Heterogeneity and Aggregate Consumption Dynamics

Amromin, De Nardi, and Schulzeによる最新のNBERワーキングペーパーがよくまとまっていたので紹介する。内容からして、何かの招待論文だと思うんだけど、よくわからない。

このぺーパーで取り扱っているのは、アメリカの2008年の大不況以降の総消費の動きを説明するのに、家計(消費者)の異質性(Heterogeneity)を考えることは役に立つかという問題である。まずは、マクロのデータから。
上のグラフは、一人当たりの実質GDP(青)と消費(赤)が1985年以降どのように変化してきたかを示している。どちらも2007年を100と基準化されている。実線がデータ、点線は2007年までの線形トレンドを示している。GDPも総消費も、2007年以降、平行にシフトダウンしたように見える。平均に回帰するショックによって景気循環が起こる普通のDSGE/RBCモデルからすると、このような動きはとても不思議に見える。普通のRBCモデルであれば、GDPも消費も一時的に落ち込むことは十分ありえるけれども、落ち込んだああとは順調に回復するからである。1991年や2001年にも不況が起こっているがそれらの不況からの回復パターンが(不況からの回復に時間がかかっているという点はあるが)典型的なDSGE/RBCモデルの挙動である。GDPについて言えば、いわゆる大停滞(Great Stagnation、GDPの成長率が歴史的に見て低いレベルに止まり続けていること)の問題と考えることもできるだろう。

このようなGDPあるいは消費の動きを説明するのに、家計(消費者)の異質性を考えることは役に立つだろうか?このデータを見ると、消費の動きはGDPの動きをなぞっているので、どちらかというと重要な問題は、何でGDPが2007年までのトレンドに向けて回復しないかという方なのではないかと思うが、まぁ、この論文では、消費の動きの方に注目しているので、この論文に沿って、消費者たる家計の異質性が上のデータのような総消費の長期的な落ち込みを説明するのに役に立つかについて考えていく。

家計(あるいは一般的に何らかの経済主体)の異質性と景気循環の関係を考えるという場合、金字塔の論文はKrusell and Smith (1998, 以下KSと呼ぶ)である。この論文では、家計の異質性がマクロ変数の動きにどのような影響を与えるかをカリブレートされたモデルを用いて分析した。どちらかというと、この論文は、異質性があるモデルを数値的に計算できる手法を提案したという風に捕らえられているが、その理由を考えれば、異質性がマクロの消費の動きにどのように影響を与えうるかも考えることができる。まずは彼らのモデルのメカニズムを紹介しておこう。彼らのモデルでは、流動性制約に引っかかっていない家計は、貯蓄を使って、代表的家計のように消費と貯蓄を決定する。不況によってちょっとくらい所得が一時的に減少しても消費の動きをスムーズにするために一時的に貯蓄を切り崩して消費の下落を抑えるのである。その一方、資産がまったくなく流動性制約に引っかかっている家計は、その名のとおり、収入の全てを消費に回す。つまり、個人の家計の所得が不況で減少すると、流動性制約に引っかかっている家計は、貯蓄を切り崩して消費を支えることができないので、消費を大きく減らすのである。但し、流動性制約に引っかかっている家計は生産性も総じて低いし、貯蓄もそもそも少ないので、マクロの変数の動きには影響を及ぼさない。よって、経済全体の動きは、流動性制約に引っかかっていない家計の消費・貯蓄行動に大きく左右される。彼らが代表的個人のように振舞えば(基本的なモデルではそうなる)、家計の異質性があっても、マクロの変数は代表的個人のように動くので、家計の異質性があるモデルでもそのマクロ変数の動きは代表的個人モデルで近似できるのである。KSはこのような洞察を元に、異質性があるモデルを近似的に解く手法を開発したことで有名な論文である。

