毎年8月の最終週に、FRBの幹部連中(および世界中の中銀のトップ)がジャクソンホールという、ワイオミングの小さな町に集まる。ここは、普通は、登山・ハイキングや(西部スタイルの)乗馬やスキーが楽しいところで、交通の便もとても悪い(多くの都市から直行便がない)ところなんだけれども、夏の終わりにFRBのトップがジャクソンホールに集まって金融政策について、いろいろなスピーカーを呼んで、オープンに議論をするというのが習慣となっている。主催するのはカンサスシティ連銀で、カンサスシティ連銀は毎年ジャクソンホールの前は準備で大変みたいだ。
今年のテーマは、企業の独占の度合いが高まっていることが最近話題になっているが、そのようにマーケットストラクチャーが変化している中で、金融政策はどのように適応していくべきかというものだった。今年の全体のアジェンダはここにある。この中で、アラン・クルーガーのスピーチが良くまとまっていたので簡単に紹介しておきたい。日本も同じ問題に直面しているが、日本の状況について考える際にもとても参考になると思う。
クルーガーは、まず、経済学者はマーケットが競争的である(賃金は生産性と一致するところで決まる)と考えがちだけど、多くのマーケットは実際には競争的ではないと議論する。面白い例として、彼が財務省で働いていたときに、世界のトップのファイナンスの学者達が、LIBORや為替市場に対して誰かが大きな影響力を持ちうることについて懐疑的だったという話を挙げている。その一方、アダム・スミスは国富論において、雇用者は常に賃金を生産性を下回る水準に引きとめようとするものであり、そのことを否定する人は世の中について全然わかっていないと書いていたことを引用している。
経済学において、賃金が競争的に決まらない代表的なフレームワークとしては、(1) ジョーン・ロビンソンに始まる、需要独占(あるいは寡占)のフレームワークと、(2) バーデット・モーテンセン・ピサリデス・ダイアモンドが発展させたサーチモデルのフレームワークがあり、彼のスピーチの背景にあるのはこのようなフレームワークであると述べた上で、近年、失業率はとても低い水準にあるのに、賃金上昇率(インフレ率)は加速しない理由として、以下の6つをあげている。
1.労働市場がタイトになってきた場合、賃金が低いレベルにある労働者の賃金から上がり始めるが普通であるが、同時に、賃金の不平等が拡大しつつあり、低賃金労働者の労働市場が悪化しつつ(後で述べる)ある中では、賃金の上昇プレッシャーが打ち消されている。Katz-Kruegerの研究によると、これらのを考慮に入れた自然失業率は1970年の6.8%から1990年代には5.4%に低下し、2000年代には更に低下したという研究もある。
2.現在の賃金上昇率は賃金フィリップスカーブから得られる賃金上昇率よりも1-1.5pp(パーセンテージポイント)低い。高齢化の進展が0.2-0.3pp引き下げているであろう。生産性の停滞が1pp程度説明できる可能性はあるが、昨年は生産性は回復していた。データではうまく計測されていない労働市場のスラック(緩み)もそのギャップの一部を説明できるかもしれないが、労働者の退職率は不況前の水準まで回復しており、スラックがうまく計測されていないとは考えにくい。
3.各セクターにおいて主要な企業の市場占有率が高まって、それらのトップ企業の重要独占の度合いが高まっているというエビデンスが蓄積されてきている。更に、市場の独占が進んでいるセクターでは賃金上昇率も低めであるり、その相関関係は高まりつつあるというという結果もある。有名なのは各地域の看護師の賃金上昇率と病院の市場独占度合いの相関についての研究である。また、労働強供給の弾力性と賃金の上昇率の相関も発見されている。
4.大きな企業による労働市場の需要独占というのは常に存在していたと思われるが、それに対抗する制度が最近弱まってきている。2つ例を挙げると、(1) 労働組合の組織率・交渉力の低下、(2) 最低賃金の(実質)レベルの低下があげられる。
5.近年アメリカにおいては、企業の需要独占力を高める制度が広まっている。その例を5つ挙げると:(1) 短期(非正規)雇用制度の充実で労働者の交渉力が弱まっている、(2) non-compete制約(競合する企業に移れない契約)の広まり(サンドウィッチ屋の従業員にもnon-compete制約は存在する)、(3) 多くの職種で政府によるライセンスが必要になってきていること、(4) Ashenfelter-Kruegerの研究によると、58%のフランチャイズ制の企業において、他のフランチャイズからの従業員の引き抜きの禁止(no-poaching)規定がある。この数字は1996年には36%だったが上昇しつつある。この問題は特にファーストフードで多い。(5) フランチャイズでなくても、競合企業が談合して、お互いに従業員の引き抜きを避けるような慣習がある。最近までは、毎年、AEAにおいて、トップの大学は新任の助教授の給料やコースロード(何コマ教えるか)について合意をしていた!
これらの制度は、企業の独占力が高まっていると実施しやすいこと、明示的でなくても実施することができること、大不況時に失業を経験して従業員が失業を恐れている時には、労働組合も強気の交渉がしづらいこと、を指摘しておく。その一方、このような制度は、労働市場がタイトになると、維持しづらくなってくる。最近このような制度が問題になってきているのは、労働市場がタイトになってきていることと無関係ではないかもしれない。
6.企業の需要独占力が高まって、賃金の上昇率が抑えられても、雇用者数に大きな影響を与えるとは限らない。つまり、労働供給の弾力性は低く見えるかもしれない
では、労働市場におけるこのような展開に対して、金融政策はどのように対応すればよいだろうか?企業の需要独占力の行使に対する有効な政策は、反トラスト法の行使であり、政府の仕事である。金融政策当局にできることとしては次のことを考慮に入れることかもしれない:(1) このような需要独占力の行使を外生的なショックととらえられる(具体的には自然失業率の低下のショック)、(2) 労働供給の弾力性は低いかもしれない、(3) 労働市場がタイトになることによって、ここで挙げたような需要独占力の行使が有効でなくなってくるかもしれない。
Showing posts with label Labor. Show all posts
Showing posts with label Labor. Show all posts
Alan Krueger at Jackson Hole
Labels:
Business Cycle,
Conference,
Growth,
Inequality,
Japan,
Labor,
Policy
NBER Summer Institute: Micro Data and Macro Models (4)
引き続き、NBER Summer InstituteのMicro Data and Macro Modelsで発表されたペーパーのメモ。最後は最終日のペーパー。ほかのセッションも出たが、今回で、NBER Summer Instituteのペーパーについて書くのは終わりになるような気がする。そして余力があれば通常営業に戻る予定である。
Corbae and Glover, "Employer Credit Checks: Poverty Traps versus Matching Efficiency"
アメリカでは、雇用しようか考えている人のクレジットヒストリー(破産したかとか、債務をきちんと返済しているかとかがわかる)をチェックすることが普通に行われている。彼らのペーパーによると、ある人事部の人へのインタビューによると60%の会社でクレジットヒストリーをチェックして採用するか否かを決める材料に使っていた。もし、patientな(将来のことを重視する)労働者とpatientでない労働者がいるとすると、前者の方がクレジットヒストリーはよく、彼らの方が長い目で自分への投資などを行うので、好ましい人材となりうる。ただ、この場合、patientでない労働者は職が見つかりづらくなり、その結果、借金の返済に困ったりして、クレジットヒストリーが下がって、さらに職が見つかりにくくなるという負のスパイラルに陥る状況を生み出してしまう。このような状況を避けるには雇用の決定をする際にクレジットヒストリーを参照するのを禁止すればよいということもできるが、この場合、企業は欲しい人材が採用できなくなるし、クレジットヒストリーが悪くても雇用に影響がないということで期限通りに借金の返済などをするインセンティブが損なわれてしまう。このような複雑な状況を一般均衡モデルで分析した論文である。
Braxton, Herkenhoff, and Phillips, "Can the Unemployed Borrow? Implications for Public Insurance"
行政データ(administrative data)から得られる所得のデータとクレジット関連のデータを組み合わせることで、職を失った人がどのようにクレジットカードなどのクレジットを使っているかをみてみた。すると、職を失った人はクレジットカードでお金を借りることができるし、実際借りていること、および、借り入れしすぎている人は破産することで借金の返済に苦しまずに済んでいることが分かった。(注:理論的には、失業したら破産の可能性が高まるので、クレジットカード会社は借入をできないようにしたくなるはずだけれども、アメリカの場合、クレジットカード保有者の所得のデータは頻繁には得られない(特に失業した人が自発的に所得を報告したりはしない)ので、失業した人もそれ以前に取得したクレジットカードを使い続けることができるということだろう)つまり、クレジットカードは、失業保険のように使えるということである。このことは、クレジットカードが盛んに使われている状況では、最適な失業保険のレベルは低い(クレジットカードが代替してくれるから)ことを示唆している。著者らは、クレジットカードと失業のリスクのあるモデルを構築して、最適な失業保険の金額を計算し、現在のアメリカの水準(彼らによると45%)より低い35%であることがわかった。
どちらのペーパーも個人の異質性のあるマクロモデルの最先端のモデルである。
Argente, Lee, and Moreira, "How Do Firms Grow? The Life-Cycle of Products Matters"
最初に書いておくと、このペーパー、無茶苦茶面白かった。全然知らない分野なんだけど、聞いているだけでわくわくした。ペーパーにはモデルもあった気がするが、モデルはどうでもよくて、データが面白かったので、いくつかデータについて書いておく。
彼らのデータは、2006-2015年の間、全米40,000の小売店で、それぞれの商品のバーコードを使って、何がいくつ売れたかを詳細に記録したものである。さらに、それぞれの商品がどの企業に属しているかもわかる(商品と企業をマッチしている)ので、それぞれの企業がどのような商品に頼っているか、商品の売れ行きは時間とともにどのように変わっていくか、企業は商品をどのように入れ替えていくか、などがわかるというものである。
彼らによると、彼らのサンプルに含まれる企業の売り上げは毎年6%づつ伸びているが、売り上げの増加は新製品によるもの(毎年11%の伸び)である。新製品は、導入された年に売り上げを伸ばすが、その後は、売り上げは普通はコンスタントに落ちていく(既存の製品の売り上げの年平均下落率は6%)からである。
彼らの推定によると、製品の平均的なライフサイクルは以下のようなものである。
売り上げは最初の4年間くらいは増加し、そのあとでは落ちてゆく。但し、このグラフは、売り上げが小さかった商品は早く消えてゆくので、その分ライフサイクルが押し上げられるという影響(composition bias)が入っている。それをコントロールするために、何年売られていたかわかっている商品だけ見て、それぞれの商品を別々に見てみたのが以下のグラフである。
それぞれの線は、その製品が何年売られてたかを示している。どの製品も新製品として導入された後は、売り上げは落ちてゆく。もちろん、息が長かった製品(彼らのデータでは最長は16年)は当初から売り上げが大きい。最初のグラフの当初4年間の上昇は数年しか売られなかった商品がなくなって売り上げの平均が押し上げられたからだとわかる。
では、売り上げを、価格と数量に分解してみると、以下のようになる。
製品のライフサイクルとしては、価格はあまり動かない一方、数量が大きく変わっていく。もちろん、上で上げたようなバイアスが含まれていることは注意してほしい。
次のグラフは、企業が売る商品の数が、企業の年齢とともにどのように変化してゆくかを示している。
予想通り、新しい企業は売っている商品の数も少ないが、企業が年を取るにつれて、打つ商品の数は増えていく。
とりあえずこれくらいにしておくが、とにかく色々なグラフを見ているだけで色々なことを自然と考えてしまう楽しいプレゼンだった。
Krueger and Uhlig, "Neoclassical Growth with Long-Term One-Sided Commitment Contracts"
最後は打って変わって理論系の論文である。いわゆるAiyagariモデルなどは、消費者が締結できる契約を(著しく)制限しているというのが、昔は大きく問題にされてきた。モデルの中の消費者は、所得が高い人が低い人に所得を移転する保険契約(アロー証券でもいい)を取引したいはずなのに、Aiyagariモデルの中では、個々人の直面するショックの結果に依存しない、一定の利子率の債券しか取引できないからである。1990年代には、このようなAiyagariモデルの仮定にミクロ的基礎(micro foundation)を与える研究が流行していたが、最近は、あまり見られなくなった。このペーパーは、最近見られなくなった、そのような流れの論文である。彼らのモデルでは、保険会社が個々の消費者の所得のショックに応じて支払い額が変わる(所得が低かった消費者は高い金額を受け取って所得が高かった消費者は低い金額を受け取る)保険契約を売るんだけれども、消費者の方は後で保険契約から抜けることができる(つまり保険会社の側しか契約にコミットできない)モデルを構築した。この状況では、保険会社も、所得が高かった消費者が保険から抜けてしまうことも考慮して、完全に所得の変動を抑える(保険金支払額の変化で相殺する)契約を売ることができないので、完備契約とはならない(消費は個人のショックに応じて変動する)。つまり、Aiyagariモデルと同じような特徴が導き出せる。このようなモデルは大体複雑になって、いろいろな要素を加えることができないんだけれども、ある仮定の下では、モデルの解が解析的に得られるのが売りである。ただ、このような不完全な保険契約なんて実際に売ってないじゃないか、という質問が出て、皆同意しているように見えたのは感慨深かった。1990年代だったら、逆に、Aiyagariモデルを使うと、外生的にどのような資産が取引されるか仮定してよいのか、という質問がしょっちゅう出たからである。時代の変化を感じさせた。
Corbae and Glover, "Employer Credit Checks: Poverty Traps versus Matching Efficiency"
アメリカでは、雇用しようか考えている人のクレジットヒストリー(破産したかとか、債務をきちんと返済しているかとかがわかる)をチェックすることが普通に行われている。彼らのペーパーによると、ある人事部の人へのインタビューによると60%の会社でクレジットヒストリーをチェックして採用するか否かを決める材料に使っていた。もし、patientな(将来のことを重視する)労働者とpatientでない労働者がいるとすると、前者の方がクレジットヒストリーはよく、彼らの方が長い目で自分への投資などを行うので、好ましい人材となりうる。ただ、この場合、patientでない労働者は職が見つかりづらくなり、その結果、借金の返済に困ったりして、クレジットヒストリーが下がって、さらに職が見つかりにくくなるという負のスパイラルに陥る状況を生み出してしまう。このような状況を避けるには雇用の決定をする際にクレジットヒストリーを参照するのを禁止すればよいということもできるが、この場合、企業は欲しい人材が採用できなくなるし、クレジットヒストリーが悪くても雇用に影響がないということで期限通りに借金の返済などをするインセンティブが損なわれてしまう。このような複雑な状況を一般均衡モデルで分析した論文である。
Braxton, Herkenhoff, and Phillips, "Can the Unemployed Borrow? Implications for Public Insurance"
行政データ(administrative data)から得られる所得のデータとクレジット関連のデータを組み合わせることで、職を失った人がどのようにクレジットカードなどのクレジットを使っているかをみてみた。すると、職を失った人はクレジットカードでお金を借りることができるし、実際借りていること、および、借り入れしすぎている人は破産することで借金の返済に苦しまずに済んでいることが分かった。(注:理論的には、失業したら破産の可能性が高まるので、クレジットカード会社は借入をできないようにしたくなるはずだけれども、アメリカの場合、クレジットカード保有者の所得のデータは頻繁には得られない(特に失業した人が自発的に所得を報告したりはしない)ので、失業した人もそれ以前に取得したクレジットカードを使い続けることができるということだろう)つまり、クレジットカードは、失業保険のように使えるということである。このことは、クレジットカードが盛んに使われている状況では、最適な失業保険のレベルは低い(クレジットカードが代替してくれるから)ことを示唆している。著者らは、クレジットカードと失業のリスクのあるモデルを構築して、最適な失業保険の金額を計算し、現在のアメリカの水準(彼らによると45%)より低い35%であることがわかった。
どちらのペーパーも個人の異質性のあるマクロモデルの最先端のモデルである。
Argente, Lee, and Moreira, "How Do Firms Grow? The Life-Cycle of Products Matters"
最初に書いておくと、このペーパー、無茶苦茶面白かった。全然知らない分野なんだけど、聞いているだけでわくわくした。ペーパーにはモデルもあった気がするが、モデルはどうでもよくて、データが面白かったので、いくつかデータについて書いておく。
彼らのデータは、2006-2015年の間、全米40,000の小売店で、それぞれの商品のバーコードを使って、何がいくつ売れたかを詳細に記録したものである。さらに、それぞれの商品がどの企業に属しているかもわかる(商品と企業をマッチしている)ので、それぞれの企業がどのような商品に頼っているか、商品の売れ行きは時間とともにどのように変わっていくか、企業は商品をどのように入れ替えていくか、などがわかるというものである。
彼らによると、彼らのサンプルに含まれる企業の売り上げは毎年6%づつ伸びているが、売り上げの増加は新製品によるもの(毎年11%の伸び)である。新製品は、導入された年に売り上げを伸ばすが、その後は、売り上げは普通はコンスタントに落ちていく(既存の製品の売り上げの年平均下落率は6%)からである。
彼らの推定によると、製品の平均的なライフサイクルは以下のようなものである。
売り上げは最初の4年間くらいは増加し、そのあとでは落ちてゆく。但し、このグラフは、売り上げが小さかった商品は早く消えてゆくので、その分ライフサイクルが押し上げられるという影響(composition bias)が入っている。それをコントロールするために、何年売られていたかわかっている商品だけ見て、それぞれの商品を別々に見てみたのが以下のグラフである。

それぞれの線は、その製品が何年売られてたかを示している。どの製品も新製品として導入された後は、売り上げは落ちてゆく。もちろん、息が長かった製品(彼らのデータでは最長は16年)は当初から売り上げが大きい。最初のグラフの当初4年間の上昇は数年しか売られなかった商品がなくなって売り上げの平均が押し上げられたからだとわかる。
では、売り上げを、価格と数量に分解してみると、以下のようになる。
製品のライフサイクルとしては、価格はあまり動かない一方、数量が大きく変わっていく。もちろん、上で上げたようなバイアスが含まれていることは注意してほしい。
次のグラフは、企業が売る商品の数が、企業の年齢とともにどのように変化してゆくかを示している。
予想通り、新しい企業は売っている商品の数も少ないが、企業が年を取るにつれて、打つ商品の数は増えていく。
とりあえずこれくらいにしておくが、とにかく色々なグラフを見ているだけで色々なことを自然と考えてしまう楽しいプレゼンだった。
Krueger and Uhlig, "Neoclassical Growth with Long-Term One-Sided Commitment Contracts"
最後は打って変わって理論系の論文である。いわゆるAiyagariモデルなどは、消費者が締結できる契約を(著しく)制限しているというのが、昔は大きく問題にされてきた。モデルの中の消費者は、所得が高い人が低い人に所得を移転する保険契約(アロー証券でもいい)を取引したいはずなのに、Aiyagariモデルの中では、個々人の直面するショックの結果に依存しない、一定の利子率の債券しか取引できないからである。1990年代には、このようなAiyagariモデルの仮定にミクロ的基礎(micro foundation)を与える研究が流行していたが、最近は、あまり見られなくなった。このペーパーは、最近見られなくなった、そのような流れの論文である。彼らのモデルでは、保険会社が個々の消費者の所得のショックに応じて支払い額が変わる(所得が低かった消費者は高い金額を受け取って所得が高かった消費者は低い金額を受け取る)保険契約を売るんだけれども、消費者の方は後で保険契約から抜けることができる(つまり保険会社の側しか契約にコミットできない)モデルを構築した。この状況では、保険会社も、所得が高かった消費者が保険から抜けてしまうことも考慮して、完全に所得の変動を抑える(保険金支払額の変化で相殺する)契約を売ることができないので、完備契約とはならない(消費は個人のショックに応じて変動する)。つまり、Aiyagariモデルと同じような特徴が導き出せる。このようなモデルは大体複雑になって、いろいろな要素を加えることができないんだけれども、ある仮定の下では、モデルの解が解析的に得られるのが売りである。ただ、このような不完全な保険契約なんて実際に売ってないじゃないか、という質問が出て、皆同意しているように見えたのは感慨深かった。1990年代だったら、逆に、Aiyagariモデルを使うと、外生的にどのような資産が取引されるか仮定してよいのか、という質問がしょっちゅう出たからである。時代の変化を感じさせた。
NBER Summer Institute: Micro Data and Macro Models (3)
引き続き、NBER Summer InstituteのMicro Data and Macro Modelsで発表されたペーパーのメモ。今回は3日目。
Boerma and Karabarbounis, "Inferring Inequality with Home Production"
所得の不平等が注目を集めているが、不平等を考えるに当たっては所得だけ見ればいいというものではない。(著者らの例ではないが)、2人いる経済で、1人は会社で働いて給料をもらって、もう1人は農業を営んで自給自足の生活をしているとすると、(データで把握される)「所得」だけ考えると後者は所得ゼロなので、不平等が大きい用に見えるが、消費(あるいは幸福度)は前者も後者も同じかもしれない。著者らは、所得で把握されない、家計内生産(home production)も考慮すると不平等の度合いどのように異なってくるかを計算した。使ったデータは、CEX(家計レベルの消費を細かく記録したマイクロデータセット)とATUS(American Time Use Survey、家計レベルでどのように時間を使っているかを詳細に追ったマイクロデータセット)の組み合わせ。著者らの分析によると、所得の高い家計のほうがより多くの時間を家計内生産に費やして消費しているので、不平等の度合いは更に大きくなるとのこと。予想される結果は、所得が低ければその分家計内生産生産でカバーしてるように考えるのが自然なので、家計内生産も含むと不平等の度合いは小さくなるのではと考えられるがその逆の結果となっている。但し、細かくは見ていないけれども、何を家計内生産に含めるかに大きく寄るようだ、というのが議論を聞いたうえでの印象。所得が高くて、より多くの時間を子供に割くことができれば、子供との時間は家計内生産に含まれるので、家計内生産の不平等は大きく出るというのが強く出ているようだ。
Eisfeldt, Falato, and Zhang, "The Rise of Human Capitalists"
著者らは労働の対価として賃金ではなくて、会社の株やストックオプションを受け取る労働者を「人的資本家」と定義して、人的資本家がアメリカの経済に占める割合が近年高まってきていることを指摘。所得面のGDPの内訳を見たときに、労働者が受け取る賃金のシェア、および、資本が受け取るレンタル料のシェアが低下してきていることは最近注目を浴びている(例えば最近このポストやこのポストでも触れた)が、その少なくとも一部は、(主にスキルの高い)労働者が賃金という形ではなくて会社の株やストックオプションという形で報酬を受け取る傾向が高まっているからだと主張している。
Caucutt, Gunner, and Rauh, "Is Marriage for White People? Incarceration, Unemployment, and the Racial Marriage Divide"
25-54歳の白人女性で結婚したことのある(あるいは同棲している)人の割合は1970年には94%であったのが2013年には79%まで低下した一方、黒人女性で結婚した異なるひとの割合は89%から51%まで大幅に下落した。この違いは(何らかの理由で、黒人女性は黒人男性を好み、白人女性は白人男性を好むという仮定が重要だが)、黒人男性で刑務所に入っている人の割合が高まったこと、および職がない人の割合が高いことで説明できることを示した。
Bloom, Guvenen, Pistaferri, Salgado,-Ibanez, Sabelhaus, Song, "The Great Micro Moderation"
