What Do Budget Deficits Do?

最近EUを始めとして先進国での政府債務問題が深刻化している。では、政府が財政赤字を出すのは何が悪いのか。この問題に簡潔に答えたMankiwのペーパー("What Do Budget Deficits Do?" by L. Bell and N. G. Mankiw)を簡単にまとめてみる。このペーパーはカンサスシティ連銀で行われた会議での発表用に書かれたものであり、専門的な言葉をあまり使わずに書かれているが、内容は非常に深い。Mankiwの面目躍如である。特に、最後の、債務危機の部分は、現在ヨーロッパで起きている債務問題を予言しているようである。では、彼のペーパーを元に、政府の財政赤字が経済に与える効果を一つずつ見ていこう。

1. 「政府の財政赤字は国内貯蓄を減らし、投資の減少、あるいは経常収支の悪化となって現れる」

わかりやすく説明するために、マクロ経済の教科書の最初に出てくるGDPの定義から出発しよう。GDPをYとすると、GDPは以下のように表すことができる。
Y=C+I+G+X-M
Cは民間消費、Iは民間投資、Gは政府支出、Xは輸出、Mは輸入である。その一方、民間貯蓄SP、と政府貯蓄SGは以下のように定義できる。
SP=Y-T-C
SG=T-G
Tは税金の支払額なので、Y-Tは税引き後の所得である。そのうち消費(C)に使われなかった分が貯蓄(SP)にまわるのである。政府のほうは、税金の徴収額(T)のうち支出(G)されなかった分が政府の貯蓄となる。では、国全体の貯蓄Sは以下のように定義できる。
S=SP+SG=Y-T-C+T-G=Y-C-G
これに、最初に見たGDPの定義式を組み合わせると、マクロの始めによく見る以下の式が導出できる。
S=I+X-M
(ほかのものをすべて一定として)政府が支出(G)を増やしたり、税金(T)を減らすことによって、財政赤字を拡大させると、S(特にSG)が減ることになる。Sの減少は、上の式によると、I(投資)の減少か経常収支(XーM)の悪化か、その両方となって現れるのである。

アメリカの1960-81年と1982-94年を比べると、国全体の貯蓄Sが(年平均のGDP比で)約3%減少した。この3%の減少は、国内投資(I)の1%減少、経常収支の2%悪化、となって現れた。

但し、ここで注意しておかなければならないのは、政府が財政赤字を拡大したときに、民間主体の消費・貯蓄行動は変わらないと仮定していることである。逆の極端な例では、政府が財政赤字を拡大すれば、民間主体は将来の増税を見越して、同じ金額だけ貯蓄を増やすので、国内全体の貯蓄は変わらないということも理論的にはありうる。

2. 「財政赤字の増加に伴う国内投資の減少は、長期的には資本の蓄積を妨げ、GDPを減らす」
国内の生産に使われる資本は投資によって増加するものなので、投資が減れば、長期的には資本が減少し、GDPが減少することになる。

3. 「財政赤字の増加に伴う経常収支の悪化によって、GDPのより多くの分が海外に流出する」
経常収支が悪化するということは、海外の輸出者にお金が多く渡るということとである。彼らがそのお金を使ってアメリカ国内の資産を購入すればその資産のリターンは海外に出て行くことになる。海外の輸出者が株を買った場合を考えるのがわかりやすいと思う。株が海外でより多く保有されていれば、国内の企業の配当やキャピタルゲインのより多くが海外に出て行く。

4. 「財政赤字に伴う資本の減少は、長期的には価格の変化を通じて収入格差を拡大する」
長期的に国内投資が減少し、資本が相対的に希少になると、資本の生産性が上がる。労働力は相対的に希少でなくなるので、賃金は減少する。もし資本が比較的少数の人によって保有されているとすれば(この仮定は現実的である)、長期的には収入格差が拡大する。

もし現在の政府が財政赤字を出しているとしたら、将来の子孫に大して残すお金を増やすことは得策である。彼らは将来増税あるいは財政支出のカットに苦しむことになるので、遺産を増やすことでそれらの効果を和らげることができる。さらに、将来的には資本の生産性が上がることが期待されるので、子孫が貯蓄を多く持つことで、収入格差の拡大の恩恵を受ける側に行くことができる。

