今ひとつ自分の中で評価の固まらない論文なのだけど、所詮はメモのようなブログだし、そうこう言っているうちに、毎日読んだり聞いたいるする論文の中で埋もれてしまうので、とりあえず書いておく。もしかしたらしばらくしたら評価が変わるかもしれない。
というわけで、Gali and van RensのPompeu-CREIペアによる"The Vanishing Procyclicality of Labor Productivity"を取り上げる。1984年ごろを境に、アメリカの景気循環の特徴が大きく変化したことはよく知られている。特に、GDPやそのほかの主要なマクロ変数の変動幅(volatility)が大きく下がったことをさしてThe Great Moderation(もちろんGreat Depressionに引っ掛けてある)と呼ばれている。Great Moderation関係の研究は直近の大幅な景気後退によって影が薄くなったともいえるが、1984年ごろを境に生じた変化は何も変動幅だけの話ではない。彼らは、特に労働市場に関係する変数の景気循環における特徴が1984年ごろを境にどのように変化したかを整理し、そのような変化の背景には労働市場のfrictions(摩擦)が減少したことがあると主張した。
では、1984年頃を境にどのような変化が生じたかを整理しよう。彼らは次の3点を挙げている。ちなみに、以下に挙げる数字は、全てBand Pass Filterで6-32四半期周期の変動だけを取り出して、計算したものである。
1. 労働生産性の景気との連動が弱くなった(彼らはvanishといっているが誇張しすぎだ)。例えば、(実質)GDPと1時間あたりのGDPとして測った労働生産性のCorrelation(相関係数)は1983年までのの0.60から1984年以降は0.25まで下がった。
2. 雇用者数の変動幅はGDP同様に1984年以降は低下したが、低下幅はGDPより小さかった。よって、雇用者数の(GDPの変動幅と比べた場合の)相対的変動幅は上昇した。例えば、民間セクターの雇用者数の相対的変動幅は1983年までの0.66(つまりGDPの変動幅の約2/3)から0.81に上昇した。
3. 一方、平均実質賃金の変動幅は上昇した。実質GDPの変動幅は低下したので、相対的変動幅で見れば大幅な上昇である。例えば、1時間あたりのcompensation(雇用者報酬でいいのかな?)の変動幅(standard deviation)は1983年までの0.71%から1984年以降は0.99%に上昇した。(実質GDPに対する)相対的変動幅は0.33から0.88へ、大きく上昇した。
彼らは、上で挙げた変化は、労働市場の摩擦が弱まったことで全て説明できると主張し、実際にモデルでそれを示した。彼らのモデルは、新規雇用の調整コストが入ったRBCモデルである。もう少し彼らのモデルの特徴を挙げると以下の通りである。
(a) 新規雇用にはquadratic costがかかるので、雇用の調整は緩慢となる。このコストの大きさの低下を、彼らは「労働市場の摩擦の低下」と解釈している。
(b) ショックはTFPショックと選好ショック(余暇の限界効用を変化させる)の二つ。
(c) 資本は一定と仮定されている。貯蓄に関する選択はない。これによって、各期の消費は、労働収入(=賃金×労働投入)と一致する。さらに、単純化のためにUtility functionをlogとする。つまり、学部で扱う単純化されたRBCを思い出せばよい。logを使うことによって、所得効果と代替効果が打ち消しあい、TFPショックに対して雇用者数は変動しなくなる。学部レベルのモデルでよく使うトリックだ。
(d) 労働投入は雇用者数とそれぞれの労働者の「努力」(effort)で決定される。つまり、労働投入量を増やしたい場合、雇用者を増やすか、努力を増やすかの二通りしかない(労働時間に関する選択は省略されている)。また、努力は計測できないと仮定する。
(e) 賃金は企業と労働者の間の交渉で決まる。企業と労働者が交渉する経済環境に大きな変化がなければ賃金は変わらない仮定する。経済環境が大きく変わった場合には高い確率で賃金が再交渉され、変更されると仮定する。
では、このモデルにおいて、労働市場の摩擦の度合い(雇用者数の調整コストの大きさ)がどのようにモデルにおける景気循環に影響を与えるかを見るために、2つの極端なケースを見てみよう。
一つは、摩擦がないケースである。摩擦がなければ、家計は努力の調整よりも雇用者数の調整によって労働投入量を動かしたいと考えると仮定すると、摩擦がなければ、もちろん、労働投入量の調整は雇用者数の変動によって行われる。このような状況下、TFPに良いショックが加わるとどうなるか?Utility functionの仮定から、雇用者数は変化しないが、TFPが上昇するのでもちろん労働生産性は上昇する。一方、余暇の選好に対し負のショック(働くのが嫌になった!)があったときにはどうなるか?雇用者数は増加する。よって、GDPも上昇する。しかし、TFPが変わらずに労働供給が増加すると、労働生産性は低下する。では、この二つのショックが混ざっているとどうなるか?GDPが増加するケースは、TFPの上昇と余暇に対する選好の低下の二つのケースがあるが、一方では労働生産性が上がり、他方では労働生産性が下がるので、両方がランダムに起こる場合には、平均的には両方が打ち消しあって、労働生産性とGDPのリンク(相関)が弱まるのである。雇用者数の変動は大きい。なぜなら、仮定から、努力の調整が行われないからである。賃金の変動については、うまい説明ができないが、経済に摩擦がない場合、ショックが直接に経済環境の変動を引き起こすので、賃金の再交渉が頻繁に行われることになる。よって、賃金の変動は大きくなる。
では、逆のケースを考えてみよう。摩擦が非常に大きい場合、経済に何が起こるであろうか?摩擦が大きすぎて雇用者数の調整がまったくできないと仮定しよう。この場合、労働投入量の調整は努力の調整によってのみ行われる。この状況でTFPに良いショックが加わった場合、努力が増加するので、GDPは増加する。TFP の上昇に伴って労働生産性も上昇する。では、余暇の選好に対し負のショックが加わった場合何が起こるか?労働供給量は増えるが、それは努力の増加を通じてである。TFPは変わらず労働投入が増えるのでGDPは増加する。労働生産性はというと、GDPは増加するが、「目に見える(計測できる)」労働投入量は変わっていない(努力は計測されないことに注意!)ので、労働生産性は上昇する。この経済では、上で扱った経済と異なり、GDPが増加するときには労働生産性は常に上昇していることがわかるであろう。また、この経済では雇用者数は変動しない。賃金はというと、摩擦が大きいので、経済環境の変動が賃金交渉の場に反映されず、再交渉が頻繁に行われないことから、変動は小さくなる。
上の2つの経済を、1983年まで(摩擦が非常に大きな経済)と1984年以降(摩擦がない経済)として解釈すると、最初にあげた3つの特徴が見事に再現されていることがわかるであろう。もちろん、彼らは、両極端のケースを見ただけではなくて、実際の経済をこれらの両極端のケースの中間としてカリブレートして、最初にあげた数字が、大まかに言えばモデルによって再現されることを示した。
一般的に労働市場がよりflexibleになったというのは感覚的に納得のいくことなので、摩擦の減少をベースとした理論というのはとても魅力的である。但し、細部にはいろいろ不満がある。特に(2)は、努力という目に見えない怪しい要素によって生み出されているのが個人的にはあまり魅力的でない。(3)はほとんど(e)の仮定から自動的に生み出されたようなもので、別段面白くない。消費・貯蓄がないのも個人的には不満が残る。とはいえ、感覚的に納得のいく変化(労働市場の柔軟化)によって、景気循環の特徴に生じた大きな変化を説明できるというのは多分大きな魅力なのだろう。
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