Consumption and Consumption Expenditure

経済学においては「消費(consumption)」というのは重要な概念である。もっともシンプルなモデルの場合、モデルの中の消費者は消費から効用(utility)を得、生涯にわたる効用を最大化するように意思決定(どのように消費するかの決定)を行う。

モデルにおける消費をデータと結びつけるときに、直感的には、消費支出(consumption expenditure)を見ればよいと思うのが普通だけれども、これにはいくつか問題がある。2つ挙げておこう。1つは、消費支出をして「モノ」を入手した後で、消費を長く楽しめるものはたくさんある。一般的には、耐久消費財(Durable goods)といわれるものである。iPodを買うための消費支出は普通1回きりだけど、iPodを楽しむ(消費する)のはその後長くに渡って続く。つまり、消費支出のパターンと消費のパターンは必ずしも一致しないのだ。同じことは、車、家のような典型的な例から、洋服、大きな牛乳のパックにもあてはまる。

もうひとつの問題点は、消費に時間を要する、あるいは、時間と組み合わせてのみ消費することが
できるものの存在である。DVDを考えてみよう。DVDを買っただけではDVDを楽しめない。時間をかけてDVDを鑑賞することで「消費支出」が「消費」になるのである。もうすこし一般的な言い方をすれば、消費財は消費支出をして買った「モノ」と時間を組み合わせて生産されるのである。食事の材料もその一例である。ジャガイモは買っただけでは楽しめない(そのまま食べるケースは忘れよう)。時間をかけて調理し、実際に食べることで消費できるのである。

またしても前置きが長くなってしまったが、本題に行く。シンプルな経済学の消費理論では、家を買ったとかいうような大きな変化がなく、予測されなかった変化(失業することが予測できなかったのが一例)もなく、貯蓄が十分にある(あるいは、必要な場合自由に借り入れにをすることができる)場合、消費のパターンはスムーズになることが最適(optimal)とされる。もし、実際の消費者が消費理論で想定されるように行動するならば、消費のパターンはスムーズになるのである。その一方、多くの人は、退職の前後で消費支出が大きく落ち込むことが知られていた。このことは、Retirement Consumption Puzzle(退職消費パズル)といわれている(経済学では、一般的な理論とデータがかみ合わないときにそれをパズルと名づけて、皆でそれの解決に当たるというのが頻繁に行われる)。

今までこのパズルに対して提示された代表的な答えは以下の3つである。

  1. 退職のタイミングは事前に計画されないことが多い。よって、退職する際には何らかの予測されなかった変化を伴う。
  2. 多くの消費者は退職に向けて十分な備えができていないので、退職と同時に消費を切り詰める必要が生じる。
  3. 退職すると、自由に使える時間(余暇 = leisure)が増える。よって、消費を減らしてその代わりに余暇をエンジョイしているのである。

Mark AguiarとErik Hurstは「消費」と「消費支出」の違いによって、Retirement Consumption Puzzleの解決策を提示した。彼らの解決策は3の解決策と密接に関連している。彼らが着目したデータは食料に関する消費支出と時間の使い方である。彼らの研究によると、退職前後で食料に関する消費支出は大幅に落ち込む。これはRetirement Consumption Puzzleを再確認しただけである。面白いのは、その一方、彼らは、退職前後で、ショッピングや調理にかける時間が大幅に増加することを発見した。直感的に説明すると、退職前は外食を比較的多く行い、退職後は食材を買ってそれを調理することが増えるのだけれども、摂取する食料の量(消費)は変わらないのである。つまり、同じものを「消費」するのに、退職前には主に「消費支出」に頼っていたのが、退職後は「消費支出」と「時間」の組みあわせに頼るようになっただけで、「消費」自体は退職前後で変わらないというものである。彼らの例は、一般的に「消費」と「消費支出」を混同することの危険性を指摘しているといえる。

「消費支出」や「GDP」の数字だけに頼って幸福度(welfare)を測ることには危険があるというのが、より一般的なメッセージであろう。

Mark AguiarとErik Hurstは同じようなアプローチを用いて消費に関する他の重要なトピックについても研究を行っているが、それらの研究の紹介はまたの機会に。

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