労働経済学では上で挙げたような論点が議論の中心であるが、マクロの視点では、最低賃金を上げれば消費が増え「総需要」が増加することで経済に刺激を与えられるのでは、というケインジアン的な考え方もある。最低賃金で働いているような労働者は収入が増えればすぐ消費に使う、いわゆる「hand to mouth」(お金があったらすぐ使ってしまう)消費者であると考えれば、ケインジアン的なロジックが効果を持つと考えてもおかしくはない。
このようなケインジアン的な効果が実際あるのかをデータで見てみたのがAaronson, Agarwal, and Frenchによる最近のAERペーパー(The Spending and Debt Response to Minimum Wage Hike)である。彼らは1982年から2008年の家計における収入と消費に関するデータが、最低賃金が上がったときにどのように影響を受けたかを分析した。彼らが得た結果を簡単に箇条書きにすると以下のとおりである。
- 最低賃金が1ドル引き上げられたときには、その翌年に最低賃金を得ている家計の収入が1四半期あたり250ドル増加した。
- 一方で支出は1四半期あたり700ドル増加した。
- 支出が収入より増えるということは債務が増えるということである。実際、最低賃金が引き上げられると債務の上昇が見られた。
- 700ドルという支出の増加はごく小数の家計に集中していた。すべての家計が700ドル支出を増やしたのではなく少数の家計が700ドルを大幅に超えて支出を増やしたのである。これらの家計はローンを組んで自動車を買っていたのである。
- 最低賃金が引き上げられる際にはその6-18ヶ月前から議会で議論が行われているにもかかわらず、支出の上昇は実際に最低賃金が引き上げられるまで起こらなかった。
- 自動車の購入の増加と債務の増加は最低賃金の引き上げから数四半期続いた。
- 最低賃金の引き上げは、最低賃金の2倍以上の収入を得ている家計の収入や支出には何の影響もなかった。
では、マクロ全体における支出の増加はどのくらいであろうか?著者らの計算によると、最低賃金を受けている家計の数は約730万である。最低賃金が1ドル増加してそれぞれの家計の支出が1四半期あたり700ドル増加すると、全家計では約50億ドル、つまりGDPの0.64%である。但し、最低賃金の引き上げによって雇用が減少したりする影響を勘案すると実際の効果はこれより小さいものになると著者らは指摘している。
最近は、マイクロデータと消費者の異質性を取り込んだモデルを使ってマクロ経済政策の効果を推定する研究が盛んになってきている。このペーパーはそのような流れのど真ん中に乗ったものである。
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