今回はJaimovich and Siu (AER2009)について書いてみる。多くの国で、過去50年の間に、労働者の年齢構成は大きく変化した。ベービーブーム、出生率の低下(少子化)、平均寿命の上昇(高齢化)、(主に結婚している)女性の労働時間の増加、早期退職、などの要因が複雑に絡まりあっていることから、各国で労働者の年齢構成の変化の仕方は大きく異なっている。
労働力は生産にとって(最も)重要な要素であることから、労働力の量・構成が変化すると、マクロ経済に大きな影響を与えると考えられる。個人的にはこのような理論はスケールが大きくて好きだ。簡単な例としては、シンプルな成長論で使われる成長会計(growth accounting)だ。労働力が大幅に増えれば、GDP(一人あたりGDPではない)は大幅に増加する。日本だって女性が皆子供を8人生むようになれば、GDPはあっという間に上昇する(おそらく一人当たりGDPは(最低短期的には)低下するけれども)。
Jaimovich and Siuが注目したのは、労働力の年齢構成がGDPの振れ具合(volatility)にどのように影響を与えるかである。多分この研究を始めるきっかけになったのは、The Great Moderation(アメリカにおいて景気循環の振れ具合が1984年以降大幅に低下した事)の背後に、労働力の年齢構成の変化があったのではないかという推論だ。現在のrecessionの真っ只中で、The Great Moderationについて語るのはちょっと場違いな感じもあるが、この論文が注目されいた頃は、The Great Moderationの背後にある要因の分析(主な対立軸は「金融政策がよくなったからだ」というグループと、「運がよかっただけだ」というグループ、「金融セクターの発達によるものだ」というグループの三つ巴であった)が盛んであった。まぁ、今回のrecessionが終わって再び景気循環によるGDPの振れ具合が小さくなれば、この研究プログラムも再び活性化すると思う。
横道にそれてしまったが、どういう経路で、労働力の年齢構成がGDPの振れ具合に影響を与えることができるであろう。Jaimovich and Siuが注目したのは、平均労働時間がどのように景気に影響を受けるかは各年齢層によって大きく異なるという事実である。特に、若い労働者(彼らの分類では15-29歳)と、退職間近の労働者(60-64歳)の平均労働時間は景気に大きく影響される(景気と強い負の相関を示す)一方、中間の労働者(30-59歳)の平均労働時間は比較的景気に影響を受けない。なんでだろう。若い労働者については、景気が悪いと職が見つけにくいので学校にとどまることもある(MBAの願書の数は典型的なcountercyclical variable(景気と逆相関する変数)とよく聞く)。退職間近の労働者は、景気が悪いと退職を早めるのかもしれない。数字を見てみると、15-19歳の平均労働時間は40-49歳の労働者に比べて約5倍景気に対して強く反応する。65歳以上の労働者の労働時間は40-49歳のグループに比べて約2倍強く反応する。縦軸に景気への反応性、横軸に年齢をとると、労働時間の景気への反応の強さは、U字型になるのである。
彼らは日本のデータも使っている。日本のデータでは、15-19歳の労働者の反応度は40-49歳のグループに比べて約4倍、65歳以上のグループは40-49歳に比べて約1.5倍となっている。程度は少し異なるが、基本的な構図(U字型)はアメリカと同じである。
彼らの計算によると、OECD諸国の平均では、30歳以下のグループは、労働力の30%しか占めていないけれども、総労働力の振れ(volatility)の50%を生み出している。
少し寄り道すると、このU時型は、この事実とよく似た別のU字型と違うことに注意しよう。同じ年齢層の労働者の労働時間のばらつきを縦軸、年齢を横軸にとると、同じくU字型になることが知られている。若い労働者は進学していたりする人も多いため、同じ年齢層の労働者の間での労働時間のばらつきが大きい。65歳以上も、退職している人やしていない人がいるので、ばらつきが激しい。この事実は、Jaimovich and Siuがこの論文で注目している事実と異なる(こっちの方が有名である)。