マクロ経済学の最近のビッグデータの流行を牽引するオールスターによる論文。アメリカ(及び他の国)における過去数十年の労働者間の賃金の不平等の拡大が、例えば院卒・大卒の平均給料の伸び率が高卒(あるいは高卒以下)の平均給料の伸び率を大幅に上回っていたことによる(あるいは他の、労働者間の目に見える違いで説明できる)ものなのか、あるいはここの労働者が直面するリスク(所得の不安定性)が拡大したからなのかについては、おそらくは両方とも拡大したというのが一般的に受け止められている結論だと思う。但し、これまでの分析は、誰でも利用できるが、把握されている労働者の数は比較的小さいデータセットを用いてなされてきた。この論文では、社会保障局(Social Security Administration)が持っている詳細な所得データを用いて、同じ分析を行ってみた。主要な発見は以下の4つである。(1) 性別・生まれ年・年齢が同じ労働者の間の賃金の成長率の分散(賃金の不安定性と解釈できる)は1980年から2013年の間、大きく低下した。(2) この低下は、企業間の、雇用変化率及び平均賃金上昇率の分散の低下と同時に起きている。(3) 労働者の賃金の成長率の分散の低下は、転職する労働者の割合の低下で説明できる(彼らのデータセットは個々の労働者が毎年どこで働いていたかを追うことができるすごいものなのだ)。その一方、転職した労働者、あるいは、転職しなかった労働者の賃金上昇率の分散はあまり変化していない。(4) 労働者の賃金の上昇率の分散の低下は、企業の雇用変化率の分散の低下で「説明」できる。またしても、既存の結果に対して、違うように見える結果を突きつけた論文である。
Boerma and Karabarbounis, "Inferring Inequality with Home Production"
所得の不平等が注目を集めているが、不平等を考えるに当たっては所得だけ見ればいいというものではない。(著者らの例ではないが)、2人いる経済で、1人は会社で働いて給料をもらって、もう1人は農業を営んで自給自足の生活をしているとすると、(データで把握される)「所得」だけ考えると後者は所得ゼロなので、不平等が大きい用に見えるが、消費(あるいは幸福度)は前者も後者も同じかもしれない。著者らは、所得で把握されない、家計内生産(home production)も考慮すると不平等の度合いどのように異なってくるかを計算した。使ったデータは、CEX(家計レベルの消費を細かく記録したマイクロデータセット)とATUS(American Time Use Survey、家計レベルでどのように時間を使っているかを詳細に追ったマイクロデータセット)の組み合わせ。著者らの分析によると、所得の高い家計のほうがより多くの時間を家計内生産に費やして消費しているので、不平等の度合いは更に大きくなるとのこと。予想される結果は、所得が低ければその分家計内生産生産でカバーしてるように考えるのが自然なので、家計内生産も含むと不平等の度合いは小さくなるのではと考えられるがその逆の結果となっている。但し、細かくは見ていないけれども、何を家計内生産に含めるかに大きく寄るようだ、というのが議論を聞いたうえでの印象。所得が高くて、より多くの時間を子供に割くことができれば、子供との時間は家計内生産に含まれるので、家計内生産の不平等は大きく出るというのが強く出ているようだ。
Eisfeldt, Falato, and Zhang, "The Rise of Human Capitalists"
著者らは労働の対価として賃金ではなくて、会社の株やストックオプションを受け取る労働者を「人的資本家」と定義して、人的資本家がアメリカの経済に占める割合が近年高まってきていることを指摘。所得面のGDPの内訳を見たときに、労働者が受け取る賃金のシェア、および、資本が受け取るレンタル料のシェアが低下してきていることは最近注目を浴びている(例えば最近このポストやこのポストでも触れた)が、その少なくとも一部は、(主にスキルの高い)労働者が賃金という形ではなくて会社の株やストックオプションという形で報酬を受け取る傾向が高まっているからだと主張している。
Caucutt, Gunner, and Rauh, "Is Marriage for White People? Incarceration, Unemployment, and the Racial Marriage Divide"
25-54歳の白人女性で結婚したことのある(あるいは同棲している)人の割合は1970年には94%であったのが2013年には79%まで低下した一方、黒人女性で結婚した異なるひとの割合は89%から51%まで大幅に下落した。この違いは(何らかの理由で、黒人女性は黒人男性を好み、白人女性は白人男性を好むという仮定が重要だが)、黒人男性で刑務所に入っている人の割合が高まったこと、および職がない人の割合が高いことで説明できることを示した。
Bloom, Guvenen, Pistaferri, Salgado,-Ibanez, Sabelhaus, Song, "The Great Micro Moderation"
マクロ経済学の最近のビッグデータの流行を牽引するオールスターによる論文。アメリカ(及び他の国)における過去数十年の労働者間の賃金の不平等の拡大が、例えば院卒・大卒の平均給料の伸び率が高卒(あるいは高卒以下)の平均給料の伸び率を大幅に上回っていたことによる(あるいは他の、労働者間の目に見える違いで説明できる)ものなのか、あるいはここの労働者が直面するリスク(所得の不安定性)が拡大したからなのかについては、おそらくは両方とも拡大したというのが一般的に受け止められている結論だと思う。但し、これまでの分析は、誰でも利用できるが、把握されている労働者の数は比較的小さいデータセットを用いてなされてきた。この論文では、社会保障局(Social Security Administration)が持っている詳細な所得データを用いて、同じ分析を行ってみた。主要な発見は以下の4つである。(1) 性別・生まれ年・年齢が同じ労働者の間の賃金の成長率の分散(賃金の不安定性と解釈できる)は1980年から2013年の間、大きく低下した。(2) この低下は、企業間の、雇用変化率及び平均賃金上昇率の分散の低下と同時に起きている。(3) 労働者の賃金の成長率の分散の低下は、転職する労働者の割合の低下で説明できる(彼らのデータセットは個々の労働者が毎年どこで働いていたかを追うことができるすごいものなのだ)。その一方、転職した労働者、あるいは、転職しなかった労働者の賃金上昇率の分散はあまり変化していない。(4) 労働者の賃金の上昇率の分散の低下は、企業の雇用変化率の分散の低下で「説明」できる。またしても、既存の結果に対して、違うように見える結果を突きつけた論文である。
Labels:
Conference,
Data,
Firm,
Inequality,
Labor
PSID and Income Volatility
PSID (Panel Study of Income Dynamics)というのはアメリカの家計のパネルデータで、もっとも有名なもののひとつである。1968年(前年の所得等についてインタビューをするので1967年のデータ)から始まって、1997年までは毎年データがあり、その後は隔年のデータとなっている。1968年から毎年、同じ家計に、所得、労働時間、学歴、から始まって本当にいろいろな事項について質問をし、ひとつの家計から子供が独立したりすると、その子供も新しい家計としてサンプルに加えられて毎年追跡調査される。聞き取りをする家計の数が少ない(とはいえ5000の家計に所属する18000人)のがどうしようもない弱点なのだけれどもすばらしいデータセットであり、僕もサンプルに入りたかったなぁと思う。ミシガン大学が整備を続けており、誰でもウェブサイトから無料でダウンロードできる。
昔はばらばらのテキストファイルをダウンロードして、自分がほしい変数がどこにあるかをCodebookで調べて(年によって変わる…)、Stataとかに必要な変数を読み込み、自分で家計をや個人をつなげる作業が必要だったんだけれども、最近はすばらしいウェブインターフェイスから必要なものだけ簡単にダウンロードできるようになった。日本のマイクロデータを管理している人は是非見習ってほしいし、整備にお金が必要なら、日本政府はぜひお金を惜しまず出してほしい。
今年はPSIDが始まって50周年(!)なので、50周年を祝うさまざまなイベントが行われている。例えば、この前のAEA年次総会でも、PSID50周年記念セッションがあった。多分それらのイベントの関連だと思うんだけれども、MoffittとZhangによる、PSIDから計算できる所得の変動率(Volatility)についてのサーベイ的な論文がNBER Working Paperにあがっていたので、ちょっと見てみた。
彼らは、PSIDの強みとして、以下の4点を挙げている。
(1) とても長い(1967年~)サンプル期間。
(2) 最初に含まれていた家計(それ自体もアメリカの家計を代表するように選ばれている)とそこから派生してできた家計を追跡することにより、移民による変化を除けば、いつまでもアメリカの家計を代表するようにできていること。
(3) (最近使われる行政データが含んでいない)多岐にわたる質問をしていること。
(4) (家計が住んでいる)地域を特定するデータがあること。
PSIDを使って数多くのペーパーが書かれてきたが、重要なイシューは、個人の労働所得の変動率がどのくらいか、労働所得の変動を一時的な変動(一時的な労働所得の上下動)と恒久的な変動(ずっと変わらない個々の労働所得の差)に分解したときに、それぞれの大きさはどれくらいか、総変動率と、その一時的変動率、恒久的変動率は、時間とともにどのように変わっていっているか、であった。最後のポイントは、最近のトレンドとなっている、所得の不平等の度合いの変化と深く関連している。
著者らはいくつかPSIDをもとにしたデータを示しているのでそれを載せておく。使ったデータは1970年から2014年までの、男性の家計主で、30歳から59歳までの、労働所得である。年齢による所得の増加や、経済成長に伴う平均所得の増加をコントロールするため、まずは対数とをった労働所得のうち、年齢ダミー(30代、40代、50代)と毎年のダミーで説明できる部分を取り除いたあとの、労働所得の対数の変動率が、下に示されている。また、極端な値の影響を小さくするため、上下1%は取り除いている。
よく知られていることであるが、労働者個人の労働所得の変動率は1970年代から1980年代中盤までは上昇し、1980年代半ばから2000年ごろまでは安定し、その後再び上昇に転じている。これらのトレンドは、PSIDほど長い期間を見ることのできない(ので上のグラフの一部としか比較できないが)他のマイクロデータによって計算された変動率のトレンドと整合的であると著者らは述べている。
では、このようなトレンドを、一時的な変動率と恒久的な変動率にわけて、それぞれの変化を見てみたものが以下のグラフである。もちろん、2つの要素に分けるためには、あるモデルを仮定しなければならないが、著者らは、恒久的な変動としてはランダムウォーク、一時的な変動としては、深くは立ち入らないが、ARMAのようなプロセスを仮定している。どちらの変動率も、1970年のレベルを1に基準化している。アルファが恒久的な所得変動の変化率(1970=1)、ベータが一時的な所得変動の変化率(1970=1)を示している。
このグラフから見て取れるのは、恒久的な変動率も、一時的な変動率も、総変動率と同じような動きを示していることだ。つまり、1970-1980年代には上昇し、2000年ごろまでは停滞し、それ以降再び上昇に転じている。では、それぞれの変動率の実際のレベルを見てみたのが以下のグラフである。詳しくは、40代の男性の世帯主の労働所得の変動率の変化を示している。
1つ前のグラフでは両方の変動率を1970年のレベルで基準化したので、それぞれの大きさがわからなかったが、このグラフでは、一時的な変動率が総変動率の約3/2、恒久的な変動率が総変動率の約1/3を占めていることがわかる。両方とも同じようなペースで変化しているので、その比率は最近も大きくは変わらない。
一般的には、一時的な所得の変動は貯蓄や政府による所得再配分で対応でしやすいと考えられており、消費に与える影響は小さいと考えられている。とすると、消費に影響を与えるという意味で本質的に重要な恒久的な変動率は、特に最近のデータでは、総変動率に比べて低い水準にとどまっていることがわかる。
昔はばらばらのテキストファイルをダウンロードして、自分がほしい変数がどこにあるかをCodebookで調べて(年によって変わる…)、Stataとかに必要な変数を読み込み、自分で家計をや個人をつなげる作業が必要だったんだけれども、最近はすばらしいウェブインターフェイスから必要なものだけ簡単にダウンロードできるようになった。日本のマイクロデータを管理している人は是非見習ってほしいし、整備にお金が必要なら、日本政府はぜひお金を惜しまず出してほしい。
今年はPSIDが始まって50周年(!)なので、50周年を祝うさまざまなイベントが行われている。例えば、この前のAEA年次総会でも、PSID50周年記念セッションがあった。多分それらのイベントの関連だと思うんだけれども、MoffittとZhangによる、PSIDから計算できる所得の変動率(Volatility)についてのサーベイ的な論文がNBER Working Paperにあがっていたので、ちょっと見てみた。
彼らは、PSIDの強みとして、以下の4点を挙げている。
(1) とても長い(1967年~)サンプル期間。
(2) 最初に含まれていた家計(それ自体もアメリカの家計を代表するように選ばれている)とそこから派生してできた家計を追跡することにより、移民による変化を除けば、いつまでもアメリカの家計を代表するようにできていること。
(3) (最近使われる行政データが含んでいない)多岐にわたる質問をしていること。
(4) (家計が住んでいる)地域を特定するデータがあること。
PSIDを使って数多くのペーパーが書かれてきたが、重要なイシューは、個人の労働所得の変動率がどのくらいか、労働所得の変動を一時的な変動(一時的な労働所得の上下動)と恒久的な変動(ずっと変わらない個々の労働所得の差)に分解したときに、それぞれの大きさはどれくらいか、総変動率と、その一時的変動率、恒久的変動率は、時間とともにどのように変わっていっているか、であった。最後のポイントは、最近のトレンドとなっている、所得の不平等の度合いの変化と深く関連している。
著者らはいくつかPSIDをもとにしたデータを示しているのでそれを載せておく。使ったデータは1970年から2014年までの、男性の家計主で、30歳から59歳までの、労働所得である。年齢による所得の増加や、経済成長に伴う平均所得の増加をコントロールするため、まずは対数とをった労働所得のうち、年齢ダミー(30代、40代、50代)と毎年のダミーで説明できる部分を取り除いたあとの、労働所得の対数の変動率が、下に示されている。また、極端な値の影響を小さくするため、上下1%は取り除いている。
よく知られていることであるが、労働者個人の労働所得の変動率は1970年代から1980年代中盤までは上昇し、1980年代半ばから2000年ごろまでは安定し、その後再び上昇に転じている。これらのトレンドは、PSIDほど長い期間を見ることのできない(ので上のグラフの一部としか比較できないが)他のマイクロデータによって計算された変動率のトレンドと整合的であると著者らは述べている。
では、このようなトレンドを、一時的な変動率と恒久的な変動率にわけて、それぞれの変化を見てみたものが以下のグラフである。もちろん、2つの要素に分けるためには、あるモデルを仮定しなければならないが、著者らは、恒久的な変動としてはランダムウォーク、一時的な変動としては、深くは立ち入らないが、ARMAのようなプロセスを仮定している。どちらの変動率も、1970年のレベルを1に基準化している。アルファが恒久的な所得変動の変化率(1970=1)、ベータが一時的な所得変動の変化率(1970=1)を示している。
このグラフから見て取れるのは、恒久的な変動率も、一時的な変動率も、総変動率と同じような動きを示していることだ。つまり、1970-1980年代には上昇し、2000年ごろまでは停滞し、それ以降再び上昇に転じている。では、それぞれの変動率の実際のレベルを見てみたのが以下のグラフである。詳しくは、40代の男性の世帯主の労働所得の変動率の変化を示している。
1つ前のグラフでは両方の変動率を1970年のレベルで基準化したので、それぞれの大きさがわからなかったが、このグラフでは、一時的な変動率が総変動率の約3/2、恒久的な変動率が総変動率の約1/3を占めていることがわかる。両方とも同じようなペースで変化しているので、その比率は最近も大きくは変わらない。
一般的には、一時的な所得の変動は貯蓄や政府による所得再配分で対応でしやすいと考えられており、消費に与える影響は小さいと考えられている。とすると、消費に影響を与えるという意味で本質的に重要な恒久的な変動率は、特に最近のデータでは、総変動率に比べて低い水準にとどまっていることがわかる。
Are U.S. Mark-ups Really Increasing?
ちょっと前に、De LoeckerとEeckhoutによる話題のペーパーを紹介した。基本的な問題意識としては、アメリカ(や他の国)において、経済の「ダイナミズム」が失われつつあるのではないかというものである。例えば、企業の新規参入のペースは以下のグラフで見られるように、下がってきている(出典はここ)。新しい企業が経済成長をけん引するという考え方に基づくと、スタートアップの減少は、経済の「ダイナミズム」を失わせる要因になっているのではないかと考えることもできる。その他にも、別の企業に移る労働者の割合も減少傾向にある。
De LoeckerとEeckhoutは、上場企業のマークアップ率が1980年代ごろまでは18%程度だったのだけれども、2010年以降は60%を超えるレベルに上昇し、67%まで達したというデータを示した。マークアップ率というのは、簡単に言うと、(あるモノの価格)を(そのモノ1単位を追加的に生産するためのコスト)で割ったものである。もしマークアップ率が18%ならば、生産にかかるコストに18%上乗せした価格で商品が売れるということである。単純な経済モデルを考えれば、ある企業が何らかの理由で大きな市場支配力をもっていれば、その企業は生産コストを大幅に上回る価格を付けても競合他社に顧客を奪われる心配はない。よって、高いマークアップ率というのは市場支配力を反映したものだと考えることができる。彼らのペーパーは、アメリカにおいて大企業の市場支配力が高まっていることで、経済の「ダイナミズム」が損なわれているのではないかという議論を巻き起こしている。下のグラフが、De LoeckerとEeckhoutのメインの結果である。
前のポストで紹介したとおり、労働分配率の低下(GDPのうちの労働者の取り分)が低下傾向にあるのも、企業の価格支配力の上昇によって引き起こされているという理論は簡単に構築できる。
ただ、このペーパーに対して、彼らのマークアップ率の計算方法はおかしいんじゃないかという人が結構出てきている。このような主張をしているシカゴのビジネススクールのTrainaによる最新のワーキングペーパーの内容がわかりやすいブログ記事に出ていたのでこれについてメモしておく。彼も、De LoeckerとEeckhoutと同じように、アメリカの上場企業のうち、金融とユーティリティ(電気・水道・通信等)セクターを除いた企業のマークアップ率を計算してみた。大きな違いは、De LoeckerとEeckhoutはモノの生産コストとしてCost of Goods Sold (COGS)というデータを使ったのに対し、TrainaはOperating Expenses (OPEX)というデータを使ったという点である。COGSはモノの生産に直接関連する材料費や労働のコストだけを含んでいる。その一方、OPEXはCOGSに加えて、SGA(Selling, General and Administrative Expenses)も含んでいる。SGAは、英語からわかるように、モノの生産に間接的に必要なマーケティングコストや事務のコストを含んでいる。下のグラフは、De LoeckerとEeckhoutが計算したマークアップ率(赤、生産コストとしてCOGSを使っている)とTrainaが計算したマークアップ率(青、生産コストとしてOPEXを使っている)を比べたものである。
Trianaによると、生産コストとして、より包括的なデータであるOPEXを使うと、マークアップ率は1980年代以降緩やかな上昇傾向にあるものの、最新の水準は1950年代ごろの水準(15%)と変わらないことがわかる。つまり、マークアップ率は過去25年間上昇傾向にあるものの、その上昇の度合いは歴史的に見たことがないレベルでは全くないということである。
では、なぜこのような違いが生み出されているのか?それは、生産のコストにおける、SGA(マーケティングや事務のコスト)の割合がどんどん高まっているからである。上のグラフの緑の線は、OPEX(Trianaがマークアップ率を計算するのに使ったコストデータ)におけるCOGS(De LoeckerとEeckhoutが使ったコストデータ)の割合の変化を示している。1950年には狭義の生産コストであるCOGSは広義のコストであるOPEXの89%程度を占めていたが、その割合はどんどん低下し最新のデータでは78%程度しか占めていない。つまり、広義の生産コストで計算したマークアップ率はあまり大きく変わっていないんだけれども、狭義の生産コストを使うと、その重要性は時とともに低下し続けているので、マークアップ率は大きく上昇したように見えるのである。アップルのような企業を考えると、マーケティングのコストが重要になってきているのは、感覚的にわかりやすいであろう。
では、どちらのコストデータを使うのが正しいのであろうか?マークアップ率の計算に使うのは、固定コストを除いた、追加的な生産に必要なコストなのだけれども、SGAは固定コストも含んでいる可能性が高い。Trianaは固定コストが幾分SGAに含まれていることは問題ではないという証拠を示しているが、ちょっと細かい議論なので省略する。
関連したデータで、もう一つ紹介しておくと、Karl SmithはDe LoeckerとEeckhoutの計算を、マークアップ率の平均を取るときに、企業の大きさでウェイト付けをせずに計算してみた。つまり、彼の平均では、小さい企業のマークアップ率がより大きく平均に反映されているのである。下のグラフがその結果である。
赤の線がDe LoeckerとEeckhoutの結果に対応しており、黒の線が、企業のサイズでウェイト付けしない場合のマークアップ率である。面白いことに黒の方が上である。つまり、一般的な考え方に反して、小さい企業の方がマークアップ率が高いのではないか、と彼は主張している。彼の考えるストーリーは、ウォルマートのような大きな企業は価格を切り下げるのでマークアップ率は小さいけれども、小さい企業はある小さい市場に特化(例えば、クラフトービールのような感じかな)して、高いマークアップを維持できるようになったのではないか、というものである。彼の分析はCOGSによるものなので、COGSとOPEXの違いを考えると解釈も変わってくるかもしれないが、面白いので言及しておく。
今後は、別のやり方で計算したマークアップ率がでてきたり、どちらのコストデータを使うべきなのかについての議論が緻密化されたり、していくのだろう。そして、もし、マークアップ率があまり変わってないという結論に達したならば、なぜそれでも企業の利益が増加しつつあるのかという残された疑問に答える必要性が出てくるのだろう。
De LoeckerとEeckhoutのペーパーはそれでもトップジャーナルに行く可能性が高いらしい。データはちょっと怪しいかもしれないけれども、企業の市場支配力という視点をマクロの分析に持ち込むきっかけを作ったということが大きく評価されるのだろう。実際に、このペーパーはとてもstimulatingだと思う。このことを考えると、「何であれ君の得た結果は将来覆される可能性が高いのだから、正しいペーパーを書こうとするな。間違っているかもしれなくても、おもしろい新しい視点を導入し、その視点をできる限りサポートする方法を考えろ。」とある人に言われたのを思い出した。
De LoeckerとEeckhoutは、上場企業のマークアップ率が1980年代ごろまでは18%程度だったのだけれども、2010年以降は60%を超えるレベルに上昇し、67%まで達したというデータを示した。マークアップ率というのは、簡単に言うと、(あるモノの価格)を(そのモノ1単位を追加的に生産するためのコスト)で割ったものである。もしマークアップ率が18%ならば、生産にかかるコストに18%上乗せした価格で商品が売れるということである。単純な経済モデルを考えれば、ある企業が何らかの理由で大きな市場支配力をもっていれば、その企業は生産コストを大幅に上回る価格を付けても競合他社に顧客を奪われる心配はない。よって、高いマークアップ率というのは市場支配力を反映したものだと考えることができる。彼らのペーパーは、アメリカにおいて大企業の市場支配力が高まっていることで、経済の「ダイナミズム」が損なわれているのではないかという議論を巻き起こしている。下のグラフが、De LoeckerとEeckhoutのメインの結果である。
前のポストで紹介したとおり、労働分配率の低下(GDPのうちの労働者の取り分)が低下傾向にあるのも、企業の価格支配力の上昇によって引き起こされているという理論は簡単に構築できる。
ただ、このペーパーに対して、彼らのマークアップ率の計算方法はおかしいんじゃないかという人が結構出てきている。このような主張をしているシカゴのビジネススクールのTrainaによる最新のワーキングペーパーの内容がわかりやすいブログ記事に出ていたのでこれについてメモしておく。彼も、De LoeckerとEeckhoutと同じように、アメリカの上場企業のうち、金融とユーティリティ(電気・水道・通信等)セクターを除いた企業のマークアップ率を計算してみた。大きな違いは、De LoeckerとEeckhoutはモノの生産コストとしてCost of Goods Sold (COGS)というデータを使ったのに対し、TrainaはOperating Expenses (OPEX)というデータを使ったという点である。COGSはモノの生産に直接関連する材料費や労働のコストだけを含んでいる。その一方、OPEXはCOGSに加えて、SGA(Selling, General and Administrative Expenses)も含んでいる。SGAは、英語からわかるように、モノの生産に間接的に必要なマーケティングコストや事務のコストを含んでいる。下のグラフは、De LoeckerとEeckhoutが計算したマークアップ率(赤、生産コストとしてCOGSを使っている)とTrainaが計算したマークアップ率(青、生産コストとしてOPEXを使っている)を比べたものである。
Trianaによると、生産コストとして、より包括的なデータであるOPEXを使うと、マークアップ率は1980年代以降緩やかな上昇傾向にあるものの、最新の水準は1950年代ごろの水準(15%)と変わらないことがわかる。つまり、マークアップ率は過去25年間上昇傾向にあるものの、その上昇の度合いは歴史的に見たことがないレベルでは全くないということである。
