Job Uncertainty and Recessions

次のようなメカニズムをよく聞く。現在の職を維持できるか不安な労働者が支出を切り詰めると、経済全体の「総需要」が減少する。経済全体の総需要が減少すると企業は雇用を減らそうとする。企業が雇用を減らそうとすると、職を維持できるか不安だった労働者の「不安」が実現されてしまう、というものである。もっともらしいと思う人も多いだろうが、以下の理由からこのメカニズムをDSGEモデルで実現するのは難しい。
  1. 「現在の職を維持できるか不安な労働者が支出を切り詰める」という行動を取り入れるには個々の労働者が失業のリスクにさらされていなければならない。つまり、「不完備市場」が必要とされる。言い方を変えると、個々の労働者の「異質性」(個々の労働者は失業していいたり働いていたりするので)がモデルに組み込まれてなければならないが、DSGEモデルでは普通は市場が完備されている結果、代表的個人が存在しており、この仮定を崩すとモデルを解くのが急に難しくなる。
  2. 更に、将来の不安から支出を切り詰めるというような行動をモデル化するには、いわゆる「予備的貯蓄」(リスクに対応するために消費を減らして貯蓄を増やす)を組み込まなければならない。これがなければ異質性を取り込むのは比較的簡単だが(労働市場のサーチモデルでは常に異質性が存在する)、労働者がリスクに対応するために消費を切り詰めるようなモデルになると各労働者がいくら貯蓄を持っているかという異質性も生じるのでモデルが更に難しくなる。
  3. 「総需要」が経済に影響を与えるようにするには名目価格の硬直性を導入するなどしていわゆるニューケインジアン的なモデルを使わなければならない。労働者の異質性があるモデルにニューケインジアン的な要素を入れるのはとても難しい。
Morten RavnとVincent Sterkの UCLコンビによる新しいWP("Job Uncertainty and Deep Recessions")はまさに最初にあげたようなメカニズムをモデル化したペーパーである。彼らの経済には異質な労働者が存在している。各労働者は、いくらの貯蓄を持っているか、職があるか、職がない場合、失業は短期的か長期的か、という面でタイプが異なっている。失業に短期的と長期的の2種類があるというのは仮定されている。長期的失業者となってしまったら仮定から職が見つかる確率が低い(ので結果として長期間失業しやすい)という仮定である。タイプが異なる労働者が経済環境の変化に応じてどのように異なる行動をとるかを分析しなくてはならないので、モデルが難しいのは容易に想像がつくであろう。各労働者は貯蓄ができるが、貯蓄はお互いの貸し借りによるものとされており、この経済に資本は存在しない(この仮定の重要性については後で振り返る)。

企業の側はスタンダードな、労働市場に摩擦があり、資本のないニューケインジアンモデルである。 企業は労働者を雇って生産を行う。労働者を雇用するには求人を出すと、ある確率で労働者が見つかり、生産できるということになっている。つまり、多くの企業が求人を出せば出すほど労働者にとって職を見つける確率は高まる(よって失業率は下がる)のである。企業は生産するものの名目価格を変えることが難しい(nominal price rigidity)と仮定されている(Calvo型の仮定でもいいし、名目価格変更にコストがかかるという仮定(メニューコスト型の仮定)でもよい)。よって、企業が生産するものに対する需要が低くなっても、企業は価格を大きく引き下げることができない。更に、もし企業が(実質)賃金を切り下げることができるのであれば、生産物の価格が下がっても、賃金を切り下げることで利潤を確保することができるものの、賃金は固定されており、経済情勢の変化に応じて変更できない(real wage rigidity)と仮定されている。この場合、需要の減少に直面した企業は、価格も引き下げられないし、賃金も下げられないので、大きく生産を縮小することで対応することになる。つまり、需要の変化が大きく生産量に影響を与えることになる。このモデルでは資本がないので、企業が低い需要に直面すると、資本投入量を変えて対応することができないので、求人の量を減らすことになる。求人の数が減れば労働者が職を見つけるのが難しくなり、失業率が上昇するのである。

中央銀行は、いわゆるテイラールールに従って、インフレ率が高めの時には名目金利を高く、インフレ率が低い時には名目金利を下げる、と仮定されている。

著者らはこのようなモデルに、2種類のショックを導入する。一つは、急に多くの労働者が職を失うというショック(Separation shock)である。この場合、新たな失業者のどのくらいの割合が短期的あるいは長期的失業に陥るかという比率は一定であると仮定されている。もう一つのショックは、労働者が長期的失業に陥る確率だけが高まるというショック(Mismatch shock)である。後者は、例えば、住宅市場が好調でたくさんの労働者が建築に必要な技能を身につけ、住宅建築需要の大きい地域に引っ越したが、急に住宅市場が冷え込んで、彼らの職がなくなってしまったものの、急に別の職種の技能を身につけることができなかったり(skill mismatch)、別のセクターの職が充実している地域に引っ越すことができない(geographical mismatch)、といった状況を考えてみればよい。

更に、著者らは、「基本モデル」においては、労働者はお金を借りることができないと仮定した。労働者は他の労働者にお金を貸すことで貯蓄を行うという設定になっていたのだが、誰もお金を借りられないということは、誰も貯蓄できないということである。Lucasの資産価格決定モデルのトリックと似たようなものであるが、この場合、罪は大きいと思う。すべての労働者は収入をそのまま消費する(hand-to-mouth)ことになってしまうのである。ペーパーの後の方ではこの仮定は緩められるが、貯蓄動機が重要な経済で、貯蓄がない均衡をあつかい、労働者が非現実的な行動(hand-to-mouth)をとるように仮定しまうのはいただけない。但し、この仮定を用いることでモデルが格段に解くのが簡単になる(各労働者がいくら貯蓄しているかフォローする必要がなくなるからだ)。では、この点も念頭において、2種類のショックがどのように経済に影響を与えるかを考えてみよう。

