Nick Bloom on Uncertainty and Macro

不確実性(Uncertainty、BloomはKnightian UncertaintyとRiskをここでは厳密に区別しないといっている)が変化することでマクロ経済に与える影響を分析して一躍有名になったStanfordのNick BloomがSED(Society of Economic Dynamics)の年次総会(今年はトロント大学で開催された)で、不確実性に関する研究の現状についてレクチャーをした。そのときのスライドはここにある。このレクチャーの内容を簡単にまとめておく。

 不確実性がマクロ経済に与える影響に関する研究が再び脚光を浴びるようになったのはなぜか。Bloomは5つの理由を挙げている。
  1. 大不況(Great Recession)は、不確実性の大幅な上昇と同時に起こった。どちらがどちらを引き起こしたかについての最終的な結論はまだ出ていないものの、不確実性の急激な上昇が不況を生み出したと議論する人も多い。
  2. 大平穏期(Great Moderation)が終わって、一般的に景気循環についての研究が再び脚光を浴びるようになった。
  3. コンピューターのスピードが上がることで、不確実性が意味を持つ、非線形性を持つモデルを解くことが可能になった。
  4. 不確実性の変化を測るために使うことのできるデータ(高頻度の取引に関するデータ、サーベイデータ、新聞記事のデータベースややgoogleなどに蓄えられたデータ)が充実してきた。
  5. Krugmanは不確実性はあまり重要でないといっている(最近よくあるKrugmanがらみのジョークである)。
この後、Bloomは理論、データ、因果関係の判別についていくつかコメントをしている。まずは理論から。モデルに非線形がなかったら、不確実性が大きかろうが小さかろうが、期待値は一定なので、非線形性がなければ不確実性に意味はない。では、どのような種類の非線形性が考えられるか?Bloomが研究しているのは、いわゆるリアルオプション理論である。投資額や従業員の数を調整するときに調整コスト(non-convex cost)が必要な場合、不確実性が拡大することで、「様子見」をする企業の数が増え、雇用や投資が停滞する可能性があるというものだ。

 では、次に、データについてみていく。利用できるデータによると、不確実性には次のような「定型化された事実(stylized facts)」が存在する。
  1.  マクロレベルの不確実性はcountercyclical(不況期に高くなる)である。以下に、S&P 500の変動の大きさ(volatility)を示す。
     
    影のかかった部分が不況の時期である。不況期に株式の変動が大きくなることが見て取れる。政策に関する不確実性(policy uncertainty)も景気後退期に高まりがちである。また、不況期には景気予測に関する意見の不一致を示す指標(アナリストの景気予測がどの位ばらついているかを見ることで測ることができる)も上昇しがちである。
  2.  ミクロレベルの不確実性もcountercyclicalである。このことは、産業別に見ても、個々の企業レベルで見ても、個々の企業が保有するプラントレベルでも、個々の商品価格のばらつき具合を見ても、当てはまる。
  3.  個々の企業が直面する3次より上のモーメントはacyclical(景気と連動して変動しない)に見える。このことは、不確実性の研究においては、平均(mean)と分散(variance)だけが刻々と変わるという風に考えればよいということを示している。しかし、その一方、個人の所得のデータを見ると、最近の研究では、景気後退時に上昇するのは分散(2次のモーメント)ではなくて歪度(skewness、3次のモーメント)であることが示されており、企業側のデータの特性との齟齬が存在している。
  4. 不確実性は発展途上国の方が高い。そもそも、途上国のGDPは、先進国に比べて50%振れが大きい。
ここまでは、不確実性の上昇が景気後退を引き起こすのか、それとも逆なのかについての議論を避けてきた。Bloomのこれまでの研究では不確実性の上昇が景気後退を生み出すことを理論的に示したが、逆の因果関係(reverse causality)が正しいと考える理由も存在する。例えば以下のような理論が提案されている。
  1. Krugmanが提唱するのは、不況期には政府は新しい政策を試しがちだという理論である。
  2. 好況期には企業の活動が活発になることで、情報がより蓄積され、不確実性も下落するが、不況期には逆に、企業の活動が不活発になることで、情報の生産速度が低下し、不確実性が上昇するという理論も存在する。元になっているのはVan Nieuwerburgh and Veldkamp (2006)のペーパーである。
  3. Bachmann and Moscarini (2011)は、企業は不況期には失敗のコストが低くなるので、様々な実験的な活動を行い、そのことが不確実性を上昇させるという理論を提唱している。
  4. Orlik and Veldkamp (2014)は不況期は、将来を見通すのが難しくなるので、不確実性が高まるという理論を提唱している。
 Bloomは、どちらの因果関係も理論的にはありうる、データはどちらの因果関係のほうが重要かについて明確な答えを出すことができていない、という評価を下している。時系列データで不確実性に関する指標と実際の生産活動に関するデータのどちらが先に動くかを見ると、不確実性に関するデータのほうが先に動くのが一般的であるが、多くのデータはforward looking(将来に関する情報を含んでいる)ので、どちらが先に動くかは決定的な理由とはならない。このような問題を克服するために最近行われている研究として以下のものが紹介されている。
  1.  Bloom (2009)は完全に外生的なショックを使って因果関係を導き出そうとしている。
  2. 企業レベルのデータを使った分析も進められている。
最後に、現在進行中の研究として、300の企業に、この先1年の売り上げの予想の分布を定期的に質問し、データセットを作るという試みを紹介している。

学会で行われるレクチャーというのは、自分が今やっているペーパーの紹介になってしまって、がっかりすることが多いが、このレクチャーは不確実性に関する研究の現在までと最前線の状況についてわかりやすく教えてくれる、とてもよいものだった。

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