Alan Krueger at Jackson Hole

毎年8月の最終週に、FRBの幹部連中(および世界中の中銀のトップ)がジャクソンホールという、ワイオミングの小さな町に集まる。ここは、普通は、登山・ハイキングや(西部スタイルの)乗馬やスキーが楽しいところで、交通の便もとても悪い(多くの都市から直行便がない)ところなんだけれども、夏の終わりにFRBのトップがジャクソンホールに集まって金融政策について、いろいろなスピーカーを呼んで、オープンに議論をするというのが習慣となっている。主催するのはカンサスシティ連銀で、カンサスシティ連銀は毎年ジャクソンホールの前は準備で大変みたいだ。

今年のテーマは、企業の独占の度合いが高まっていることが最近話題になっているが、そのようにマーケットストラクチャーが変化している中で、金融政策はどのように適応していくべきかというものだった。今年の全体のアジェンダはここにある。この中で、アラン・クルーガーのスピーチが良くまとまっていたので簡単に紹介しておきたい。日本も同じ問題に直面しているが、日本の状況について考える際にもとても参考になると思う。

クルーガーは、まず、経済学者はマーケットが競争的である(賃金は生産性と一致するところで決まる)と考えがちだけど、多くのマーケットは実際には競争的ではないと議論する。面白い例として、彼が財務省で働いていたときに、世界のトップのファイナンスの学者達が、LIBORや為替市場に対して誰かが大きな影響力を持ちうることについて懐疑的だったという話を挙げている。その一方、アダム・スミスは国富論において、雇用者は常に賃金を生産性を下回る水準に引きとめようとするものであり、そのことを否定する人は世の中について全然わかっていないと書いていたことを引用している。

経済学において、賃金が競争的に決まらない代表的なフレームワークとしては、(1) ジョーン・ロビンソンに始まる、需要独占(あるいは寡占)のフレームワークと、(2) バーデット・モーテンセン・ピサリデス・ダイアモンドが発展させたサーチモデルのフレームワークがあり、彼のスピーチの背景にあるのはこのようなフレームワークであると述べた上で、近年、失業率はとても低い水準にあるのに、賃金上昇率(インフレ率)は加速しない理由として、以下の6つをあげている。

1.労働市場がタイトになってきた場合、賃金が低いレベルにある労働者の賃金から上がり始めるが普通であるが、同時に、賃金の不平等が拡大しつつあり、低賃金労働者の労働市場が悪化しつつ(後で述べる)ある中では、賃金の上昇プレッシャーが打ち消されている。Katz-Kruegerの研究によると、これらのを考慮に入れた自然失業率は1970年の6.8%から1990年代には5.4%に低下し、2000年代には更に低下したという研究もある。

2.現在の賃金上昇率は賃金フィリップスカーブから得られる賃金上昇率よりも1-1.5pp(パーセンテージポイント)低い。高齢化の進展が0.2-0.3pp引き下げているであろう。生産性の停滞が1pp程度説明できる可能性はあるが、昨年は生産性は回復していた。データではうまく計測されていない労働市場のスラック(緩み)もそのギャップの一部を説明できるかもしれないが、労働者の退職率は不況前の水準まで回復しており、スラックがうまく計測されていないとは考えにくい。

3.各セクターにおいて主要な企業の市場占有率が高まって、それらのトップ企業の重要独占の度合いが高まっているというエビデンスが蓄積されてきている。更に、市場の独占が進んでいるセクターでは賃金上昇率も低めであるり、その相関関係は高まりつつあるというという結果もある。有名なのは各地域の看護師の賃金上昇率と病院の市場独占度合いの相関についての研究である。また、労働強供給の弾力性と賃金の上昇率の相関も発見されている。

4.大きな企業による労働市場の需要独占というのは常に存在していたと思われるが、それに対抗する制度が最近弱まってきている。2つ例を挙げると、(1) 労働組合の組織率・交渉力の低下、(2) 最低賃金の(実質)レベルの低下があげられる。

5.近年アメリカにおいては、企業の需要独占力を高める制度が広まっている。その例を5つ挙げると:(1) 短期(非正規)雇用制度の充実で労働者の交渉力が弱まっている、(2) non-compete制約(競合する企業に移れない契約)の広まり(サンドウィッチ屋の従業員にもnon-compete制約は存在する)、(3) 多くの職種で政府によるライセンスが必要になってきていること、(4) Ashenfelter-Kruegerの研究によると、58%のフランチャイズ制の企業において、他のフランチャイズからの従業員の引き抜きの禁止(no-poaching)規定がある。この数字は1996年には36%だったが上昇しつつある。この問題は特にファーストフードで多い。(5) フランチャイズでなくても、競合企業が談合して、お互いに従業員の引き抜きを避けるような慣習がある。最近までは、毎年、AEAにおいて、トップの大学は新任の助教授の給料やコースロード(何コマ教えるか)について合意をしていた!

これらの制度は、企業の独占力が高まっていると実施しやすいこと、明示的でなくても実施することができること、大不況時に失業を経験して従業員が失業を恐れている時には、労働組合も強気の交渉がしづらいこと、を指摘しておく。その一方、このような制度は、労働市場がタイトになると、維持しづらくなってくる。最近このような制度が問題になってきているのは、労働市場がタイトになってきていることと無関係ではないかもしれない。

6.企業の需要独占力が高まって、賃金の上昇率が抑えられても、雇用者数に大きな影響を与えるとは限らない。つまり、労働供給の弾力性は低く見えるかもしれない

では、労働市場におけるこのような展開に対して、金融政策はどのように対応すればよいだろうか?企業の需要独占力の行使に対する有効な政策は、反トラスト法の行使であり、政府の仕事である。金融政策当局にできることとしては次のことを考慮に入れることかもしれない:(1) このような需要独占力の行使を外生的なショックととらえられる(具体的には自然失業率の低下のショック)、(2) 労働供給の弾力性は低いかもしれない、(3) 労働市場がタイトになることによって、ここで挙げたような需要独占力の行使が有効でなくなってくるかもしれない。

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