Credit and Business Cycles

最近のNBER Working Paperで信用(あるいは負債)と景気循環についてのペーパーが2つ見られたのでちょっとまとめておく。ナイーブな理論であれば、信用(あるいは負債)の拡大というのは、金融部門がより有効に機能していることととらえることとできるので、(現在の)経済成長に良い影響を与えると考えることができる。しかし、日本の1980年代後半以降の経験や、アメリカの1980年代後半の経験、及び2000年代後半の経験は、信用・負債の拡大は経済に悪い影響を及ぼしているのではないかという考えを人々の頭に植え付けている。

 Mian, Sufi, Verner (2015)による最新のNBER Working Paper("Household Debt and Business Cycles Worldwide")では、30カ国(主にOECD加盟の「先進国」)の1960年から2012年にわたるデータを使い、債務・GDP比率と、GDP成長率及び失業率の関係を分析した。彼らの主要な発見は以下のとおり。
  1.  ある3年間の間に債務・GDP比率が上昇した場合、その後3年間のGDP成長率は低下し、失業率は上昇することがわかった。つまり、信用ブームは将来の経済成長の停滞を予測するのである。
  2. この結果は、信用ブームが起こった後での景気停滞はより深刻なものになるという既存の結果よりも強いものである。なぜなら、今回の結果はその後経済が景気停滞に陥ったケース以外でも成り立つからである(つまり今回のケースはunconditional result)。
  3. この相関を使うと、IMFおよびOECDが作っている経済予測の精度を高めることができる。なぜなら、これらの予測は信用ブームが後の経済成長に与える不の効果を十分に勘案していないからだ。
  4.  債務・GDP比率の債務を「家計の債務」と「企業の債務」に分類すると、後の経済成長に負の効果を与えているのは家計の債務であることがわかった。企業の債務の拡大が後の経済成長に与える影響は小さい。
  5.  ここまでの結果は国ベースのものだが、世界全体の信用ブームが後の世界全体の経済成長に負の影響を与えることも確認された。この相関関係を用いると、2000年代前半の世界的な信用拡張ブームは2007年以降の世界的な景気停滞が見事に予測される。
上のグラフは、家計の債務と企業の債務の増加がGDP成長率に与える影響を推定したVARの結果を示している。家計の債務の増加は後のGDP成長率を引き下げる一方、企業債務の増加はあまり影響がないことが見て取れる。
上のグラフは、3年間の家計債務・GDP比率の増加率とその後3年間のGDP成長率の相関を見ている。平均的には負の相関が見て取れることがわかるであろう。
上のグラフは、その相関関係を、国別に推定した結果を示している。おもしろいのは、日本が例外的に正の相関関係(家計債務の増加は後のGDP成長率の上昇を予測する)を示しているということである。その上のグラフでは、日本を示す点がグラフの左下の方に見られるので、日本は債務が増加せず、低成長が続いている時代が長かったからかなという風に見える。

このペーパーは面白いのだけれども、相関関係を示しているだけであり、その背後にある因果関係はわからない。どのような因果関係が考えられるだろうか?あまり深く考えていないのだけれども、ふたつの異なる考え方を挙げておこう。
  1. 信用・債務が拡大するときには、オーバーシュートしてしまい、信用・債務の量が多すぎる状態になり、その後に調整期間(GDP成長は停滞する)が必然的におとづれる。バブルもこのストーリーに含めることができる。
  2. 信用・債務の拡大・縮小は自然なサイクルがあり、債務が拡張した後には債務が縮小するのは自然な平均への回帰(mean reversion)である。
上のようなストーリーを信じるのであれば、債務が大きく拡張するときには金融セクターを規制して、ブレーキをかける政策が望ましいということになるであろう。下のようなストーリーでも、一般的に景気循環を小さくするベネフィットはあるので、金融セクターが生み出すサイクルを小さくすることは望ましいだろうが、上のストーリーほどはその必要性がないということになるかもしれない。

ここで、Lopez-Salido, Stein, and Zakrajsek(2016)によるもう一つの最近のNBER Working Paper ("Credit-Market Sentiment and the Business Cycle")にちょっと触れておこう。このペーパーでは、アメリカの1929年から2013年のデータを用いて、市場のセンチメント(他に適切な日本語訳が見つかりらない…)が何らかの理由で改善することで、信用スプレッドが低下する(債務を借りるコストが低下する)とその2-3年後のGDP成長率は低下することを示した。ここまでは、前のペーパーの結果と整合的である。彼らは、更に、この相関がなぜ起こっているかについて仮説を提示した。彼らのストーリーは上で挙げたストーリーのふたつ目のものである。つまり、信用スプレッドは平均に回帰する傾向があるので、信用スプレッドが低下したその2-3年後には、信用スプレッドは上昇し、経済活動の停滞を引き起こすのである。このペーパーは、最近流行の時間とともに変化するリスク(time-varying risk)を景気循環の原因として考える流派をサポートするものである。但し、彼らの結果自体が、上で挙げた第1のストーリーを否定するものではない気がする。最近、また株式市場のボラティリティが高まって、景気停滞を引き起こす可能性も懸念されており、この分野の研究はまだまだ流行するであろう。

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