では、なぜこのような違いが生み出されているのか?それは、生産のコストにおける、SGA(マーケティングや事務のコスト)の割合がどんどん高まっているからである。上のグラフの緑の線は、OPEX(Trianaがマークアップ率を計算するのに使ったコストデータ)におけるCOGS(De LoeckerとEeckhoutが使ったコストデータ)の割合の変化を示している。1950年には狭義の生産コストであるCOGSは広義のコストであるOPEXの89%程度を占めていたが、その割合はどんどん低下し最新のデータでは78%程度しか占めていない。つまり、広義の生産コストで計算したマークアップ率はあまり大きく変わっていないんだけれども、狭義の生産コストを使うと、その重要性は時とともに低下し続けているので、マークアップ率は大きく上昇したように見えるのである。アップルのような企業を考えると、マーケティングのコストが重要になってきているのは、感覚的にわかりやすいであろう。
では、どちらのコストデータを使うのが正しいのであろうか?マークアップ率の計算に使うのは、固定コストを除いた、追加的な生産に必要なコストなのだけれども、SGAは固定コストも含んでいる可能性が高い。Trianaは固定コストが幾分SGAに含まれていることは問題ではないという証拠を示しているが、ちょっと細かい議論なので省略する。
関連したデータで、もう一つ紹介しておくと、Karl SmithはDe LoeckerとEeckhoutの計算を、マークアップ率の平均を取るときに、企業の大きさでウェイト付けをせずに計算してみた。つまり、彼の平均では、小さい企業のマークアップ率がより大きく平均に反映されているのである。下のグラフがその結果である。
赤の線がDe LoeckerとEeckhoutの結果に対応しており、黒の線が、企業のサイズでウェイト付けしない場合のマークアップ率である。面白いことに黒の方が上である。つまり、一般的な考え方に反して、小さい企業の方がマークアップ率が高いのではないか、と彼は主張している。彼の考えるストーリーは、ウォルマートのような大きな企業は価格を切り下げるのでマークアップ率は小さいけれども、小さい企業はある小さい市場に特化(例えば、クラフトービールのような感じかな)して、高いマークアップを維持できるようになったのではないか、というものである。彼の分析はCOGSによるものなので、COGSとOPEXの違いを考えると解釈も変わってくるかもしれないが、面白いので言及しておく。
今後は、別のやり方で計算したマークアップ率がでてきたり、どちらのコストデータを使うべきなのかについての議論が緻密化されたり、していくのだろう。そして、もし、マークアップ率があまり変わってないという結論に達したならば、なぜそれでも企業の利益が増加しつつあるのかという残された疑問に答える必要性が出てくるのだろう。
De LoeckerとEeckhoutのペーパーはそれでもトップジャーナルに行く可能性が高いらしい。データはちょっと怪しいかもしれないけれども、企業の市場支配力という視点をマクロの分析に持ち込むきっかけを作ったということが大きく評価されるのだろう。実際に、このペーパーはとてもstimulatingだと思う。このことを考えると、「何であれ君の得た結果は将来覆される可能性が高いのだから、正しいペーパーを書こうとするな。間違っているかもしれなくても、おもしろい新しい視点を導入し、その視点をできる限りサポートする方法を考えろ。」とある人に言われたのを思い出した。
Declining Labor Share
NBER Reporter(NBERに所属する研究者が自分の最近の研究の内容をテクニカルになり過ぎないように説明している刊行物)でLoukas KarabarbounisとBrent Neimanが、労働分配率の低下について書いていた(リンク)のでメモしておく。
労働分配率というのはGDPのうちどの割合が労働者に(主に賃金として)分配されているかを示している。普通は2/3くらいと考えられている。この割合が安定しているというのは、マクロ経済における重要な事実のひとつと考えられてきた。モデルで言えば、代表的企業の生産関数にコブ・ダグラス型の生産関数を使う根拠となっている。
しかし、最近の研究では、この割合が低下してきていることが示されている。GDPにおける労働者の「取り分」が低下しているというのは、所得不平等の度合いが拡大しているという事実とも関連している。労働分配率が低下するということは、直接あるいは間接的に企業を保有している人(大体は高所得者)に分配されうる所得が増えることを意味するからである。
下のグラフは、アメリカにおいて1975年以降の労働分配率がどのように変化してきたかを示している。赤の点線は経済全体の労働分配率、黒の実線は、法人企業のみの労働分配率である。企業のみの労働部分配率を見ているのは、政府や非法人企業の収入を資本の取り分と労働者の取り分に分けるのが難しいからであるが、どちらも同じように動いている。
経済全体の労働配分率は65%程度の水準から60%近くまで落ち込んだことが見て取れるであろう。この傾向は、アメリカだけではない。次のグラフは、日本、中国、ドイツを示している。いずれも低下傾向にある。
次のグラフはもっと多くの国について、1975年から2012年の労働分配率の変化率をまとめて表示したものである。
労働分配率が上がった国もある(たとえば韓国、ブラジル)が大半の国、特に先進国においては労働分配率は低下した。彼らは一連の研究において、この低下の理由を分析してきた。以下はそのハイライトである。
上のグラフは、労働分配率が減少した一方、労働に分配される以外の部分がどこに行ったかを示している。資本への支払いや税支払いはあまり増加していない一方、企業の内部の貯蓄される金額は増加してきている。企業セクターが経済における借り手から貸し手に変わったことが経済全体にどのような影響を与えるかは今後の研究課題としている。
労働分配率というのはGDPのうちどの割合が労働者に(主に賃金として)分配されているかを示している。普通は2/3くらいと考えられている。この割合が安定しているというのは、マクロ経済における重要な事実のひとつと考えられてきた。モデルで言えば、代表的企業の生産関数にコブ・ダグラス型の生産関数を使う根拠となっている。
しかし、最近の研究では、この割合が低下してきていることが示されている。GDPにおける労働者の「取り分」が低下しているというのは、所得不平等の度合いが拡大しているという事実とも関連している。労働分配率が低下するということは、直接あるいは間接的に企業を保有している人(大体は高所得者)に分配されうる所得が増えることを意味するからである。
下のグラフは、アメリカにおいて1975年以降の労働分配率がどのように変化してきたかを示している。赤の点線は経済全体の労働分配率、黒の実線は、法人企業のみの労働分配率である。企業のみの労働部分配率を見ているのは、政府や非法人企業の収入を資本の取り分と労働者の取り分に分けるのが難しいからであるが、どちらも同じように動いている。
経済全体の労働配分率は65%程度の水準から60%近くまで落ち込んだことが見て取れるであろう。この傾向は、アメリカだけではない。次のグラフは、日本、中国、ドイツを示している。いずれも低下傾向にある。
次のグラフはもっと多くの国について、1975年から2012年の労働分配率の変化率をまとめて表示したものである。
労働分配率が上がった国もある(たとえば韓国、ブラジル)が大半の国、特に先進国においては労働分配率は低下した。彼らは一連の研究において、この低下の理由を分析してきた。以下はそのハイライトである。
- 労働分配率の低下は大部分の国で起こっているので、ある国・地域特有の政策・現象では説明できない。労働組合が強い国(スカンジナビア諸国などの大陸ヨーロッパ)でも起こっている(労働組合の力の低下はどの国でも同時並行的に起こっていると思うのだけれども…)
- 労働分配率の低下の一部は、産業の構造変化(労働分配率が低い企業が高い企業に比べて拡大した)で説明できるが、労働分配率の低下は大部分の産業の内部で起こっているので、それだけではない。
- もちろん、産業の内部において、労働分配率が低い企業が拡大し労働分配率の高い企業が縮小したというストーリーは彼らのデータによって棄却されない。
- 彼らが重視しているチャンネルは、生産が労働を多く使うものから資本を多く使うものへシフトしたというものである。ちょうど、労働分配率の低下と時を同じくして、IT関連の資本の価格が低下した。もし、資本と労働の代替の弾力性が1を超えていれば、資本の価格が例えば1%低下したときには、資本を1%以上多く使う生産様式にシフトするので、収入のうち資本(労働)に支払われる部分が上昇(低下)し、労働分配率は低下することとなる。
- と言うわけで、重要なのは、資本と労働の代替の弾力性の大きさなのであるが、一国の中のデータを使うと弾力性の推定値は1を下回るものの、彼らがたくさんの国とたくさんのセクターのデータを使ってえた推定値は1.25であった。この弾力性の推定値を使うと、労働分配率の低下の半分は(ITなどの)資本の価格の低下によって説明できる。
- 残りの半分は何によって説明できるだろうか?企業のマークアップ率の上昇、それに伴う利益の増加、によるものではないか。
上のグラフは、労働分配率が減少した一方、労働に分配される以外の部分がどこに行ったかを示している。資本への支払いや税支払いはあまり増加していない一方、企業の内部の貯蓄される金額は増加してきている。企業セクターが経済における借り手から貸し手に変わったことが経済全体にどのような影響を与えるかは今後の研究課題としている。
Papers at AEA, Part 2
前回に引き続き、SED(Society of Economic Dynamics)がAEAで開催したもうひとつのセッションのペーパーについてとても簡単であまり正確ではないと思うが書いておく。このセッションは"New Approaches in Measuring Uncertainty"というセッションだ。土曜日の昼間という、参加しやすい時間で、スターがそろっていたので、かなり盛況だった。とはいえ、始まるときにNick Bloomがいなかった一方、発表される予定のペーパーと別のペーパーの共著者はいたので、NickがこなかったらNickの別のペーパーを彼に発表してもらおうという話になるなど、AEAっぽいゆるい雰囲気もあった。
"Firm Expectations: Measuring Subjective Uncertainty"
Nicholas Bloom, Steven Davis, Lucia Foster, Brian Lucking, Scott Ohlmacher
Censusの協力の下で、35000の製造業の企業に、売り上げ、雇用、投資、などの予測について、5つのビン(それぞれのビンの確率と数字は自分で記入できる)を使って分布を表現してもらうというサーベイを実施。90%以上の企業はおかしくない(足し合わせて100%になる等)分布を記入した。おかしな回答をした企業は生産性が低かったり成長率が低かった。売り上げ、雇用、投資の平均、分散、歪度、はそれぞれの過去の水準と整合的であり、予測はリーズナブルである。各企業の不確実性についての予測は、それぞれの企業あるいはその企業が属する産業の成長の振れの大きさと相関していた。
"Firms’ Uncertainty and Ambiguity"
Ruediger Bachmann, Kai Carstensen, Martin Schneider
上のペーパーと同じようなサーベイをドイツの製造業に対して行った。来期の売り上げが今期からどのように変わるかの予想、ベストケースとワーストケースにおける売り上げの変化率(この差で不確実性の大きさが測れる)、来期の売り上げが今期と同じくらいの確率、今期より増える確率、今期より下がる確率、を聞いている。それぞれの質問には"I don't know"(わからない)という選択肢があり、ナイトの不確実性(分布自体がわからない)の程度がこれで測れるかもしれない。結果配下の通り。(1) 企業は成長が高い時も低い時も不確実性が高かった。(2) 成長が低い時の方が不確実性に与える影響は大きかった(非対称性)。(3) 企業がレポートした不確実性は、客観的に測れる不確実性より小さかった。つまり企業は外部から観察する経済学者よりよく知っている、等。
"Technological Innovation and the Distribution of Labor Income Growth"
Leonid Kogan, Dimitris Papanikolaou, Lawrence Schmidt, Jae Song
企業の特許申請のデータと、それぞれの企業に働く労働者のデータをリンク(すごい)させ、自分の企業あるいは競争相手の企業で新しい技術革新(特許で把握する)が起こった際に、企業で働くさまざまなレベルの労働者の賃金にどのような影響があるかを測った論文。
"Uncertainty Shocks as Second-moment News Shocks"
David William Berger, Ian Dew-Becker, Stefano Giglio
現時点での株式市場の変動の大きさと将来の株式市場の変動の大きさに関するニュースのどちらが景気に影響を与えるかをVARを使って分析したペーパー。現時点での株式市場の変動の大きさの上昇は景気停滞に先行するが、将来の株式市場の変動の大きさに関するニュースは景気と関連していないことがわかった。
"Firm Expectations: Measuring Subjective Uncertainty"
Nicholas Bloom, Steven Davis, Lucia Foster, Brian Lucking, Scott Ohlmacher
Censusの協力の下で、35000の製造業の企業に、売り上げ、雇用、投資、などの予測について、5つのビン(それぞれのビンの確率と数字は自分で記入できる)を使って分布を表現してもらうというサーベイを実施。90%以上の企業はおかしくない(足し合わせて100%になる等)分布を記入した。おかしな回答をした企業は生産性が低かったり成長率が低かった。売り上げ、雇用、投資の平均、分散、歪度、はそれぞれの過去の水準と整合的であり、予測はリーズナブルである。各企業の不確実性についての予測は、それぞれの企業あるいはその企業が属する産業の成長の振れの大きさと相関していた。
"Firms’ Uncertainty and Ambiguity"
Ruediger Bachmann, Kai Carstensen, Martin Schneider
上のペーパーと同じようなサーベイをドイツの製造業に対して行った。来期の売り上げが今期からどのように変わるかの予想、ベストケースとワーストケースにおける売り上げの変化率(この差で不確実性の大きさが測れる)、来期の売り上げが今期と同じくらいの確率、今期より増える確率、今期より下がる確率、を聞いている。それぞれの質問には"I don't know"(わからない)という選択肢があり、ナイトの不確実性(分布自体がわからない)の程度がこれで測れるかもしれない。結果配下の通り。(1) 企業は成長が高い時も低い時も不確実性が高かった。(2) 成長が低い時の方が不確実性に与える影響は大きかった(非対称性)。(3) 企業がレポートした不確実性は、客観的に測れる不確実性より小さかった。つまり企業は外部から観察する経済学者よりよく知っている、等。
"Technological Innovation and the Distribution of Labor Income Growth"
Leonid Kogan, Dimitris Papanikolaou, Lawrence Schmidt, Jae Song
企業の特許申請のデータと、それぞれの企業に働く労働者のデータをリンク(すごい)させ、自分の企業あるいは競争相手の企業で新しい技術革新(特許で把握する)が起こった際に、企業で働くさまざまなレベルの労働者の賃金にどのような影響があるかを測った論文。
"Uncertainty Shocks as Second-moment News Shocks"
David William Berger, Ian Dew-Becker, Stefano Giglio
現時点での株式市場の変動の大きさと将来の株式市場の変動の大きさに関するニュースのどちらが景気に影響を与えるかをVARを使って分析したペーパー。現時点での株式市場の変動の大きさの上昇は景気停滞に先行するが、将来の株式市場の変動の大きさに関するニュースは景気と関連していないことがわかった。
Labels:
Business Cycle,
Conference,
Data,
Labor,
Uncertainty
Should Day Care be Subsidized?
今回は、Domeij and Kleinによる2013年のREStudペーパー、"Should Day Care be Subsidized?"について簡単に書いておく。
僕は、各国の保育所(Day Careの訳語として使う)の状況がどのように異なるか知らないのだけれども、彼らのペーパーによると、ドイツは、少なくとも2000年代の初めにおいては、保育所の整備という面では他のEU諸国に遅れをとっていたらしい。2006年ごろのOECDのレポートによると、OECD平均では23%の0-3歳児が保育所に入っていたが、ドイツではその数字は9%だった。4-6歳児においては、ドイツの数字は他のEU諸国に大きく劣っていたわけではなかったものの、ドイツの保育所はお昼ご飯なしの半日のものが大半だったらしい。彼らのペーパーによると、16%の子供にしか、全日の保育所の枠がなかったらしい。このような状況下、ドイツでは、保育所の整備が行われてきているようだ。このペーパーが書かれて以来どのように実施されているのかを調べる時間はなかったが、2008年には、全ての1歳以上の子供に保育所の枠があるようにしなければならないという法律が制定されたようだ。それに、今回のペーパーにかかわってくるが、保育所の費用の税控除という政策も議論されている。
なぜ、保育所にかかる費用を国が補助しなければならないか?いろいろな考え方があると思うが、とりあえず、すぐに思いつくのは以下のようなものである。
モデルの概要は次のようなものである。経済には、カップルと、独身の男性、独身の女性の家計が存在する。このタイプは生まれたときに決まり一生変わらない。カップルと独身の女性は、小さい子供を0-3人持っている。このタイプも外生的に与えられている。つまり、カップルとなるか、子供を持つか否か、あるいは何人持つかといった決定はモデルの外にあり、モデルの中の家計には外生的に与えられる。言い換えると、このモデルではカップルの割合や人口について議論することはできない。それぞれのタイプの家計の割合はドイツのデータと整合的に決定されている。それぞれの家計は、65歳まで生きる(退職後はモデルの外である)。各期各期、それぞれの家計は、いくら消費して、何時間働くかを決める。借り入れ制約は存在しない。それぞれの家計は1時間働いたときの賃金がデータと整合的なレベルで外生的に与えられている。
(子供のいない)独身の家計(男性の独身の家計は子供はいない)の問題はとても単純な、労働供給が内生化された(しかも、退職後のことを考えなくてよい)ライフサイクルモデルである。子供がいる独身の女性の問題は少し複雑である。小さい子供がいる場合、働いている各時間あたり、保育所に支払いをしなければならない。保育所の金額は、一定(=d)である。子供が複数いる場合には、各子供あたりdを支払うことになる。働いていない場合には、自分で小さい子供の面倒を見るので保育所のコストを支払う必要はない。
子供のいるカップルの家計の問題も似たようなものである。独身の家計との違いは、カップルのうち一人が家に残って子供の世話をすれば、保育所にお金を払う必要がないという点である。二人とも働いている時間は、各子供について、1時間当たりdを支払わなければならない(午前中は、片方が働いて、午後はもう一方が働くというようなことはできないことになっている)。
わかりやすく言うと、このモデルでは、小さな子供の存在というのは、労働時間に対する課税のようなものである。子供がいるメリットはモデル化されていなくて、ある家計は子供がいるのは前提とされている。子供がいると、面倒を見るために労働供給をあきらめるか、労働するため保育所のコストを払わなければならない。このようなモデルの中で、最適な政策を考えてみようというのがこのペーパーのやっていることである。
ちなみに、ちょっとデータを見ておくと、以下のグラフは、各年齢で、子供がいるかいないかで年間の労働時間がどのように異なるかを示している。週休2日で一日8時間働くと2000時間(30代以降のカップルの男性(右上のグラフ)が働いている時間に相当する)
カップルの女性(左上)も独身の女性(左下)も、小さい子供がいる場合(点線)は小さい子供がいない場合(実線)に比べて、労働時間が半分くらいである。独身の男性(右下)で子供がいるケースはとても少ないので無視されている。カップルの男性(右上)は、子供がいてもいなくても労働時間にあまり違いはない。なんとなくドイツというと、そうではないのではないかという印象があったが、日本のような感じだ。
では、モデルに戻る。政府は3つの政策を変更することができる。
こういう話は、ぜんぜん面白くないので、もっと現実的なセットアップで最適な政策を論じているのがこのペーパーの売りのところである。まずは、所得に対する税金は、現在のドイツ経済のものを取り込み、変えられないとする。残りの政策は、保育所の費用の税控除、あるいは、保育所のコストに対する補助金である。政府はどちらか片方のみを実施するとする。税控除の場合は、全額控除とし、追加的な財政支出は、全家計の労働所得への定率課税でまかなうものとする。保育所のコストに対する補助金は、0-100%のどの水準も選べるが、全ての(小さい子供のいる)家計において同じ水準が適用されるものとする。前の例と同じように、追加的な財政支出は、全家計の労働所得への定率課税でまかなわれるものとする。
以下のグラフが保育所に関するそれぞれの政策の幸福度(welfare)への効果を示している。実線は、各家計の幸福度に均等ウェイトをつけて足し合わせた社会全体の幸福度(Utilitarian social welfare)である。点線のほうは、消費(幸福度)が低い家計に大きなウェイトを与えて計算した(具体的にはmarginal utility)社会全体の幸福度を示している。以下では実線の方を見ていく。
まず、左上のグラフは、保育所のコストのどのくらいの割合に補助金を与えるかによって、社会全体の幸福がどのように変化するかを表している。社会全体の幸福度は保育所のコストの50%を補填したときに最大化されることとなっている。50%までは幸福度は安定的に上昇するものの、50%を超えると社会全体の幸福度は減少していく。右上のグラフは、カップルの幸福度の変化である。左下のグラフは独身女性の幸福どの変化である。どちらも、保育所のコストの50%補助までは安定的に幸福度が上昇している。右下は、独身男性の幸福度の変化である。他の例と違って、彼らの幸福度は補助金の割合が上昇しても上昇しない。なぜなら、彼らは子供はいないので、保育所コストへの補助金の増額によってまったく恩恵をこうむらないからである。彼らは、保育所のコストの補填のために必要な労働収入への課税の増額によって、損をすることになる。でも、彼らの損は、保育所のコストの補填が50%を上回るまではぜんぜん大きくない。なぜなら、それまでは、保育所のコストの補助によって、女性の労働供給が上昇(し、課税ベースが拡大)するので、税率を引き上げる必要がないからである。保育所のコストの補助率が50%を超えると、労働供給増加の効果が小さくなるので、追加的な財政支出のコストを補填するために税率を大きく引き上げる必要性が生じ、全てのタイプの家計の幸福度は減少してしまう。つまり、保育所のコストへの補助金はある程度(50%)までは、小さい子供がいる家計の労働供給を引き上げることで社会全体の幸福度を引き上げる効果があるが、ある一定レベルを超えるとその効果は失われてしまう。もちろん、この結果は、(特に子供のいる家計の)労働供給の弾力性に大きく依存するので、たとえば日本にそのまま当てはめることはできない。
次に、保育所のコストを税控除できるようにした場合の幸福度への影響を考えてみよう。その効果は、上のグラフの、Y軸上のダイアモンド型の点で示されている。保育所のコストの税控除は、保育所のコストへの補助金の効果と同じく、子供のいない独身男性家計を除く家計の幸福度を高める効果があるが、その効果は保育所のコストの50%を補助した場合より小さいことがわかる。
日本の労働供給の弾力性や、家計の異質性(学歴の異なる家計)、日本の労働市場の特殊性(フルタイムとパートタイムの違い)、すでに退職した世代(彼らは独身男性家計と同じく、恩恵はこうむらないが、追加的な税制負担を労働収入への課税にすれば負の影響も少なくできる一方、所得全体に課税したり消費税を用いたりすると、彼らの負担も大きくなる)への影響、などを組み込めば(簡単だけれども)面白い分析になると思う。
僕は、各国の保育所(Day Careの訳語として使う)の状況がどのように異なるか知らないのだけれども、彼らのペーパーによると、ドイツは、少なくとも2000年代の初めにおいては、保育所の整備という面では他のEU諸国に遅れをとっていたらしい。2006年ごろのOECDのレポートによると、OECD平均では23%の0-3歳児が保育所に入っていたが、ドイツではその数字は9%だった。4-6歳児においては、ドイツの数字は他のEU諸国に大きく劣っていたわけではなかったものの、ドイツの保育所はお昼ご飯なしの半日のものが大半だったらしい。彼らのペーパーによると、16%の子供にしか、全日の保育所の枠がなかったらしい。このような状況下、ドイツでは、保育所の整備が行われてきているようだ。このペーパーが書かれて以来どのように実施されているのかを調べる時間はなかったが、2008年には、全ての1歳以上の子供に保育所の枠があるようにしなければならないという法律が制定されたようだ。それに、今回のペーパーにかかわってくるが、保育所の費用の税控除という政策も議論されている。
なぜ、保育所にかかる費用を国が補助しなければならないか?いろいろな考え方があると思うが、とりあえず、すぐに思いつくのは以下のようなものである。
- 保育所に子供を入れる費用、あるいは子供の世話を見るために労働時間を減らさなければならないことは、子供ののいる家庭に対する追加的な税金のようなものであり、特に独身の母親の労働供給を妨げる要因となっている。
- 子供が増えることで、人口構成をバランスのとれたものにすることができ、年金や公的健康保険の運用をしやすくする。
- 子供が増え、国のサイズを維持することで、大きな経済規模を維持することができ、かつ一般的に国力も維持できる。
モデルの概要は次のようなものである。経済には、カップルと、独身の男性、独身の女性の家計が存在する。このタイプは生まれたときに決まり一生変わらない。カップルと独身の女性は、小さい子供を0-3人持っている。このタイプも外生的に与えられている。つまり、カップルとなるか、子供を持つか否か、あるいは何人持つかといった決定はモデルの外にあり、モデルの中の家計には外生的に与えられる。言い換えると、このモデルではカップルの割合や人口について議論することはできない。それぞれのタイプの家計の割合はドイツのデータと整合的に決定されている。それぞれの家計は、65歳まで生きる(退職後はモデルの外である)。各期各期、それぞれの家計は、いくら消費して、何時間働くかを決める。借り入れ制約は存在しない。それぞれの家計は1時間働いたときの賃金がデータと整合的なレベルで外生的に与えられている。