話を進めよう。各年齢層で労働時間の景気への反応度が異なるとすると、労働力の年齢構成によって、トータルの労働力が景気にどう反応するかは大きく異なることになる。極端な例を挙げよう。労働力がすべて30-59歳の人で構成されていたとしたら、経済全体の労働時間は景気に対してあまり反応しないことになる。反対に、労働力がすべて10代あるいは20代であれば、景気に応じて、経済全体の労働時間が大きく反応することになる。もちろん、各年齢層が景気に対してどう反応するかは、年齢構成がどのようになっているか、そして他の年齢層がどのように反応するかによって影響を受けるはずである(equilibrium feedback)が、この論文では、そのような経路は無視している(無視しても大きな問題ではないという議論をしているがここでは触れない)。
では、結果を見ていこう。まずはアメリカである。わかりやすくするために15-29歳と60-64歳の労働者が15-64歳の全労働者の中に占める割合を、「振れの激しい年齢比」(もう少しこなれた用語にしたいのだけど今のところは許してほしい)と呼ぼう。アメリカの振れの激しい年齢比は、1963年には36%、1970年代にはベービーブーマーが労働力に加わったことで大幅に上昇し1977年には44%、その後は低下し1999年には32%となっている。この比率が高いほど、総労働時間が景気の上下によって大きく反応することになるので、この比率が高い時期は景気循環が増幅され(amplify)てGDPの触れが大きくなるはずである。実際、彼らの実験によると、GDPの振れの大きさは振れの激しい年齢比とほぼ一緒に上下している。
ちなみに、「ある四半期におけるGDPの振れの大きさ」はその4半期の前後20四半期(5年)の(HPフィルターをかけた)GDPのstandard deviationとして計算されている。彼らは「ある四半期におけるGDPの振れの大きさ」を測る方法としていろいろな方法を試しているが、結果は変わらないと報告している。
次はドイツを見てみよう。ドイツでは、ベービーブームのようなものはなく、出生率の低下によって1970年以降、振れの激しい年齢比は緩やかに低下している。1970年の39%から1996年には26%にまで低下した。彼らの理論によると、ドイツのGDPの振れの大きさは緩やかに低下していくはずである。実際、その通りとなっている。
大体OECD諸国を比べると日本はいつもおかしな挙動を示しがちなのであるが、今回もその通りである。日本の振れの激しい年齢比は1963年には43%だったものが、出生率の低下と、ベービーブーマーが30代に入っていったことによって1983年の29%まで急速に低下した。しかしその後、60年代の労働者の増加によって、振れの激しい年齢比は増加に転じ、1999年には32%になっている。この振れの激しい年齢比の変化を彼らの理論と組み合わせると、GDPの振れの大きさは1963年から1980年頃にかけて低下し、それから再び上昇することになる。実際データはその通りの動きを示しているのである。
ここまでの結果を整理すると、振れの激しい年齢比がどのように変化していったかは各国において大きく異なる。彼らの理論によると、この違いによって、GDPの振れの大きさがどのように変化していくかは各国によって大きく異なるはずである。データによると、実際、GDPの振れの大きさがどのように変化していったかは、彼らの理論と調和的に、各国において異なっているのである。
最後に、彼らは、1980年代以降のアメリカにおけるGDPの振れの大きさの低下(The Great Moderation)のどのくらいの割合が労働力の年齢構成の変化によってもたらされたかを計算している。基本的には、1980年代以降の年齢構成に変化がなかったと仮定すると、GDPの振れの大きさの低下はどのように現実と異なるかを計算するだけだ。彼らのもっとも基本的な計算によると、1980年代以降のGDPの振れの低下のうち1/3は労働力の年齢構成の変化(より正確には振れの激しい年齢比の低下)によってもたらされた。
かなり早い段階のドラフトを見たときには、各年齢グループの分け方(age threshold)をずらすとずいぶん結果が違ってくるのではないかなどと思っていたのだけれども、AERに出たということはそういうことではなかったのだろう。それに、日本の景気変動の大きさが1990年代に上昇した一因は、60代の労働者の割合が増加したものだというimplicationもちょっと信じがたい。とはいえ、いろいろな国の景気変動の振れ幅の変化と整合的だという結果は、驚きである。
0 comments:
Post a Comment