Cheap Credit Caused House Price Boom?

今回アメリカに起こっている景気後退は、大きく分類して次の3つの質問を投げかけたと理解している。
  1. なぜ住宅価格が大きく上がり、そして大きく下落したか。
  2. なぜ住宅価格の暴落が金融セクター全体に影響を及ぼしたか。
  3. なぜ金融セクターの問題がマクロ経済全体にあれだけ大きな規模で波及したか。
もちろん、上の3つの質問は相互に関連しているという面もあるだろう。3は主にマクロ経済学者に対する宿題、2は主にファイナンス系の人への宿題、1はどちらからも考えられる問題といえる。今回は1に注目する。今回の景気後退に関しては、住宅価格の動きが問題となっているが、一般的に他の資産価格の動きについても1に対する分析は当てはまる。現在1に対する答えとして、主に次の2つが挙げられている。

(1) Cheap credit (安易・安価な住宅ローン):低金利や、住宅ローン貸出の際の審査のゆるみ、住宅購入の際に必要な頭金が減ったこと、などにより、住宅重要が増加し、住宅価格を押し上げた。

(2) Irrational Exuberance (根拠なき熱狂):YaleのRobert Shillerを有名にした理論である。基本的には、人々が住宅価格が上昇し続けると信じると、その期待が経済状況に基づいたものであれ根拠のないものであれ、将来の上昇を見込んだ高い住宅価格が維持される。根拠のない期待に基づいていればいわゆるバブルと言われる。

この2つの理論の間の競争を難しくしているのは、(2)の理論はそもそも根拠のない期待を基にした理論なので主体的に理論・データを使って証明をするのが難しいということである。よって、(1)のような何らかの観察可能な経済状況(ファンダメンタルズと呼んでもよい)によって検証が比較的(とはいえ難しいのだが)容易な理論で住宅価格上昇をどこまで説明できるか、という質問をすることで、(1)と(2)の比較がなされているように見える。(1)だけでうまく説明できれば(1)の勝利、(1)だけでうまく説明できなければ(2)の勝利というわけである。(2)は時間切れ引き分けを狙うプロレスラーのような立場にある(Shillerはまったくそういうタイプではないが)。

(1)の例として上では3つ挙げたが、その中で、最も分析が進んでいるのは、低金利が住宅価格の高騰をもたらしたという議論である。話がわかりやすいので、次のグラフを見てほしい。



実線が(実質)住宅価格、点線が10年物の財務省証券(T-Bill)の実質金利をあらわしている。金利の方は1980年代初めに大きく上がった後、下がり続けて現在は2%以下の水準にある一方、住宅価格は1980年代初めに少々下がった後、中期的なサイクルはあるものの、特に1990年代中頃以降は上昇し続けていることが容易に見て取れる。この図をぱっと見れば、低金利を原因とする理論を作りたくなるものである。

金利と住宅価格の関係を示した最も簡単なモデルは、裁定条件に基づくものである。裁定条件とは、互いに似ている2つのモノ(資産でもよい)の価格は近くならなければならない、という考え方に基づいている。もし片方の価格が高ければ、もう一つのモノの方に需要が移って、高かったモノの価格が下がり、低かったモノの価格は需要の増加を反映して上がり、結果として価格格差は縮まらなければならないのである。現在の文脈では、持ち家と借り家の間の裁定条件が使われる。裁定条件に基づく住宅の価格理論の先駆者はMITのPoterba (QJE1984)である。ここでは軽くエッセンスだけを説明してみよう。ある家があってそれは借りても買ってもよいとする。借りたときの家賃は毎年Rと定められているとしよう。同じ家を買った際には利子だけ払うものとする。利子率が年率rで、住宅の価値がP、頭金とかは支払わずに住宅ローンを借りられたとすると毎年の利払いはPrと表すことができる。上で説明したように、借りることによるコスト(家賃)と買うことによるコスト(利払い)が等しくならなければならないとすると、R=Prという式が得られる。この式は言い換えればP=R/rである。この関係から何が言えるか。一つは、Rが変わらないとすると、rが下がればPが上がる。もう一つは、rが小さければ小さいほどrの変化によってPが大きく変わる。では、先ほどのグラフに戻ろう。1980年代以降、金利(r)は下がり続け、特に1990年代以降は低い水準にあることを考え合わせると、金利(r)の動きによって住宅価格(P)の動きが説明できるような気がしてくる。実際、この理論(もっといろいろな要素が組み込まれているが)を使って、Himmelberg, Mayer, and Sinai (JEP2005)は住宅価格の金利に対する弾力性(金利が1%変化したら住宅価格は何%変化するかを表している)は20くらい、つまり、金利が2.5%下がれば、住宅価格の50%(=2.5 x 20)の上昇を説明できる、と主張した。50%というのは1996年から2006年にかけての大幅な住宅価格の上昇幅と大体一致する。