(子供のいない)独身の家計(男性の独身の家計は子供はいない)の問題はとても単純な、労働供給が内生化された(しかも、退職後のことを考えなくてよい)ライフサイクルモデルである。子供がいる独身の女性の問題は少し複雑である。小さい子供がいる場合、働いている各時間あたり、保育所に支払いをしなければならない。保育所の金額は、一定(=d)である。子供が複数いる場合には、各子供あたりdを支払うことになる。働いていない場合には、自分で小さい子供の面倒を見るので保育所のコストを支払う必要はない。
子供のいるカップルの家計の問題も似たようなものである。独身の家計との違いは、カップルのうち一人が家に残って子供の世話をすれば、保育所にお金を払う必要がないという点である。二人とも働いている時間は、各子供について、1時間当たりdを支払わなければならない(午前中は、片方が働いて、午後はもう一方が働くというようなことはできないことになっている)。
わかりやすく言うと、このモデルでは、小さな子供の存在というのは、労働時間に対する課税のようなものである。子供がいるメリットはモデル化されていなくて、ある家計は子供がいるのは前提とされている。子供がいると、面倒を見るために労働供給をあきらめるか、労働するため保育所のコストを払わなければならない。このようなモデルの中で、最適な政策を考えてみようというのがこのペーパーのやっていることである。
ちなみに、ちょっとデータを見ておくと、以下のグラフは、各年齢で、子供がいるかいないかで年間の労働時間がどのように異なるかを示している。週休2日で一日8時間働くと2000時間(30代以降のカップルの男性(右上のグラフ)が働いている時間に相当する)
カップルの女性(左上)も独身の女性(左下)も、小さい子供がいる場合(点線)は小さい子供がいない場合(実線)に比べて、労働時間が半分くらいである。独身の男性(右下)で子供がいるケースはとても少ないので無視されている。カップルの男性(右上)は、子供がいてもいなくても労働時間にあまり違いはない。なんとなくドイツというと、そうではないのではないかという印象があったが、日本のような感じだ。
では、モデルに戻る。政府は3つの政策を変更することができる。
- 保育所の費用のうち税控除できる割合。
- 保育所のコストに対する補助金。
- 資本所得に対する税率。
こういう話は、ぜんぜん面白くないので、もっと現実的なセットアップで最適な政策を論じているのがこのペーパーの売りのところである。まずは、所得に対する税金は、現在のドイツ経済のものを取り込み、変えられないとする。残りの政策は、保育所の費用の税控除、あるいは、保育所のコストに対する補助金である。政府はどちらか片方のみを実施するとする。税控除の場合は、全額控除とし、追加的な財政支出は、全家計の労働所得への定率課税でまかなうものとする。保育所のコストに対する補助金は、0-100%のどの水準も選べるが、全ての(小さい子供のいる)家計において同じ水準が適用されるものとする。前の例と同じように、追加的な財政支出は、全家計の労働所得への定率課税でまかなわれるものとする。
以下のグラフが保育所に関するそれぞれの政策の幸福度(welfare)への効果を示している。実線は、各家計の幸福度に均等ウェイトをつけて足し合わせた社会全体の幸福度(Utilitarian social welfare)である。点線のほうは、消費(幸福度)が低い家計に大きなウェイトを与えて計算した(具体的にはmarginal utility)社会全体の幸福度を示している。以下では実線の方を見ていく。
まず、左上のグラフは、保育所のコストのどのくらいの割合に補助金を与えるかによって、社会全体の幸福がどのように変化するかを表している。社会全体の幸福度は保育所のコストの50%を補填したときに最大化されることとなっている。50%までは幸福度は安定的に上昇するものの、50%を超えると社会全体の幸福度は減少していく。右上のグラフは、カップルの幸福度の変化である。左下のグラフは独身女性の幸福どの変化である。どちらも、保育所のコストの50%補助までは安定的に幸福度が上昇している。右下は、独身男性の幸福度の変化である。他の例と違って、彼らの幸福度は補助金の割合が上昇しても上昇しない。なぜなら、彼らは子供はいないので、保育所コストへの補助金の増額によってまったく恩恵をこうむらないからである。彼らは、保育所のコストの補填のために必要な労働収入への課税の増額によって、損をすることになる。でも、彼らの損は、保育所のコストの補填が50%を上回るまではぜんぜん大きくない。なぜなら、それまでは、保育所のコストの補助によって、女性の労働供給が上昇(し、課税ベースが拡大)するので、税率を引き上げる必要がないからである。保育所のコストの補助率が50%を超えると、労働供給増加の効果が小さくなるので、追加的な財政支出のコストを補填するために税率を大きく引き上げる必要性が生じ、全てのタイプの家計の幸福度は減少してしまう。つまり、保育所のコストへの補助金はある程度(50%)までは、小さい子供がいる家計の労働供給を引き上げることで社会全体の幸福度を引き上げる効果があるが、ある一定レベルを超えるとその効果は失われてしまう。もちろん、この結果は、(特に子供のいる家計の)労働供給の弾力性に大きく依存するので、たとえば日本にそのまま当てはめることはできない。
次に、保育所のコストを税控除できるようにした場合の幸福度への影響を考えてみよう。その効果は、上のグラフの、Y軸上のダイアモンド型の点で示されている。保育所のコストの税控除は、保育所のコストへの補助金の効果と同じく、子供のいない独身男性家計を除く家計の幸福度を高める効果があるが、その効果は保育所のコストの50%を補助した場合より小さいことがわかる。
日本の労働供給の弾力性や、家計の異質性(学歴の異なる家計)、日本の労働市場の特殊性(フルタイムとパートタイムの違い)、すでに退職した世代(彼らは独身男性家計と同じく、恩恵はこうむらないが、追加的な税制負担を労働収入への課税にすれば負の影響も少なくできる一方、所得全体に課税したり消費税を用いたりすると、彼らの負担も大きくなる)への影響、などを組み込めば(簡単だけれども)面白い分析になると思う。
Labels:
Data,
Demography,
Japan,
Labor,
Policy
Rising Big Firms and Declining Labor Share
ここ20年程度、日本やアメリカを含む多くの国で、(メディアンという意味での)平均的な家計の所得があまり増えていないというようなことがいわれている。このことが、いわゆる「閉塞感」や「経済状況への不満」につながっているのかもしれない。一方、国の総所得(実質GDP)は過去ほどのスピードではないにしても、トレンドとしては増え続けている。
ではなぜ、国の総所得は増え続けているのに、平均的な家計の所得は増えていないのか?わかりやすくするために、国には生産性の異なる2人の労働者しかいないものとして、国の総所得を以下のように分けてみよう。
(0)国の総所得=(1)資本に配分される所得+(2)企業の利益+(3)生産性の高い労働者に配分される所得+(4)生産性の低い労働者に配分される所得
(1)は機械などを保有している人がその生産の対価として受け取る収入である。(4)が最初に書いた、平均的な家計の所得を捕捉している。また、(3)+(4)が総所得に占める割合は労働分配率(labor share of income)と呼ばれ、(1)が総所得に占める割合は資本分配率(capital share of income)と呼ばれる。このような分解をすると、総所得が増えているのに、平均的な家計の収入が増えていない理由は以下のように考えることができる。(A)労働分配率が低下している、(B)労働分配率は減っていなくても、生産性の高い労働者の取り分が増えている。今回は、なぜ労働分配率が低下しているかについて分析した最新のペーパー2つについて簡単に書いてみる。
Autor, Dorn, Katz, Patterson, Van Reenenは、最近のNBERワーキングパーパーとして出版された論文("The Fall of the Labor Share and the Rise of Superstar Firms")において、多くの先進国で労働分配率に何が起こったかを分析した。彼らによると、1982年から2012年の30年間で、労働分配率は67%から61%に低下した。大体カリブレーションを習うと、労働分配率をあらわすパラメーターは大体2/3と習うが、それが67%という数字に対応している。しかし、彼らによると、今では67%という数字から10%程度低下しているということになる。更に、彼らは、このような労働分配率の低下は全ての産業・企業で起こったのかという疑問に答えるため、企業レベルのマイクロデータを使って、労働分配率の過去30年の変化を分析した。彼らによると、各産業・企業の労働分配率はあまり変っていないけれども、労働分配率の低いスーパースター企業が経済に占めるしシェアが高まったことが、マクロで見た労働分配率の低下に貢献していることがわかった。彼らのスーパースター企業というのは、売り上げに占める利益の割合が高く賃金の割合が低い企業である。アップルのような企業を想像すればよいのかな。彼らによると様々な産業において、アップルのような、相対的に利益が大きく労働分配率の低い企業のマーケットシェアが高まってきたことで、マクロで見た労働分配率は下がってきているということである。
次の疑問は、このような変化はなぜ起きたかということである。彼らによると、このようなスーパースター企業のシェアの高まりは多く国で同時並行的に起きている。各国が同じようにスーパースター企業優遇政策をとってきたとは考えにくいことから、このような労働分配率の低下は政策の結果ではなく、おそらくは、スーパースター企業が1人勝ちすることを容易にした技術革新の結果であろうと分析している。但し、著者らは、このようなスーパースター企業を生じさせた原因が技術革新だとしても、大きなマーケットシェアを持つに至ったスーパースター企業がシェアを生かして競争を阻害することで、労働分配率の回復を妨げたり、あるいは更なる低下を生み出す可能性があることに警鐘を鳴らしている。
De LockerとEeckhoutは最新のNBERワーキングペーパー("The Rise of Market Power and the Macroeconomic Implications")において、アメリカの上場企業におけるマークアップ率(売値と減価の比率、大雑把には利益率と考えてもよい)の平均が1960年から2014年の間にどのように変化したかを計算した。彼らの採用した計算手法にはいろいろイシューがあるんだけれどもここでは割愛する。彼らが計算したマークアップ率の平均は以下のグラフで示される。
1960年から1980年ごろまではマークアップ率は18%程度(グラフでは1.18)程度の水準にあったが、そこから急上昇し、2014年にはマークアップ率は67%に達した。ラフにいうと、100円の原価に対して、1980年までは18円の利益を乗せていたのが、2014年には67円も乗せられるようになったということである。
ところで、マークアップ率というのは、必ずしも利益率と同じように考えることはできないものの、著者らは、このようなマークアップ率の変化は、経済全体で集計された配当の総額の変化と対応していると主張している。以下のグラフは、マークアップ率の動きと配当の総額の動きを重ね合わせている。著者らは、マークアップの上昇は配当の総額の上昇と同時に起こっており、(大)企業の市場支配力が1980年以降上昇した結果マークアップも高まったというストーリーと整合的であると主張している。
更に、著者らは、簡単なモデルを使って、マークアップ率が何らかのショックの結果高まった場合に、マクロ経済に何が起こりうるかという分析を行い、以下のことが起こりうると主張した。これらはいずれもアメリカで近年起こっていることである。もちろん、別のショックが原因でこれらのことが起こった可能性も十分にあるし、そもそも市場支配力が高まったせいでマークアップ率が上昇したのかもわからないけれども、少なくとも、(大)企業の市場支配力が増した結果、高いマークアップをつけることが可能になり、実際にアメリカで起こっている様々なマクロ経済のトレンドが引き起こされたというストーリーと整合的であるといえる。
ではなぜ、国の総所得は増え続けているのに、平均的な家計の所得は増えていないのか?わかりやすくするために、国には生産性の異なる2人の労働者しかいないものとして、国の総所得を以下のように分けてみよう。
(0)国の総所得=(1)資本に配分される所得+(2)企業の利益+(3)生産性の高い労働者に配分される所得+(4)生産性の低い労働者に配分される所得
(1)は機械などを保有している人がその生産の対価として受け取る収入である。(4)が最初に書いた、平均的な家計の所得を捕捉している。また、(3)+(4)が総所得に占める割合は労働分配率(labor share of income)と呼ばれ、(1)が総所得に占める割合は資本分配率(capital share of income)と呼ばれる。このような分解をすると、総所得が増えているのに、平均的な家計の収入が増えていない理由は以下のように考えることができる。(A)労働分配率が低下している、(B)労働分配率は減っていなくても、生産性の高い労働者の取り分が増えている。今回は、なぜ労働分配率が低下しているかについて分析した最新のペーパー2つについて簡単に書いてみる。
Autor, Dorn, Katz, Patterson, Van Reenenは、最近のNBERワーキングパーパーとして出版された論文("The Fall of the Labor Share and the Rise of Superstar Firms")において、多くの先進国で労働分配率に何が起こったかを分析した。彼らによると、1982年から2012年の30年間で、労働分配率は67%から61%に低下した。大体カリブレーションを習うと、労働分配率をあらわすパラメーターは大体2/3と習うが、それが67%という数字に対応している。しかし、彼らによると、今では67%という数字から10%程度低下しているということになる。更に、彼らは、このような労働分配率の低下は全ての産業・企業で起こったのかという疑問に答えるため、企業レベルのマイクロデータを使って、労働分配率の過去30年の変化を分析した。彼らによると、各産業・企業の労働分配率はあまり変っていないけれども、労働分配率の低いスーパースター企業が経済に占めるしシェアが高まったことが、マクロで見た労働分配率の低下に貢献していることがわかった。彼らのスーパースター企業というのは、売り上げに占める利益の割合が高く賃金の割合が低い企業である。アップルのような企業を想像すればよいのかな。彼らによると様々な産業において、アップルのような、相対的に利益が大きく労働分配率の低い企業のマーケットシェアが高まってきたことで、マクロで見た労働分配率は下がってきているということである。
次の疑問は、このような変化はなぜ起きたかということである。彼らによると、このようなスーパースター企業のシェアの高まりは多く国で同時並行的に起きている。各国が同じようにスーパースター企業優遇政策をとってきたとは考えにくいことから、このような労働分配率の低下は政策の結果ではなく、おそらくは、スーパースター企業が1人勝ちすることを容易にした技術革新の結果であろうと分析している。但し、著者らは、このようなスーパースター企業を生じさせた原因が技術革新だとしても、大きなマーケットシェアを持つに至ったスーパースター企業がシェアを生かして競争を阻害することで、労働分配率の回復を妨げたり、あるいは更なる低下を生み出す可能性があることに警鐘を鳴らしている。
De LockerとEeckhoutは最新のNBERワーキングペーパー("The Rise of Market Power and the Macroeconomic Implications")において、アメリカの上場企業におけるマークアップ率(売値と減価の比率、大雑把には利益率と考えてもよい)の平均が1960年から2014年の間にどのように変化したかを計算した。彼らの採用した計算手法にはいろいろイシューがあるんだけれどもここでは割愛する。彼らが計算したマークアップ率の平均は以下のグラフで示される。
1960年から1980年ごろまではマークアップ率は18%程度(グラフでは1.18)程度の水準にあったが、そこから急上昇し、2014年にはマークアップ率は67%に達した。ラフにいうと、100円の原価に対して、1980年までは18円の利益を乗せていたのが、2014年には67円も乗せられるようになったということである。
ところで、マークアップ率というのは、必ずしも利益率と同じように考えることはできないものの、著者らは、このようなマークアップ率の変化は、経済全体で集計された配当の総額の変化と対応していると主張している。以下のグラフは、マークアップ率の動きと配当の総額の動きを重ね合わせている。著者らは、マークアップの上昇は配当の総額の上昇と同時に起こっており、(大)企業の市場支配力が1980年以降上昇した結果マークアップも高まったというストーリーと整合的であると主張している。
更に、著者らは、簡単なモデルを使って、マークアップ率が何らかのショックの結果高まった場合に、マクロ経済に何が起こりうるかという分析を行い、以下のことが起こりうると主張した。これらはいずれもアメリカで近年起こっていることである。もちろん、別のショックが原因でこれらのことが起こった可能性も十分にあるし、そもそも市場支配力が高まったせいでマークアップ率が上昇したのかもわからないけれども、少なくとも、(大)企業の市場支配力が増した結果、高いマークアップをつけることが可能になり、実際にアメリカで起こっている様々なマクロ経済のトレンドが引き起こされたというストーリーと整合的であるといえる。
- 労働分配率の長期的な低下傾向((2)の割合が高まることによる(3)+(4)の割合の低下)
- 資本分配率の長期的な低下傾向((2)の割合が高まることによる(1)の割合の低下)
- 生産性が低い労働者の賃金の低下傾向((4)の低下に対応している)
- 労働参加率の長期的な低下傾向(賃金の低下の結果である)
- 労働市場のフロー(労働者の動き)の長期的な低下傾向(賃金が低下することで労働者が高い賃金を求めて労働市場で動く頻度が低下する)
- 労働者の移住の頻度の長期的な低下傾向(同様に、労働者が高い賃金を求めて移住する頻度が低下する)
- 実質GDP成長率の長期的な低下傾向(労働者がその生産性を生かせる職に移る頻度が下がることで経済全体の生産性が停滞する)
Labels:
Data,
Firm,
Growth,
Inequality,
Labor
Wage Growth and Labor Market Flows
もう少し関連文献をじっくり読んでから書きかたったけれども、そういう時間がないので、かなり大雑把に書いてみる。
賃金が上がるときには失業率が低下するという関係が見られることが多い。フィリップスカーブといわれるものである。賃金(上昇率)と一般的な物価(上昇率)はだいたい一緒に動くことが多いので、失業率と物価の上昇率(インフレ率)の負の関係としてフィリップス曲線を理解している人も多いかもしれない。
ただ、流行の言葉を使うと、この関係は「相関関係」であり、「因果関係」はここからは読み取れない。言い方を変えると、どうしてこのような賃金上昇率と失業率の負の相関関係が見られるかを理解するためには、何かしらの仮説を立てる(モデルを作る)必要がある。この相関関係は比較的簡単な仮説で理解されてきている。何らかの理由(財政・金融政策による刺激も含む)で経済が好調になって、企業がもっと多くの労働者を雇いたいということになれば(労働需要の増加)、労働者の価格である賃金は需要の増加を反映して上昇していくことになる。そして、失業していた人はどんどん企業に雇われてゆき、失業率は低下していく。より多くの人が就職し、賃金も上がるということであれば、物への需要も増加し、物価も上昇していくと考えられる。更に、失業率がある水準より低くなると、景気が改善しても、失業率は下がらず、賃金・インフレ率だけ上昇してしまい、経済に悪影響を与えると理解されている。このような水準は自然失業率といわれる。
このストーリーで問題なのは、では、なぜ、現在の日本やアメリカのように、失業率はとても低いのに賃金上昇率はあまり上がらないのか、ということである。どちらの国も、失業率はかなり下がっているのに、賃金上昇率あるいはインフレ率が加速する気配は見えない。このような状況を鑑みるに、上のような単純なストーリーだけではダメなのではと考えることもできるであろう。
上の問題点を解決することができるかもしれない研究として、Moscarini and Postel-Vinayの一連の研究が挙げられる。彼らは、いくつかのデータに着目した。
賃金が上がるときには失業率が低下するという関係が見られることが多い。フィリップスカーブといわれるものである。賃金(上昇率)と一般的な物価(上昇率)はだいたい一緒に動くことが多いので、失業率と物価の上昇率(インフレ率)の負の関係としてフィリップス曲線を理解している人も多いかもしれない。
ただ、流行の言葉を使うと、この関係は「相関関係」であり、「因果関係」はここからは読み取れない。言い方を変えると、どうしてこのような賃金上昇率と失業率の負の相関関係が見られるかを理解するためには、何かしらの仮説を立てる(モデルを作る)必要がある。この相関関係は比較的簡単な仮説で理解されてきている。何らかの理由(財政・金融政策による刺激も含む)で経済が好調になって、企業がもっと多くの労働者を雇いたいということになれば(労働需要の増加)、労働者の価格である賃金は需要の増加を反映して上昇していくことになる。そして、失業していた人はどんどん企業に雇われてゆき、失業率は低下していく。より多くの人が就職し、賃金も上がるということであれば、物への需要も増加し、物価も上昇していくと考えられる。更に、失業率がある水準より低くなると、景気が改善しても、失業率は下がらず、賃金・インフレ率だけ上昇してしまい、経済に悪影響を与えると理解されている。このような水準は自然失業率といわれる。
このストーリーで問題なのは、では、なぜ、現在の日本やアメリカのように、失業率はとても低いのに賃金上昇率はあまり上がらないのか、ということである。どちらの国も、失業率はかなり下がっているのに、賃金上昇率あるいはインフレ率が加速する気配は見えない。このような状況を鑑みるに、上のような単純なストーリーだけではダメなのではと考えることもできるであろう。
上の問題点を解決することができるかもしれない研究として、Moscarini and Postel-Vinayの一連の研究が挙げられる。彼らは、いくつかのデータに着目した。
- ミクロのデータを見ると、労働者の賃金が上がるのは、同じ企業に勤め続けている場合ではなくて、別の企業に移ったときである。つまり、賃金が上昇するには、経済が好調になって、既に働いている労働者がより賃金の高い職を見つけて移ったり、別の企業からより高いオファーをもらって移ったり、あるいは引抜きを防ぐため今働いている企業が賃金を引き上げる、という活動が活発にならなければならないのである。つまり、失業者が職を見つけるということと、賃金の動きは厳密にはリンクしていない。
- しかも、絶対的な人数で見ると、ある企業から別の企業に移る人の数の方が、失業している人が職を見つける数よりずっと多い。簡単な数字を示してみると、失業率が5%とすると、働いている人は95%である(働こうとしていない人は含めないでおく)。失業者は平均すると1ヶ月で25%の割合で職を見つける(これをUE率(Unemployment-to-Employment rate)と呼ぶ)ので、毎月職を見つける失業者の人数は5%*25%=1.25%である。就職している人で別の職に移る人の割合は平均して1ヶ月で2.5%くらい(これをEE率(Employment-to-Employment rate)と呼ぶ)であり、失業者が職を見つける割合よりずっと低い。しかし、母数が多いので、転職する人の割合は1ヶ月あたり95%*2.5%=2.4%である。よって、転職する人の数の方が絶対的な数では、職を見つける失業者よりずっと多い。よって、彼らの賃金の変化の方が、新たに職を見つけた失業者の賃金の変化より、全体的な平均賃金に与える影響が大きいと考えられる。
- 賃金上昇率とEE率あるいはUE率の相関をとると、EE率と賃金上昇質の相関の方がずっと高い。このことは、賃金上昇率に影響をより強く与えるのは、どのくらい失業者が職を見つけているかというよりは、どのくらい労働者が転職活動しているかであることを示唆している。
Moscarini and Postel-Vinayはこれらの事実に注目して、労働者が、失業しているときは低い賃金でもまずは働きはじめ、そのあとで別の企業から次々とオファーをもらって転職していくことで賃金が上がっていくモデルを構築し、そのモデルを様々な分析に使用している。
最初に述べた、失業率はかなり低いのに賃金上昇率(およびインフレ率)が上がらない状況も、彼らのモデルの枠内では新たな解釈が可能となる。景気が長くにわたって低迷した後の景気回復期では、労働者は低い賃金からまたゆっくり転職活動などをして賃金を上げてゆかなければならないので、失業率が低いとしても、それは、経済が過熱する(そしてインフレ率が上がる)ことを示唆しているわけはなくて、まだ経済がゆっくり回復しているということなのかもしれない。言い換えると、長い景気低迷の後では、低い失業率をもって、財政・金融政策によって更に経済を刺激する余地がないということにはならない、という解釈もできるかもしれない。
特に、最近、アメリカは、EE率が長期的な低下傾向にあるので、彼らのモデルによると失業率と賃金上昇率の負の相関が弱まっているという解釈も可能である。Moscarini and Postel-Vinayが日本について議論しているかわからないし、日本のデータはよく知らないけれども、もし日本で、EE率がかなり低い、あるいは低下しているとすると、日本では更に失業率と賃金上昇率の負の関係が弱まっているといえるかもしれない。労働市場が硬直的で、転職活動が活発でない、あるいは失業や賃金の低下を恐れて労働者が余り活発に転職活動を行わないというような状況であれば、失業率と賃金上昇率(そしてインフレ率)のリンクを弱める効果もあるかもしれない。そういう状況では、もしかしたら、失業率が低いからといって、もう景気を刺激する政策は打ち止めすべきという単純な議論は成り立たないのかもしれない。
Labels:
Business Cycle,
Data,
Japan,
Labor,
Theory
Modeling Premium Friday, Part 2
前回のポストに引き続いて、プレミアムフライデーがマクロ経済に与える影響を、シンプルな新古典派成長モデルを使って分析してみる。
