Heterogeneous Firms and "Economic Miracles"

前回に続けて、BueraがShinと書いた最近のペーパー(”Financial Frictions and the Persitence of History: A Quantitative Exploration,” JPE forthcoming)にも触れてみることにする。モデルは前回のモデルと非常に似ている。生産性の異なる企業家がたくさんいる経済を考えてみよう。借り入れ制約があるせいで最適な生産水準を達成できない企業家がいると考える。今回のペーパーでは、同じようなモデルをつかって、いろいろな企業家がいる経済で金融摩擦(借り入れ制約)が経済成長にどのような影響を与えるかを分析している。

まずは、ペーパーのモチベーションとなる事実から見ていこう。著者らは、いわゆる「成長の奇跡(growth miracles)」と呼ばれるエピソードをいくつも取り出し、それらに共通する特徴を整理した。それらは以下の通りだ(ペーパーからグラフも転載しておく)。

1.大体のケースにおいて、経済成長は、大規模な改革ときっかけとして始まった。 彼らが分析した「成長の奇跡」には日本も含まれるので日本について彼らが書いていることをまとめると、日本では第2次大戦後(著者らは1949年が分岐点だと主張している)、補助金や価格統制を使った統制経済を自由化し、民間企業の効率的な運営に基づく経済に転換した。
2. 「成長の奇跡」とはいいつつも、経済成長は急激なものではなく、先進国にキャッチアップするには数十年の年月を要した。上のグラフでは、横軸は改革が始まった年からの年数(改革が始まった年が0)となっている。著者らのサンプルに含まれる国の平均が黒の太線、日本は赤の線だ。左上の労働者一人当たりのGDP(対US比)をみると、平均的な「奇跡」においては経済成長は少なくとも30年の間継続的に続いたことがわかる。
3.「成長の奇跡」における経済成長は、TFPの上昇で説明できる。左下のグラフがそれぞれの「奇跡」におけるTFPの動き(対US比)である。
4.投資のGDP比率は「成長の奇跡」の期間中、最初は上昇したがその後低下した。 このことは右上のグラフに示されている。と著者らは述べているものの、モデルでは低下するとはいえ、データも「低下した」というのはちょっと無理がある。データは、「安定化した」くらいが妥当であろう。
5.「成長の奇跡」の期間の大部分においては、金融セクターはあまり発展しないままだった。右下のグラフを見ると、「奇跡」の過程で民間の貸し出し額がGDPに占める比率はだんだん上昇していったものの、アメリカの水準(1990-2005年の平均)である1.75(黒の点線で示されている)には及んでいないことがわかる。この点も少し問題があると思う。アメリカにおいても、貸出額はだんだん増えていっているので、アメリカの最近の平均をみて「それより少ない」と述べるのはちょっと強引な気がする。

 国の成長を見るためのレンズとして最も一般的に用いられているのは新古典派成長理論であるが、なぜそれでは満足いかないのであろうか?著者らは、もし上に挙げたようなエピソードを資本蓄積として理解しようとするのは無理があると主張する。理由は次の通りである。その場合は、経済成長(キャッチアップ)はとても急激に起こるはずであり、上の2.と反する。もちろんTFPは一定であり、3.に反する。投資のGDP比率は経済成長とともに低下するはずであり、4。に反する。では、TFPの上昇が「奇跡」を生み出したとしたらどうだろう。その場合、上で挙げた事実と整合的になる。但し、TFPの上昇はなぜ起こったのかは新古典派成長理論では説明することができない。つまり、このペーパーは、TFPの上昇の背後にあるものをモデル化したものだといえる。そしてモデル化の鍵となるのが、上で挙げた1.の事実なのである。

では、モデルを簡単に見ていこう。経済の中にたくさんの人がいる。それぞれの人は企業家としての能力 が異なっている。企業家になって自分のビジネスを立ち上げればとても生産性の高い人もいれば、企業家になっても大して生産性の高くない人もいる。それぞれの人は、各年のはじめに、企業家になるか労働者となって企業家が起こした企業で働くかを選ぶことができる。容易に想像ができるだろうが、企業家としての能力が低い人は労働者に成ることを選び、企業家としての能力の高い人が企業家になることを選ぶ。企業家になった場合、労働と機械(資本)を使って生産をすることになる。機械は、自分で持っている自己資本と金融セクターからの融資を使って毎年調達しなければならない。ここで一つ問題が生じる。機械を調達するために金融セクターから借りられる金額は自分が持っている自己資本の一定割合までという制約がある(借り入れ制約)。前回と同じ記号を用いると、自己資本額をK、借入額をDとすると、DはdKより小さくなければならない(dは定数とする)。前回と同じ例を用いると、ある企業家のKが1億円で、たとえばd=0.35であればこの人は3500万円までしか借りられないのである。何でもっと借りられないか、ということを説明する理論はいろいろあるが、最もわかりやすいものは破産である。破産の恐れがあると、あまり身の丈を超えた金額は貸すことができないというものである。しかし、モデルの中においては、単にdはあらかじめ定められた数となっている。この場合、とても生産性は高いので大きな企業を運営したい人がいたとしても、その人の自己資本がとても少なければ、たくさんの機械を借りることができない。自己資本が極端に少ない人は、生産性が高くても企業家になることすらあきらめて労働者になってしまっているかもしれない。一方、生産性の高い人に貸すことのできなかったお金がどこに行くかというと、企業家としての生産性はあまり高くない(労働者になるほどは低くはない)けれどもたくさん自己資本を持っているのでたくさん借りることのできる企業家に行ってしまうのである。この状態は非効率だ。なぜなら、生産性の高い人にお金を貸すことができれば、経済全体の生産性は高まるからである。そういう意味で、この経済では、金融摩擦(financial friction、ここでは借り入れ制約)が経済全体の生産性、および生産量を下げてしまっている。