但し、この議論はいろいろ突っ込みどころがある。ここでは消費の動きについて考えてみよう。流動性制約に引っかかっている家計は資産保有や所得という面では経済において小さな役割しか占めていないものの、彼らは所得の全部を消費に回すので、マクロの消費の中に占める割合は高い。よって、マクロの総消費の動きには、流動性制約に引っかかっている家計の消費・貯蓄パターンは大きな影響を与えうる。しかも、流動性制約に引っかかっている家計の行動が重要ということは、モデルの中で流動性制約に引っかかっている、あるいはそれに近い状況にある家計がどのくらいいるか、がモデルにおける総消費の動きに大きな影響を与えうるということである。この点に注意を払ってKSのモデルをより「現実的に」カリブレートしたのがKrueger, Mitman, and Perri (2016, KMP)である。以下のグラフはKSとKMPのモデルの挙動を比較している。
左がKS、右がKMPである。青の棒グラフが資産の分布(左端が流動性制約に引っかかっている家計)を示している。KSでは流動性制約に引っかかっている家計はほとんどいないが、KMPでは引っかかっている家計、およびそれに近い家計がたくさんいることがわかるであろう。つまり、KMPのモデルでは、不況で個々の家計の収入が落ちたときに、貯蓄を使って消費をスムーズにできず、消費がダイレクトに落ち込む家計が多いのである。下のグラフは、同じ大きさの不況が経済を襲ったときに、マクロの総消費がどのくらい動くかをシミュレートしたものである。点線がKS、実線がKMPモデルである。
同じ大きさのショックに対して、KMPモデルの方が、総消費の落ち込みが大きいことがわかるであろう。但し、上で書いたとおり、一時的な不況であれば、消費はすぐもとに戻るので、最初に見たデータのような動きを再現することはできない。では、KMPのようなモデルに、何を加えれば、より大きく継続的な総消費の落ち込みを再現できるであろうか?このぺーパーでは、いろいろなチャンネルを提示するに止まっており、それらのチャンネルが有望であることを示唆するデータを示すに止まっているが、それらを見ていこう。
まずは、所得、消費、資産の分布を確認しておこう。データのソースは2006年のPSID(Panel Study of Income Dynamics、アメリカの家計のパネルデータの代表的なもの)である。最初の列は労働収入、2番目は税引き前の総収入(金利収入や失業保険などの政府からの移転を含む)、3番目の列は消費支出、最後は総資産である。ここで示すデータでは退職している家計は含まない。Q1というのはそれぞれの変数の最も低い20%(Quintile)が占めるシェアである。Q1+Q2はそれぞれの変数の最低の40%の家計がどのくらいのシェアを占めているかを示している。資産をみるとマイナス(-1.5+1.2=-0.3%)である。一方、総資産は、上位5%の家計が約半分の資産を保有している。総収入で見ると下位の40%は15.3%と占めている。もちろん低い(所得に不平等がなけれシェアは40%になる)が、資産のシェアほど低くはない。消費の下位40%のシェアは18.3%である。

上の表では、それぞれの変数について個別にソートして分布を見てみたが、今度は資産の保有額のみでグループわけしてシェアを見てみよう。それが下の表である。
全体に対するシェアをあらわしている表の左側に注目してほしい。全ての列で資産でソートしているので、資産の分布は前の表と同じである。資産保有でみた下位40%の保有資産はマイナスで0.3%ある。つまり、これらの家計が、流動性制約に引っかかっている家計のようなものだと考えればよい。総収入のシェアは25.5%と、前より高い。この数字も資産保有高でソートしているので、前の表の数字より高くても驚くべきことではない。消費のシェアは約30%である。これらの流動性制約に引っかかっている家計は資産保有はゼロ(というかマイナス)で所得のシェアもそんなに大きくないが、消費のシェアはとても大きいので、彼らの消費行動がマクロの総消費の動きに少なからぬ影響を与えうることは容易に見て取れる。
次の表は、大不況前(2004-2006年)と大不況後(2006-2010年)の間で、資産、収入、消費、消費率(消費/所得)の年平均変化率がどのくらい変化したかを示している。最初の行が全家計の合計で、Q1-Q5は2004年の資産保有額でソートしてグループ分けしている。2004年以降は、同じ家計を追っかけている。これはパネルデータだからできることである。全家計では、2004-2006年の間は、資産は年率14%増加し、所得は2.6%上がり、消費は5.5%増加していたが、どの変化率も2006-2010年は2004-2006年に比べて低下している。資産の増加率は年率で17.6%も下がり、収入の増加率は1.8%下がり、消費の増加率も6.4%下がった。2010年は大不況の底なので、この数字がとても大きいことは驚くべきことではない。最近の数字も入れればこの数字は小さくなるはずである。