モデルは前回に紹介したものを引き続き使う。前回書いたとおり、プレミアムフライデーをどのようにとらえるか(どのようにモデル化するのが適切か)について、僕はまだはっきりとわかっていないけれども、まずは、2つの異なる考え方を基に分析してみることにした。前回紹介した考え方は、プレミアムフライデーは、強制的に月末の金曜日の午後に労働者を帰らせることで、オフィスで無駄に過ごしている時間を余暇(あるいは生産的な労働)に開放するというものである。言い方を変えると、プレミアムフライデーは、労働者が自由に利用できる時間(disposable time)を増やすという考え方だ。簡単に想像はつくと思うが、基本的には1日に使える時間が増えるということは、生産に使える投入要素が増えるということなので、前回見たとおり基本的には経済にポジティブな影響を与える。
総需要効果を考慮しない場合、GDP、消費、投資は長期的には約1%増加する。自由に使える時間が増えた時に全てを余暇には回さないので、1週間あたりの労働時間は1時間は減らないものの約0.6時間(36分)減少し、余暇に使われる時間は1週間当たり約0.4時間(24分)増加する。1時間当たりの賃金は長期的にはプレミアムフライデー実施前と同じ水準に戻るけれども、労働時間が長くなるので、所得は増加する(長期的には所得が増加しないと消費は増加できない)。総需要効果を考慮すると、プレミアムフライデーの効果はより大きいものとなる。GDPや消費は1.9%増加し、消費(総需要)の増加がGDPを更に引き上げるので、賃金も長期的には0.9%上昇する。
では、今回は、別の考え方をしてみよう。プレミアムフライデーというのは、月末の金曜日の午後には働くことを禁止することで、労働供給を強制的に削減するものととらえることもできる。もちろん、別の日により長く働くことによって、月末の金曜の午後に働けない代わりをすることができるが、その場合プレミアムフライデーの効果というものはゼロなので、今回は労働時間が強制的に削減され、別の日の残業とかパートタイムを増やすとかで穴埋めができないものと仮定する。具体的には、週当たりの最大労働時間が、プレミアムフライデー実施前は40時間だったものが、39時間に削減されたと仮定する。加えて、プレミアムフライデー実施前は、労働者は週40時間ちょうど働いていたと仮定する。つまり、労働時間の制限がなくても労働者は週40時間喜んで働いていたのだけれども、プレミアムフライデー実施によって39時間までしか働けないこととなったと考える。このような政策の効果は以下に示される。
前回のケースと異なり、プレミアムフライデーの効果は総じてネガティブである。一段目のGDP(左)と消費(右)から見ていこう。総需要効果を考慮しなければGDPや消費は約2.5%減少する。総需要効果を考慮すると、GDPや消費の落ち込みは長期的には4.6%と、非常に大きなものとなる。
2段目の左には投資の動きが示されている。長期的には投資の変化はGDPや消費と同じく、総需要効果を考慮すると2.5%のマイナス、総需要効果もあった場合は4.6%のマイナスである。右には1週間あたりの労働時間が示されている。2017年以降、プレミアムフライデーが実施されたことで、労働時間は上限きっかりの39時間となっている。39時間という労働供給のアドホックな制約に引っかかっている。
賃金は一時的に上昇する。これは、労働時間に制限が加わって急に引き下げられることで労働供給が資本に比べて過少になるからである。しかし、長期的には資本が蓄積されることで、総需要効果がない場合にはプレミアムフライデー実施前のレベルに戻っていく。総需要効果がある場合は、総需要(消費)の落ち込みにともなって、賃金も下降し、長期的には、2.2%低下することとなる。実質利子率は、同様に資本の過剰供給を反映して一時期低下するものの、長期的にはプレミアムフライデー実施前のレベル(あるいは総需要効果がある場合はその近く)に戻っていく。
基本的には、プレミアムフライデーを労働供給に制限を加えるものとしてとらえた場合、そのマクロ経済に与える効果は総じてマイナスであることが見て取れる。
では、前回見た「需要側」のモデルと今回見た「供給側」のモデルのどちらが現実的だろうか?何度かちょっと議論したけれども、無駄な時間(モデルでいえばラムダ)を強制的に減らす効果が、小さいとはいえ労働供給を制限するネガティブな効果よりは比較として大きいのではないかなという気がする。でも、効果はかなり小さいだろう。見えないくらいかもしれない。月末の金曜午後の労働時間が減る分は、他の日に長く働いてもらったりする可能性が高いと思われるからだ。それに、プレミアムフライデーの対象となる労働者はモデルの仮定(労働者全員)よりおそらくはかなり少ない。
モデルでは直接扱えない話だけれども、もしかすると、フルタイムの人の労働時間が少し減少することで、パートタイムの人の労働時間が増えたり、主にパートタイムの人の雇用が(ほんの少し)増えるというような効果もあるかもしれない。
あとは、プレミアムフライデーの趣旨の一つとして、月末の金曜日に早く退社できることで、週末の旅行を促進するというようなことが書いてあった。これによって特に恩恵を受ける業界の業績がどう変わるかなどを見るのは今後の楽しみである。
最後になるが、フランスでは、2000年に労働時間の上限を週39時間から35時間に削減したことが話題になった。このときにこの政策のマクロ経済や労働市場にに与える効果についていろいろな研究がなされたことを覚えている。プレミアムフライデーとはちょっと違うが、35時間労働が実施された後でフランスに何が起こったか、この効果だけを見るのは難しいだろうが、面白い研究を思い出したら触れようかと思う。
モデルは前回に紹介したものを引き続き使う。前回書いたとおり、プレミアムフライデーをどのようにとらえるか(どのようにモデル化するのが適切か)について、僕はまだはっきりとわかっていないけれども、まずは、2つの異なる考え方を基に分析してみることにした。前回紹介した考え方は、プレミアムフライデーは、強制的に月末の金曜日の午後に労働者を帰らせることで、オフィスで無駄に過ごしている時間を余暇(あるいは生産的な労働)に開放するというものである。言い方を変えると、プレミアムフライデーは、労働者が自由に利用できる時間(disposable time)を増やすという考え方だ。簡単に想像はつくと思うが、基本的には1日に使える時間が増えるということは、生産に使える投入要素が増えるということなので、前回見たとおり基本的には経済にポジティブな影響を与える。
総需要効果を考慮しない場合、GDP、消費、投資は長期的には約1%増加する。自由に使える時間が増えた時に全てを余暇には回さないので、1週間あたりの労働時間は1時間は減らないものの約0.6時間(36分)減少し、余暇に使われる時間は1週間当たり約0.4時間(24分)増加する。1時間当たりの賃金は長期的にはプレミアムフライデー実施前と同じ水準に戻るけれども、労働時間が長くなるので、所得は増加する(長期的には所得が増加しないと消費は増加できない)。総需要効果を考慮すると、プレミアムフライデーの効果はより大きいものとなる。GDPや消費は1.9%増加し、消費(総需要)の増加がGDPを更に引き上げるので、賃金も長期的には0.9%上昇する。
では、今回は、別の考え方をしてみよう。プレミアムフライデーというのは、月末の金曜日の午後には働くことを禁止することで、労働供給を強制的に削減するものととらえることもできる。もちろん、別の日により長く働くことによって、月末の金曜の午後に働けない代わりをすることができるが、その場合プレミアムフライデーの効果というものはゼロなので、今回は労働時間が強制的に削減され、別の日の残業とかパートタイムを増やすとかで穴埋めができないものと仮定する。具体的には、週当たりの最大労働時間が、プレミアムフライデー実施前は40時間だったものが、39時間に削減されたと仮定する。加えて、プレミアムフライデー実施前は、労働者は週40時間ちょうど働いていたと仮定する。つまり、労働時間の制限がなくても労働者は週40時間喜んで働いていたのだけれども、プレミアムフライデー実施によって39時間までしか働けないこととなったと考える。このような政策の効果は以下に示される。
前回のケースと異なり、プレミアムフライデーの効果は総じてネガティブである。一段目のGDP(左)と消費(右)から見ていこう。総需要効果を考慮しなければGDPや消費は約2.5%減少する。総需要効果を考慮すると、GDPや消費の落ち込みは長期的には4.6%と、非常に大きなものとなる。
2段目の左には投資の動きが示されている。長期的には投資の変化はGDPや消費と同じく、総需要効果を考慮すると2.5%のマイナス、総需要効果もあった場合は4.6%のマイナスである。右には1週間あたりの労働時間が示されている。2017年以降、プレミアムフライデーが実施されたことで、労働時間は上限きっかりの39時間となっている。39時間という労働供給のアドホックな制約に引っかかっている。
賃金は一時的に上昇する。これは、労働時間に制限が加わって急に引き下げられることで労働供給が資本に比べて過少になるからである。しかし、長期的には資本が蓄積されることで、総需要効果がない場合にはプレミアムフライデー実施前のレベルに戻っていく。総需要効果がある場合は、総需要(消費)の落ち込みにともなって、賃金も下降し、長期的には、2.2%低下することとなる。実質利子率は、同様に資本の過剰供給を反映して一時期低下するものの、長期的にはプレミアムフライデー実施前のレベル(あるいは総需要効果がある場合はその近く)に戻っていく。
基本的には、プレミアムフライデーを労働供給に制限を加えるものとしてとらえた場合、そのマクロ経済に与える効果は総じてマイナスであることが見て取れる。
では、前回見た「需要側」のモデルと今回見た「供給側」のモデルのどちらが現実的だろうか?何度かちょっと議論したけれども、無駄な時間(モデルでいえばラムダ)を強制的に減らす効果が、小さいとはいえ労働供給を制限するネガティブな効果よりは比較として大きいのではないかなという気がする。でも、効果はかなり小さいだろう。見えないくらいかもしれない。月末の金曜午後の労働時間が減る分は、他の日に長く働いてもらったりする可能性が高いと思われるからだ。それに、プレミアムフライデーの対象となる労働者はモデルの仮定(労働者全員)よりおそらくはかなり少ない。
モデルでは直接扱えない話だけれども、もしかすると、フルタイムの人の労働時間が少し減少することで、パートタイムの人の労働時間が増えたり、主にパートタイムの人の雇用が(ほんの少し)増えるというような効果もあるかもしれない。
あとは、プレミアムフライデーの趣旨の一つとして、月末の金曜日に早く退社できることで、週末の旅行を促進するというようなことが書いてあった。これによって特に恩恵を受ける業界の業績がどう変わるかなどを見るのは今後の楽しみである。
最後になるが、フランスでは、2000年に労働時間の上限を週39時間から35時間に削減したことが話題になった。このときにこの政策のマクロ経済や労働市場にに与える効果についていろいろな研究がなされたことを覚えている。プレミアムフライデーとはちょっと違うが、35時間労働が実施された後でフランスに何が起こったか、この効果だけを見るのは難しいだろうが、面白い研究を思い出したら触れようかと思う。
Labels:
Consumption,
Data,
Experiment,
Japan,
Labor,
Policy
Modeling Premium Friday, Part 1
前回のポストで、リバイズを進めるために新しい論文をほとんど読まないようにしているといってみたものの、ちょっと時間を食うことをやってしまった。
今回は、簡単なモデルで、プレミアムフライデーの効果を見てみたい。プレミアムフライデーというのは、毎月の最終金曜日に、皆がちょっと早く帰れる(例えば午後3時退社と書いてある)ように推奨することによって、余暇に使う時間を増やし、消費も刺激できるのではというアイデアである。
今回のポストを書くきっかけとなったのは、江口さんのこのようなtwitterでの発言である。
とても面白い視点だと思ったんだけど、まずは、プレミアムフライデーのマクロ経済への効果をどういう風に考えたらいいのかな、と考え込んでしまったので、まずは、とても簡単なモデルからはじめてみようと思い立った。とりあえずは、「日本の低成長の原因が需要側なのか供給側なのか」という質問にどうリンクさせるかまでは思いつかなかったのだけれども、手始めとして、「需要側」を重視したメカニズムと「供給側」を重視したメカニズムで、どのようにプレミアムフライデーの効果が異なるかを考えて見たい。
では、どうやってプレミアムフライデーをモデルに取り込むかであるが、次のような入れ方を考えてみた。
「供給側」についてちょっとコメントしておくと、もし労働者が月末の金曜日の午後に長く働けない分他の日により長く働くことができれば、プレミアムフライデーの効果は単に、働く時間が月末金曜の午後から他の日にシフトするだけである。残業代がかかるから雇用する企業にとってはコストが高まると考える人もいるだろうが、それは、単に、(残業時でない)平時の給料を下げることで対応できる。つまり、この考え方をとると、月ごとの総労働時間は変らず、平時の給料は下がる(が賃金収入の合計は変らない)と考えられる。マクロ経済(GDP、消費、投資等)への効果はない。これではあまり面白くないので、「供給側」チャンネルはもっと強いものとしてモデル化してみることにした。
今回は、簡単なモデルで、プレミアムフライデーの効果を見てみたい。プレミアムフライデーというのは、毎月の最終金曜日に、皆がちょっと早く帰れる(例えば午後3時退社と書いてある)ように推奨することによって、余暇に使う時間を増やし、消費も刺激できるのではというアイデアである。
今回のポストを書くきっかけとなったのは、江口さんのこのようなtwitterでの発言である。
「プレミアムフライデーでGDPがどうなるかで、日本の低成長の原因が需要要因か供給要因かが分かるかも。供給要因なら労働時間減少でGDP下がるし、需要要因なら消費拡大(消費と余暇が補完的なら)してGDPが上がるはず。逆に言えば需要要因かつ消費と余暇が補完的でない限り景気拡大効果はない。」
とても面白い視点だと思ったんだけど、まずは、プレミアムフライデーのマクロ経済への効果をどういう風に考えたらいいのかな、と考え込んでしまったので、まずは、とても簡単なモデルからはじめてみようと思い立った。とりあえずは、「日本の低成長の原因が需要側なのか供給側なのか」という質問にどうリンクさせるかまでは思いつかなかったのだけれども、手始めとして、「需要側」を重視したメカニズムと「供給側」を重視したメカニズムで、どのようにプレミアムフライデーの効果が異なるかを考えて見たい。
では、どうやってプレミアムフライデーをモデルに取り込むかであるが、次のような入れ方を考えてみた。
- 「需要側」:これまでは、月末の金曜日の午後には皆オフィスにいつつも何も生み出していなかったと仮定する。もちろんこれはかなり単純化した非現実的な仮定なんだけれども、ちょっとくらい労働時間が減少しても(生産に役立つ)労働供給は変らないというアイデアを簡単に取り込むにはこういう仮定でいいのかなと思い立った。もし、これはおかしいとか、もっと良い入れ方があるという方がいたら、教えて欲しい。下のモデルでは、ラムダが無駄な時間を示す。このような状況では、プレミアムフライデーというのは、そもそも浪費されていた時間を余暇(あるいは労働)に開放すると考えられる。
- 「供給側」:プレミアムフライデーは、労働時間に関する制約と考える。これも、かなり単純化した仮定である。極端ではあるが、プレミアムフライデーは労働者が働く時間を強制的に減らすものと考える。
「供給側」についてちょっとコメントしておくと、もし労働者が月末の金曜日の午後に長く働けない分他の日により長く働くことができれば、プレミアムフライデーの効果は単に、働く時間が月末金曜の午後から他の日にシフトするだけである。残業代がかかるから雇用する企業にとってはコストが高まると考える人もいるだろうが、それは、単に、(残業時でない)平時の給料を下げることで対応できる。つまり、この考え方をとると、月ごとの総労働時間は変らず、平時の給料は下がる(が賃金収入の合計は変らない)と考えられる。マクロ経済(GDP、消費、投資等)への効果はない。これではあまり面白くないので、「供給側」チャンネルはもっと強いものとしてモデル化してみることにした。
基本モデルは成長のトレンドを除去した新古典派成長モデル(Neoclassical Growth Model)である。このモデルでは、定常状態であれば、GDP、消費、投資、資本は、一定のレベルで変らない。この状態は、これらのマクロ変数が一定の成長率(例えば年率2%)で成長していることを意味する(けどモデルでは定率の経済成長を単純化のために除去している)ので勘違いしないで欲しい。新古典派成長モデルという名前は、内生的成長モデルと対応しており、定常状態での成長率が外生的に決まってくるモデルをさす。
では、モデルを構成する式を挙げておく。並べただけで、あまり厳密にモデルを書いていない(例えば、代表的個人に関する変数とマクロの変数を区別していない)が、許して欲しい。
式(1)は、効用関数である。消費と余暇から効用が得られ、log-logの形式をとっているので、余暇が増えれば消費も増える。Lは最大労働時間、ラムダは上で書いた、「オフィスで過ごす無駄な時間」である。「供給側」のモデルの場合、ラムダはゼロにする(このチャンネルは使わない)。
式(2)は労働時間に関する制約である。「供給側」モデルでは、プレミアムフライデーはこの上限値が引き下げられると仮定する。
式(3)は消費者の予算制約である。消費者は労働時間あたりwの賃金を受け取る。貯蓄に対しては年率rの利子が得られる。
式(4)は資本の蓄積がどのように起こるかを示している。資本は年率デルタの割合で磨耗し、投資iをすることで増やすことができる。
式(5)は生産が消費あるいは投資に使われるという、マクロレベルの資源制約を示している。
最後に、式(6)は、生産関数である。上に書いたとおり、簡略化のため生産性(z = TFP)は一定としておくが、一定の率で成長すると仮定してもモデルの挙動は基本的には変らない。生産には資本(k)と労働(l)が用いられる。また、これも通常の仮定であるが、コブ・ダグラス型の一次同次の生産関数である。
ちょっと特別な仮定は、生産関数にcが入っていることである。通常のモデルであればこれはない(オメガ=0)。この仮定は、総消費が増加すると生産活動が刺激されるという、需要側のチャンネルを簡単に(ニューケインジアンモデルのように名目価格の硬直性を入れずに)入れるためのトリックで、最近のDirk KruegerのHandbook Chapterで使われていた。但し、この仮定はあまり標準的ではないので、以下では、オメガがゼロのケースも示す。オメガがゼロでないケースをオメガがゼロのケースと比べると、総需要チャンネルも考慮するとプレミアムフライデーの効果がどのように変ってくるかを見ることができる。
以下の表に、パラメーターの値を示す。1期間は1年で、全てのパラメーターはとても標準的なものである。
ベータの値は最初の定常状態で実質金利が年率4%になるように選んだ。資本の減耗率は年率8%、生産における資本の重要度は0.36、この辺はスタンダードな値である。オメガは、上に書いたとおり、総需要効果を考慮しないケースではゼロ、考慮したケースではKrudgerが使った数字(0.3)にしてみた。労働、あるいは余暇に使える時間の合計は1週間に98時間とした。1日あたり14時間である。ミューは、週当たりの労働時間が、プレミアムフライデー実施前に40時間(一日8時間)となるようにセットした。異なるモデルに同じターゲットを適用しているので、2つのモデルではミューの値が多少ではあるが異なっている。
「需要側」のモデルでは、プレミアムフライデー実施前(2016年まで)はラムダが1(1週間当たり1時間は無駄になっている)であるのが、プレミアムフライデー実施(2017年以降)によってゼロになると仮定する。週当たり1時間というのは、1ヶ月で4時間、つまり、月末の金曜日は午後に完全に休めるという仮定である。実際の時間(午後3時帰宅)よりはちょっと大きいが、金曜に残業している人とかを考えれば、それほど悪くない数字かと思う。もちろん、現実は全ての人がプレミアムフライデーの対象になるわけではないので、その意味では、このモデルでは、プレミアムフライデーの効果がかなり大きめ目に設定されている。
「供給側」のモデルでは、プレミアムフライデー実施前の週当たりの労働時間の上限は40時間であったものが、プレミアムフライデー実施によって39時間に引き下げられると仮定する。そもそもプレミアムフライデー実施前は、労働者は最適に40時間働いていると仮定しているので、この制約には引っかかっていない。そういう意味でも、プレミアムフライデーの影響が過大にモデル化されていると考えて欲しい。
では、今回は需要側のモデルの結果を示す。2016年まではプレミアムフライデーはなくて、経済は定常状態にあったものの、2017年に、急にプレミアムフライデーが実施され、プレミアムフライデーは永久に続くとする。期待は(2017年のプレミアムフライデー実施以外は)完全予見とする。ちょっとナーディーなコメントだが、モデルは、シューティング・アルゴリズムでもポリシー・イテレイションでも、価値関数イレテーションでも解けるが、労働が内生化されていて、消費が生産性に影響を与えるので、シューティング・アルゴリズムはちょっと難しかった。
上段のグラフはGDPと総消費、中断のグラフは総投資と週当たりの労働時間、下段のグラフは時間当たりの賃金と実質利子率を示している。2016年までは定常状態で、2017年以降は、プレミアムフライデーのある経済の定常状態にゆっくり収束していく。青い実線が、総需要チャンネルのないモデル、緑の点線が、総需要チャンネルのあるモデルである。GDP、総消費、総投資、賃金は、効果の大きさを見やすくするために最初の定常状態を1をしている。
「需要側」のモデルでは、プレミアムフライデーの効果は、余暇(あるいは労働)に使える時間が週当たり1時間増えた考えられる。それを反映して、労働時間は2017年に急に減少するが、39時間までは低下しない。それは、経済が刺激されて、生産を増やすために、労働時間も(39時間から)増えるからである。一つの解釈としては、オフィスの人の余暇が1時間増えた分、より多くの人がレストランに行くので、レストランは人を増やさなければならないというものだ(もちろんモデルは代表的個人を仮定しているので実際にはそういうことは起こっていない)。
GDPや総消費は順調に増加し、新しい定常状態では、総需要効果を考慮しなければ1%、総需要効果も考慮すると1.9%増加する。総需要効果がなければ2017年に経済成長率が押し上げられた後はほぼ経済成長へのの効果はないんだけれども、総需要効果を加味すると、成長率の押し上げは(低減していくけれども)30年程度続く。このパラメーター設定では総需要効果はかなり大きいことがわかる。新しい生産量を維持するために投資も同じ割合で増加する。
GDPや総消費は順調に増加し、新しい定常状態では、総需要効果を考慮しなければ1%、総需要効果も考慮すると1.9%増加する。総需要効果がなければ2017年に経済成長率が押し上げられた後はほぼ経済成長へのの効果はないんだけれども、総需要効果を加味すると、成長率の押し上げは(低減していくけれども)30年程度続く。このパラメーター設定では総需要効果はかなり大きいことがわかる。新しい生産量を維持するために投資も同じ割合で増加する。
プレミアムフライデー実施当初は、労働供給に対して相対的に資本が不足するので、金利が0.1%程度上昇するが、新しい定常状態ではまた4%に戻る。賃金は、総需要チャンネルのないスタンダードなモデルであれば、資本の不足を反映して最初は下がるものの、定常状態では元のレベルに戻る。面白いのは総需要チャンネルがあるモデルの場合で、新しい定常状態では消費のレベルが高いので、賃金は前のモデルと同じく当初は一旦低下した後で、高い水準に収束していく。最終的には賃金は0.9%高いレベルに収束することとなる。
というわけで、「需要側」を重視したモデルでは、賃金は一時的に低下するものの、プレミアムフライデーの効果は総じて景気刺激的である。次回は、「供給側」を重視したモデルではどうなるか、を見ていくことにする。
Labels:
Consumption,
Experiment,
Japan,
Labor,
Policy
Unemployment Insurance as Automatic Stabilizer
マクロ経済政策のやり方のひとつとして、自動安定化装置(automatic stabilizerあるいはbuilt-in stabilizerとも呼ばれる)というものがある。不景気のときには政府が支出を自動的に増やし、景気が過熱気味の時には政府が支出を減らようにあらかじめ決めておくことで、自動的に、政府の支出の増減が「総需要」を安定化させ、景気循環の触れ幅を小さくしようというものである。
では、なぜ「あらかじめ決めておく」ことがいいことなのか?3つ理由を挙げてみると、1つ目は、不景気のたびに景気をしたささえするために特別な法律を作る必要が省けるというのがある。不景気の時に景気対策以外のことで国会が忙しい場合、景気対策が後回しになってしまうがリスクあるが、あらかじめ自動的に財政支出を変化させる仕組みを作っておくことでそういうリスクを小さくできる。2つ目は、経済主体の期待に働きかけることができるということがある。普通は、企業が景気が悪くなってきたと感じた場合、従業員を解雇する人数を増やすことが起こりうるが、もし、そうした企業が、自動安定化装置の存在を知っていて、財政支出が増えることが予測できていれば、解雇をしないという結果になるかもしれない。3つ目は、景気がいい時でも、政府支出が削減されることを決定するのは政治的に難しいが、そうすると恒常的に財政赤字がつみあがってしまう。好景気の時には支出を減らすとあらかじめ決めておくことで、財政への長期的な影響を中立的にすることができる。但し、年金支給額のマクロ経済シフトがどうなっているかからわかるとおり、景気がいいときででも財政支出を削減しないのは人気が取れる政策なので、コミットメントの問題がある(日本政府の場合コミットメント能力は無きに等しいと思われる)。
では、実際には自動安定化装置はどのように実施されているのか?もっとも有名な例が「累進所得税」である。累進的であるということは、所得が上がれば上がるほど税率も上がるということをさしている。景気が落ち込んで人々の所得が低くなった場合、累進所得税のものでは、人々の所得に適用される税率が「自動的」に低くなり、可処分所得(税引き後の所得)が増加する。逆に景気がいいときには、所得は高くなるので、それとともに所得に適用される税率も上昇し、可処分所得は税引き前の所得ほど伸びないことになる。このような政策の下では、人々の可処分所得の変動幅が税引き前の所得の変動幅より小さくなり、景気の大きな上下動を抑えられることが期待される。
