Credit Crunch in Heterogeneous Agent Model

今回は、Guerrieri and Lorenzoniによる"Credit Crises, Precautionary Savings, and the Liquidity Trap" (NBER WP 2011)を簡単に扱う。アメリカのGreat Recessionは住宅価格が急落したことで、住宅を担保に借りるモーゲージローン、特に頭金が極端に小さいサブプライム型のモーゲージローン、の条件がきつくなったことが原因と見る人が多い。住宅を担保に借りられる金額が急に減少したことで消費を切り詰める家計が大量に発生するとともに、現在はモーゲージローンを借りていない家計も用心のために消費を切り詰めた(precautionary saving)というのがロジックである。家計が消費を切り詰めたことで総需要が減少し、経済が不況に陥ったと考えるのである。

このようなチャンネルはいわゆるRepresentative Agent (RA)(代表的個人)を仮定する単純なマクロモデルではキレイに再現できない。すべての家計が同じなので、借り入れをしている家計がいないからである。RAモデルを使ってクレジットクランチのようなものを引き起こしたい場合、家計が将来のutilityを割り引くのに使う割引率が急に低くなった(ので家計は消費を減らし、貯蓄を増やした)という仮定が使われるが、所詮アドホックな仮定であり解釈が難しい。

もし貯蓄している家計と借り入れしている家計の2タイプがいるモデルを作ったとしても(IacovielloのAER(2005)のようなタイプのモデルを想像してほしい)、こういうモデルではクレジットクランチが起こったときに借りすぎていたので、消費を切り詰めなければならない家計はあまり多くない状況になりがちである。そうであれば、借入可能額が急に縮小しても経済全体に与える影響は小さいものに収まる可能性が高い。

逆に、Heterogeneous Agent (HA) が存在するモデルを使うと、クレジットクランチ(急激な借り入れ可能額の縮小)によって総消費が急に縮小するような状況も比較的容易に再現できる。今回取り上げるペーパーでは、様々なバージョンのHAモデルを使い、クレジットクランチがどのようにマクロ経済に影響を与えるかを分析した。以下では、彼らのモデルを簡単に紹介した後で、彼らが得た結果を一つずつ簡単に要約してゆく。

 彼らのモデルは、典型的なBewley-Huggett-Aiyagariモデルである。このモデルには無数の消費者が存在しており、それぞれの消費者は労働生産性と資産保有額の面で異なっている。各期各期に、消費者は、何時間働くか(そして何時間余暇を楽しむか)、いくら消費財を購入して消費するか、いくらの資産を将来のために残しておくか、を決める。生産性はランダムに変化する。生産性が低いときには、資産があれば資産を減らすことで消費を落とさないようにすることができる。資産があまりなくても、借り入れができれば借り入れをすることで消費を補填することができる。あるいは、生産性が低くても長時間働くことで労働収入を維持することもできるが、逆に、労働を減らして余暇を楽しむ時間を増やすことで、消費の減少を余暇で補うことも可能だ。借り入れができる限度額は外生的に決められている。彼らのメインの実験は、この借入限度額が急に引き締められたときに、マクロ経済がどのように反応するかというものだ。賃金は生産性と比例している。(実質)金利は、借り入れをしたい人の借り入れ総額と、貯蓄をしておきたい人達の貯蓄総額が一致する(資産の需要と供給がバランスする)ように決定される。彼らはこのベースとなるモデルからスタートして、後半には新しい要素(住宅を担保とするローンやゼロ金利制約)を導入してゆく。

では彼らが得た結果を要約していこう。
  1. 予測されなかったクレジットクランチが起こり、家計が借りられる金額が急に縮小すると、ぎりぎりまで借り入れを行っていた家計は当然借入額を減少させなければならない。それと同時に、借り入れしていなかったり、ぎりぎりまで借りていなかった家計も、借り入れ可能金額の縮小を反映して、貯蓄を増やそうとする(precautionary saving)。このような状況では、金利が急激に下がる。金利が下がらないと、借り入れを減らしたい、あるいは貯蓄を増やしたい家計ばかりがいる状況下で、資産市場の均衡が保たれないからだ。但し、長期的には、新しい借り入れ制約に鑑みて十分な貯蓄を蓄積した家計は貯蓄のペースを緩めるので、均衡金利は上昇してゆく。以下のグラフの左上の図は借り入れ上限額の変化、左下の図は均衡金利の動きを示している。右上の図は、家計が借り入れを減らすことで経済全体の債務-GDP比率が減少してゆく様子を示している。
  2.  クレジットクランチが起こった場合、家計は、消費の切りつめによる貯蓄の増加(借り入れの切り詰め)と、労働時間の延長を行う。その結果GDPがどのように動くかはどちらの効果の方が強いかしだいであり、モデルがどのようにカリブレートされたかによる。彼らのカリブレーションでは、最初の効果(消費の減少)が勝ったので、GDPが下がることとなった。上のグラフの右下の図がGDPの動きを示している。とはいえ、GDPの低下度合い(1%)はGreat RecessionにおけるGDPの縮小度合い(8%という計算がある)に比べるととても小さい。
  3. ゼロ金利制約のようなものがあって、金利がある下限より下には下がらないという仮定をベースのモデルに導入すると、GDPの落ち込みがより大きくなることがわかった。価格を動きにくくすると均衡を保つために数量がより大きく動くようになるという、当然の結果である。下のグラフは、金利がある一定(1%あるいは0%)以下に下がらない仮定の下でモデルの挙動がどのように異なるかを示している。金利が0%以下に下がらないという制約の元ではGDPの落ち込みがベースのモデルに比べてより大きいことが見て取れるであろう。
  4. では、ベースのモデルを拡張して、住宅のように、それ自体を担保にして借り入れができ、資産の役割も果たし、かつそれを保有することで効用が得られる財を導入してみよう。このモデルでは、クレジットクランチは、住宅の価値のうち何%まで借り入れができるかという数字が突然小さくなるという風にモデル化される。ベースのモデルより現実的な仮定といえるであろう。しかし、このモデルの挙動はちょっとおかしなものとなる。家計がクレジットクランチに対応して借り入れを減らしたり、貯蓄を増やしたりすると、その一部分は住宅に回る。住宅は資産でもあるので、貯蓄を増やすときには保有する住宅のサイズも大きくなってしまうのである。よってこのモデルでは、ある意味住宅ブームが起こってしまう。その(かなりアドホックな)解決策として、住宅ローン金利(正確にはスプレッド)も同時に上がればこのような住宅ブームは起こらないとしている。それに、住宅ブームが起こるので、GDPも減少しないどころか、上昇してしまう。この問題も住宅ローンの金利が同時に上昇すれば解決できる(GDPは減少する)。以下のグラフは、住宅を導入したモデルで、クレジットクランチだけが起こった(住宅ローン金利はショックを受けていない)時にマクロ経済がどのような影響を受けるかを示している。
Great RecessionをHAモデルとクレジットクランチで再現するという試みは、何で誰もやらなかったんだろう、と思わせるという意味でいいペーパーだと思うが、(Great Recessionの際に何が起こったかはある程度皆わかっているものの)データとぜんぜん比べていないことと、モデルがとてもシンプルであること、ある意味驚くような結果ではないが、ビッグネームによるペーパーであることから、どのようなジャーナルに行くのか興味があるペーパーだ。

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