面白いのは、各資産保有グループの変化率の分布である。特に、消費の変化率の分布を見ると、流動性制約に直接引っかかっており、失業のリスクも高いであろう下位20%の減少率が高い(-5.5%)のはわかるとしても、それ以外の家計の消費の増加率も大きく落ち込んでいる。このことは、マクロの総消費の落ち込みは、不況と流動性制約が合わさった効果だけでは説明できないことを示唆している。では、どのようなチャンネルが考えられるか?著者らは次の4つ(+1つ)のチャンネルを挙げている。

(1) 資産価格の変化。大不況のときには、資産価格、特に住宅価格が大幅に下落した。上の表を見ればわかるとおり、総資産の増加率の落ち込み幅は資産を持っていないQ1(下位20%)を除いて、とても大きい。資産価格が落ち込めば、負の資産効果で消費の減少、特に多く資産を持つ家計の消費の減少が説明できる。但し、個人的には、この効果は一時的なので、消費の長期的な低迷の説明には使えないと思う。

(2) 資産構成の影響。Kaplan and Violante (2014)は、その影響力のある論文で、多くの家計は流動性が小さい資産(家や退職後にしか引き出せない資産)を多く保有しており、総資産は大きくても、その資産の多くが流動性のない資産であれば、その家計の消費パターンは、流動性制約に引っかかっている資産ゼロの家計と似ている(「裕福な流動性制約家計」)と議論した。このようなモデルを組めば、基本的には、流動性制約に引っかかっている家計がデータから直接観察できる数よりずっと多いし、総資産保有からみると裕福な家計も実質的には流動性制約に引っかかっていることとなるので、消費は資産保有高にかかわらず不況の際に大きく落ち込む可能性があり、総消費は総所得(GDP)の動きに大きく反応することとなる。

(3) 貸し出しの引き締め。大不況のときには、金融機関が住宅ローンやクレジットカードによる新規融資を行う際の貸付基準をきつくしたことがいろいろなペーパーによって示されている。つまり、実質的に流動性制約に引っかかっている家計の数は大不況の時には増加しただろうと考えられる。
上のグラフは、流動性制約に引っかかっている家計が大不況のときに増えたであろうといういろいろな状況証拠を示している。左上のグラフは、資産がゼロの家計(オレンジ)と15000ドル(約150万円、緑)以下の家計の割合を示している。どちらも、大不況の時期(2008年)以降上昇し、高いレベルに止まっている。右上のグラフは総資産額の労働収入(赤)あるいは総収入(青)に対する割合が2以下の家計の割合を示している。同じように、2008年以降高いレベルで推移している。下のグラフは、クレジットスコア(これが低いとクレジットカードに応募しても拒否されたり、住宅ローンも借りれなかったり高い金利でしか借りれなかったりする)が低い家計の割合を示している。これも2008年以降高いレベルにある。これらがもし2012年以降も高いレベルに維持され続けているのであれば、総消費が長期間低迷している理由となるかもしれない。

(4) 労働収入リスクの変化。これまでは、不況でも好景気でも、労働所得のリスクは変わらないと仮定して議論を進めてきた。しかし、Guvenen Ozkan, and Song (2014)によるとても影響力の強い最近の研究によると、不況期には職を失うことなどによって所得が大きく減少するリスクが高まる。もし、大不況によって、総所得(GDP)はあまり大きく変わっていないように見えても個々の労働者の労働所得がどのように変化するかが大きく変化したのであれば、総消費が回復しない説明になるかもしれない。

(5) 消費者の自信の欠如?最近のPistaferri (2016)の研究によると、総消費の回復が遅いことは、家計がレベレッジのかかった借り入れをしている(多分、多くの住宅ローンを借りて家を買っていることを指す)ので、資産価格の変化が消費に与える影響が大きいこと、および、消費者の景気動向および個々人の将来の所得に対する自信(Consumer confidence)が失われたことによって説明できるそうだ。大恐慌を経験した家計がその後ずっとリスクを避けるようになった(日本のバブル崩壊後の家計の行動もこの影響が強いのではという気がする)ことと同じように、大不況を経験した家計は将来の景気に自信が持てなくなり、消費を控えがちになっているのではというストーリーのようだ。今度機会があったら紹介したい。

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