と、ここまでは前置きだったのだが、もし、失業保険の金額あるいは受け取れる期間が景気とともに自動的に上下すれば、それもautomatic stabilizerとして機能しうることはわかるであろう。景気が落ち込んでいるときには失業率は高い、つまり、失業者も多いし、平均的な失業期間も長くなりがちである。この場合、失業保険の金額あるいは給付期間を自動的に延ばす仕組みがあれば、不況時には失業者が受け取る金額は大きくなり、可処分所得の落ち込みが抑えられるというわけである。実際、アメリカでは、通常時は6ヶ月までしか失業保険を受け取ることができないが、失業率が高くなると給付期間が自動的に延長される仕組みがある。但し、失業保険の金額は州によって異なるものの、不況時に自動的に増額されるような仕組みはない。
では、実際に、失業保険の金額を景気によって変化させればautomatic stabilizerとして機能するのか?という質問に答えようとしたのが、今回紹介するペーパー("The Importance of Unemployment Insurance as an Automatic Stabilizer" by Di Maggio and Kermani, NBER Working Paper No. 22625)である。但し、上に書いたとおり、失業保険の金額は景気によって変わらない。よって、著者らは、州の間の失業保険の金額の違いに注目した。
具体的には、著者らが行ったのは以下の分析である。まずは、アメリカの各市(カウンティ、とりあえず「市」と訳しておく)の失業者の失業保険受取額が失業前の所得のどのくらいの割合か(これを失業前所得比率=RR=Replacement Ratioの訳)を計算し、その平均をとる。これが、各市の失業保険の手厚さの指標となる。著者らのデータによると、RRの平均は23%(普通は40-60%なのでこの数字はとても小さい)で標準偏差は11%なので、市の間の差はとても大きいことがわかる。では、これらの市の経済にショックがある場合、そのショックに対する市の所得や雇用の感応度は、RRによって異なるかを見るというのがメインの分析である。RRが高い市であれば、失業した人はより多くの失業保険をもらえるということなので、市が不況に陥って失業率が上がった時に、失業保険も含む可処分所得の落ち込みは小さいということとなる。もし、総需要への効果が実際にあるのであれば、可処分所得の落ち込みが押さえられることによって、その市の景気の変動の大きさが小さくなるということになる。
では、各市へのショックはどうやって計算するか?著者らはほかのペーパーでも使われている、Bartikショックというものを使っている(Bartikという人のペーパーで提案されたからだ)。Bartikショックというのは、次のように計算される。まずは、全米における、各セクターの雇用の変化を計算する。そして、各市における各セクターの重要度に応じてウェイト付けすることで、その市におけるショックの大きさを計算するのである。具体例を挙げると、例えば、石油関連産業の雇用がアメリカ全体で大きく落ち込んだとする。この場合、テキサスなどの、石油産業が全体の雇用に占める割合の高い市は、大きなショックを受けたことなり、石油産業がぜんぜん雇用に貢献していない市であればショックはないと仮定される。つまり、全米全体における各セクターへの影響が、家訓セクターの雇用における重要度に応じて各市に均等に配分されるというものである。かなり突っ込みどころが多い仮定のような気がするが、最近多くのペーパーで使われている。
著者らの分析の結果を要約すると以下の通りである。
1. RRが高い市のほうがショックに対する雇用の成長率の感応度が小さいことがわかった。RRが10ポイント下がると、ショックに対する雇用の成長率への感応度は9%下がった。
2. RRが高い市の方が、ショックに対する雇用の成長率の感応度は小さいが、この結果は非貿易セクター(サービス、建築等)に於いてのみ有意(しかも16-20%と大きい)であった。逆に、貿易セクター(製造業)においては、RRはショックに対する雇用の成長率の感応度に影響を与えていない。このことは、RRの雇用の感応度への影響が総需要への影響を通じたものであることを示唆している。
3. 各市における自動車販売台数のデータもあるので、自動車販売台数を、総消費の代わりのデータと考えると、RRが高い市の方が、ショックに対する自動車販売台数の伸びの感応度が18%低いことがわかった。
4. RRが高い市のほうが、ショックに対する総賃金収入の増加率の感応度が低いこともわかった。RRが11ポイント下がると感応度は8%減少する。
5. このエントリで扱ったが、Auerbach and Gorodnichenko(2012)は、財政支出のGDPへの影響は不景気の時の方が大きいという実証結果が積み重なってきている。同じロジックによると、RRのショックへの感応度への影響は負のショックのときの方が大きいことが予想される。この予想の通り、RRが、ショックに対する雇用の成長率の感応度に与える影響は、不況期(Bartikショックが悪いとき)には大きく、好況期には小さいことが確認された。
6. 著者らの回帰分析による結果を元に、財政乗数(Fiscal Multiplier)を計算すると、1.9であった。この数字は、失業保険の金額の変化についての財政上数であるという点は留意しておかなければならないが、最近のペーパーで市や州のデータを使って推定された財政乗数の値と整合的である。
これら全ての結果から著者らが主張しているのは、失業保険の金額(あるいは期間)を不況期に上げることによって、不況期における可処分所得の落ち込みを緩和させ、総需要を下支えすることで、雇用や所得、消費に対する影響を緩和することができるということである。まぁ、市の間の失業保険の違いから国レベルの自動安定化政策の効果にもっていくのはいろいろ突っ込みどころがあると思うが、面白い結果であることには変わりない。
理論面でも、失業保険が自動安定化装置として機能することが最新の研究で示されている。McKay and Reis ("The Role of Automatic Stabilizers in the U.S. Business Cycle" Econometrica 2016)では、不完備市場のNKモデルを構築して、失業保険のような、MPC(限界消費性向)の高い家計に不況期により多くの所得を移転する政策が、自動安定化装置として有効であることを示している。automatic stabilizerの分析のためには、総需要がGDPに影響を与えるモデルが必要なので、通常の不完備市場のモデルにNKモデルのような名目価格の硬直性を導入する必要がある。このようなモデルはごく最近開発されたので、automatic stabilizerの役割は最近DSGEモデルを使った分析が可能になった。
では、なぜ「あらかじめ決めておく」ことがいいことなのか?3つ理由を挙げてみると、1つ目は、不景気のたびに景気をしたささえするために特別な法律を作る必要が省けるというのがある。不景気の時に景気対策以外のことで国会が忙しい場合、景気対策が後回しになってしまうがリスクあるが、あらかじめ自動的に財政支出を変化させる仕組みを作っておくことでそういうリスクを小さくできる。2つ目は、経済主体の期待に働きかけることができるということがある。普通は、企業が景気が悪くなってきたと感じた場合、従業員を解雇する人数を増やすことが起こりうるが、もし、そうした企業が、自動安定化装置の存在を知っていて、財政支出が増えることが予測できていれば、解雇をしないという結果になるかもしれない。3つ目は、景気がいい時でも、政府支出が削減されることを決定するのは政治的に難しいが、そうすると恒常的に財政赤字がつみあがってしまう。好景気の時には支出を減らすとあらかじめ決めておくことで、財政への長期的な影響を中立的にすることができる。但し、年金支給額のマクロ経済シフトがどうなっているかからわかるとおり、景気がいいときででも財政支出を削減しないのは人気が取れる政策なので、コミットメントの問題がある(日本政府の場合コミットメント能力は無きに等しいと思われる)。
では、実際には自動安定化装置はどのように実施されているのか?もっとも有名な例が「累進所得税」である。累進的であるということは、所得が上がれば上がるほど税率も上がるということをさしている。景気が落ち込んで人々の所得が低くなった場合、累進所得税のものでは、人々の所得に適用される税率が「自動的」に低くなり、可処分所得(税引き後の所得)が増加する。逆に景気がいいときには、所得は高くなるので、それとともに所得に適用される税率も上昇し、可処分所得は税引き前の所得ほど伸びないことになる。このような政策の下では、人々の可処分所得の変動幅が税引き前の所得の変動幅より小さくなり、景気の大きな上下動を抑えられることが期待される。
と、ここまでは前置きだったのだが、もし、失業保険の金額あるいは受け取れる期間が景気とともに自動的に上下すれば、それもautomatic stabilizerとして機能しうることはわかるであろう。景気が落ち込んでいるときには失業率は高い、つまり、失業者も多いし、平均的な失業期間も長くなりがちである。この場合、失業保険の金額あるいは給付期間を自動的に延ばす仕組みがあれば、不況時には失業者が受け取る金額は大きくなり、可処分所得の落ち込みが抑えられるというわけである。実際、アメリカでは、通常時は6ヶ月までしか失業保険を受け取ることができないが、失業率が高くなると給付期間が自動的に延長される仕組みがある。但し、失業保険の金額は州によって異なるものの、不況時に自動的に増額されるような仕組みはない。
では、実際に、失業保険の金額を景気によって変化させればautomatic stabilizerとして機能するのか?という質問に答えようとしたのが、今回紹介するペーパー("The Importance of Unemployment Insurance as an Automatic Stabilizer" by Di Maggio and Kermani, NBER Working Paper No. 22625)である。但し、上に書いたとおり、失業保険の金額は景気によって変わらない。よって、著者らは、州の間の失業保険の金額の違いに注目した。
具体的には、著者らが行ったのは以下の分析である。まずは、アメリカの各市(カウンティ、とりあえず「市」と訳しておく)の失業者の失業保険受取額が失業前の所得のどのくらいの割合か(これを失業前所得比率=RR=Replacement Ratioの訳)を計算し、その平均をとる。これが、各市の失業保険の手厚さの指標となる。著者らのデータによると、RRの平均は23%(普通は40-60%なのでこの数字はとても小さい)で標準偏差は11%なので、市の間の差はとても大きいことがわかる。では、これらの市の経済にショックがある場合、そのショックに対する市の所得や雇用の感応度は、RRによって異なるかを見るというのがメインの分析である。RRが高い市であれば、失業した人はより多くの失業保険をもらえるということなので、市が不況に陥って失業率が上がった時に、失業保険も含む可処分所得の落ち込みは小さいということとなる。もし、総需要への効果が実際にあるのであれば、可処分所得の落ち込みが押さえられることによって、その市の景気の変動の大きさが小さくなるということになる。
では、各市へのショックはどうやって計算するか?著者らはほかのペーパーでも使われている、Bartikショックというものを使っている(Bartikという人のペーパーで提案されたからだ)。Bartikショックというのは、次のように計算される。まずは、全米における、各セクターの雇用の変化を計算する。そして、各市における各セクターの重要度に応じてウェイト付けすることで、その市におけるショックの大きさを計算するのである。具体例を挙げると、例えば、石油関連産業の雇用がアメリカ全体で大きく落ち込んだとする。この場合、テキサスなどの、石油産業が全体の雇用に占める割合の高い市は、大きなショックを受けたことなり、石油産業がぜんぜん雇用に貢献していない市であればショックはないと仮定される。つまり、全米全体における各セクターへの影響が、家訓セクターの雇用における重要度に応じて各市に均等に配分されるというものである。かなり突っ込みどころが多い仮定のような気がするが、最近多くのペーパーで使われている。
著者らの分析の結果を要約すると以下の通りである。
1. RRが高い市のほうがショックに対する雇用の成長率の感応度が小さいことがわかった。RRが10ポイント下がると、ショックに対する雇用の成長率への感応度は9%下がった。
2. RRが高い市の方が、ショックに対する雇用の成長率の感応度は小さいが、この結果は非貿易セクター(サービス、建築等)に於いてのみ有意(しかも16-20%と大きい)であった。逆に、貿易セクター(製造業)においては、RRはショックに対する雇用の成長率の感応度に影響を与えていない。このことは、RRの雇用の感応度への影響が総需要への影響を通じたものであることを示唆している。
3. 各市における自動車販売台数のデータもあるので、自動車販売台数を、総消費の代わりのデータと考えると、RRが高い市の方が、ショックに対する自動車販売台数の伸びの感応度が18%低いことがわかった。
4. RRが高い市のほうが、ショックに対する総賃金収入の増加率の感応度が低いこともわかった。RRが11ポイント下がると感応度は8%減少する。
5. このエントリで扱ったが、Auerbach and Gorodnichenko(2012)は、財政支出のGDPへの影響は不景気の時の方が大きいという実証結果が積み重なってきている。同じロジックによると、RRのショックへの感応度への影響は負のショックのときの方が大きいことが予想される。この予想の通り、RRが、ショックに対する雇用の成長率の感応度に与える影響は、不況期(Bartikショックが悪いとき)には大きく、好況期には小さいことが確認された。
6. 著者らの回帰分析による結果を元に、財政乗数(Fiscal Multiplier)を計算すると、1.9であった。この数字は、失業保険の金額の変化についての財政上数であるという点は留意しておかなければならないが、最近のペーパーで市や州のデータを使って推定された財政乗数の値と整合的である。
これら全ての結果から著者らが主張しているのは、失業保険の金額(あるいは期間)を不況期に上げることによって、不況期における可処分所得の落ち込みを緩和させ、総需要を下支えすることで、雇用や所得、消費に対する影響を緩和することができるということである。まぁ、市の間の失業保険の違いから国レベルの自動安定化政策の効果にもっていくのはいろいろ突っ込みどころがあると思うが、面白い結果であることには変わりない。
理論面でも、失業保険が自動安定化装置として機能することが最新の研究で示されている。McKay and Reis ("The Role of Automatic Stabilizers in the U.S. Business Cycle" Econometrica 2016)では、不完備市場のNKモデルを構築して、失業保険のような、MPC(限界消費性向)の高い家計に不況期により多くの所得を移転する政策が、自動安定化装置として有効であることを示している。automatic stabilizerの分析のためには、総需要がGDPに影響を与えるモデルが必要なので、通常の不完備市場のモデルにNKモデルのような名目価格の硬直性を導入する必要がある。このようなモデルはごく最近開発されたので、automatic stabilizerの役割は最近DSGEモデルを使った分析が可能になった。
Labels:
Business Cycle,
Data,
Labor,
Policy,
Theory
Acemoglu Debunks Myths
Daron Acemogluのプレゼンを見た。彼のプレゼンを見るのは久しぶりだったが、相変わらず、エネルギッシュで、かつ一般向けだけれども面白いプレゼンだった。彼のプレゼンは技術革新について一般に信じられている3つの説に異議を申し立てるという内容だった。うろ覚えであるが、彼のプレゼンの内容をメモしておく。確か、3つの説は以下のようなものだったと記憶している。
2つ目については、1990年代ごろまでは、高スキルの人(トップ10%)の賃金が、ほかの人の賃金(中央値および下から10%)に比べて伸び続けたが、それ以降は、下から10%の人の賃金が相対的に伸びている。AcemogluとAutorの一連の研究で明らかにされてきたことだが、最近起こっているのは、中間層の賃金が伸び悩んでいることである(中央の空洞化)。いわゆるホワイトカラーのような職種がいらなくなってきている一方、高度な知識・技術を持つ人の賃金、および対人サービスなどの職の賃金は伸びている。このことは、技術革新がどのような人に有利かは、複雑であることを示している。
3つ目については、馬と(低スキルな)人の違いは、人はいろいろな技術を身に付け、いろいろな職に適応できるということだ。Acemogluの研究によると、新しく生み出された職の多くは、これまでに必要とされていなかったスキルを要するものであり、新しく生み出された職の要求に答えるように人々が適応していける限り、人は馬と同じ運命はたどらないと述べていた。
さすが、Acemogluである。自分の研究をベースにしつつ、とてもスケールの大きな話をしていて、感心した。
- 技術革新は常に、スキルの高い人に有利になるようなものである(Skill-biased)という説。
- 技術革新によって高スキルの人々の賃金だけが伸びていくという説。
- レオンチェフが予測したよう(ケインズもこのような予測をしていたらしい)に、技術革新は(低スキルの)人間を、馬がそういう運命をたどったように、役に立たないものにするという説。
2つ目については、1990年代ごろまでは、高スキルの人(トップ10%)の賃金が、ほかの人の賃金(中央値および下から10%)に比べて伸び続けたが、それ以降は、下から10%の人の賃金が相対的に伸びている。AcemogluとAutorの一連の研究で明らかにされてきたことだが、最近起こっているのは、中間層の賃金が伸び悩んでいることである(中央の空洞化)。いわゆるホワイトカラーのような職種がいらなくなってきている一方、高度な知識・技術を持つ人の賃金、および対人サービスなどの職の賃金は伸びている。このことは、技術革新がどのような人に有利かは、複雑であることを示している。
3つ目については、馬と(低スキルな)人の違いは、人はいろいろな技術を身に付け、いろいろな職に適応できるということだ。Acemogluの研究によると、新しく生み出された職の多くは、これまでに必要とされていなかったスキルを要するものであり、新しく生み出された職の要求に答えるように人々が適応していける限り、人は馬と同じ運命はたどらないと述べていた。
さすが、Acemogluである。自分の研究をベースにしつつ、とてもスケールの大きな話をしていて、感心した。
Macro Perspective of the Optimal Tax for Top 1%
所得の不平等が拡大するにつれ、高額所得者の所得にどの位課税すべきかという問題がアカデミアの内外で議論されてるようになってきた。このポストでは、Diamond-Saezが静的なモデルを使って導出した結果を紹介した。彼らのモデルによると、アメリカにとって最適な、高額所得者に適用する最高税率は現行の43%よりずっと高い73%ということだった。
但し、彼らがその結果を導くにあたって使用されたモデルはかなりシンプルなものであった。もちろん、シンプルだから結果がシャープでわかりやすいというメリットは大きい。彼らのような、最適な政策などを観察できるいくつかの統計量の関数として表現することで、それらの統計量と最適な政策とのリンクを明示化するアプローチは「Sufficient Statistics Approach」とよばれて、最近流行りまくっている。
但し、その一方、彼らの結果を導出するのに使われた仮定を緩めるとどうなるか、というのも面白い問題として残っている。この問題に答えたいくつかのペーパーが出てきているので、紹介しておこう。どちらのペーパーも、マクロ経済学で一般的に使われる不完備市場OLGモデルをベースにしているという意味で、カリブレートされた動的なモデルを使う、マクロ公共経済学の観点からDiamond-Saezの質問を再考しているととらえることができるだろう。
まず、Diamond-Saezのモデルの大きな仮定は、静的なモデルということである。つまり、税率が上げられた場合、労働者にできるのは労働時間を短くすることだけであり、消費するか貯蓄するかというチャンネルは考慮されていない。それに、貯蓄が存在しないということは、高額所得者の収入の大きな部分を占める金利・配当・キャピタルゲインに対する課税が無視されているということである。これらを考慮するために動的なモデルにするとDiamond-Saezの結果はどう変わってくるか、について研究したのがKindermann and Kruegerによるペーパー"High Marginal Tax Rates on the Top 1%?"である。
彼らは労働者にライフサイクルが存在するOLG(Overlapping Generations Model)を使って、Diamond-Saezと同じ質問に答えてみた。彼らのモデルは不完備市場モデル(いわゆるBewley-Aitagari-Huggettモデル)で、個人の生産性にショックがあり、そのショックが大きいので、アメリカ並みに大きい所得の不平等、及び(モデルの中の個々人が行う最適な貯蓄行動の結果)資産保有の不平等が再現されている。労働者は、生産性が高いときには、生産性が低くなったときに消費を減らさずにすむように(precautionary saving motive)、あるいは退職後の消費を補完するため(life-cycle saving motive)に、貯蓄を行う。
著者らは、彼らのモデルを使って、トップ1%の高額所得者に適用する最適な税率を計算したところ、最適な税率は73%よりさらに高い89%であることがわかった。社会的効用を最大化せず、トップ1%から得られる税収を最大化すると、税率はさらに高い95%であることがわかった。なぜこんなに高いのか?彼らのモデルでは、収入でトップ1%に入るような人はとんでもなく高い生産性を運よく(ショックによって)手に入れた人である。彼らはしばらくすると生産性が落ちてしまうので、生産性が高いうちにはできるだけ働いて、生産性が低くなってからも高い消費が確保できるように働きまくるのである。このようなインセンティブが存在する場合、トップ1%に適用される税率をかなり引き上げても、彼らの労働意欲は減退しない(つまり、労働供給の課税に対する弾力性が低い)ので、効率の税率をかけてもそれによって労働時間が減って税収が下がるような負の効果はあまり強くないのである。重要なのは、トップ1%に入るような生産性の劇的な向上が運によってもたらされること、さらに、その幸運は長続きしないということである。
ただ、トップ1%に入るような劇的な生産性の向上を得ることは、何らかのスキル(人的資本)の蓄積があって初めて可能となるのではないかと考えることもできるであろう。最近の研究では、トップ1%にはいるような人は、大学(院)を出て、いろいろなスキルを身につけた人が多いという研究結果もある。では、上で挙げたモデルに、人的資本の蓄積を組み込んだら結果はどう変わるであろうか?もし、トップ1%に入るような高い生産性を獲得するためにはスキル(人的資本)を蓄積しなければならないのであれば、静的なモデルあるいは動的だけれどもスキルの自発的な蓄積というチャンネルのないモデルよりも、トップ1%に対する税率を上げたときの経済全体のスキルの蓄積に対する負の効果が大きいことが考えられる。この場合、そのような効果を勘案すると、トップ1%に適用される最適な税率はDiamond-SaezあるいはKindermann-Kruegerの結果よりずっと低いこともありうるだろう。
Badel and Huggettのペーパー("Taxing Top Earners: A Human Capital Perspective")はこの質問に答えたペーパーである。セットアップはKindermann and Kruegerと同じく、不完備市場のOLGモデルであるが、今回は、人的資本の蓄積が自発的に行われると仮定されている。もちろん人的資本の蓄積が速いか遅いかはショックによるのであるが、税率を上げると、人的資本の蓄積に負のインセンティブを与えるというチャンネルはきちんと取り入れられている。著者らは、このモデルを使ってトップ1%からの税収を最大化する税率を計算し、52%という結果を得た。更に重要なことに、人的資本の蓄積というチャンネルをはずすと、最適な税率は66%と高めに出ることがわかった。つまり、人的資本の蓄積というチャンネルを考慮しないと、最適な税率は高く(ここでは14pp)計算されすぎるということである。更に、著者らのモデルから得られるデータに、Diamond-Saezのモデルの結果を当てはめてみると、最適な税率は本来の52%よりかなり高くなることもわかった。
ここで紹介した結果は、単純なモデルから得られる結果は、単純化のための仮定に大きく左右される可能性があることを示している。高額所得者にどの位の税率を課すべきかという重要な問題に対して、経済学者が合意できるまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。
但し、彼らがその結果を導くにあたって使用されたモデルはかなりシンプルなものであった。もちろん、シンプルだから結果がシャープでわかりやすいというメリットは大きい。彼らのような、最適な政策などを観察できるいくつかの統計量の関数として表現することで、それらの統計量と最適な政策とのリンクを明示化するアプローチは「Sufficient Statistics Approach」とよばれて、最近流行りまくっている。
但し、その一方、彼らの結果を導出するのに使われた仮定を緩めるとどうなるか、というのも面白い問題として残っている。この問題に答えたいくつかのペーパーが出てきているので、紹介しておこう。どちらのペーパーも、マクロ経済学で一般的に使われる不完備市場OLGモデルをベースにしているという意味で、カリブレートされた動的なモデルを使う、マクロ公共経済学の観点からDiamond-Saezの質問を再考しているととらえることができるだろう。
まず、Diamond-Saezのモデルの大きな仮定は、静的なモデルということである。つまり、税率が上げられた場合、労働者にできるのは労働時間を短くすることだけであり、消費するか貯蓄するかというチャンネルは考慮されていない。それに、貯蓄が存在しないということは、高額所得者の収入の大きな部分を占める金利・配当・キャピタルゲインに対する課税が無視されているということである。これらを考慮するために動的なモデルにするとDiamond-Saezの結果はどう変わってくるか、について研究したのがKindermann and Kruegerによるペーパー"High Marginal Tax Rates on the Top 1%?"である。
