Automatic Stabilizers in DSGE Model

自動安定化装置(オートマティック・スタビライザー)という言葉は聞いたことがあるだろうか?ある経済政策が、景気の変動に伴ってその効果が上下することにより、景気(あるいは税収)を安定させる効果がある場合、その政策は自動安定化装置として機能しているといわれる。

代表的な例は累進所得税である。景気が悪くなると人々の所得は平均的に低下する。累進的な所得税率は所得が高ければ高いほど税率も高く、所得が低ければ低いほど税率も低いので、景気が悪くなって所得が低下すると、所得に適用される税率も平均的に低くなり、税引き後の可処分所得は税引き前の所得ほどは低下しないこととなる。消費は可処分所得に依存する(可処分所得が多ければ多いいほど消費も多い)のが一般的なので、個々人の可処分所得の減少幅が小さければ、個々人の消費の減少幅も小さくなり、総消費額の低下の幅も小さくなるのである。

さらに、消費需要は総需要の一部であり、総需要がGDP・景気に影響を与えるという(ケインジアン的な)立場をとるなら、総消費及び総需要の低下幅を抑えることで、累進所得課税は自動的に景気を安定化させる(不況期にGDPの下落幅を小さくする)効果があるのである。

1980年くらいまでの経済学ではこのような効果がとても重要視されてきたし、現在の経済政策の議論においても、このような需要サイドからの効果は重要視されているが、1980年代以降の経済学では、総需要効果のない(価格の名目硬直性のない)モデルが発展してきたので、このような効果は分析されることが少なくなってきた。

その一方、公共経済学では、累進所得税は、所得が低い人の税率を下げて、所得が高い人の税率を高めることで、税支払い後の所得の再配分を行うことができるが、所得が高い(=生産性が高い)人の労働への意欲をそぐという労働インセンティブへの負の効果があり、再配分(公平)とインセンティブへの悪影響(効率)のトレードオフの文脈で活発に分析されてきた。1980年代以降のマクロモデルでは、このような(総需要を通じた効果と関係ないという意味で)供給側の効果はきちんと取り入れられており、自然に分析できるので、1980年代以降のマクロ経済学では、累進所得税はこのようなトレードオフの文脈で主に分析されてきた。

自動安定化政策のもう一つの代表的な例は公的失業保険である。失業したときに失業手当てを受け取ることができれば、彼らはそこから支出することができる。景気が悪化した際には失業率が上昇するので、景気が悪化したときは、自動的に失業者全体に配分される失業手当ての金額が上昇し、彼らがその手当てを消費することで、(失業手当がなく失業者は借金をして消費を維持することができない時に比べて)総消費の低下を抑えることができる。累進所得税のときと同じく、総需要が景気に影響を与えると考えれば、失業者による消費需要の低下を抑えることで、失業保険は、総需要の低下に自動的に歯止めをかける効果があるのだ。

但し、累進所得税のケースと同じく、このような効果は1980年代以降のマクロ経済学では総需要を通じた効果はあまり活発に分析されてなかった。一方、公共経済学あるいは労働経済学では、公的失業保険は労働者に民間ではあまり提供されていない保険を提供する一方、失業者が職を探すインセンティブに負の影響を与えるというトレードオフの文脈でしばしば分析されてきた。上と同様に、マクロ経済学でも、このような供給側の効果が主に分析されてきた。

前置きが長くなってしまったが、今回簡単に紹介するMcKay and Reisによるワーキングペーパー"Optimal Automatic Stabilizers"は上で挙げた自動安定化装置の効果を総需要効果のあるニューケインジアンDSGEモデルで分析している。彼らは、アメリカの様々な政策がどのくらい自動安定化に役立っているかを分析したペーパーをEconometricaに既に出しているが、今回のペーパーでは、そこから一歩進んで、自動安定化を考慮した際に最適な政策はどのようなものになるかを分析している。

