Macroeconomic Effects of the Child Subsidy Revisited

宇南山さんが子供手当てなどの補助金政策が景気に与える影響について書いている。僕が以前書いたエントリとも関連しているので興味深く読んだ。日本で人気のあるケインズ的な政策が、最先端の研究動向から見て1周ではなく2周遅れであるために、偶然にも最新の研究結果と整合的である、という指摘はうまい書き方である。とはいえ、結びにおいて、「最新の研究の政策的インプリケーションは、新しいマクロ経済学より教科書的なケインズ経済学に近い」と書いているが、僕はこの認識を共有しない。まずは、なぜ違和感を感じるかを書いてから、子供手当てがマクロ経済に与える影響について、再度もう少し丁寧に書いてみる。考えながら書いているので、後であわてて直すかもしれない。

まずは、彼の結論に対して以下の3点を指摘したい。

(1)彼が引用しているShapiro and Slemrod(AER2009)は、2008年のTax Rebateによって総消費が増えたという結果を示している。Tax Rebateなり子供手当てなりが、borrowing constraintに引っかかっている消費者に行きわたる限りは、消費が増えるのは当然である。消費の反応の程度がどのくらい大きいかという点については、まだ、現在存在する推定値をさらに精緻なものにする余地はあると思うが、子供手当てが消費を刺激するという点については理論的にも経験的にも異論はないと思う。この認識は特別「ケインズ的」「行動経済学的」なものではないし、特段新しくもない。Borrowing constraintなどのRicardian Equivalenceが成り立たない例は普通の教科書でもカバーされている。

(2)ただし、総消費が増えることは、必ずしもGDPを増やすことと一致しない。
GDP = 消費 + 投資 + 政府支出 + 純輸出
という関係を思い浮かべて、消費が増えれば左辺のGDPは自動的に増えるように考えている人が多いように思われる(僕でも見たことのある古典的なケインズ経済学はもう少し複雑だが捨象する)。こういう考え方はケインズ的だ。子供手当てを推し進める背景にはこういう考え方があるのかもしれない。

(3)一方、ケインズ的でない普通の経済学においては、単純化すると、GDPを増やすには技術革新(A)が進むか、資本投入量(K)が増えるか、平均的な教育水準(H)が上がるか、労働投入量(L)が増えなければならないが、子供手当てのような補助金がGDPを増やす役割があるかはまだはっきりした結論が出ていないと思う。「景気対策」という言葉を使うと、いかにもGDPが増えそうであるが、子供手当てのような補助金で確実に期待できるのは、他の条件を一定のものとすると、補助金を受け取った一部人の消費が増えて効用が高まる(お金をもらえば効用は高まると仮定している)、ことだけである。あえて言えば、補助金は(GDPを増やさないという意味で)後ろ向きの景気対策でしかないかもしれない。

では、子供手当てからはどのようなマクロ経済効果が期待できるか。以下に列挙していく(以前書いたこととほとんど変わらない)。

1.所得移転効果
該当する子供のいる人は可処分所得が増えて効用が上がる。該当しない人は影響を受けない。

2.Borrowing constraintの緩和
ラフな言い方をすると、お金に困っていた人は、買いたかったけど買えなかった物が買えるので消費が増えて効用が大きく改善する。お金に困っていなかった人の短期的な消費にはあまり影響は与えない(consumption smoothingが働くので)。

3.直接的な所得効果
可処分所得が増えた人は、労働時間を減らす可能性がある。特に、Borrowing constraintに引っかかっていた人に顕著に出る可能性がある。但し、このような人は平均的に生産性が低かったり労働時間が高くなかったりするかもしれない。その場合、労働時間の減少が与えるマクロ的効果は小さい。

4.間接的な所得効果(消費)
国の債務の増加は将来の増税である。子供手当ての対象外の人は生涯所得が減少するので消費を減らし、貯蓄を増やす。子供手当てを受けとった人は貯蓄はかわらない(全部使ってしまった場合)か増加(全額を使わなかった場合)する。

5.間接的な所得効果(労働)
生涯所得が減少した人は、労働時間を増やす可能性がある。そうであれば、GDPは増加する。

6.資本減少
GDPが大きく増加しないとすると、総消費が増えるということは総貯蓄が減少するということである。closed economyであれば、将来使用可能な資本が減少し、将来のGDPを減少させる効果があるかもしれない。但し、small open economyであれば、この効果はない。どちらがよりよい近似なのかよくわからないが、いずれにしてもこの効果は大きくないのかもしれない。

7.人的資本蓄積
子供手当てによって子供の教育にかけるリソースが増えれば、子供に蓄えられる人的資本が増加する。但し、この効果は長期的、かつ測るのが難しい。

8.少子化対策?
お金がないので子供の人数を抑制していた人がいたとすれば、子供手当ての存在によって、子供の人数が将来的に増える。子供が増えれば将来のGDPは増える。但し、この効果は長期的なもので測るのが難しい上、子供の平均的な能力が下降すれば一人当たりのGDPは減少するかもしれない。

9.政府支出代替
他の目的で使う予定であった予算が子供手当てに振り向けられた場合、その支出によって得られたであろう効果が失われる。

要約すると
(1)子供手当てによって対象となる人の可処分所得が増える(所得再配分)。
(2)民間総消費はおそらく増える。
(3)GDPへの影響は、生涯所得が減少した人の所得効果の強さ次第(未決着)。

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