彼らは労働者にライフサイクルが存在するOLG(Overlapping Generations Model)を使って、Diamond-Saezと同じ質問に答えてみた。彼らのモデルは不完備市場モデル(いわゆるBewley-Aitagari-Huggettモデル)で、個人の生産性にショックがあり、そのショックが大きいので、アメリカ並みに大きい所得の不平等、及び(モデルの中の個々人が行う最適な貯蓄行動の結果)資産保有の不平等が再現されている。労働者は、生産性が高いときには、生産性が低くなったときに消費を減らさずにすむように(precautionary saving motive)、あるいは退職後の消費を補完するため(life-cycle saving motive)に、貯蓄を行う。
著者らは、彼らのモデルを使って、トップ1%の高額所得者に適用する最適な税率を計算したところ、最適な税率は73%よりさらに高い89%であることがわかった。社会的効用を最大化せず、トップ1%から得られる税収を最大化すると、税率はさらに高い95%であることがわかった。なぜこんなに高いのか?彼らのモデルでは、収入でトップ1%に入るような人はとんでもなく高い生産性を運よく(ショックによって)手に入れた人である。彼らはしばらくすると生産性が落ちてしまうので、生産性が高いうちにはできるだけ働いて、生産性が低くなってからも高い消費が確保できるように働きまくるのである。このようなインセンティブが存在する場合、トップ1%に適用される税率をかなり引き上げても、彼らの労働意欲は減退しない(つまり、労働供給の課税に対する弾力性が低い)ので、効率の税率をかけてもそれによって労働時間が減って税収が下がるような負の効果はあまり強くないのである。重要なのは、トップ1%に入るような生産性の劇的な向上が運によってもたらされること、さらに、その幸運は長続きしないということである。
ただ、トップ1%に入るような劇的な生産性の向上を得ることは、何らかのスキル(人的資本)の蓄積があって初めて可能となるのではないかと考えることもできるであろう。最近の研究では、トップ1%にはいるような人は、大学(院)を出て、いろいろなスキルを身につけた人が多いという研究結果もある。では、上で挙げたモデルに、人的資本の蓄積を組み込んだら結果はどう変わるであろうか?もし、トップ1%に入るような高い生産性を獲得するためにはスキル(人的資本)を蓄積しなければならないのであれば、静的なモデルあるいは動的だけれどもスキルの自発的な蓄積というチャンネルのないモデルよりも、トップ1%に対する税率を上げたときの経済全体のスキルの蓄積に対する負の効果が大きいことが考えられる。この場合、そのような効果を勘案すると、トップ1%に適用される最適な税率はDiamond-SaezあるいはKindermann-Kruegerの結果よりずっと低いこともありうるだろう。
Badel and Huggettのペーパー("Taxing Top Earners: A Human Capital Perspective")はこの質問に答えたペーパーである。セットアップはKindermann and Kruegerと同じく、不完備市場のOLGモデルであるが、今回は、人的資本の蓄積が自発的に行われると仮定されている。もちろん人的資本の蓄積が速いか遅いかはショックによるのであるが、税率を上げると、人的資本の蓄積に負のインセンティブを与えるというチャンネルはきちんと取り入れられている。著者らは、このモデルを使ってトップ1%からの税収を最大化する税率を計算し、52%という結果を得た。更に重要なことに、人的資本の蓄積というチャンネルをはずすと、最適な税率は66%と高めに出ることがわかった。つまり、人的資本の蓄積というチャンネルを考慮しないと、最適な税率は高く(ここでは14pp)計算されすぎるということである。更に、著者らのモデルから得られるデータに、Diamond-Saezのモデルの結果を当てはめてみると、最適な税率は本来の52%よりかなり高くなることもわかった。
ここで紹介した結果は、単純なモデルから得られる結果は、単純化のための仮定に大きく左右される可能性があることを示している。高額所得者にどの位の税率を課すべきかという重要な問題に対して、経済学者が合意できるまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。
Labels:
Inequality,
Labor,
Policy,
Theory
Between-Firm and Within-Firm Wage Inequality
SED(Society of Economic Dynamics)の年次総会に顔を出してきた。日本人の方もちらほら発表していたり、参加したりしていた。マクロではNBERが開催する一連の学会と並んでもっともレベルの高い学会なので、もっと発表者・参加者が増えるとうれしい。ここで見聞きしたペーパー、 感じたことについてはまた追々書こうと思う(とか言っていつも書かないで終わるのだけれども…)。
今回は、最近話題のペーパーについてちょっとだけふれる。Song, Price, Guvenen, Bloomによる"Firming Up Inequality" だ。Guvenenは最近、Songを通じてのみアクセスできると思われる税申告書をベースとするデータ(Social Security Administrative Data)を使って、所得の不平等についてたくさんの論文を書いている。Songは基本的にデータを提供することで名前を載せているのだと思っていたら、このペーパーではアルファベット順を無視して筆頭著者となっている。興味深い。
そんなことはさておき、このペーパーでは、労働者側の所得のデータに、企業を特定する情報が含まれていることから、アメリカで1970年代ごろから顕著に上昇した所得の不平等の増加が、「企業内」の所得不平等の増加によるものか、「企業間」の所得の不平等によるものか、について分析をしている。主要な結果は以下の2つのようだ。
1.1978年から2012年の所得の不平等度合いの上昇は、全て「企業間」の所得の差の増加によるものだとわかった。
2.逆に、「企業内」における所得の格差は1978年から2012年の間ほとんど変化していないことがわかった。この発見は、CEOの所得が他の労働者に比べて大きく増加した(ことが所得の不平等の一因である)とする既存の研究とちょっと相反した印象を与える。
多分本文を読めばわかるのだろうが、College Premium(大卒の労働者と大学を出ていない労働者の間の賃金の格差)が同じ時期に大きく上昇したこととどのように整合性を取れるのだろうか?このような、いろいろなことを考えさせられる研究であることは間違いない。日本でも同じような研究ができると面白いと思う。
今回は、最近話題のペーパーについてちょっとだけふれる。Song, Price, Guvenen, Bloomによる"Firming Up Inequality" だ。Guvenenは最近、Songを通じてのみアクセスできると思われる税申告書をベースとするデータ(Social Security Administrative Data)を使って、所得の不平等についてたくさんの論文を書いている。Songは基本的にデータを提供することで名前を載せているのだと思っていたら、このペーパーではアルファベット順を無視して筆頭著者となっている。興味深い。
そんなことはさておき、このペーパーでは、労働者側の所得のデータに、企業を特定する情報が含まれていることから、アメリカで1970年代ごろから顕著に上昇した所得の不平等の増加が、「企業内」の所得不平等の増加によるものか、「企業間」の所得の不平等によるものか、について分析をしている。主要な結果は以下の2つのようだ。
1.1978年から2012年の所得の不平等度合いの上昇は、全て「企業間」の所得の差の増加によるものだとわかった。
2.逆に、「企業内」における所得の格差は1978年から2012年の間ほとんど変化していないことがわかった。この発見は、CEOの所得が他の労働者に比べて大きく増加した(ことが所得の不平等の一因である)とする既存の研究とちょっと相反した印象を与える。
多分本文を読めばわかるのだろうが、College Premium(大卒の労働者と大学を出ていない労働者の間の賃金の格差)が同じ時期に大きく上昇したこととどのように整合性を取れるのだろうか?このような、いろいろなことを考えさせられる研究であることは間違いない。日本でも同じような研究ができると面白いと思う。
Hayek vs Keynes on the Recovery Path
個人的にはKeynesがどういったとか、Hayekがどういったとか言う話には興味がない。もちろん彼らのような偉大なthinkerが考えてたことから学ぶことはとても多いのだけれども、経済学ではなく、解釈学のようになっているケースを良くみるので、KeynesとかHayekとかいう言葉をタイトルで見るとそれだけで引いてしまうのだけれども、きちんとした経済学者のペーパーならまぁしょうがない。
最近聞いた、Beaudry, Galizia, and Portierの"Reconciling Hayek's and Keynes' View of Recessions"についてちょっとメモしておく。Beaudry and PortierといえばNews Shockの先駆けとなったペアで、ちょっと人と違うモデルを使っておもしろいメカニズムを提案するのがうまい人たちである。
詳細は込み入っているので立ち入らないが、大まかなところは目新しいものではない。何らかの理由で家や生産のための資本が過剰に蓄積されてしまった状況を考えてみよう。不況というのは、このような状況で過剰に積み上げられてしまった資本を減らすために、生産が減速している状況であることも多い。アメリカで2007年末から起こったGreat Recessionは住宅ブームで過剰に家が蓄積されてしまったと考えることもできるだろう。このような状況で政府(あるいは中央銀行)は何をすべきか?
Hayekの見方というのは、過剰な資本が蓄積されてしまって非効率な状況が生まれているのだから、早く過剰な資本という状況を脱して通常の状況に戻るのが好ましいというものである。よって、政府は、資本の過剰蓄積を解消する民間の活動をそのままにしておいて、不況に対して介入すべきではない。逆に、Keynesの見方というのは、不況というのは需要が縮小している状況なのだから、政府が積極的に需給ギャップを埋める政策を取るべきだというというものである。これらの見方はしばしば対立するが、果たしてこれらは常に対立しているのであろうか?このペーパーは、これら二つの見方を包摂するモデルを作り、これら二つの見方の間のトレードオフを明示的に分析したというのが売りである。
非常に簡単にモデルの特徴を説明すると以下のようなものである。経済が資本を蓄積しすぎた状況を想定してみよう。ここでは、どうしてこのような状況にいってしまったかは問題としない。資本の過剰蓄積を解消するために、生産を低下させ、経済を効率的な状況(資本の過剰が存在しない状況)に早く戻すということのメリットは明らかに存在する。その一方、生産が低下するためには、企業は雇用を縮小しなければならない。すると、個々の労働者にとっては、働いている企業から解雇されるリスクが上昇し、あるいは失業した時に新しい職を見つけられる確率が低下する。このような状況で労働者は何を行うか?できることの一つは、消費を控え、貯蓄を増やして、失業に備えるということである。いわゆるPrecautionary savingだ。もし、このような行動による消費の減少が、企業の生産を更に減速させ、失業のリスクを更に高め、再就職を更に難しいものにすると、経済は負のスパイラルに陥ることになる。いわゆる「Paradox of Thrift」である。このような状況では、経済は最適な資本の水準に戻るために生産を低下させているものの、生産の低下が逆に別の面の非効率(非効率なレベルの失業)を生み出してしまうのである。このような状況では、政府による望ましい政策はどのようなものとなるだろうか?「Paradox of Thrift」が存在するゆえに、政府はいわゆる拡張的な財政政策(あるいは拡張的な金融政策)を行って経済が効率的な資本蓄積のレベルに達するのを遅らせることが、望ましい政策となりうるのである。
このようなストーリーは特に新しいものではないが、このペーパーの売りは、このような2つの対立した見方をひとつのきれいなフレームワークに落とし込んだところにある(その美しさはこのようなブログでは説明できるレベルを超えている、というか僕の力ではブログでは説明できない)。
最近聞いた、Beaudry, Galizia, and Portierの"Reconciling Hayek's and Keynes' View of Recessions"についてちょっとメモしておく。Beaudry and PortierといえばNews Shockの先駆けとなったペアで、ちょっと人と違うモデルを使っておもしろいメカニズムを提案するのがうまい人たちである。
詳細は込み入っているので立ち入らないが、大まかなところは目新しいものではない。何らかの理由で家や生産のための資本が過剰に蓄積されてしまった状況を考えてみよう。不況というのは、このような状況で過剰に積み上げられてしまった資本を減らすために、生産が減速している状況であることも多い。アメリカで2007年末から起こったGreat Recessionは住宅ブームで過剰に家が蓄積されてしまったと考えることもできるだろう。このような状況で政府(あるいは中央銀行)は何をすべきか?
Hayekの見方というのは、過剰な資本が蓄積されてしまって非効率な状況が生まれているのだから、早く過剰な資本という状況を脱して通常の状況に戻るのが好ましいというものである。よって、政府は、資本の過剰蓄積を解消する民間の活動をそのままにしておいて、不況に対して介入すべきではない。逆に、Keynesの見方というのは、不況というのは需要が縮小している状況なのだから、政府が積極的に需給ギャップを埋める政策を取るべきだというというものである。これらの見方はしばしば対立するが、果たしてこれらは常に対立しているのであろうか?このペーパーは、これら二つの見方を包摂するモデルを作り、これら二つの見方の間のトレードオフを明示的に分析したというのが売りである。
非常に簡単にモデルの特徴を説明すると以下のようなものである。経済が資本を蓄積しすぎた状況を想定してみよう。ここでは、どうしてこのような状況にいってしまったかは問題としない。資本の過剰蓄積を解消するために、生産を低下させ、経済を効率的な状況(資本の過剰が存在しない状況)に早く戻すということのメリットは明らかに存在する。その一方、生産が低下するためには、企業は雇用を縮小しなければならない。すると、個々の労働者にとっては、働いている企業から解雇されるリスクが上昇し、あるいは失業した時に新しい職を見つけられる確率が低下する。このような状況で労働者は何を行うか?できることの一つは、消費を控え、貯蓄を増やして、失業に備えるということである。いわゆるPrecautionary savingだ。もし、このような行動による消費の減少が、企業の生産を更に減速させ、失業のリスクを更に高め、再就職を更に難しいものにすると、経済は負のスパイラルに陥ることになる。いわゆる「Paradox of Thrift」である。このような状況では、経済は最適な資本の水準に戻るために生産を低下させているものの、生産の低下が逆に別の面の非効率(非効率なレベルの失業)を生み出してしまうのである。このような状況では、政府による望ましい政策はどのようなものとなるだろうか?「Paradox of Thrift」が存在するゆえに、政府はいわゆる拡張的な財政政策(あるいは拡張的な金融政策)を行って経済が効率的な資本蓄積のレベルに達するのを遅らせることが、望ましい政策となりうるのである。
このようなストーリーは特に新しいものではないが、このペーパーの売りは、このような2つの対立した見方をひとつのきれいなフレームワークに落とし込んだところにある(その美しさはこのようなブログでは説明できるレベルを超えている、というか僕の力ではブログでは説明できない)。
How UI Benefits Affect Employment, Continued (Eternally)
失業保険を受け取ることのできる期間を延長すると雇用にどのような影響を与えるか、というのは労働経済学において何度も研究され、何度も違う答えが導かれてきた質問である。この歴史に、また新たな1ページが加えられた。
最近発表されたNBER Working Paper No. 20884 ("The Impact of Unemployment Benefit Extensions on Employment: The 2014 Employment Miracle?")で、Hagedorn, Manovskii, and Mitman (HMMと呼ぶ)は、新しい方法を使ってこの質問に答えた。彼らは、失業保険の延長は雇用に強い負の影響を与えると発見した。しかも、彼らの推定した影響の大きさによると、驚くべきことに、2014年以降の雇用の大幅な増加の半分以上が、アメリカの大不況の時期に実施された失業保険の延長が失効したことでもたらされたとのことである。具体的な数字を挙げると、2014年には雇用者数が180万人増えたが、そのうち100万人は、失業保険が失効したことで職探しの本腰を入れた失業者によって生み出されたという解釈ができる。
この結果に対して、CEPR(Center for Economic Policy Research)のエコノミストである Dean Bakerが異議を申し立てている。そもそも、大不況の時期の失業保険の期間延長が雇用に与えた影響はマイルドあるいは弱いとする研究結果が多い中、HMMの結果はセンセーショナルであり、いろいろな方面から批判されている。
まずは、簡潔にHMMがやったことをおさらいしておこう。HMMはアメリカの州ごとに、失業保険期間延長の度合いが異なっていることに注目した。ある州では失業保険の期間が大幅に延長された一方、他の州では失業保険の期間はあまり延長されなかった。これらの州で失業保険の期間延長が失効すると、長く延長していた州の方が、雇用が大幅に増えたということをHMM発見した。また、州による経済状況等の様々な違いをコントロールするために、州境をはさんで存在する2つのカウンティ(この2つのカウンティは基本的に同じ経済状況に面しており、この2つのカウンティを分けるのはそれぞれの州で実施される経済政策、ここでは雇用保険期間延長の度合いだけだという議論である)における雇用の変化度合いの違いに注目した。
Bakerの批判は2点ある。1つ目は、HMMが使っているデータはCPS (Current Population Survey)とLAUS (Local Area Unemployment Statistics)であり、どちらもサンプリングエラーが大きい(ので、HMMの結果はノイズによるものかもしれない)というものである。Bakerによると、LAUSは多くのデータをimpute(直接データを集めるのではなく、他のデータから計量経済学的手法を使って類推している)しているらしい。
2つ目は、失業保険は住んでいる州ではなく、働いている州によって決まるというものである。これは、失業保険の原資は、労働者が会社経由で州に払う税であることから来る。この点のついての裏づけのため、BakerはHMMと同じような分析を、雇用者側のデータ(CES (Current Employment Statistics) )を使って行った。CESは雇用統計で雇用者数を算出するのに使われるデータセットだ。雇用者数については、こちらのほうがデータに信頼性がある。ちなみに、CPSは、雇用統計で失業率や失業期間、労働参加率を計算するのに使われるデータセットだ。Bakerが行ったのは、失業保険期間延長の度合いが異なる州で、失業保険延長の長さと2014年の雇用の変化の関係を計算してみることである。彼の分析の結果は次のグラフにまとめられている。
失業保険延長期間が長かった州(左側)では、2012-2013年の間に雇用者数は1.31%増加したが、2013-2014年の間には1.41%増加した。一方、失業保険延長期間が短かった州(右側)では、2012-2013年の雇用者数増加率は1.43%、2013-2014年では増加率は1.82%と、大幅に増加した。この結果は、HMMの結果と反対である。
Bakerの分析はあまりちゃんといろいろな要素をコントロールしているようには見えないので、この批判がどこまで有効かわからないけれども、おもしろい。 そのうち、この分析をもっとちゃんとやる人が出てくるだろう。
最近発表されたNBER Working Paper No. 20884 ("The Impact of Unemployment Benefit Extensions on Employment: The 2014 Employment Miracle?")で、Hagedorn, Manovskii, and Mitman (HMMと呼ぶ)は、新しい方法を使ってこの質問に答えた。彼らは、失業保険の延長は雇用に強い負の影響を与えると発見した。しかも、彼らの推定した影響の大きさによると、驚くべきことに、2014年以降の雇用の大幅な増加の半分以上が、アメリカの大不況の時期に実施された失業保険の延長が失効したことでもたらされたとのことである。具体的な数字を挙げると、2014年には雇用者数が180万人増えたが、そのうち100万人は、失業保険が失効したことで職探しの本腰を入れた失業者によって生み出されたという解釈ができる。
この結果に対して、CEPR(Center for Economic Policy Research)のエコノミストである Dean Bakerが異議を申し立てている。そもそも、大不況の時期の失業保険の期間延長が雇用に与えた影響はマイルドあるいは弱いとする研究結果が多い中、HMMの結果はセンセーショナルであり、いろいろな方面から批判されている。
まずは、簡潔にHMMがやったことをおさらいしておこう。HMMはアメリカの州ごとに、失業保険期間延長の度合いが異なっていることに注目した。ある州では失業保険の期間が大幅に延長された一方、他の州では失業保険の期間はあまり延長されなかった。これらの州で失業保険の期間延長が失効すると、長く延長していた州の方が、雇用が大幅に増えたということをHMM発見した。また、州による経済状況等の様々な違いをコントロールするために、州境をはさんで存在する2つのカウンティ(この2つのカウンティは基本的に同じ経済状況に面しており、この2つのカウンティを分けるのはそれぞれの州で実施される経済政策、ここでは雇用保険期間延長の度合いだけだという議論である)における雇用の変化度合いの違いに注目した。
Bakerの批判は2点ある。1つ目は、HMMが使っているデータはCPS (Current Population Survey)とLAUS (Local Area Unemployment Statistics)であり、どちらもサンプリングエラーが大きい(ので、HMMの結果はノイズによるものかもしれない)というものである。Bakerによると、LAUSは多くのデータをimpute(直接データを集めるのではなく、他のデータから計量経済学的手法を使って類推している)しているらしい。
2つ目は、失業保険は住んでいる州ではなく、働いている州によって決まるというものである。これは、失業保険の原資は、労働者が会社経由で州に払う税であることから来る。この点のついての裏づけのため、BakerはHMMと同じような分析を、雇用者側のデータ(CES (Current Employment Statistics) )を使って行った。CESは雇用統計で雇用者数を算出するのに使われるデータセットだ。雇用者数については、こちらのほうがデータに信頼性がある。ちなみに、CPSは、雇用統計で失業率や失業期間、労働参加率を計算するのに使われるデータセットだ。Bakerが行ったのは、失業保険期間延長の度合いが異なる州で、失業保険延長の長さと2014年の雇用の変化の関係を計算してみることである。彼の分析の結果は次のグラフにまとめられている。
失業保険延長期間が長かった州(左側)では、2012-2013年の間に雇用者数は1.31%増加したが、2013-2014年の間には1.41%増加した。一方、失業保険延長期間が短かった州(右側)では、2012-2013年の雇用者数増加率は1.43%、2013-2014年では増加率は1.82%と、大幅に増加した。この結果は、HMMの結果と反対である。
Bakerの分析はあまりちゃんといろいろな要素をコントロールしているようには見えないので、この批判がどこまで有効かわからないけれども、おもしろい。 そのうち、この分析をもっとちゃんとやる人が出てくるだろう。
Neoclassical Models are (a Lot) More Versatile than You Think
これで2014年は最後のエントリだ。年が明けたらまた、面白かった論文の紹介という通常営業に戻ろうと思うが、その前にひとつ。
どうも、現代のマクロ経済学で使われるモデルについて様々な誤解があるように思う。タイトルではキャッチーにするため新古典派モデルとしたが、「新古典派」なんて言葉は、AKモデルではないという意味で「新古典派成長モデル」(Ramsey-Cass-Koopmansモデル)という言葉が使われる以外は、研究者の間ではほとんど使われないと思う。そういうわけで、これ以降は「現代のマクロ経済モデル」という言葉を使う。今回は、いろいろな誤解をとく手助けになるように、現在のマクロ経済モデルは、しばしば勘違いされているように幅の狭いモデルではないことを示したいと思う。これは、僕の個人的な認識なのだけれども、ちゃんとしたマクロ経済学の研究者では、大まかには同じような考えが共有されていると思う(願っている)。
1. 現在のマクロ経済学の基本モデル
モデルの基本要素は以下の3つだと思う。
(1) 無限期間(つまり動的=Dynamic)。
(2) 経済主体(消費者と企業)は目的関数の最大化を行う。目的関数は、消費者の場合は厚生(生涯にわたる効用の(discountされた)和)であり、企業の場合は企業価値(将来にわたる利益の和)。
(3) 経済は「均衡」上にある。
Dynamicsが必要とされるのは、今日消費を増やせば投資にまわせる額が減り、将来の消費が小さくなるというトレードオフが重要とみなされているからである。言い方を変えれば、マクロ経済の重要な要素である投資が意味を持つにはDynamicなモデルが必要だからだ。それに、債務がある場合、その債務を将来は返済したり借り替え続けたりしないといけないという考慮も自動的に発生する。70年代までのモデルにありがちだが、こういう要素が抜け落ちると、現在のGDPや消費を最大化したり、借りれるだけ借りるのが常に最適なモデルとなってしまう。
モデルにおける期間の長さは無限である必要はないが、無限だと数学的にちょっと簡単になるので無限期間がデフォルトで使われている。学部生に教える時には、無限期間で簡単にするための数学が使えないので3期間とかで教えていた。
