This Time is the Same.

流行に乗り遅れないうちに簡単にメモをしておく。ReinhartとRogoffが2010年に書いた”Growth in a Time of Debt”という論文がある。この論文のパンチラインは公的(つまり政府の)債務残高が大きい国は経済成長率が低いというものである。具体的には、先進国では、公的債務のGDPに占める割合が90%を超えている国の成長率は中央値(median)で年率1.6%、平均値(mean)では-0.1%である一方、 債務が90%未満の国は経済成長率が中央値で2.9-4.2%、平均値で2.8-4.1%と、ぜんぜん高いというものである。

もちろんこれは相関を述べているだけで、まともな学者であればそれをそのまま因果関係がある(特に債務が増えると経済成長率が低下する)ように解釈はしないのだが、センセーショナルな相関関係が常にそうであるように因果関係のように引用されてきた。

この研究に対してHerndon, Ash, and Pollinがこの結果は(1)なぜかいくつかの国が抜けていること、(2)ちょっと怪しいウェイト付け、(3)エクセルの表計算における式の間違い、に依存するものであり、これらの点を修正するとその結果は大きく変わることを示した。ペーパーのタイトルは "Does High Public Debt Consistently Stifle Economic Growth? A Critique of Reinhart and Rogoff,"である 。彼らがこのペーパーを書くきっかけになったのはReinhartとRogoffのペーパーの結果がうまく再現できないことに気づいたことらしい。

英語のブログ記事を基にもう少しだけ書くと、ReinhartとRogoffの研究の問題点として次の3点が挙げられている。

(1) ReinhartとRogoffはなぜかAustralia (1946-1950), New Zealand (1946-1949), およびCanada (1946-1950)を除いて各種の計算を行っている。これらの国は公的債務が大きいにもかかわらずGDP成長率は特に低くなかったので、これらの国を計算に含めると債務が大きい国と小さい国の成長率の差は小さくなる。ブログの記事によると、ReinhartとRogoffはいくつかの国が計算に含まれていないことを述べているだけでどの国がなぜ抜けているかについての説明はないらしい。特にNew Zealandのケースでは、GDP成長率が-7.6%である1950-1951年は含まれているのに関わらず、成長率が高かった1946-1949年は計算に含まれていない(これらの年を含めるとNew Zealandの経済成長率は2.6%になる)。

(2) ReinhartとRogoffは各国の平均成長率の更に平均を取っている。ブログに書いてあった例を挙げると、イギリスは1946-1964年の19年間で平均2.4%のGDP成長率を記録しているが、2年間で-7.6%の経済成長率だったNew Zealandとの平均を取る際に、何年経済成長が低かったかを考慮せずに2.4%と-7.6%の平均がとられている。

(3)エクセルで平均を計算する際に表の最初の5カ国であるAustralia, Austria, Belgium, Canada, および Denmarkが抜けていた。これらの国を含めても経済成長率の平均は大きく変わらなかったものの、この結果は、(2)で挙げたウェイト付けに依存している。ベルギーは公的債務がGDPの90%以上であった年が26年もあり、その間の平均の経済成長率は2.6%であるが、前で上げたようなNew Zealandの1年間の経済成長率(-7.6%)との単純平均がとられている。下の画像は、ReinhartとRogoffが使ったエクセルシートの合計の間違いを示している。
 このペーパーの著者らは、これらの点を修正すると、公的債務がGDP比で90%以上の国の成長率は平均2.2%(-0.1%ではない!)で、債務比率が90%未満の国の成長率3.1-4.2%との差はずいぶん小さくなることを示した。

前にも書いたが、おそらくレフェリーもエディターももちろん計算を再現していないであろう、というのが大きな問題である。それに、このペーパーはAERに出たのだが、AERは誰でも結果を再現できるようにデータセットとコードの公開を義務付けているはずであるなのに、著者らはReinhartとRogoffに頼まなければエクセルシートが入手できなかったというのが悲しい。

ReinhartとRogoffの反論もすでに公開されているようだがまた今度にする。 おそらくは債務が大きい国の成長率はやはり低いから問題ないと主張するのだろうか。彼らの反論を読む前に、自分だったらどうやって反論するかを考えてみるのも面白いかも。

(追記、April 17)
yirwkさんが、この論文はいわゆるPP(Papers and Proceedings)なので レフェリーはついていないと指摘してくれた。ありがとう。PPは普通のペーパーとは扱いがぜんぜん違うことは知っているものの、ぜんぜんレフェリーがつかないことは知らなかった。データとコードに関する規定も適用されないのだろう(これを機に厳しくなるといいのだが)。急いで書くとこういうへまを犯してしまうのだ。申し訳ない。

1 comments:

yirwk said...

Reinhart and RogoffはPapers and Proceedingsなので、査読されていないですね。P&Pだからデータ・プログラム開示が厳格に適用されなかったのでしょうか。

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