。社研DPの作成に携わった人々の労力に敬意を表したい。

まずは、誰を含むかだけれども、そもそものモチベーションが社研DPなので社研DPにあわせることにした。社研DPでは、研究に特化できる環境にあるかもしれない助教ははずしているので、ここでもはずすことにした。経済学部がメインの所属ではない(と思われる)人も社研DPにあわせてはずしてある。社研DPでは、専任講師以上を含むとあるが、東京大学のHPでは「講師」と「特任講師」がある。この二つの役職が何を意味しているのか僕にはよくわかんないのだけれども、「講師」は含めて、「特任講師」は外すことにしてみた。その結果、経済学部の人数は64人であった。社研DPでは60人となっているので、もしかしたら講師とかをどうするかの判断が間違っているのかもしれない。もしそうだったら誰か教えて欲しい。

更に、社研DPではトップ200のジャーナルに過去10年にいくつパブリッシュしたかをみているが、そんなの見るのは時間がないので、とりあえずは、国際ジャーナルに載せているかは安田さんのリストに載っているかで判断した。

では、ちょっと数字を見ていこう。まずは64人の分野および役職による内訳。分野は教員一覧に記載されていればそれを、そうでない場合はgoogleで検索して出てきたページを元に決めた。その上で、分野は「近経」、「経営」、「歴史」、の3つに分類した。「経営」は、経営学、ファイナンス、会計学を含む。アメリカであればいわゆるビジネススクールに所属する分野である。「歴史」は分野の名前に歴史が含まれるもの、およびマルクス経済学はここに入れた。「近経」はそれ以外である。財政学(僕の印象では、自分の分野を「財政学」と呼ぶ人は、アカデミックなジャーナルにパブリッシュするよりも政策に直結した研究を行っている人が多いように思われる)はここに含まれる。ちなみに、教員のリストはこのポストの最後に載せてある。名前は書いていないけれども、基本的に教員一覧と同じあいうえお順なので、その気になればすぐに誰が誰かわかるようにしてある。間違い等があったら教えてくれるとうれしい。
64人のうち、近経は38人、経営系は15人、歴史系は11人である。役職別に見ると、教授は41人、准教授は11人、講師は12人である。パーセンテージでみると以下のようになっている。

では、上の表のそれぞれのセルにおいて、国際ジャーナルにそれなりにパブリッシュしている人の割合はどのくらいかを見たのが以下の表である。上で書いたとおり、国際ジャーナルにパブリッシュしているかどうかの判断は安田さんのリストに全面的に依存した。以前のポストで触れたが、安田さんのリストに載る規準は彼の判断した「一流誌」35誌に2本以上載せていることである。彼の「一流誌」35誌は、社研DPのトップ20の25誌とは異なるが、オーバーラップも多い。また、河野議員が注目した論文の出版数の中間値では、トップ200のジャーナルにパブリッシュした本数であるが、東大のようなトップの学校の研究者であれば、基本的に安田さんの「一流誌」35誌位にしか載せないのではないかと思う。更に、安田さんのリストは過去10年ではなく、キャリアを通した数字なので、過去に多くパブリッシュしても過去10年にはパブリッシュしてないケースはここでは把握できない。もちろん、キャリアの浅い若手についてはあまり違いは生み出されない。この3つが安田さんのリストと社研DPのリストとの主な違いである。
全体では、64人中、安田さんのリストに載った人(安田さんの「一流誌」に過去2本以上乗せた人)は26人、つまり、全体でみると、キャリアを通じて「一流誌」に2本以上載せた人はトップの東京大学でも半分もいないということである。この数字がキャリアを通じたものであることを考えると、河野議員が注目した事実(過去10年にトップ200誌に載せた本数の中央値はゼロ)も驚くべきことではない。上で書いたように、東大クラスの研究者であれば、主に「一流誌」に載せるので、論文の範囲をトップ35誌からトップ200誌に変えたところで結果はそんなに変わらないのではないかと推測される。