5. 「財政赤字の拡大は、将来的には税の引き上げか政府支出の引き下げを伴う」
財政赤字はいつか返さなければならないので、将来的には税率が引き上げられるか政府の支出が切り詰められることになる。税率の引き上げは手取りの所得が減るという直接的な効果に加えて、間接的にも経済に影響を与える。所得税の限界税率が引き上げられるとすると、労働や貯蓄に対するインセンティブを弱め、GDPをさらに引き下げることになるからである。

あるいは、支出が切り詰められると、政府が行っていたサービスが提供されなくなったり、もしかしたら年金や失業保険といった制度が支払うお金が切り詰められるかもしれない。

あるいは、政府は借金をロールオーバーし続けることができるかもしれない。これができた例は歴史上に多数存在する。しかし、将来の利子率(利払いは続けなければならないので利子率の水準は、破綻せずにロールオーバーし続けることができるかにおいて重要な要因である)や経済成長率がどうなるかを予測することは困難なので、債務を減らさずにロールオーバーし続けることに頼るのは危険である。

6. 「財政赤字の拡大は短期的には民間消費を増加させる」
財政赤字の拡大が、税の引き下げや、補助金の増額などによって引き起こされた場合、民間消費者の可処分所得(税引き後の収入)は増加する。もし、流動性制約に引っかかっている消費者がいるのであれば、彼らは消費を増やすことができる。

7. 「財政赤字の拡大は、将来の増税と組み合わせると、現役の世代から将来の世代へと所得を移転する」
財政赤字の拡大は、まず間違いなく、パレート改善(社会の全員の幸福度が同じか改善する)にはならない。よって、このような所得移転(4.で取り上げた、労働者から資本を持つ人への所得移転も同じである)は経済学の枠内で分析する際には、何らかの特定の価値判断に基づくものにならざるを得ない。極端な言い方をすると、経済学においてはこれがベストという答えはないので、どの所得移転が「望ましいか」は個々人の好み次第なのである。

8. 「財政赤字の拡大は何らかの負の外部性を引き起こすかもしれない」
資本の蓄積のスピードが遅くなることで、技術革新のスピードが遅くなり、生産性自体も低下するかもしれない。また、収入格差の拡大は、犯罪の増加などを引き起こし、資産を多く持つ人たち(彼らの収入は増えたものの)の生活にも悪影響を与えるかもしれない。

9. 「財政赤赤字の拡大が続くと債務危機が訪れるかもしれない」
3.で見たとおり、財政赤字が続くと、資産が海外に流出してゆく。これが続いていくと、どこかのタイミングで、海外の投資家が政府債務をこれ以上ほしがらない状況になることは十分ありうる。これが危機の引き金になることは十分ありうる。それとは別に、政府が政務をデフォルトする(返済をやめる)恐れが高まると、国内か海外かに関わらず、投資家は政府の債務を買いたくなくなり、危機の引き金となりうる。

現在までは、先進国において財務危機が起こったことはないが、これからはどうなるかわからない。戦争のない時期に、現在ほどのスピードで政府債務が蓄積された時代はないからである。それに、このトレンドが近い将来終わるかは定かではない。厄介なのは、過去の危機において共通しているのは、危機はだんだん盛り上がっていくのではなくて、急に訪れると言うことである。よって、予測は困難だし、起こったときにはもう手遅れである。

危機が起こると、何が起こるのだろう。ラテンアメリカなどの経験が必ずしもアメリカに当てはまるとは限らないということに注意してほしいが、ラテンアメリカでは次のことが債務危機に共通している。
(1) 政府の政府・民間に関わらず資産価格は大きく下落し、貯蓄も減少する。貯蓄が減少すると資本蓄積がさらに遅くなり、GDPが低下することになる。
(2) 国内の資産への需要が低くなると金利が上昇せざるを得ないので、投資はさらに冷え込むことになる。
(3) 為替レートが下落し、経常収支が急に改善するので、国内で非貿易財から貿易財への生産の急なシフトが起こり、非貿易財セクターでの失業率が上がる。
(4) 生産構造の急激なシフト自体が不況をさらに悪化させうる。
(5) 急激なインフレが起こる。これは貨幣価値の下落に伴う輸入インフレと、危機への対応のための金融緩和の二つが組み合わさって起こることが多い。
(6) 債務危機はしばしば金融危機を引き起こす。資産価格の下落が企業や銀行のバランスシートを悪化させるからである。多くの銀行や企業がそのための破産すると、不況はさらに悪化することとなる。

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