A Primer of Auerbach-Kotlikoff Model

今回は、Auerbach-Kotlikoffモデルとはどういうモデルなのかを簡単に説明してみる。参考にしたのは、ずっと昔に読んだ"The A-K Model - It's Past, Present, and Future" by Laurence Kotlikoff (NBER WP 1998, No. 6684)である。今となっては、Auerbach-Kotlikoffモデルというものはどういうものかを厳密に定義できる人は少ないと思う。というのも、このモデルは今や、マクロで普通に使われるOLG(Over-Lapping Generations)モデルのひとつの形態として捉えられているからだ。実際、今やAuerbach-Kotlikoffモデルと自分のモデルを呼ぶ人はいないと思う。AKモデルという呼び名も、成長論が流行っていた1990年代以降は、Linear Production Modelの呼び名として使われていると思う。かく言う僕も、Auerbach-Kotlikoffモデルというものをリアルタイムで学んだわけではないので、ここではKotlikoffが今回参照しているペーパーでAuerbach-Kotlikoffモデルと呼んでいるものをAuerbach-Kotlikoffモデルだとする。ちなみに、このペーパーはカジュアルな調子で書かれていてとても楽しめる。学会で発表することになってはいるもののぜんぜん結果が出てなくてあわてて直前にがんばる様子とかは、こんな人でもやっているんだなぁ、と読んでいてほほえましくなったものだ。

では、Auerbach-Kotlikoffモデルの主要な要素を以下に列挙していく。

1. 「ライフサイクル」このモデルはライフサイクルモデルである。何を意味するのかというと人は生まれ、働き、退職し、死んでいくのである。普通は、21歳で生まれて、65歳まで働き、75歳で死ぬ、と仮定されている。年金とかがない状態を考えてみよう。労働による収入は21-65歳の間しかもらえないけど、75歳まで生きることがわかっているので、66歳以降の引退生活に備えて、21-65歳の間は退職後のために貯蓄することになる。貯蓄方法が銀行預金しかないと仮定すると、21-65歳の間はだんだん増えていき、貯蓄残高は66歳になるときに最高になり、75歳が終わるときには少なく(あるいはゼロ)になっているのがこの手のモデルに共通した振る舞いである。

2. 「遺産」このモデルでは、遺産を残すことによって喜びが得られると仮定される。遺産を残すことで喜びが得られないとすると、75歳が終わるときには貯蓄残高はゼロになるはずであるが、データを見ると遺産を残している人も多いので、こういう仮定をおいている。遺産を残す理由は、おそらく、子供にお金を残してやりたいという利他的な動機があると考えるのが普通であるが、モデルがややこしくなるので、利己的な理由(自分がうれしくなる!)で遺産を残すと仮定されている。この仮定はちょっと危ういものである。Public Financeにおいて重要な結果であるRicardian Equivalence(ある政府支出をファイナンスするのに、いつ税金をかけても結果は同じ)が成り立つためには、自分の子供や孫の幸せを自分のものと同じように考える(それによって、親、子、孫…という異なる家計はひとつの永久に生きる家計のように振舞う)ことが必要になるが、ここでは、その仮定は満たされていないので、例えば、現在の政府の赤字が増えたときに、将来の子供や孫に降りかかる増税に備えて遺産を増やすといった行動はこのシンプルなモデルからは出てこない。子供は自分が20歳のときに生まれたと仮定される。よって、自分が死ぬときには子供は56歳。これが親から遺産を受け取るタイミングである。

3. 「収入格差」各個人は12のグループのうちのひとつに所属すると仮定される。グループ1が一番収入が高く、グループ12の収入が一番低い。グループは変わらない。グループ1に生まれればその人はずっとグループ1である。親がグループ1なら子供もグループ1である。つまり、親子間の収入には強い(強すぎる)相関が仮定されている。

4. 「借り入れ制約」アドホックな借り入れ制約はないと仮定される。アドホックといっているのは、いくらでも借りられるということを仮定しているのではない、ということが言いたいからである。借り入れ限度は、将来の収入全部を返済に充てたときに返すことのできる金額である。データを見ると、皆そんなに借りられるわけではないようなので、現在のモデルではアドホックな借り入れ制約が仮定されるのが普通である。

5. 「労働時間の選択」21-65歳の働いている間は、毎年毎年、何時間働くかを決める。より長く働けばより収入が得られるが、余暇の時間が減るので、その分苦痛となる。その二つのバランスをとりながら毎年毎年労働時間を決めていく。この仮定があると、税率を上げたときに、働く気がそがれる、という効果を生み出すことができる。普通は公的年金制度は労働収入に一定の税率を課すことでファイナンスされることが多いが、この仮定が入ることで、手厚い公的年金制度の悪い点が生み出される。