 上のグラフは、Mismatch shockが起こったときの経済の反応を表している(impulse response)。Separation shockの影響はMismatch shockの影響と似ている(但し弱い)ので、省略する。Mismatch shockが起こると、長期失業状態の労働者の数が増加する(左上のグラフ)。彼らは仮定により長い間失業していることになるので、例えば6ヶ月以上失業している失業者の数(これがしばしば使われる「長期的失業者」の定義である)は短期的に増加する(左の2番目のグラフ)。失業者の平均的な失業期間も上昇する(右の2番目のグラフ)。同時に、職を失う労働者の総数が増加するので失業率は跳ね上がる(右上のグラフ)。ここまでは簡単である。面白いのはここからである。

このような状況下では、労働者は、自分が職を失ったときに次の職が見つかる確率が低くなったのを感知して、貯蓄を増やそうとする。但し、先ほど述べたとおり、モデルでは均衡上では誰も貯蓄できないこととなっている。この状況で皆が貯蓄を増やしたいと思ったらどうなるか。金利が下がるのである。金利が下がれば貯蓄を増やしたいという動機を打ち消して経済全体での貯蓄ゼロという均衡条件が再び達成されることになる(左下のグラフ)。更に、職を失えば失業保険がもらえるが、その金額は働いていたときの収入よりも少ない。よって、経済の総需要が減少する。この場合、企業は生産物の名目価格を引き下げて需要を喚起することで対応しようとするが名目価格の硬直性により企業が望むほどには物価は下がらない(右下のグラフ)。生産物の価格は企業が望むほどは下がらない一方、実質賃金は硬直的なので、企業の利潤は圧縮されることになる。利潤が圧縮された企業はどうするか。求人を減らすのである(右の3番目のグラフ)。求人の減少と、(そもそも職を見つける確率の低い)長期的失業者の増加により、労働者が職を見つける確率は下がる(左の3番目のグラフ)。このことは最初に労働者が感じた職探しに関する不安を実際に達成してしまうのである。

次に、著者らは、彼らのモデルにおいて2008年以降の、いわゆるGreat Recessionを再現できるか試してみた。結果は想像できると思うが、2008年以降の失業率や求人数の動きをきれいに再現できてしまうのである。具体的には、著者らは、モデルが生み出す失職した人の数と、長期的失業者数がデータと合うようにショックを作り出し、それ以外の面でモデルが現実を再現できているか見てみた。以下のグラフがデータとモデルの比較である。
上の2つのグラフはモデルとデータが合うようにショックを調整しているので、合っていて当然である。見るべきは、失業率の動きがデータとあっている(左下のグラフ)ことと求人数の動きがあっている(右下のグラフ)ことである。この両方があっているということは、Beveridge curve(失業者数と求人数の関係をプロットしたグラフ)もきれいに再現できているということである。筆者らは、最近の景気後退における労働市場の動きを見事に再現できているという点で、モデルはとても優れていると結論付けている。

いくつかコメントしておこう。
  1. 職が見つかる確率が低い労働者が急に増えるという仮定を使えば、あまり複雑なモデルを使わなくても失業者数と求人数の動きは再現できることはすでにわかっていることである。あれだけ大きい失業者数の動きが再現できるかはともかくとして、失業者数が増えて、求人数が落ちるのを再現することは難しくない。そういう意味で、著者らが強調するチャンネルがどれだけ重要かは議論の分かれるところだと思う。
  2. 著者らも丁寧に議論しているが、上で解説したロジックを見れば、名目物価の硬直性、実質賃金の硬直性、不完備市場(失業したときに失業しなかった人からお金をもらうことで失業時の痛みを和らげる契私的約が結べない。もし結べたら皆そのような契約を結んでモデルは代表的個人のようなモデルに戻る)のいずれかが欠ければ著者らの強調するチャンネルは働かない。これらの仮定はどのくらいもっともらしいであろうか?
  3. 著者らはぜんぜん強調していないものの、資本がないということも、このペーパーの結果に決定的な役割を果たしているように思われる。実際、アメリカでは、前回の景気後退期に貯蓄率が急上昇した(現在はまた元に戻りつつある)。資本がモデルにあれば、消費を控えて貯蓄に回すという本来のストーリーと整合的になるのだけれども(彼らのモデルでは結局利子率が下がってしまって、消費が減って貯蓄が増えるという、本当にもっともらしいと思うチャンネルは働いていない)、収入のより多くを貯蓄に回して、それらが投資に使われれば、結局総需要(消費は減るけれども投資が増えるので)はあまり変化しないことになる。この場合、著者らが強調するチャンネルは強く働かないことが想像される。まぁ、DSGEの常套手段として、それがいやならそれを妨げる摩擦を加えればよいのだが、投資による効果を消すことは相当難しいと思う。
  4. 今回扱ったようなチャンネルな日本やアメリカでも、policy uncertaintyとして働いていないだろうか?将来どんな(自分の所得を減らす)政策が実施されるかわからないので消費や投資が控えがちになり、総需要が落ち込み、GDPの成長が鈍るというチャンネルである。おそらくはLeeper達がそのようなことをやっていると思うのだけれども、機会があったらチェックしてみたい。

0 comments:

Post a Comment