At the End of the Day, Weaker Assumptions, Weaker Results

僕の専門分野ではないが、とても面白いペーパーに遭遇したので、紹介してみる。専門家の人にもわかるように書くのが難しいのだけれども、トライしてみる。そのペーパーとは、Inference Based SVARs Identified with Sign and Zero Restrictions: Theory and Applications, by Jonas E. Arias, Juan F. Rubio-Ramirez, and Daniel F. Waggoner(以後はARWと呼ぶ)だ。

これも専門家でない僕が専門家でない人にわかるように書くのは難しいのだけれども、まずはバックグラウンドから紹介しよう。しばしば(マクロ)経済学では、最終的に知りたいことは、以下のような関係である。
  • ショック → 「BOX」 → データ
上の関係全体を「モデル」と読んでもよい。ここで、「ショック」というのは、例えば、税率の引き上げ(tax shock)、生産性の改善(TFP (Total Factor Productivity) shock)、人々が将来の見通しについて楽観的になるというショック(Mood shock)などである。「データ」というのは、データとして観察できるGDP、消費、株価、失業率、といったものである。「BOX」というのは、経済にあるショックが起こったときに、それぞれのデータがどのように反応するかを決めるチャンネルと考えてくれればよい。「BOX」の中身が推定すれば、例えば消費税率が1%引き上げられたときにGDPが何%変化するかを知ることができる。

では、この「モデル」はどのようにすればわかるだろうか?ひとつの方法は、消費者がどのように消費や労働時間を決定し、企業がどのように雇用や生産量を決めるかを明確に記述したモデル(「モデル」ではないことに注意)を作ることだ。モデルの中で消費者や企業がショックにどのように反応するかを記述すれば、そのモデルは「モデル」に解釈しなおすことができる。もし、モデルがいくつかのパラメータのみに依存するのであれば、そのパラメータをデータから推定すればよいということになる。DSGEモデルを推定するといった場合は、このようなアプローチを示している。DSGEモデルのパラメータを推定することが上の「モデル」の推定と同じことになる。

もうひとつの方法は、特に(DSGEのような)モデルを使わず、「BOX」をそのままデータから推定すると言う方法である。Christopher Simsはこういうアプローチを推し進めた中心人物である。このようなアプローチはどうして優れているのか?ぶっちゃけた話、すべてのモデルは間違っている。DSGEのようなモデルを使うということは、 何らかの面でおそらくは間違っているモデルを元に「BOX」を理解しようとすることである。そんなことをするよりは、モデルに依存せず(model independent)に、なるべくデータに忠実に「BOX」を理解しようというのがSimsのアプローチなのだ。

聞いたことある人もいるかもしれないが、Structural Approachというのは前者のようなアプローチ、Reduced-Form Approachというのが後者のようなアプローチを指すのに使われる(Reduced-Formというのはあまりい響きではないので、Reduced-FormというのはもしかしたらStructural Approachが好きな人が使う用語かもしれない)。

ただ、フリーランチは存在しないという言葉のとおり、モデルに依存せずに「BOX」を理解しようとすると、結局何もわからない(「BOX」の中身は何とでもなりうるのでショックがデータにどのように影響を及ぼすかについて精度の高い予測が生み出せない)ことが普通である。そこで、Simsは、できるだけどのようなモデルでも使われていて皆が同意している様な仮定を加えることで、「BOX」の精度を高めようとした。その仮定の置き方としては、あるショックに対してのあるデータの反応がゼロであると仮定する方法(Zero Restriction) と、あるショックに対してあるデータの反応は必ず正(あるいは負)であると仮定する方法(Sign Restriction)がある。最初のころはZero Restrictionのみが使われていたが、あるショックがあるデータにまったく影響を及ぼさないというのは強い仮定であり、Sign Restrictionの方が弱い制約であることから、こちらも使われ始めている。このような仮定を置いて「BOX」を推定する方法はSVAR (Structural VAR)と呼ばれている。ちょっと驚くべきことに、あまりたくさんの仮定をおかずに、強い結果が得られた例がいくつもあることから、SVARアプローチは人気がある。

そのような状況下、今回紹介するARWのペーパーは、Zero RestrictionとSign Restrictionの両方を使って「BOX」の中身(SVAR)を推定しているときに、推定の方法が間違っている故に、本来の結果より強い結果が出てしまっていることを指摘するものである。結局は、弱い仮定しか置かなければ、多くの場合は、弱い結果しか得られない、という至極もっともな結果を示している。

