Acemoglu Debunks Myths

Daron Acemogluのプレゼンを見た。彼のプレゼンを見るのは久しぶりだったが、相変わらず、エネルギッシュで、かつ一般向けだけれども面白いプレゼンだった。彼のプレゼンは技術革新について一般に信じられている3つの説に異議を申し立てるという内容だった。うろ覚えであるが、彼のプレゼンの内容をメモしておく。確か、3つの説は以下のようなものだったと記憶している。
  1. 技術革新は常に、スキルの高い人に有利になるようなものである(Skill-biased)という説。
  2.  技術革新によって高スキルの人々の賃金だけが伸びていくという説。
  3. レオンチェフが予測したよう(ケインズもこのような予測をしていたらしい)に、技術革新は(低スキルの)人間を、馬がそういう運命をたどったように、役に立たないものにするという説。
1つ目については、 昔は、大量生産技術の発達によって、(高スキルの)職人の職がなくなったように、技術革新は常に高スキルの人を助けるようなものではない。彼の研究によると、どのような技術革新が起こるか(あるいは新しい技術がどのように生産の仕方に影響を与えるか)は内生的なものであり、時々の経済状況に影響される。1980年代以来、高スキルの人が利益をこうむるような技術(ITなど)が発達したのは、高スキルの人が増えたからそれらの人のスキルを生かすような技術が発達したと解釈するのが自然である。事実、1970年代には、高スキルの人の相対賃金は低下した(スキルプレミアムが低下した)が、高学歴を身につける人の数は減速せず、増加し続けた。

2つ目については、1990年代ごろまでは、高スキルの人(トップ10%)の賃金が、ほかの人の賃金(中央値および下から10%)に比べて伸び続けたが、それ以降は、下から10%の人の賃金が相対的に伸びている。AcemogluとAutorの一連の研究で明らかにされてきたことだが、最近起こっているのは、中間層の賃金が伸び悩んでいることである(中央の空洞化)。いわゆるホワイトカラーのような職種がいらなくなってきている一方、高度な知識・技術を持つ人の賃金、および対人サービスなどの職の賃金は伸びている。このことは、技術革新がどのような人に有利かは、複雑であることを示している。

3つ目については、馬と(低スキルな)人の違いは、人はいろいろな技術を身に付け、いろいろな職に適応できるということだ。Acemogluの研究によると、新しく生み出された職の多くは、これまでに必要とされていなかったスキルを要するものであり、新しく生み出された職の要求に答えるように人々が適応していける限り、人は馬と同じ運命はたどらないと述べていた。

さすが、Acemogluである。自分の研究をベースにしつつ、とてもスケールの大きな話をしていて、感心した。

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