どうも、日本では、新たな拡張的金融政策を発表するたびに、「バズーカ」という言葉が用いられているようだ。バズーカというと、最近ではアメリカの財務長官だったポールソンが金融危機の真っ只中、2008年に使ったのが有名だ。住宅ローンの焦げ付きで財務状態が悪化していた政府系の2大住宅金融機関であるファニー・メイとフレディー・マックに資本注入を行うことを上院銀行委員会に許可してもらうために行った際、ポールソンは、彼の裁量で使える金額の上限を付けないように要求した。このことは普通は認められないので、委員会は説明を求めたところ、彼はこういったと伝えられている。
「こういう(銀行の)問題を考えるのに慣れていない場合には、直感に反するように聞こえるかもしれませんが、こういう問題を考えるのに慣れていると、とても理にかなった話なんです。もしポケットに水鉄砲しか持ってなければ、(脅すためには)それを取り出して見せなければなりません。その一方、バズーカを持っていて、皆がそのことを知っていれば、実際に見せる必要は無いのです。(持っていることを知らしめるだけで)金融セクターに対する信用は強まり、その結果バズーカを実際に使わなければならない可能性は低くなるのです。」
実際は、上院銀行委員会は1500億ドルまでの使用しか認めなかった。しかし、ポールソンは、ファニーとフレディを救済するために、1500億ドルをすぐに使い切ってしまい、2ヵ月後には、投資銀行等のその他の金融機関の救済のために7000億ドルを要求しに行かなければならなかった。その時に、委員の一人はこういったと伝えられている(少し意訳する)。
「7000億ドルをすぐに使い切らないように。マーケットの信用は、あなたのバズーカの横のポケットにいくら入っているかで決まるのではなくて、最初に使った時にマーケットの信用を強めるのにどのくらい効果的課によって決まるのですから。」
バズーカという言葉は、ポールソンはこのコメント以降しばらくギャグとして使われたので、今日本で使われているのを聞くと面白い感じだ。それはともかく、バズーカというのは、やはり、預金保険制度が(常に現金が無尽蔵に用意できることを保証することで)それに加盟している銀行の取り付け騒ぎを防ぐように、チラリとは見せつつも使わないところに意義があるような気がする。バズーカを意図的に振りかざすのは、ちょっと上品ではない。
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