では、内訳を見てみると、教授では41人中21人が安田さんのリストに載っている。つまり、約半分の人が国際ジャーナルに2本以上載せている。更に、国際ジャーナルにパブリッシュことが(最近は)重要である「近経」に限ると、その割合は26人中20人(77%)まで上がる。逆に経営系では8人の教授で安田さんのリストに載っている人はゼロ、歴史系では7人中1人である。安田さんのリストは経済学のジャーナルに基づいているので、経営系については驚くべきことではないだろう(とはいえJournal of FinanceとJournal of Financial Economicsは含まれている)。准教授では、全体で11人中4人が安田さんのリストに載っている。教授の割合(約半分)よりちょっと低めである。分野別に見ても「近経」が6人中4人、その他の分野はゼロ人である。講師で見ると、12人中リストに載っているのは1人だけ。これは、講師の人たちはまだキャリアの序盤なので論文がたまっていないことが主要な理由であると考えられるだろう。特に、経済学の論文はレビューに時間がかかることが指摘されているので、(最初からパブリッシュしまくるスーパースターを除けば)論文が最初たまってくるまでにちょっと時間がかかることも影響しているかもしれない。

ちなみに、安田さんのリストでは、2本以上載せた人、5本以上載せた人、10本以上載せた人が区別できる。その区別をしたのが以下の表である。
「0」はリストに載っていないこと、「1」は2-4本パブリッシュしたこと、「2」は5-9本パブリッシュしたこと、「3」は10本以上パブリッシュしたことを示している。教授では、41人中、20人はリスト外、12人が2-4本、9人がそれ以上である。准教授では、11人中、7人がリスト外、2人が2-4本、2人がそれ以上パブリッシュしている。講師では12人中11人はリスト外であり、1人が2-4本パブリッシュしている。

以下が元データ(名前は載せていない)である。参考まで。
(追記1:2017年1月16日)@D_A_worksさんから数字が少し間違っていることを指摘され、修正。ありがとうございます!それに幾分加筆した。とはいえ、全体的なメッセージには影響はない。
(追記2:2017年1月16日)@nii_tsukuさんより、リストの20の方は既に東大から移動しているとの指摘を受けた。ありがとうございます!但し、一人ひとりチェックするのは大変なので、東大経済学部がホームページに記載している教員一覧に基づくこととており、おそらくはそのリストがアップデートされていなかったことによると思われる。

Tony Atkinson: Chartbook on Economic Inequality

Tony Atkinsonは、各国の所得・資産に関する不平等に関するデータを集めて見やすい形に整理したChartbook on Economic Inequality(リンクはここ)を整備した。それぞれの国について、みやすいグラフと、グラフからどういう傾向が読み取れるかが簡潔に整理されている。主にデータのそろっている先進国しか含まれていない。日本のデータも含まれているのは国際比較を容易にするという意味で喜ばしい。

例として、アメリカと日本のグラフを見てみよう。まずはアメリカから。


  1. 労働所得のばらつきの程度はここ数十年で拡大したか? → Yes。上位10%の所得の中央値に対する比率は1950年の150%から2012年には244%まで上昇した。
  2. 所得の不平等は最近上昇したか? → Yes。所得に関するジニ係数は1980年から7パーセンテージポイント上昇した。
  3. 所得の不平等が低下した時期はあったか? → Yes。1929年から1945年。
  4. 貧困は近年拡大しているか? → No。公式の貧困度は1948年から1970年代にかけて低下した後安定的に推移している。
  5. 高所得者の所得比率のU字型パターンは存在しているか? → Yes。高所得者シェアは1928年から1970年代にかけて低下したがその後倍以上に上昇した。
  6. 資産の不平等は所得の不平等の変化のパターンと同じように動いているか? → Yes。高資産者シェアは1980年代まで低下した後緩やかな上昇傾向にある。
  7. その他の特筆すべき特徴。 → 労働所得のばらつきは1950-1970年に上昇したが総所得の不平等はその時期に増加しなかった。
次は、日本についての同じグラフと質問に対する答え。アメリカに比べるとデータが少ない。所得の不平等度が最近高まったというような論調をよく目にするけれども、それほど大きく不平等度が上昇したようには見えない。


  1. 労働所得のばらつきの程度はここ数十年で拡大したか? → No。上位10%の所得の中央値に対する比率は1960-1970年代に低下した後、特段のトレンドは見られない。
  2. 所得の不平等は最近上昇したか? → Yes。所得に関するジニ係数は1980年2000年代初頭にかけて上昇したが、その後は安定している。
  3. 所得の不平等が低下した時期はあったか? → データ不足。しかし、1938年と1945年のデータに大きな開きがあることから、第二次世界大戦は不平等の改善に寄与した推測される。
  4. 貧困は近年拡大しているか? → Yes。1980年代初頭から2000年まで上昇した。
  5. 高所得者の所得比率のU字型パターンは存在しているか? → No。第二次世界大戦後の高所得者の所得比率は第二次世界大戦前より低いものの、その後は比較的安定している。1990年代以降上昇基調にあるものの大幅な上昇ではない。
  6. 資産の不平等は所得の不平等の変化のパターンと同じように動いているか? → データ不足。
  7. その他の特筆すべき特徴。 → 第二次世界大戦前と後に大きな違い。労働所得のばらつきは比較的安定的。