6. 「政府の一般会計」政府は毎年決まった金額の支出をすると仮定されている。政府が何にお金を使おうと家計はまったく影響を受けない。よく経済学者は、「海に捨てる」という表現を使う。問題は、この金額を調達しなければならないことである。その手段としては、消費税と所得税が仮定されている。税でまかないきれない分は国債の発行でカバーする。

7. 「公的年金制度」年金は政府が運営するものしかないと仮定する。公的年金はPay-as-you-go(働いている間に年金に貢献しておけば、退職後にはあらかじめ決められた計算式によって計算された年金をずっと受け取れることができる)のみと仮定される。モデルの中では、全員が年金制度に加入する。政府は、毎年毎年、働いている人たちの収入から一定の税率で公的年金税を徴収する。その金額をつかって、退職者に決まった計算式に基づいて年金を支払う。単純なモデルでは、政府は、退職者全員に年金をちょうど支払えるように毎年税率を決定する。つまり、年金基金の残高は常にゼロということになる。但し、実際は年金基金はベービーブーマーがたくさん働いていたときには増加し、最近は彼らが退職し、もらう側になってからは急激に減少している。このような状況をモデル化するために、最近のモデルでは、一般財政と同じく、年金基金の残高は必ずしもゼロでなくてよいと仮定されていることもある。

8. 「生産セクター」生産セクターは簡単なものとなっている。毎年毎年、企業(話をわかりやすくするため一つしかないと考えてよい)は、21-65歳の労働者をつかい、かつ、銀行(家計の貯蓄は銀行にためられている)からお金を借りて機械を買い、それらを組み合わせて生産を行う。生産を行った後は、労働者に賃金を支払い、機械を売り払い、銀行にお金と利子を返す。

9. 「期待」今では普通に使われているテクニックだが、これが、Auerbach-Kotlikoffモデルの最も重要な要素であるといえる。横道にそれるが、ここで参照しているペーパーでも、この部分をいかに作り上げたかがビビッドに語られている。まずは、バックグラウンドから簡単に話していこう。1970年代ごろより、「期待」が人々の行動に与える影響を考えないでマクロ経済を分析すると間違った結論に陥りがちであるという認識が共有されることになった。これによって、公的年金制度改革のような長期的な政策変更の分析がとても難しくなった。家計が将来のこと(将来の賃金、利子率、税率など)を考えて意思決定をしているので、彼らが将来をどのように考えているかについての仮定がないと彼らの行動が分析できないのである。家計が持つ「期待」をどのようにモデル化するかというのはいろいろなやり方があるが、ここで使われるのは、perfect foresight(完全予見)という仮定である。この元では、各家計は、世界が将来どのようになるかについて完全にわかっていて行動する。こう聞くと、この仮定の下では話が簡単じゃないかと思うかも知れないが、話はちょっとややこしい。家計は将来世界がどうなるかについて期待を持っている。その期待に基づいて家計は行動を決める。その家計の行動に基づいて将来の世界は形作られていく。そして、このように決まる世界の将来が、まさに最初に家計が期待していたものと一致していなければならないのである。複雑なモデルにおけるこのような堂々巡りの問題を(コンピューターで)きれいに解く方法を考え付いたというのが、多分Auerbach-Kotlikoffモデルの最も重要な貢献だ。詳細は省くが、彼らがこの問題を解くためのキーは、例えば政策変更が行われて、その政策がずっと続けられたときには世界は落ち着いた状態になるという、考え方だ。いったん世界が落ち着いた状態になれば、世界はそこから永久に変わらない。とすると、少なくとも、世界の将来の終わりの部分はわかることになる。一方、世界の始まり(現時点の状態)もわかっている。現時点と世界の終わりの両方がわかっていれば、その間はなだらかに結ばれるだろうと想定すること(実際このような想定の正しさはコンピューターによるシミュレーションで(厳密にではないが)実証される)で彼らはこの堂々巡りの問題を比較的きれいに解くことに成功したのだ。

今回取り扱ったペーパーでは、Auerbach-Kotlikoffモデルが将来どのように拡張されるべきかについての議論もある。以下にあげておく。このペーパーが書かれてから15年くらいたったので、すべてが既に実現されている。
(a) よりリッチな人口動態(出生率の時間に伴う変化や、各グループにおいて異なる出生率)
(b) 移民受け入れ
(c) アドホックな借り入れ制約
(d) 貨幣
(e) 家やそのほかの財
(f) 多国モデル
(g) 収入のショック

このペーパーでは、彼らのモデルがどのように受け入れられたかとか、どのような背景の元に発展して行ったかとか、どのような教訓が得られたかなどについて語られているが、取りとめもなく長くなってしまったので、ここら辺でやめておく。

最後になるが、個人的に面白いと思える最近の発展は、政策実施についての不確実性である。例えば、民主党が、この先100年こういう風にやっていきますをいったところで、誰が100%信じるであろうか?0%とは行かないまでも、50%くらいしか信用されていないと考えるのは十分リーズナブルである。このように、将来の政府の政策について不確実性があるモデルが最近作られており、個人的に注目している。

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