これは簡単なことではない。累進所得税や公的失業保険の自動安定化効果を分析するためには以下のような要素が必須になるからである。
  1. 景気循環のあるDSGEモデルをベースとしなければならない。
  2. 総需要が景気に影響を与えるように、名目価格の硬直性を導入しなければならない。つまり、ニューケインジアンDSGEモデルを使わなければならない。
  3. 失業保険の供給側の効果を分析するためには、失業者が存在しなければならない、つまり異質性が必要である。しかも失業者はどのくらい一生懸命職を探すか決めなければならない。しかも、そのような決定は、失業保険がどのくらい手厚いかによって影響を受けなければならない(失業保険が手厚ければあまり一生懸命仕事を探さなくなる)。
  4. しかも、失業率自体が政策によって影響を受けるモデルを作らなければならない。つまり、サーチモデルをDSGEモデルに組み込まなければならない。
  5. 累進所得税の効果を分析するためには、所得が高い労働者と低い労働者が存在しなければならない。新たな異質性の導入である。しかも、それらの労働者はどのくらい働くか決め、その決定は所得税率に影響を受けなければならない。
  6. 景気循環が幸福度に影響を与える必要がある(そうでないと自動安定化政策の意味がない)ので、モデルは線形近似できない。線形近似をすると、好景気と不景気の時の効果が平均すると完璧に相殺されるので、景気循環の分析が面白くなくなる。
著者らはまさにこれらの要素を組み込んだモデルを作った。そして、消費者の幸福度(厚生)を最大化する失業保険の手厚さ(=b=失業保険が失業前の所得の何%をカバーするかという率)と累進所得税の累進性の度合い(=t)の組み合わせを計算した。上で述べたようなモデルを解くだけでなく、そのモデルの消費者の幸福度を最大化する政策のペア(bとt)を探すためにこのモデルを何度も解けるようにしなければならず、大変なことである。そのために、著者らは、いくつか重要な仮定を置いて、モデルが比較的簡単に解けるようにしているが、それでも大変なことである。彼らが置いた重要な仮定には以下のものがある。このような単純化のための仮定は最近よく使われている。
  1. 労働者は失業した場合借入制約に引っかかり、働いている場合には(将来失業した時に備えて)貯蓄しようにも貯蓄の借り手がいない(借りたい人は借入制約に引っかかっている)ので、結局労働者全員が何の貯蓄も負債も持たない(ので、資産分布を無視できる)。
  2. 政府も負債を発行しない。
  3. 資本のようなその他の貯蓄手段も存在しない。
  4. 失業のリスクはみな同じである。現在失業している労働者も現在働いている労働者も、来期の失業する確率は同じである
では、いくつか彼らの結果を見ていこう。彼らがアメリカの経済に合わせてカリブレートしたモデルによると、消費者の幸福度を最大化する(b,t)の組み合わせはb=0.85、t=0.26であった。bの方は失業者が働いていた時の収入の85%をもらえるという、かなり手厚い失業保険の額である。tの方は簡単な解釈の仕方はないが、アメリカの現在の累進所得税の累進度合いを表すtがt=0.15で、tは0だと累進性がなく(所得にかかわらず税率は同じ)、大きければ累進性が高いので、現在のアメリカより累進性が高い所得税が最適ということになる。

この結果だけだと、この二つの政策の自動安定化効果がどのくらい重要なのかわからないので、他のケースと比較してみよう。まずは、名目価格の硬直性がないモデルで同じ実験をしてみよう。名目価格が伸縮的というのは、いわゆる総需要から景気に与える効果がないケース(RBCモデルといってもよい)である。つまり、このケースでは、失業保険や累進所得税は自動安定化装置としての効果がないケースということになる。このモデルでは、消費者の幸福度を最大化する政策の組み合わせはb=0.77、t=0.27であった。自動安定化装置として役に立たない場合、失業保険は前のケースほど手厚くなくてもよい(失業前の収入の85%でなくて77%)が、望ましい所得税の累進性はあまり変わらないということだ。

