まずは、BSUの結果を簡単に説明してみよう。金融政策を論ずるのに使われる大体のマクロモデルではフィッシャー方程式という関係が成り立っている。簡単に言えば、それは以下のようなものである。
- 名目金利=実質金利+期待されるインフレ率
- 名目金利=実質金利 +インフレ率
- 名目金利=実質金利+インフレターゲット+1.5x(インフレ率ーインフレターゲット)
では実際のインフレ率がターゲットを上回っているとしよう。例えば、インフレ率が3%、ターゲットが2%だとする。このとき、1.5x(インフレ率ーインフレターゲット)は最初のケースのゼロから1.5%になる。テイラールールの1.5という数字は、実際のインフレ率(3%)がターゲット(2%)より上回ったら、その幅(1%)より大幅に(50%増し)名目金利を引き上げるということを示している。言い換えれば、経済が過熱してインフレ率が上がってきたときには、経済を元の安定した状態に戻すために、インフレ率の上昇分以上に名目金利を引き上げて過熱した経済の熱を覚ますという、積極的な安定化政策を表している。逆に、経済が不況に陥って、インフレ率が下がってきたときには、経済を刺激するために、インフレ率の下落分よりも大幅に名目金利を引き下げるという中央銀行の積極的な姿勢を示している。
では、BSUやBullardの例に習って実際に数字を当てはめてみよう。ここでは、以下のように数字をセットしてみる。以下の数字はすべて年率である。
- インフレターゲット=2%
- 実質金利=0.5%
- 名目金利=0.5+インフレ率
- 名目金利=2.5+1.5x(インフレ率ー2)
では、 フィッシャー方程式とテイラールールとゼロ金利制約を図に描いてみよう。
- ゼロ金利制約がない場合は点Aのみが フィッシャー方程式とテイラールールを同時に満たす名目金利とインフレ率のペアである。図で言えば、水色の線とピンクの線の交点である。上であげた連立方程式を普通に解くと、インフレ率は2%、名目金利は2.5%になる。インフレ率がターゲットから乖離すると中央銀行が積極的に介入して経済を元の状態に引き戻すと仮定しているので、安定した状態においては、経済は、ターゲットしたインフレ率にとどまる。
- 面白いことに、ゼロ金利制約がある場合は、解(ゼロ金利制約のかかったテイラールールとフィッシャー方程式の交点)が二つ存在する。点A(この点は最初のケースと同じ)、と点Bである。点Bが解になるのは、ゼロ金利制約によって、テイラールールがゼロで曲がるからである。
- 一般的に使われるDSGEモデルでは、経済は点Aの周りを動くだけと仮定されている。図で言えば点Aの周りの円の中のみ経済が動くと仮定されている。よって、点Bの存在自体が無視されてしまう。こういうモデルは、そもそもゼロ金利制約に直面している経済(最近の日本経済)の分析にはそぐわないといえる。もちろん点Bの周りだけを考えることはできるが、点Bと点Aの間を行き来するようなダイナミクスは作れない。
BullardはReviewに掲載された論文の中でこのモデルに関していくつかの議論を展開している。その要点は以下のとおり。
- 日本経済は特殊であり、アメリカ経済を同じフレームワークで分析する必要はないという人が多いが、そのような「denial」は危険だ。ゼロ金利制約は実際に存在する。
- 点Aの均衡は安定しており、点Aの均衡の近くに経済がとどまる限り経済は自然に点Aに戻ってくると考える人も多いが、これも、「denial」の一種だ。モデル上、どの均衡が安定しているかは様々な仮定に依存する。それに、日本という例があることを認識しなければならない。
- 上の図からわかるように、2003-4年頃にはアメリカ経済も点Bの均衡の方へ近づいていった。結局経済はその後点Aの方に戻ったが、このことは、経済が点Aの周りで安定していることを示しているとは限らない。St. Louis FedのThorntonは、2003年ごろのFOMC(アメリカの金融政策を決定する会合)において、インフレターゲットを事実上高めるような意図が表明されたおかげで、インフレ期待が高まり、点Bへの移行を避けることができたと論じている。
- もし点Bに行くことを避けたいのであれば、中央銀行はゼロより高い下限金利を設定することができる。例えば下の図を見てみよう。「インフレ率が0.5%を下回ったら名目金利は1.5%に設定する」という政策が実施できれば、点Bは消滅し、点Aだけが均衡として残ることになる。フォワードガイダンス(将来の金融政策について約束すること)はこのような政策と似ている面がある。但し、もしかしたら、インフレ率0.5%のところで、不安定な均衡が残る可能性も排除できないかもしれない。
- 同じようなアイデアとして、「名目金利は2%以下には下げない」という政策を実施したらどうなるか?以下の図がそのような状況である。点Bに相当する均衡は残るものの、その均衡は点Aと近いので、どちらの均衡に経済がいようがあまり関係ないという状況が達成できる。イングランド銀行は314年間名目金利を2%以下にしたことがないが、イングランド銀行の政策は以下の図によって解釈できるかもしれない。
- 金融政策を変えなくても、財政政策によって点Bの均衡をなくすことができるかもしれない。例えば、経済が点Bに近づいてきたら政府が財政支出を急拡大するという政策を採れば、点Bの均衡をなくすことができるかもしれない。この政策の問題点は、このような無責任な政策が人々に「信用される(credible)」かということと(信用されなければ政策は効果がない)、そもそも政府の債務が膨らみ続けている状況でこのような政策が可能かということである。
- Quantitative Easing (QE)は長期の国債を購入することによって、将来のインフレ率に関する期待を高め、経済を点Bの均衡から遠ざける役割を果たすことができるかもしれない。但し、重要なのは、マネタリーベースを拡大した後で、すぐには縮小しないと人々に信じさせることである。QEが日本でうまく効果を発揮しない一方(この論文は2010年に書かれている)、アメリカやUKで効果があるように見えるのは、中央銀行が点Bの均衡を避けるために拡張的な金融を取り続けると人々が信じていたからではないか。
- 名目金利をゼロに維持するというフォワードガイダンス政策は諸刃の剣である。このような政策は点Bに経済が停滞し続けることとも整合的だからだ。
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