びっくりするかもしれないが、ここまでは、今回紹介する論文のイントロのようなものである。今回取り扱うのは、Glaeser, Gottlieb, and Gyourko によるNBERワーキングペーパー("Can Cheap Credit Explain the Housing Boom?", NBER WP No. 16230)である。このペーパーは、上で挙げたような低金利による住宅価格上昇の説明に疑問を差し挟んだものである。具体的には、彼らは、理論面、実証面の両方からHimmelberg, Mayer, and Sinaiの計算に疑問を投げかけている。理論面では、PoterbaそしてHimmelberg, Mayer, and Sinaiの使ったシンプルなモデルをより現実的なものに拡張するとHimmelberg, Mayer, and Sinaiが得た住宅価格の弾力性(=20)は小さくなると主張している。具体的な論点は以下の通りである。

  1. シンプルなモデルでは金利が将来にわたって一定であると仮定されている。Himmelberg, Mayer, and Sinaiのいう「金利の低下」とは永久的な金利の低下を仮定しているのである。これは非現実的だ。その変わりに金利はmean-reverting(長期的には平均的な水準に戻ってくる)と仮定し、人々はそれを期待に織り込んでいると仮定すると、住宅価格の弾力性は低くなる。
  2. シンプルなモデルでは、一旦家を買ったらその家に永久的に住み続けると暗黙に仮定されているが、実際は毎年15.5%の人が引っ越している。この数字は引越し率の高い借り家の人も含まれているが、例えば、毎年6%の人が引っ越すと仮定すると、購入した家に住む平均的な年数が低下するので、金利が住宅価格に与える影響(弾力性)は低くなる。
  3. シンプルなモデルでは、一旦家を買ったら金利は固定されると仮定されているが、多くの人がリファイナンス(住宅ローンの借り換え。金利が引くときに高い固定金利のローンから低い金利のローンに切り替えるのが一般的な使われ方)を行っている。リファイナンスが可能なモデルに拡張すると、現在の金利が将来の住宅所有コストに与える影響が小さくなるので、住宅価格の弾力性は低くなる。
  4. シンプルなモデルでは、住宅購入を考えている人が将来の住宅所有コストの割引現在価値を計算するときに市場金利が用いられるものと暗黙に仮定されているが、主観的な割引率が市場利子率と常に一致しているとは考えにくい。もし、将来の住宅所有コストの割引現在価値を計算する際の主観的な割引率と市場金利の間に乖離がある、もっと具体的に言えば、前者は後者の動きより小さい、と仮定すると、金利(市場金利)が住宅価格に与える影響は小さくなる。
  5. シンプルなモデルでは、住宅の供給量は一定(非弾力的)を仮定されている。住宅の供給が弾力的になればなるほど金利が住宅価格に与える影響は小さくなる。極端な例では、弾力性が無限大の場合は住宅価格は金利に関わらず一定となる。

上で挙げた要素が実際どのくらい弾力性を変えるかはそれぞれの要素をどのようにモデルに組み込むかによって変わってくるが、Glaeser, Gottlieb, and Gyourkoは、上で挙げた全部を勘案すると、金利が住宅価格に与える影響は、シンプルなモデルに基づく弾力性の1/5位(弾力性=4)ではないかと述べている。つまり、2.5%の金利下落は10%程度の住宅価格の上昇しか説明できないのである。

また、実証面でも、データを下に金利の下落によってもたらされた住宅価格の上昇を計算し、1996年から2006年の間の42%の住宅価格上昇のうち8.2%だけが金利の下落によるものだ、つまり、彼らの拡張版モデルの数字と近い結果が得られた、と報告している。

Glaeser, Gottlieb, and Gyourko は、(1)の理論の他の2つの要素(住宅ローン貸出の際の審査のゆるみ、住宅購入の際に必要な頭金が減ったこと)に対しても攻撃を加えている。住宅ローン貸出の際の審査のゆるみについては、まず、住宅ローンの申し込み申請のうちどのくらいの割合が承認されたかを示すApproval Rateが、住宅価格が大幅に上昇した1990年代半ばから2000年代の半ばにかけて明らかに上昇したわけではないと主張している。具体的には下のグラフの実線がApproval Rateである。



また、彼らは、PoterbaのシンプルなモデルにApproval Rateを組み込む拡張も行い、理論的にもApprovnal Rateの上昇が住宅価格に与える影響は小さいと主張している。

最後に頭金についても、(1)平均的なLTV ratio (Loan-to-Value ratio、住宅ローンの住宅価格に対する割合。1-頭金の割合と考えてもよい)は、1990年代から2000年代中頃にかけてとても安定していた(medianは1998年から2008年までずっと20%、meanは1998年は74%、2007年は73%、2008年は67%と下がっている)こと、(2)拡張した理論モデルもLTV ratio(あるいは頭金の割合)が住宅価格に与える影響は小さいという結論を導き出している、ことを根拠に、住宅価格高騰の主要な説明にはなりえないと結論付けている。

では、何が住宅価格高騰の背景にあるのか?著者らも、特に代替的な理論はなく、消去法によってIrrational Exuberanceを支持するしかないと(あまり熱狂的にではないが)主張している。個人的には、Irrational Exuberanceをサポートする積極的な(消去法でない)議論が発展しない限り、ファンダメンタルズに基づく理論の構築への努力が続けられていくだろうと思われる。

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