Micro Price Facts

今回はKlenow and Willis (JME2007)をベースに書く。とはいえ、ぜんぜん専門外なので(間違いも多々あるかもしれない)、この論文をだしに、最近注目を浴びている、マイクロデータを使った価格設定行動の分析という分野を概観する方に重点を置く。

経済学というと「お金」についての学問と取られることが多いが、「お金」は経済学においてとても厄介な存在である。まず、なぜ「お金」が保有されるのかについて、経済学者の間で意見が分かれる。金利もつかない(インフレによって事実上マイナスの金利がつくこともしばしば)あるいはより金利の高い貯蓄方法があるのになぜ多くの資産が「お金」という形態で保有されるのか、完全に答えが出ていない。

百歩譲って、実際「お金」は大量に保有されているのだから、理由は何であれ「お金」を保有することは認めるとしよう。すると、自然と、金融政策について考えたくなるのだが、その時に、次の難題に直面することになる。なぜマネーサプライの調整(名目金利の調整と解釈してもいい)が、実体経済に影響を与えるのかについて、経済学者の間で合意ができていないからだ(マネーサプライの変化が実体経済に影響を与える「標準的なモデル」が存在していないと言い換えてもよい)。簡単で雑な例で言うと、マネーサプライが突然10倍になったとしても、経済の中の全エージェントがいっせいに価格を10倍にすることができれば、マネーサプライの変化に伴う影響を抹殺できるからだ。言い方を変えれば、金融政策を考えるには、何らかの「摩擦」によって価格が柔軟に変更されない状況を設定する必要があるのだ(non-neutralityを作る他の方法もあるがここでは割愛する)。

では、どのような「摩擦」がよく使われているか?一番ポピュラーなのは、カルボ価格設定(Calvo pricing)と呼ばれるものである。Calvoが1983年の論文で最初に提案したのでこう呼ばれる。たくさんのスーパーがあるとしよう。各スーパーの店長は、毎四半期、ある一定の確率(xと呼んでおこう)でカルボの妖精(Calvo fairy)に頭をつつかれる(馬鹿らしい説明のしかたに聞こえるかもしれないが「カルボの妖精」というのは経済学者の間で普通に使われる。カルボの顔を考えると妖精という言葉をつかうのは気がひけるけれども慣例だからしょうがない)。頭をつつかれると、価格を改定するのである。カルボの妖精に頭をつつかれなければ価格は改定されないのである。これは非常に使いやすいのでポピュラーになった。たくさんのスーパーがあれば、全スーパーの中のある一定の割合xだけが毎月価格を改定するという形になるからである。他の言い方をするなら、さいころを振って1が出た人だけ価格が改定できると考えてもよい。

カルボ価格設定は使いやすいから幅広く使われている一方、問題の多い仮定である。特に重要な批判は、次の2つである。
(1)当然だけれども、ルーカス批判を逃れることができない。簡単な例で言うと、ハイパーインフレの国を考えてみればよい。ハイパーインフレが起こっても、価格を一定の周期でしか変更しないのは事実と反している。実際、インフレ率が上がると、価格改定の周期は短くなることが知られているが、カルボ価格設定はこういう事実を生み出せない。潜在的には問題があるかも知れないがインフレ率が低く安定している先進国の分析の際には、そんなに悪い仮定でもないという風に議論してカルボ価格設定を守ることももちろんできるが、このようにとても基本的なエージェントの行動を再現できない仮定を使いつつ金融政策の効果を測ったところで、結果がどれだけ信頼できるのかという批判が常にある。そもそも、xはパラメーターとして扱ってよい類のものではない。
(2)金融政策が実質経済に与える効果はとても持続的(息が長い)と考えられている。いろいろある中で一つ数字を挙げると、マネーサプライの変更がGDPに与える影響は約2年後に最大となるという結果もある。このような特性を持つモデルを作るには、価格が改定される頻度が低くなければならない。皆すぐに価格を改定すればマネーサプライ変更の効果はすぐに消えてしまうからだ。具体的な例で言うと、xの値が例えば20%位でないと現実に観察されるようなマネーサプライの持続的な影響は生み出せないようだ。x=0.2というのは、平均的に、各商品が1年3ヶ月(5四半期)に一回価格変更されるというものである。その一方、マイクロデータに基づく研究によると、ものの価格は、これもまたいろいろな数字があるが、平均して3-6ヶ月に一回は変更されると知られている。6ヶ月という数字を使うと、x=0.5である。つまり、マクロ的に都合のよいx(=0.2)とマイクロデータから得られるx(=0.5)は大きく値が違うのである。逆に、マイクロデータから得られたx=0.2を使うと、モデルの挙動はマネーの入っていないRBCのようになる。金融政策の効果はほとんどないというモデルとなるのである。

特に、マイクロデータを使って各商品レベルでの価格決定行動を分析するというのは、近年の流行の一つである。マイクロデータを使うというのはマクロのどの分野でも流行であるが、それに加えて、この研究分野が持つ金融政策に対するインプリケーションの大きさを考えあわせれば、当然のことであろう。Klenowはこの分野の草分けの一人である。

既に書きすぎてしまったので、Klenow and Willis (2007)の詳細は次回に回すとして、マイクロデータを使った価格設定行動の分析の結果を幾つか挙げておこう。
(1)価格変更の周期はものによってかなりの違いがあるが平均的には3-6ヶ月である。つまり、xは(マクロモデルで「現実的」とされるレベルより)大きい。
(2)価格変更される際の変更の幅はとても大きい。Klenow and Willisによると平均(mean)的な価格調整の大きさは12%である。インフレの分しか調整しないのであれば、毎回1-2%の調整しかされないはずであるから、インフレにあわせた調整以上のことが起こっている。マイクロレベルの動きがマクロレベルの動きより幅がずっと大きい(から、マクロレベルの数字だけ見ると重要なものを見落としている危険性がある)というのはいろいろなところで見られる。たとえば、マクロレベルの収入(GDP)の変動の大きさは個人レベルの収入の変動の大きさに比べればとても小さい。
(3)価格調整のやり方にはいろいろある。一般的な小さな価格調整のほかに、セールによる一時的な大幅下落とセール後の大幅回復、商品が刷新される際の価格変更、在庫一掃セールなどさまざまな形態がある。もしセール等に伴う価格調整がインフレと関係ないのであれば、セールに伴う価格調整は無視してもよいのだが、Klenow and Willisによると、セールに伴う価格調整の際にもインフレに対する調整も合わせて行われているようだ。
(4)価格改定の頻度、タイミングは経済状況によって異なる。インフレが激しいときに価格改定の頻度が上がるというのはその一例である。

Klenow and Willisは、上のようなfactsと整合的なモデルを作ったというのが貢献の一つである。重要なポイントは、価格は頻繁に改定されるのだけれども、インフレにあわせた調整は迅速にはされないという点にある。このために、いわゆるSticky informationというものを使うのであるが、その話はまた今度。

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