Tony Atkinson: 15 Proposals

Tony Atkinsonが2017年の1月1日に亡くなった。Atkinsonといえば、今Piketty-Saezがやっていて大流行していることー各国の不平等の歴史的な変化についてのデータの整備、および最適課税理論ーをずっと前に始めた人である。Pikettyブームというか不平等ブームで彼の仕事にも以前にもまして注目度が高まった矢先だったので、残念である。

今回は、2015年に出版されたAtkinsonのベストセラー"Inequality - What can be done?"で提示された15の提言が彼のホームページにあるので、それを和訳して書いておく。かなりの政府介入を許容しているのに驚きである。次回は彼のもうひとつの最近の仕事ー各国の不平等に関するデータの整備ーについて触れる。

1. 技術革新の方向性は政策決定者にとって直接的な関心事であるべきである。労働者が雇用されやすく、サービスにおいて人間的な側面が重視される技術革新を促進すべきである。

2. 政策は、利害関係者のパワーバランスをうまくつりあわせることを目指すべきである。そのために以下のことをすべき:
(a) 競争政策の実践において明示的に(所得の)配分を考慮する。
(b) 労働組合が労働者を適切に代表できるような法的な枠組みを整備する。
(c) もし存在していなければ、社会的な団体が政策決定に関与できるような社会経済諮問機関を設置する。

3. 政府は失業を減らすための直接的な目標を設定すべきである。そのために、働きたくても働き先が見つからない人のために、最低賃金での公的セクターでの雇用を保証べきである。

4. 以下の二つの要素からなる社会保障政策があるべきである。(1) 最低限の生活を保障する最低賃金。(2) 社会経済諮問機関も関与した上で合意される、最低賃金を上回る賃金についての規範。

5. 政府は、正の実質利子率が保証され、個人の保有額に上限のある、貯蓄用の国債を発行するべきである。

6. 全成人に与えられる最低限の相続額が設定されるべきである。

7. 公的な投資機構が設立されるべきである。この投資機構は、企業や土地を保有することで国家の純資産を増やしていくのが目的である。

8. 個人の所得税率は累進性が高いものに回帰すべきである。最高税率は65%まで。そして税基盤を広げるべきである(控除とかを廃止するということか?)

9. 低い所得に対して勤労所得税額控除(Earned Income Tax Credit or Earned Income Discount)を導入すべきである。

10. 遺産や生前供与には、贈与額全体に対して累進的に課税するべきである(つまり、少しづつ供与することで課税を回避することができないようにするべきである)。

11. 固定資産に対しては、時価に応じた、定率あるいは累進的な固定資産税が課されるべきである。

12. 子供への補助金(Child Benefit)は全ての子供に手厚く支払われ、その補助金は課税対象となるべきである。

13. 現在存在する社会保障制度に加えて、社会参加所得(Participation Income)が導入されるべきである。これは、子供にはベーシックインカム(BI)として適用される。
(注:Participation Incomeとうのは、Atkinsonが主張するもので、BIとの違いは、PIを受け取るためには、ボランティア活動あるいは高齢者の手助けなどのサービスを提供しなけばならない点である。このことで、BIの問題点である、労働への負のインセンティブ、あるいは受益者がこうむるかもしれない汚名を和らげることを目的にしている)

14. 社会参加所得の代替案としては、社会保障制度の拡充(金額の引き上げおよび適用範囲の拡大)をしなければならない。

15. 先進国はODA(政府公的支援)の金額のターゲットをGNPの1%とすべきである。

そのほか検討に値する提言:

(1) 家計の(住宅などを担保としない)無担保借り入れがどのくらいできるかについての詳細な調査。

(2) 民間の年金の税制面の優遇措置の是非に関する調査。

(3) 資産税(wealth tax)の導入についての調査。

(4) 世界中に散らばる全資産に対する統一的な課税システム(税率が低い国に資産を移すことによる税逃れを防ぐためだろう)

(5) 企業への最低課税額の導入。