NBER Summer Institute: Micro Data and Macro Models (4)

引き続き、NBER Summer InstituteのMicro Data and Macro Modelsで発表されたペーパーのメモ。最後は最終日のペーパー。ほかのセッションも出たが、今回で、NBER Summer Instituteのペーパーについて書くのは終わりになるような気がする。そして余力があれば通常営業に戻る予定である。

Corbae and Glover, "Employer Credit Checks: Poverty Traps versus Matching Efficiency"
アメリカでは、雇用しようか考えている人のクレジットヒストリー(破産したかとか、債務をきちんと返済しているかとかがわかる)をチェックすることが普通に行われている。彼らのペーパーによると、ある人事部の人へのインタビューによると60%の会社でクレジットヒストリーをチェックして採用するか否かを決める材料に使っていた。もし、patientな(将来のことを重視する)労働者とpatientでない労働者がいるとすると、前者の方がクレジットヒストリーはよく、彼らの方が長い目で自分への投資などを行うので、好ましい人材となりうる。ただ、この場合、patientでない労働者は職が見つかりづらくなり、その結果、借金の返済に困ったりして、クレジットヒストリーが下がって、さらに職が見つかりにくくなるという負のスパイラルに陥る状況を生み出してしまう。このような状況を避けるには雇用の決定をする際にクレジットヒストリーを参照するのを禁止すればよいということもできるが、この場合、企業は欲しい人材が採用できなくなるし、クレジットヒストリーが悪くても雇用に影響がないということで期限通りに借金の返済などをするインセンティブが損なわれてしまう。このような複雑な状況を一般均衡モデルで分析した論文である。

Braxton, Herkenhoff, and Phillips, "Can the Unemployed Borrow? Implications for Public Insurance"
行政データ(administrative data)から得られる所得のデータとクレジット関連のデータを組み合わせることで、職を失った人がどのようにクレジットカードなどのクレジットを使っているかをみてみた。すると、職を失った人はクレジットカードでお金を借りることができるし、実際借りていること、および、借り入れしすぎている人は破産することで借金の返済に苦しまずに済んでいることが分かった。(注:理論的には、失業したら破産の可能性が高まるので、クレジットカード会社は借入をできないようにしたくなるはずだけれども、アメリカの場合、クレジットカード保有者の所得のデータは頻繁には得られない(特に失業した人が自発的に所得を報告したりはしない)ので、失業した人もそれ以前に取得したクレジットカードを使い続けることができるということだろう)つまり、クレジットカードは、失業保険のように使えるということである。このことは、クレジットカードが盛んに使われている状況では、最適な失業保険のレベルは低い(クレジットカードが代替してくれるから)ことを示唆している。著者らは、クレジットカードと失業のリスクのあるモデルを構築して、最適な失業保険の金額を計算し、現在のアメリカの水準(彼らによると45%)より低い35%であることがわかった。

どちらのペーパーも個人の異質性のあるマクロモデルの最先端のモデルである。

Argente, Lee, and Moreira, "How Do Firms Grow? The Life-Cycle of Products Matters"
最初に書いておくと、このペーパー、無茶苦茶面白かった。全然知らない分野なんだけど、聞いているだけでわくわくした。ペーパーにはモデルもあった気がするが、モデルはどうでもよくて、データが面白かったので、いくつかデータについて書いておく。

彼らのデータは、2006-2015年の間、全米40,000の小売店で、それぞれの商品のバーコードを使って、何がいくつ売れたかを詳細に記録したものである。さらに、それぞれの商品がどの企業に属しているかもわかる(商品と企業をマッチしている)ので、それぞれの企業がどのような商品に頼っているか、商品の売れ行きは時間とともにどのように変わっていくか、企業は商品をどのように入れ替えていくか、などがわかるというものである。

彼らによると、彼らのサンプルに含まれる企業の売り上げは毎年6%づつ伸びているが、売り上げの増加は新製品によるもの(毎年11%の伸び)である。新製品は、導入された年に売り上げを伸ばすが、その後は、売り上げは普通はコンスタントに落ちていく(既存の製品の売り上げの年平均下落率は6%)からである。

彼らの推定によると、製品の平均的なライフサイクルは以下のようなものである。
売り上げは最初の4年間くらいは増加し、そのあとでは落ちてゆく。但し、このグラフは、売り上げが小さかった商品は早く消えてゆくので、その分ライフサイクルが押し上げられるという影響(composition bias)が入っている。それをコントロールするために、何年売られていたかわかっている商品だけ見て、それぞれの商品を別々に見てみたのが以下のグラフである。
それぞれの線は、その製品が何年売られてたかを示している。どの製品も新製品として導入された後は、売り上げは落ちてゆく。もちろん、息が長かった製品(彼らのデータでは最長は16年)は当初から売り上げが大きい。最初のグラフの当初4年間の上昇は数年しか売られなかった商品がなくなって売り上げの平均が押し上げられたからだとわかる。

では、売り上げを、価格と数量に分解してみると、以下のようになる。
製品のライフサイクルとしては、価格はあまり動かない一方、数量が大きく変わっていく。もちろん、上で上げたようなバイアスが含まれていることは注意してほしい。

次のグラフは、企業が売る商品の数が、企業の年齢とともにどのように変化してゆくかを示している。
予想通り、新しい企業は売っている商品の数も少ないが、企業が年を取るにつれて、打つ商品の数は増えていく。

とりあえずこれくらいにしておくが、とにかく色々なグラフを見ているだけで色々なことを自然と考えてしまう楽しいプレゼンだった。

Krueger and Uhlig, "Neoclassical Growth with Long-Term One-Sided Commitment Contracts"
最後は打って変わって理論系の論文である。いわゆるAiyagariモデルなどは、消費者が締結できる契約を(著しく)制限しているというのが、昔は大きく問題にされてきた。モデルの中の消費者は、所得が高い人が低い人に所得を移転する保険契約(アロー証券でもいい)を取引したいはずなのに、Aiyagariモデルの中では、個々人の直面するショックの結果に依存しない、一定の利子率の債券しか取引できないからである。1990年代には、このようなAiyagariモデルの仮定にミクロ的基礎(micro foundation)を与える研究が流行していたが、最近は、あまり見られなくなった。このペーパーは、最近見られなくなった、そのような流れの論文である。彼らのモデルでは、保険会社が個々の消費者の所得のショックに応じて支払い額が変わる(所得が低かった消費者は高い金額を受け取って所得が高かった消費者は低い金額を受け取る)保険契約を売るんだけれども、消費者の方は後で保険契約から抜けることができる(つまり保険会社の側しか契約にコミットできない)モデルを構築した。この状況では、保険会社も、所得が高かった消費者が保険から抜けてしまうことも考慮して、完全に所得の変動を抑える(保険金支払額の変化で相殺する)契約を売ることができないので、完備契約とはならない(消費は個人のショックに応じて変動する)。つまり、Aiyagariモデルと同じような特徴が導き出せる。このようなモデルは大体複雑になって、いろいろな要素を加えることができないんだけれども、ある仮定の下では、モデルの解が解析的に得られるのが売りである。ただ、このような不完全な保険契約なんて実際に売ってないじゃないか、という質問が出て、皆同意しているように見えたのは感慨深かった。1990年代だったら、逆に、Aiyagariモデルを使うと、外生的にどのような資産が取引されるか仮定してよいのか、という質問がしょっちゅう出たからである。時代の変化を感じさせた。

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