Labor Market in Emerging Economies

これまでこのエントリとか、このエントリとかでEmerging Economies(日本語では新興市場というらしい、メキシコとか、アルゼンチンとか、トルコとかを思い浮かべて欲しい。以下ではEEと略す)の景気循環の特徴と、それをモデルにおいて再現するための、単純なモデルに対するさまざまな拡張方法について触れてきた。EEに関するモデルでは、そのうち労働市場の注意したペーパーや、多くのセクターがあるモデルとか、住宅の入ったモデルとか、リッチな金融セクターが入ったモデルとかが雨後の竹の子のように出てくるんだろうと思っていたらやっぱり出てきている。今回簡単に紹介するペーパー("Labor Market Search in Emerging Economies" by Boz, Durdu, and Li)はEEの景気循環の中でも特に労働市場に注目したペーパーである。

この論文の貢献は3つに分類できる。
1. EEにおける、労働市場関連の景気循環の特徴を整理した。
2. シンプルなSmall Open Economy RBCモデル(日本語でなんと言うのだろう、小国開放経済だろうか)に、サーチ・マッチングに基づくスタンダードな労働市場の摩擦を導入すると、1で挙げた景気循環の特徴がうまく再現できることを示した。
3. さらに、以前取り上げた、EEにおいては民間消費の変動の方がGDPの変動より激しい(先進国では逆)というEEの景気循環における特徴は、スタンダードなSmall Open Economy RBCモデルに労働市場の摩擦を導入することによって再現することができることを示した。

では1から行ってみよう。特に労働市場関連の、EEの景気循環の特徴として以下の4点が挙げられる。

(1) 実質賃金の変動はEEの方が先進国よりずっと激しい。例えば、実質賃金の標準偏差の平均(median)をみると、EEは3.7%(GDPの標準偏差の1.6倍)、先進国は1.5%(GDPの標準偏差と大体同じ)である。

(2) 失業率はEE、先進国のどちらにおいても変動は激しい。失業率の標準偏差はEE平均は9.6%(GDPの標準偏差の4.4倍)、先進国では9.1%(6.3倍)である。

(3) 就業者数の変動も、EEと先進国で大きな違いはない。どちらにおいても就業者数の変動幅はGDPの変動幅より少し低い程度である。例えば、就業者数の標準偏差はEE平均は1.3%(GDPの標準偏差の0.6倍)、先進国では1.2%(0.9倍)である。

(4) 総労働時間の変動も、EEと先進国で大きな違いはない。どちらにおいても総労働時間の変動幅はGDPの変動幅より少し高い程度である。例えば、総労働時間の標準偏差はEE平均は2.4%(GDPの標準偏差の1.2倍)、先進国では1.7%(1.2倍)である。

以上の4点をまとめると、EEでは実質賃金の変動は先進国のそれより激しいものの、労働市場の数量(失業率、就業者数、労働時間)の変動はEEと先進国で大差ないと言える。ここまで読むと、労働市場に摩擦を導入すればうまくいくだろうなぁという気がしてくるはずだ。EEでは景気循環を引き起こすショックが先進国より大きいと考えてみよう。数量の調整に摩擦があれば数量の調整は緩慢になり、その代わりに価格(賃金)が大きく動くことが想像される。こういう書き方はしていないが、簡単に言えば今書いたようなロジックが働いて彼らの結果2が導き出されているのだと思う。

簡単に彼らのモデルの主要な要素を並べると:
  1. 個人が毎期毎期、消費、貯蓄、労働時間、余暇の時間を決める単純なSmall Open Economy RBCモデルをベースとしている。
  2. TFPショックと利子率のショックがある。利子率のショックが重要と考えられているのは以前のエントリで述べたとおりである。
  3. 労働市場の摩擦にはシンプルないわゆるMortensen-Pissarides(MP)モデルが使われている。このモデルでは、企業はある一定のコストを払って 求人を作る。失業者は職を探す。何人の失業者が職を見つけられるかは求職者の数と求人の数で決まってくる。景気がよければ企業は採用を増やしたいために求 人を増やすが、必ずしも求人を出せば人が雇えるわけではないので、景気がよくなっても失業者の減少(雇用の増加)には時間がかかるようになっているのであ る。離職の方は単純化されている;毎期毎期一定割合の労働者が職を失うと仮定されている。つまり、自分からやめるとか、企業がレイオフする人数を決めるよ うな複雑な要素は捨象されている。
では、彼らのモデルはどのくらいEEの景気循環の再現に成功したであろうか?彼らは彼らのモデルと(EEの代表としての)メキシコの景気循環の特徴を比べて、以下の結果を得た。
  1. モデルにおいてもデータにおいても消費の変動はGDPの変動より激しい。モデルでは消費の標準偏差はGDPの1.4倍、データでは1.3倍である。
  2. 失業率の変動はモデル、データの両方でGDPの変動より激しいが、変動の大きさはモデルの方がずっと小さい。失業率の標準偏差はモデルではGDPの1.5 倍、データでは6.1倍である。但し、前に書いたかもしれないが、このモデルの欠点を解消する方法はたくさん発見されている(いろいろな方法がありすぎて 困るくらいである)ので特に大きな問題ではない。
  3. 実質賃金の変動はモデル、データの両方でGDPの変動より少し高いくらいである。実質賃金の標準偏差はモデルではGDPの1.7倍、データでは2.2倍である。
これらの結果を元に、彼らは、彼らのモデルでEEの景気循環の主要な特徴は再現することができたと結論付けている。

では、彼らの結果3に移ろう。彼らによると、労働市場の摩擦がないモデル(以前のエントリで扱ったようなモデルである)では、利子率に対するショックが非常に大きい(データに比べて大きすぎる)か、労働者を増やすためにはworking capitalを準備しなければならないというアドホックな仮定を入れなければならないが、彼らのモデルはどちらも必要としていない。なぜか?彼らのモデルでは、景気が悪化した場合、労働市場の調整が緩慢なことからGDPが長期にわたって大きく低下する。GDP=収入が長期的に下がることがわかっていれば、消費もそれにあわせて大きく減少する、というのが彼らの主張するロジックである。

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