著者らは、更に、改革が始まる前の状態(日本では1949年以前)では政府が生産性の低い企業家に補助金を出して彼らの生産量を更に引き上げ、生産性が高い企業家に高い税金を課して生産性の高い企業の成長を阻んでいると仮定する。個人的には、あまりに大雑把過ぎるに思えるが、政府が資源配分をゆがめているときの影響を分析した多くのペーパーで用いられているので、まぁ、いいのであろう。このような状態では、生産性の低い(高い)企業の生産がより大きく(小さく)なってしまっている。

では、この状態から、日本で言えば1949年に、突然大規模な改革が起こり、上で説明したような補助金および税金が撤廃されたとしよう。この経済に何が起こるかを分析したのがこのペーパーの主要な実験である。彼らのモデルにおいては大規模な改革後は次のようなことが起こる。
  • 補助金を受け取っていた生産性の低い企業は補助金の撤廃に伴って、生産を縮小する。
  • 税金が撤廃された企業は生産を拡大する。税金が撤廃されたことで、これまでは企業家になることをあきらめていた労働者も企業家としての生産性が高ければ企業家になる。
  • 但し、生産性の高い企業家による生産の拡大は緩やかなものとなる。なぜなら、借り入れ制約によって、生産をすぐに拡大できないからだ。
  • 生産性が高い企業の生産が増加し、生産性の低い企業の生産が縮小するにつれ、経済全体で見た生産性(TFPとして測ることができる)は上昇してゆく。
  • 生産性の高い起業はより多く借りるために自己資本を増やさなければならない。よって、彼らの貯蓄率は高くなる。一方、生産性の低い企業は緩やかに貯蓄を減らしてゆく(消費の平準化)。よって、経済全体で見れば貯蓄率(閉鎖経済なので投資のGDP比に等しい)は上昇する。生産性の高い企業が十分自己資本を蓄積した後は、経済全体の貯蓄率は低下する。
  • dが動かなければ、貸出額はあまり大幅には増加しない。
これらの事実は最初にモチベーションとしてあげた2-5と整合的である。下のグラフは、モデルが生み出したダイナミクス(黒の太線)とデータ(グレーの太線、上のグラフにおける「奇跡」の平均)を比べたものである。大まかには整合的であることが見て取れるであろう。著者らが強調する面白い点は、借り入れ制約の役割である。この実験においては、借り入れ制約は特に変わらない(経済に加わるショックは補助金と税金の撤廃だけである)が、借り入れ制約の存在によって、生産性の低い企業から高い企業へのリソースの移転のスピードが遅くなるという点である。
 最後に、著者らは、このモデルと整合的な事実として、以下の3つを挙げている。
  1. 中国と台湾においては、改革後、民間セクターが国全体の生産に占める比率が一貫して上昇していった。 民間セクターを「生産性の高い企業家」のようなものとして捕らえればこの事実はモデルと整合的である。
  2. 「奇跡」が起こった多くの国において、改革の直後には、産業間を移動する労働者の数が上昇し、その数字はだんだん低下していった。産業間を移動する労働者の数が、生産性の低い企業から高い企業への資源移転の程度を表していると考えれば、この事実はモデルと整合的である。
  3. 日本、シンガポール、韓国においては、平均的な企業の大きさが上昇した。モデルの中では、補助金や税金の撤廃されると、生産性の高い企業に生産がだんだん集中していくので、この事実もモデルのダイナミクスと整合的である。

モデル自体は、こういうモデルが好きな学校(Rochester、Minnesota、Penn、NYU...)でマクロを勉強している2年生であれば解ける程度の簡単なモデルであるが、こういうモデルがまだ使われていない成長論のような分野でうまく使えばトップジャーナルに行くというお手本のようなペーパーだと思う。

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