例を挙げた方がわかりやすいので、例を元に紹介してみよう。Beaudry, Nam, and Wang (2011、以後BNWと呼ぶ)は、Mood Shockがどのようにデータに影響を与えるかをSVARを使って推定した。一番簡単なバージョンにおいて、BNWが置いた仮定は、TFP(生産性)はMood shockにはすぐには影響を受けない(Zero Restriction)とMood shockが株価に与える影響は正である(Sign Restriction)というものである。彼らの推定結果は以下のグラフで示される。
上のグラフは、Mood shockが生産性(Adjusted TFP)、株価、消費、実質利子率、労働時間に度のような影響を与えるかという「BOX」の推定結果である。緑のエリアは誤差の範囲(68%信頼区間)を示している。Mood Shockは株価や消費に大きな影響を与え、誤差は比較的小さいことがわかると思う。この結果が影響力があった理由は、とても少ない量の仮定を元に「BOX」を推定すると、上のような強い結果が得られたからだ。その一方、ARWは、BNWの行った推定を「正しい」方法で推定しなおすと、結果は以下のようになることを示した。
最初に示した結果とは異なり、Mood shockが株価や消費与える影響は小さく、誤差の範囲も大きい。Mood shockが株価や消費に与える影響はゼロではないとは言い切れない、という結果となっている。

では、既存の推定方法のどこが間違っているのか?既存の推定方法では、Sign Restrictionを導入するときに、Sign Restrictionを満たさなければ、大きな罰が与えられるだけでなく(Penalty Function Approach)、Sign Restrictionを強く満たしてれば満たしているほど(つまり、上の例で言えばMood shockが株価に与える影響が強ければ強いほど)好ましいことになっていた。その結果、Zero RestrictionとSign Restrictionを満たす「BOX」の推定値は実際にはいくつも(というか推定値のセットはpositive measureである)あるにも関わらず、そのことが認識されず、かつ、2つのRestrictionを満たす「BOX」の推定値の中でもっともMood shockの影響が強いものが選ばれていたのだ。ARWによる「BOX」の推定結果はそれらの間違いを正したものである。結局は、弱い仮定しか入れないで「BOX」を推定すると、弱い結果しか出てこなかったのである。

詳細は省くが、もうひとつ挙げられている例として、Mountford and Uhlig (2009、以下MUと呼ぶ)による研究があるのでその結果だけ纏めておく。彼らは、政府収入と政府支出に関するショックがGDPや消費にどのような影響を及ぼすかを、Sign RestrictionとZero Restrictionを使ったSVARで推定した。彼らの結果で一番面白い(影響力がある)結果は以下のグラフの左側である。
左側の4つのグラフの右側だけ注目して欲しい。左側の4つのグラフのうち右上の図は、政府収入を変えずに、政府支出を1%増やした(つまり債務の増加によってファイナンスされている)時にGDPがどう影響を受けるかを示している。左側の4つのグラフのうち右下の図は、政府支出を増やさずに、taxを切り下げることで政府収入を1%減らしたときにGDPがどのように影響を受けるかを示している。Mountford and Uhligによると、政府支出を増やすとGDPが中長期的に減少する一方、taxを切り下げればGDPは増加するのである。この結果は、政府支出削減を支持する一つの根拠としてしばしば使われてきた。

しかし、ARWらによると、Mountford and Uhligの結果も正しくない方法で推定されたから強い結果が出ているのであって、正しい推定方法で推定すると結果は右の4つのグラフのようになる。正しい推定方法によると、データは、政府支出の増加あるいは政府収入の切り下げがGDPに与える影響が大きいとは言えず、推定誤差もとても大きい。つまり、Mountford and Uhligのアプローチでは政府支出の増加あるいは政府収入の切り下げがGDPに与える影響について何もいえないということである。

もちろんほかのアプローチを使って、Beaudry, Nam, and Wang (2011)や Mountford and Uhlig (2009)の結果が正しいと示せるかもしれないが、影響力のある結果を覆したことと、SVARがもしかしたら巷で思われているほどにはパワフルでない(少ない仮定から強い結果を導けるものではない)ことを示していることから、とても面白いペーパーであると思う。

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