では、景気循環が全くない場合はどうか?この場合の最適な政策の組み合わせは、b=0.77、t=0.27であった。つまり、伸縮的な価格のケースと同じである。また、中央銀行が景気循環を抑えるために強力に反応する(例えば失業率が高まりつつある際には金利を大きく切り下げる)ケースでも、最適な政策の組み合わせははb=0.80、t=27で景気循環がないケースと近かった。

これらの結果を理解するために、以下のグラフを見ていこう。
最初にちょっと述べたが、bを高めた際の幸福度への効果としては以下のものがある。
(b-1) 失業しても所得があまり下がらず消費も維持できる。(+)
(b-2) 職を探す努力が低下し失業率が上がる。(ー)
(b-3) 不況時も総需要の低下幅が小さくなる(GDPがあまり下落しない)ので景気循環の幅が小さくなる。(+)

上のグラフの左側は、(b-2)の効果をプロットしたものである。失業保険が手厚くなると(bが上がると)平均的な失業率が上昇し、経済にとってはマイナスの影響となる。景気循環を無視した場合、あるいは価格が伸縮的なので(b-3)の効果がない場合は、(b-1)と(b-2)がバランスするレベルでbが決定される。しかし、(b-3)を考慮に入れるとなると、bを変えることで景気循環の大きさがどのくらい影響を受けるかを見なければならない。それが上のグラフの右側である。具体的には、bを変えたときに、GDPの振れ幅がどのくらい下がるかを示している。このグラフが示しているのは、このモデルにおいては、bを高めることで、マクロ経済の景気の幅を大きく小さくすることができるので、この効果を生かすために、経済全体で最適なbのレベルが高まるのである。

では、tはどうだろうか?
tを高めた際の効果は次のものがある。
(t-1) 所得の不平等を累進所得税で圧縮できる。(+)
(t-2) 生産性の高い人の労働の意欲がそがれてGDPが下がる。(ー)
(t-3) 不況時は税率が下がり、総需要の低下幅が小さくなるので景気循環の幅が小さくなる。(+)
上の左側のグラフは、累進性を高めると平均的なGDPが低下するという(t-2)の効果を示している。bの場合と同じく、景気循環がなかったり、総需要効果が無視できる場合は、基本的に(t-1)と(t-2)のトレードオフから最適なtが決定される。一方、累進税率が不況期には下がって可処分所得の低下を抑えることで景気安定化に資する効果を示したのが上の右のグラフである。このグラフが示しているのは、tが上がっても、景気循環の振れ幅はあまり変わらない、つまり、tを通じた自動安定化効果は小さい、ということである。どうしてか?おしらくは以下のような点が重要なのではと思われる。
  1. このモデルでは(おそらくデータでも)景気は主に失業率の変化を通じて所得に影響を与えるので、失業保険を通じた可処分所得安定化(そして自動安定化効果)は大きいが、所得の格差全体はあんまり景気を通じて変化しない。
  2. 所得税率の累進性を通じて、不況時に所得税率が下がる効果は、所得が高い人にも低い人にも影響を与える。ところで前者は可処分所得が多少上がったところで消費はあまり影響を受けない。このペーパーでは示されていないと思うんだけれども、もしかしたら、累進性を通じた安定化効果は高所得の人の方が強いかもしれない。
結論としては、景気の自動安定化装置というチャンネルを考慮すると、失業保険の手厚さは他のモデルから得られる最適なレベルよりも高いものにするべきである一方、所得税の最適な累進性を考える際には、自動安定化装置というチャンネルはあまり考慮に入れなくてもよいということになる。

こういう、名目価格に硬直性がある(ので総需要を通じた効果や金融政策を分析できる)モデルで、消費者や企業などに異質性があるものは、最先端の分野の一つである。

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