Neo-Fisher Effect or Standard Monetary Stimulus?

日本等において、金融緩和を実施しても、インフレ率は上がらず、景気(GDP)も大きく改善しているようには見えないことから、ネオ・フィッシャー効果を考えるべきではないかと主張している人たちがいる。

今回紹介するペーパーに倣ってちょっと整理をしてみる。

行からみると、1行目は一時的な(名目)政策金利引き上げの効果、2行目は永続的な政策金利引き上げの効果が示されている。列を見ると、1列目は、長期的なインフレ率・GDPへの効果、2列目は、短期的な効果を示している。

青いマスから見てみよう。一時的に政策金利を引き上げても、一時的という性質上、政策金利は元に戻すという想定なので、長期的には何の効果もない。

オレンジのマスは、いわゆるフィッシャー効果を表している。名目の政策金利を永続的に引き上げた場合、長期的には実体経済には影響はないと考えられるので、GDPや実質金利は影響を受けない。よって、長期的には名目金利は高いレベルに維持されるけれども、実質金利は前と同じなので、インフレ率は上昇しなければならない、というのが、フィッシャー方程式の意味するところなので、このような帰結はフィッシャー効果といわれる。

フィッシャー効果が(大まかに言って)成立しているというエビデンスとしてよく見られるのが、以下のようなグラフである。
一つ一つの青い点が国である。左側のグラフはデータがあった99か国すべて、右側のグラフはOECD諸国(いわゆる先進国)26か国を示している。X軸は、1989年から2012年の平均インフレ率、Y軸は同じ期間の名目金利である。どちらのグラフにおいても、青い点は大まかには45度線(グラフの中の斜めの線)に近い。つまり、23年間の平均インフレ率が1%高い国はその期間も名目金利も1%高いということであり、フィッシャー効果と整合的である。

黄色のマスが、いわゆる金融政策の普通の考え方である。一時的に政策金利を引き上げると、インフレ率はすぐには反応しないので(いわゆる価格の粘着性)、実質金利は上昇する。実質金利が上昇すると、企業が借り入れを行って投資するコストが高まるので企業は投資を控え、家計も実質金利が高まるので借り入れを減らしたり貯蓄を増やしたりする。それによって、今現在の消費は減ることになる。どっちの効果が大きいにしても、企業や家計の需要が減少するので、GDPもそれを反映して減少するというロジックだ。

最後に、緑色のマスが、ネオ・フィッシャー効果と呼ばれるものである。これは、政策金利の引き上げが永続的であれば、フィッシャー効果(オレンジのマス)が短期にも有効だという考え方である。フィッシャー効果と同じく、名目の政策金利は永続的に引き上げられ、かつ、実質金利が名目金利ほど大きく反応しないとすると、その差であるインフレ率は短期的であれ上昇するというものである。ただ、GDPにどのような影響を与えるかはよくわからない。

今日軽く紹介するペーパー("The Neo-Fisher Effect: Econometric Evidence from Empirical and Optimizing Models" by Martin Uribe)は、アメリカのデータを使って、ネオ・フィッシャー効果が存在するか、存在するとすればGDPへの影響はどのようなものか、を分析してみたものだ。著者は、VARとシンプルなニューケインジアン(NK)モデルの両方で、一時的な政策金利へのショックと永続な政策金利へのショックが存在するモデルをベイズ推定した。

著者によると、どちらのモデルでも結果は一緒だったので、説明としては簡単なVARを使って説明してみる。子のペーパーで使われたVARのモデルは、GDPとインフレ率と名目金利の3つの変数がVARで決まり、GDPとインフレ率に永続的なショックと一時的なショックがあるというものである。著者が推定したVARモデルが、ショックにどのように反応するかを見てみよう。
左側が永続的な金利へのショック、右が短期的な金利へのショック、上は名目金利とインフレ率の反応、下はGDPの反応を示している。右側からみていこう。名目金利が一時的に1%引き上げたとき(赤の点線を見ればわかるとおり、金利の引き上げは半年で終わって元の金利のレベルに戻る)、インフレ率は低下し、GDPも低下する。これはスタンダードな短期的な金融引き締め効果と同じである。

では、左側のグラフを見てみよう。名目金利ショックが永続的であった場合、名目金利は1%上がり、そのレベルで安定する(赤の点線)。ちょっと驚くべきことに、インフレ率もすぐに1%上のレベルに到達する。つまり、推定されたモデルによると、ネオ・フィッシャー効果が存在している(フィッシャー効果は短期的にも有効)ということになる。しかも、インフレ率の方が名目金利より強く反応している、つまり、実質金利はちょっと下がっているということだ。それと整合的に、名目金利は引き上げられたにもかかわらず、GDPは上がっている。つまり、政策金利を永続的に1%引き上げた場合、インフレ率もすぐに反応して約1%上昇し、GDPは短期的にではあるが0.5%上昇するのである(長期的にはもちろんGDPへの影響はない)。

これまでの分析はアメリカのデータを使ってなされているけれども、ペーパーでは日本のデータの分析も行われている。日本のデータを使った結果を下に示しておく。
短期的な金利引き上げの効果は代替アメリカと同じで、名目利子率はすぐに上がるものの2.5年くらいで元に戻る。インフレ率も2.5年くらい低いレベルになる。GDPも2.5年くらいの間、0.5%程度低いレベルに落ちた後でだんだん元のレベルに戻っていく。

名目金利が1%上昇するショックが永続的なものであった場合、名目金利は1年程度かけて1%上のレベルに到達し、そこにとどまる。インフレ率は2年くらいかけて1%高いレベルに到達する。つまり、ネオ・フィッシャー効果は1年程度で現れるということである。しかも、インフレ率の上昇は名目金利の上昇に比べて遅いので、GDPは大きく上昇する。推定されたモデルによると、GDPは1.5%くらい上昇し、その効果はかなり長く続く。

著者の解釈に従うと、日本で起こっているのは、金融緩和が永続的に続けられることは、永続的な名目金利引き下げのショックであり、上のグラフと逆の効果(名目金利は低位安定、インフレ率も低位安定、GDPは長期的に停滞)が表れていると解釈できる。

もちろん、これらの効果がどのようにidentifyされているかが重要(僕にはよくわからない)なので、モデルの結果はもちろん鵜呑みにはできないんだけれども、ネオ・フィッシャー効果は本当に短期的に表れうるのか、データから支持されるのかという重要な質問に対して、挑発的な答えを提示した論文として、個人的には好みである。

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