目的関数の最大化が重要なのは、いわゆる「ルーカス批判」に対応するためである。例えば、所得税率が上がれば時間当たりの手取りの給料が落ちるので労働時間が下がるというような反応は、消費は常に所得の一定割合といったような70年代までのモデルでは考えることができなかった。それにDynamicsがあって、消費者が将来にわたる効用の和を最大化する場合、消費税増税の前に駆け込み消費が起こり、消費税増税後は消費が大幅に落ちる、更に、それにあわせて消費税が引き上げられる前後でGDPも大きく上下するといったことも、モデルで比較的容易に再現できる。70年代までのモデルではこういう動きは容易には再現できなかった。
ここで、一言書いておく。しばしば、現代のマクロ経済モデルでは、消費者がお金のことばかり考えている(それは現実とそぐわない)という批判が見られるが、消費者の効用は、(お金で直接的に買える)消費のみによって定義することもできるし、他人との比較(external habit)や、高いものに慣れたら安いものに容易に戻れないというような生活習慣(internal habit)というようなものも含んだモデルも用いられている。ステータスが効用を高めるという消費者のモデルを使っている人もいる。この点についてはまた後で述べる。
経済が「均衡」にあるという要素も、しばしば誤解される。狭義では、何の摩擦もなく、すべての市場で需要と供給が一致するという状態を指すかもしれない。このような意味でしか理解しない人が、「現在のマクロ経済学では失業がない」といった間違った考え方を持ってしまっているのだと思う。現実はそうではなく、現在はもっと柔軟な「均衡」が用いられている。この点についても下で振り返る。
もうひとつ言っておきたいのは、 ここで描写したモデルというのは、ミクロ経済学のいわゆる一般均衡モデルというものだ。よく、いまや一般均衡モデルはマクロ経済学者にしか使われていない、といわれるが、まさにそのとおりだと思う。実際、コアコースの一般均衡理論はマクロ経済学者が教えているというケースもよくある。更に付け加えると、現在のマクロモデルというのは、基本的には、一般均衡モデルにいろいろ加えて、実際のマクロ経済に似ている形にしたもの、ということができる。何を加えるかは、何を分析したいかによるのだが、元のモデル(シンプルな動的な一般均衡モデル)が皆で共有されているので、あるものを加えたらどういうことが起こるかというのがわかりやすいという面があると思う。
2. RBC(Real Business Cycle)モデル
おそらくは、いわゆる「新古典派マクロ経済モデル」が誤解されている理由は、RBCしか知らない人が多いからであろう。RBCモデルが何であるかは詳しく立ち入らないが、基本的には、 現在のマクロ経済学の基本モデルで、次のような特徴を持ったモデルである。
(1) 代表的個人(representative agent)
(2) 完備市場
(3) 摩擦がない
(4) 景気循環はTFP(Total Factor Productivity、大まかに言うと生産性)のランダムな変動によって引き起こされる
このようなモデルでは、もちろん、銀行なんて存在しない(必要がない)し、貨幣の役割もないし、経済は最適な状況にあるので政府がやることはない。ただ、このモデルは、景気変動のうちどのくらいが生産性の変動によるものかを計測するために作られた特別な(シンプルな)もので、別に現在のマクロ経済モデルが皆このようなモデルであるわけではない。そもそもこのモデルが開発されたのは1980年ごろだ。このころは、このモデルが解けただけでもすごいことであった。ある経済学者がこのようなモデルをベンチマークとして使っていても、そのこと自体が、その経済学者はすべての財政・金融政策は無駄と考えていることを必ずしも意味しないと思う。
3. DSGE (Dynamics Stochastic General Equilibrium)モデル
1980年以降、RBCモデルのような、現代のマクロ経済学の基本モデルのうち最小限のモデルがいろいろな方向に発展させられて、いろいろなことが議論できるようになったのだが、それらのモデルを総称して(広義の)DSGEモデルと呼ぶ。一般的はRBCモデルに以下のような要素が加わる。
(1) 様々な摩擦(→データとモデルを整合的にするのに役立つ)
(2) 特に、名目的な摩擦(Nominal Friction)。入れ方としてはCalvo(企業はある確率でしか名目価格を変えることができない)とMenu Cost(名目価格を変えるには(メニューを書き換える)コストがかかり、そのコストは価格を大きく変えれば変えるほど大きくなる)。これらの摩擦が入ったモデルはNK (New-Keynesian) DSGEモデルと呼ばれる。このモデルの利点は、金融政策が実物経済に影響を持つようになるので、金融政策を議論することができるという点である。
(3) 景気循環は様々なショックによって引き起こされる。どのようなショックが景気変動を引き起こしているかは様々なモデルが入ったモデルを推定することで、データに語らせるのが普通である。
以下では、現在のマクロ経済学モデルに加えられてきたそのほかの要素について言及する。
4. Financial Frictions(金融市場の摩擦)
お金の貸し借りに摩擦がある場合、銀行の役割が生じてくる。特に、金融危機以降、マクロモデルに銀行やその他金融機関を入れたモデルが活発に開発されている。
それに、何らかの理由で企業に借り入れ制約があり、借りたい分だけ借りられないという要素が入ったマクロ経済モデルも多数存在する。このようなモデルでは、何らかの理由(例えば企業が保有する不動産などの資産の価値が下落したので、不動産の価値を担保にした借り入れがしにくくなる)で企業の借り入れが難しくなると、生産量が縮小し、景気に深刻な影響を及ぼしうる。前FRB議長のBernankeや清滝さんが有名なのは、この分野で金融危機が起こるずっと前から貢献してきたからだ。
5. Labor Market Frictions(労働市場の摩擦)
労働者が自分に合った職を探すのに時間がかかるので、職を探している間は失業者となっているという要素の入ったマクロ経済モデルも、1990年台以降活発に開発されてきている。基本となっているのは2010年にノーベル賞をとったDiamond, Mortensen, Pissaridesの3者が開発した労働市場の摩擦モデルであるが、1990年代以降、RBCモデル(あるいはDSGEモデル)に加えられ、今ではマクロ経済モデルで失業を議論する際に普通に使われている。
ここで一言付け加えておくと、労働市場に摩擦があって、働きたいけど働けない労働者が存在するような「均衡」も普通に使われているということだ。ある意味「均衡」という言葉の濫用と考える人もいるかもしれない。
それ以外にも、最近のエントリで扱ったが、賃金に下方硬直性があるので、賃金を下げれば完全雇用が達成できても、均衡では失業が生じるというモデルも使われる。
6. Behavioral Assumptions(行動経済学的な仮定)
現代のマクロ経済学は行動経済学的な要素を簡単に取り入れることができる、柔軟なフレームワークである。例えば、よく使われるPresent Bias(現在の消費を魅力的に感じすぎてしまい、消費しすぎる)といった仮定も、基本モデルにおける消費者の目的関数を変更するだけで取り入れることができる。最近は、投資家が強気すぎる予想の元に投資決定をしたり、住宅価格が過去と同じペースで上がり続けると錯覚したりすることも、現在のマクロ経済モデルの中で分析されている。こういう意味で、「新古典派経済学か行動経済学か」といった二元論は間違っていると思う。
7. Heterogeneous Agents(異質性)
一般的なDSGEモデルで使われる代表的個人の仮定の下では、所得の不平等や、所得再分配政策、年金政策、世代間再分配をモデルの枠内で議論することができない。このような問題を超えるために、年齢や所得といった面で異なるたくさんの消費者が存在するモデルも1990年台より活発に開発されてきている。消費者の側の異質性だけでなく、企業の側の異質性を導入したモデルも最近発達してきている。
現在のマクロ経済学の面白いところは、「ゲームのルール」が共有されており、その中で競争が行われていることだと思う。基本モデルは共有されている。そのメリットは、大体において、ある拡張を行った場合、モデルの挙動がどのように変わるかはある程度感覚的にわかることが多いことである(もちろん驚くべき変化が生じればすばらしい)。基本的なモデルが拡張された場合、モデルの成功はデータとの整合性(の改善)によって測られる。同じような改善を示すモデルが複数ある場合、モデルによってインプリケーションが異なる他のデータを見てモデルの優劣が決められる。モデルがある程度データと整合的で「使える」と判断されれば、モデルの政策的インプリケーションが分析される。「最適な政策」は、通常、消費者の目的関数を最大化するものと考える。政策的なインプリケーションは、モデルをちょっと変えたとき、あるいはパラメータの値が変わった時も同じものが得られるか(頑健か)がチェックされる。
前回のエントリで、モデルの重要性を叫びすぎだと受け取られたかもしれないが、このようなルールに則ってもらわないと、皆で協力して日本経済についての理解を深め、政策をよりよいものにしていくというプロセスに貢献しないと思ったからだ。
いつにも増して推敲に時間を割いていないので、後でちょっとづつ書き直すことになると思うがお許し願いたい。では、よいお年を。どこまで続くかわからないが、来年もとりあえず続けてみようと思う。
どうも、現代のマクロ経済学で使われるモデルについて様々な誤解があるように思う。タイトルではキャッチーにするため新古典派モデルとしたが、「新古典派」なんて言葉は、AKモデルではないという意味で「新古典派成長モデル」(Ramsey-Cass-Koopmansモデル)という言葉が使われる以外は、研究者の間ではほとんど使われないと思う。そういうわけで、これ以降は「現代のマクロ経済モデル」という言葉を使う。今回は、いろいろな誤解をとく手助けになるように、現在のマクロ経済モデルは、しばしば勘違いされているように幅の狭いモデルではないことを示したいと思う。これは、僕の個人的な認識なのだけれども、ちゃんとしたマクロ経済学の研究者では、大まかには同じような考えが共有されていると思う(願っている)。
1. 現在のマクロ経済学の基本モデル
モデルの基本要素は以下の3つだと思う。
(1) 無限期間(つまり動的=Dynamic)。
(2) 経済主体(消費者と企業)は目的関数の最大化を行う。目的関数は、消費者の場合は厚生(生涯にわたる効用の(discountされた)和)であり、企業の場合は企業価値(将来にわたる利益の和)。
(3) 経済は「均衡」上にある。
Dynamicsが必要とされるのは、今日消費を増やせば投資にまわせる額が減り、将来の消費が小さくなるというトレードオフが重要とみなされているからである。言い方を変えれば、マクロ経済の重要な要素である投資が意味を持つにはDynamicなモデルが必要だからだ。それに、債務がある場合、その債務を将来は返済したり借り替え続けたりしないといけないという考慮も自動的に発生する。70年代までのモデルにありがちだが、こういう要素が抜け落ちると、現在のGDPや消費を最大化したり、借りれるだけ借りるのが常に最適なモデルとなってしまう。
モデルにおける期間の長さは無限である必要はないが、無限だと数学的にちょっと簡単になるので無限期間がデフォルトで使われている。学部生に教える時には、無限期間で簡単にするための数学が使えないので3期間とかで教えていた。
目的関数の最大化が重要なのは、いわゆる「ルーカス批判」に対応するためである。例えば、所得税率が上がれば時間当たりの手取りの給料が落ちるので労働時間が下がるというような反応は、消費は常に所得の一定割合といったような70年代までのモデルでは考えることができなかった。それにDynamicsがあって、消費者が将来にわたる効用の和を最大化する場合、消費税増税の前に駆け込み消費が起こり、消費税増税後は消費が大幅に落ちる、更に、それにあわせて消費税が引き上げられる前後でGDPも大きく上下するといったことも、モデルで比較的容易に再現できる。70年代までのモデルではこういう動きは容易には再現できなかった。
ここで、一言書いておく。しばしば、現代のマクロ経済モデルでは、消費者がお金のことばかり考えている(それは現実とそぐわない)という批判が見られるが、消費者の効用は、(お金で直接的に買える)消費のみによって定義することもできるし、他人との比較(external habit)や、高いものに慣れたら安いものに容易に戻れないというような生活習慣(internal habit)というようなものも含んだモデルも用いられている。ステータスが効用を高めるという消費者のモデルを使っている人もいる。この点についてはまた後で述べる。
経済が「均衡」にあるという要素も、しばしば誤解される。狭義では、何の摩擦もなく、すべての市場で需要と供給が一致するという状態を指すかもしれない。このような意味でしか理解しない人が、「現在のマクロ経済学では失業がない」といった間違った考え方を持ってしまっているのだと思う。現実はそうではなく、現在はもっと柔軟な「均衡」が用いられている。この点についても下で振り返る。
もうひとつ言っておきたいのは、 ここで描写したモデルというのは、ミクロ経済学のいわゆる一般均衡モデルというものだ。よく、いまや一般均衡モデルはマクロ経済学者にしか使われていない、といわれるが、まさにそのとおりだと思う。実際、コアコースの一般均衡理論はマクロ経済学者が教えているというケースもよくある。更に付け加えると、現在のマクロモデルというのは、基本的には、一般均衡モデルにいろいろ加えて、実際のマクロ経済に似ている形にしたもの、ということができる。何を加えるかは、何を分析したいかによるのだが、元のモデル(シンプルな動的な一般均衡モデル)が皆で共有されているので、あるものを加えたらどういうことが起こるかというのがわかりやすいという面があると思う。
2. RBC(Real Business Cycle)モデル
おそらくは、いわゆる「新古典派マクロ経済モデル」が誤解されている理由は、RBCしか知らない人が多いからであろう。RBCモデルが何であるかは詳しく立ち入らないが、基本的には、 現在のマクロ経済学の基本モデルで、次のような特徴を持ったモデルである。
(1) 代表的個人(representative agent)
(2) 完備市場
(3) 摩擦がない
(4) 景気循環はTFP(Total Factor Productivity、大まかに言うと生産性)のランダムな変動によって引き起こされる
このようなモデルでは、もちろん、銀行なんて存在しない(必要がない)し、貨幣の役割もないし、経済は最適な状況にあるので政府がやることはない。ただ、このモデルは、景気変動のうちどのくらいが生産性の変動によるものかを計測するために作られた特別な(シンプルな)もので、別に現在のマクロ経済モデルが皆このようなモデルであるわけではない。そもそもこのモデルが開発されたのは1980年ごろだ。このころは、このモデルが解けただけでもすごいことであった。ある経済学者がこのようなモデルをベンチマークとして使っていても、そのこと自体が、その経済学者はすべての財政・金融政策は無駄と考えていることを必ずしも意味しないと思う。
3. DSGE (Dynamics Stochastic General Equilibrium)モデル
1980年以降、RBCモデルのような、現代のマクロ経済学の基本モデルのうち最小限のモデルがいろいろな方向に発展させられて、いろいろなことが議論できるようになったのだが、それらのモデルを総称して(広義の)DSGEモデルと呼ぶ。一般的はRBCモデルに以下のような要素が加わる。
(1) 様々な摩擦(→データとモデルを整合的にするのに役立つ)
(2) 特に、名目的な摩擦(Nominal Friction)。入れ方としてはCalvo(企業はある確率でしか名目価格を変えることができない)とMenu Cost(名目価格を変えるには(メニューを書き換える)コストがかかり、そのコストは価格を大きく変えれば変えるほど大きくなる)。これらの摩擦が入ったモデルはNK (New-Keynesian) DSGEモデルと呼ばれる。このモデルの利点は、金融政策が実物経済に影響を持つようになるので、金融政策を議論することができるという点である。
(3) 景気循環は様々なショックによって引き起こされる。どのようなショックが景気変動を引き起こしているかは様々なモデルが入ったモデルを推定することで、データに語らせるのが普通である。
以下では、現在のマクロ経済学モデルに加えられてきたそのほかの要素について言及する。
4. Financial Frictions(金融市場の摩擦)
お金の貸し借りに摩擦がある場合、銀行の役割が生じてくる。特に、金融危機以降、マクロモデルに銀行やその他金融機関を入れたモデルが活発に開発されている。
それに、何らかの理由で企業に借り入れ制約があり、借りたい分だけ借りられないという要素が入ったマクロ経済モデルも多数存在する。このようなモデルでは、何らかの理由(例えば企業が保有する不動産などの資産の価値が下落したので、不動産の価値を担保にした借り入れがしにくくなる)で企業の借り入れが難しくなると、生産量が縮小し、景気に深刻な影響を及ぼしうる。前FRB議長のBernankeや清滝さんが有名なのは、この分野で金融危機が起こるずっと前から貢献してきたからだ。
5. Labor Market Frictions(労働市場の摩擦)
労働者が自分に合った職を探すのに時間がかかるので、職を探している間は失業者となっているという要素の入ったマクロ経済モデルも、1990年台以降活発に開発されてきている。基本となっているのは2010年にノーベル賞をとったDiamond, Mortensen, Pissaridesの3者が開発した労働市場の摩擦モデルであるが、1990年代以降、RBCモデル(あるいはDSGEモデル)に加えられ、今ではマクロ経済モデルで失業を議論する際に普通に使われている。
ここで一言付け加えておくと、労働市場に摩擦があって、働きたいけど働けない労働者が存在するような「均衡」も普通に使われているということだ。ある意味「均衡」という言葉の濫用と考える人もいるかもしれない。
それ以外にも、最近のエントリで扱ったが、賃金に下方硬直性があるので、賃金を下げれば完全雇用が達成できても、均衡では失業が生じるというモデルも使われる。
6. Behavioral Assumptions(行動経済学的な仮定)
現代のマクロ経済学は行動経済学的な要素を簡単に取り入れることができる、柔軟なフレームワークである。例えば、よく使われるPresent Bias(現在の消費を魅力的に感じすぎてしまい、消費しすぎる)といった仮定も、基本モデルにおける消費者の目的関数を変更するだけで取り入れることができる。最近は、投資家が強気すぎる予想の元に投資決定をしたり、住宅価格が過去と同じペースで上がり続けると錯覚したりすることも、現在のマクロ経済モデルの中で分析されている。こういう意味で、「新古典派経済学か行動経済学か」といった二元論は間違っていると思う。
7. Heterogeneous Agents(異質性)
一般的なDSGEモデルで使われる代表的個人の仮定の下では、所得の不平等や、所得再分配政策、年金政策、世代間再分配をモデルの枠内で議論することができない。このような問題を超えるために、年齢や所得といった面で異なるたくさんの消費者が存在するモデルも1990年台より活発に開発されてきている。消費者の側の異質性だけでなく、企業の側の異質性を導入したモデルも最近発達してきている。
現在のマクロ経済学の面白いところは、「ゲームのルール」が共有されており、その中で競争が行われていることだと思う。基本モデルは共有されている。そのメリットは、大体において、ある拡張を行った場合、モデルの挙動がどのように変わるかはある程度感覚的にわかることが多いことである(もちろん驚くべき変化が生じればすばらしい)。基本的なモデルが拡張された場合、モデルの成功はデータとの整合性(の改善)によって測られる。同じような改善を示すモデルが複数ある場合、モデルによってインプリケーションが異なる他のデータを見てモデルの優劣が決められる。モデルがある程度データと整合的で「使える」と判断されれば、モデルの政策的インプリケーションが分析される。「最適な政策」は、通常、消費者の目的関数を最大化するものと考える。政策的なインプリケーションは、モデルをちょっと変えたとき、あるいはパラメータの値が変わった時も同じものが得られるか(頑健か)がチェックされる。
前回のエントリで、モデルの重要性を叫びすぎだと受け取られたかもしれないが、このようなルールに則ってもらわないと、皆で協力して日本経済についての理解を深め、政策をよりよいものにしていくというプロセスに貢献しないと思ったからだ。
いつにも増して推敲に時間を割いていないので、後でちょっとづつ書き直すことになると思うがお許し願いたい。では、よいお年を。どこまで続くかわからないが、来年もとりあえず続けてみようと思う。
Labels:
Behavioral,
Business Cycle,
Labor,
Money,
Policy,
Theory
Quality Trade-Down and Employment
Nir Jaimovich, Sergio Rebelo, and Arlene WongのNorthwesternグループによる論文"Frugal Consumers and the Labor Market"が面白かったので簡単に紹介する。
2007年から2012年まで続いた大不況(Great Recession)によって、アメリカの消費者の所得は大きく減少した。平均的な(medianでみた)家計の収入は約10%も落ち込んだ。このような所得の下落に対して消費者はどのように対応したであろうか?これまでの研究では以下の3つの消費者行動に焦点が当てられてきた。
2007年から2012年まで続いた大不況(Great Recession)によって、アメリカの消費者の所得は大きく減少した。平均的な(medianでみた)家計の収入は約10%も落ち込んだ。このような所得の下落に対して消費者はどのように対応したであろうか?これまでの研究では以下の3つの消費者行動に焦点が当てられてきた。
- すべての財・サービスに対して消費支出を切り詰める。
- 耐久消費財(家電や自動車)の買い替えを延期する。ここ1-2年アメリカにおいては自動車の売れ行きが大変好調であるが、この背景には車の買い替えを控えていた消費者が一気に押し寄せているという背景がある。
- 安い商品(セール)を探すのに時間をより費やす。これによって売り手側のマークアップが減少した。
- 購入する商品の構成を変える。特に、ぜいたく品(luxuries)から必需品(necessities)へシフトさせる(「カテゴリーの下降シフト」)。
- それぞれのカテゴリーの中の構成を変える。特に、より品質の高いもの方品質の低いものへシフトさせる(著者らはこのような行動を「品質の下方シフト」と呼ぶ)。
大不況の時期に、食費全体の支出(オレンジ色の線)はもちろん減少したが、外食での支出(濃紺の線)の方が大きく減少していることが見て取れるだろう。家での食事のための支出(水色の線)も下がっているが、外食ほどは下がっていない。 これが彼らのいう「カテゴリーの下降シフト」である。それと同時に、「品質の下降シフト」も起こっている。外食支出の中での構成を見たのが以下のグラフである。
フルサービスのレストランの支出(緑色の線)が大きく減少する一方、限定的サービスのレストラン(ファーストフードと考えればよい)の支出(ピンク色の線)はそれほど減っていない。つまり、外食のカテゴリーの中でも、フルサービスからファーストフードへのシフトが起こっているのだ。
ここでは、レストランだけを見てきたが、ほかにもカテゴリー内のシフトを見ることができる産業があるので、それらの変化を整理してみたのが以下のグラフである。下のグラフは、いくつかのカテゴリーの中で、2007年から2012年の間に、高品質(オレンジ色)、中品質(薄い青)、低品質(濃紺)の3つのカテゴリーのマーケットシェアがどのように変化したかを示している。もちろん3つ足し合わせればゼロである。
外食(右から2番目の棒グラフ)では高品質のレストラン(オレンジ色)はあまり変化していないが、中品質のレストラン(こなれない日本語で申し訳ない)のマーケットシェアは2007年から2012年の間で13%くらい落ち込んでいるのが見て取れる。その分シェアが増えたのが低品質のレストランである。ちなみに、レストランやホテルなどの「品質」を決めるにあたってはYelp(何にでも評価をつけるぐるなびのようなものである)のデータ(例えばレストランの場合、ユーザーはドルマークの個数でレストランの「格」を評価するが、そのデータを使ってレストランを「格付け」している)を使っているのが面白いところだ。General Merchandise Stores(一番右の棒グラフ)というのはどこのスーパー・デパートで買い物をするかというシェアの変化を示している。高級・中級スーパーから低級スーパーへのシフトが起こっているのが見て取れる。データのある6つの産業の平均を見ると(一番左の棒グラフ)、高品質のものへの支出にははっきりとしたパターンが見て取れないが、一般的に、中品質から低品質へのシフトが起こっていることがわかるであろう。
ここまでが、このペーパーの第1のポイントである。もうひとつ面白いポイントは、高品質のものほど、資本より労働を多く使うというデータを示したことである。イメージとしては、高級なブティックとかであれば店員が多くいて顧客の世話をするが、安売りスーパーとかでは、客はほおっておくので接客要員があまり多くはいらないと考えればよい。もし不況によって、高品質のものから低品質のものへ需要がシフトするとどうなるか。低品質のものは労働よりも資本を多く用いるので、労働需要が減少し、雇用の減少、賃金の低下を引き起こすのである。もちろん、不況が起これば雇用は減少し賃金は下落するのであるが、この、高品質なものから低品質なものへのカテゴリー内の需要のシフトが起こることで、労働需要の減少がさらに拡大するというのが彼らの主張するチャンネルである。
では、一例として、彼らの主張が一番きれいに出ているスーパーマーケットのデータを見てみよう。
上の図は、それぞれのスーパーマーケットで、ある一定の売り上げを生み出すために何人の従業員を必要としているかを示していえるものである。一番高品質のWholefoodsは一番低品質のCostcoに比べて同じ売り上げを生み出すために約3倍の従業員を使っているというのがこのグラフから見て取れる。まぁ、ほかの業界はこれほどきれいなデータとなっていないけれども、まぁしょうがない。それにCostcoは低品質なのではなくて、単にまとめ買いができるから安いのだと思うけれども。
最後に、彼らは、このような「カテゴリーの下降シフト」と「品質の下降シフト」を取り込んだRBCモデルを構築して、このような効果が、不況の際の雇用の減少をどのくらい増幅するかを計算している。 この計算はおまけのようなものなので省略する。Labor Marketに関するおもしろいfactsを持ってきて論文に仕上げるのがうまいJaimovichらしい論文である。
Labels:
Business Cycle,
Consumption,
Data,
Labor

























