Public Sector Pension Plans and Behavioral Economics

またしても、行動経済学系のペーパーなのだが、LaibsonがBeshears, Choi, Madrianと書いたNBERワーキングペーパー("Behavioral Economics Perspectives on Public Sector Pension Plans," NBER WP 16728)について軽く触れる。別にBehavioralな部分に惹かれたわけではなくて、今まできちんと把握していなかったアメリカの公的部門の年金制度についてうまくまとまった情報が得られるから眺めてみたのである。

前回扱ったペーパーと似たような構成だが、アメリカの公的部門(州や市の政府)がどのような退職貯蓄制度を採用しているのかを整理した後、行動経済学的にどのような問題点等があるかについて簡単に(というか適当に)コメントするという構成をとっている。

では、ちょっとしたバックグラウンドからはじめると、アメリカの民間企業では、確定給付型(Defined Benefit, DB)の退職貯蓄制度から確定拠出型(Defined Contribution, DC)の退職貯蓄制度への移行が進んできた。著者らによると、1975年にはDB加入者とDC加入者の比率は2.4対1であった。しかし、2007年にはその比率が逆転し1対3.4となっている。その原因としてよく言われているのは、制度改革によってDB型の退職基金を運営するコストが上昇したこと、1978年に創設された401(k)をはじめとする魅力的なDC型プランが創設されたこと、労働者の転職が活発になってportable(転職しても(あまり)失わない)DC型プランの魅力が増したことがしばしば挙げられている。もし、DCとかDBについてよくわからない人が多いのであれば、これらの制度についてどのような経済学的議論がなされてきているかについてそのうち整理してみる。

では、公的部門(州や市政府で働く公務員のことである)ではそのような移行が進んでいるのであろうか?著者らが集めて分析した公的部門における退職貯蓄制度のデータによると、公的部門の退職貯蓄制度には以下の特徴が見られた。

1. 公的部門ではいまだにDB型の退職貯蓄制度が中心である。あるデータによると、フルタイムで働く公務員のうち91%がDB型の退職貯蓄制度に加入している。つまり、民間部門で見られるDB型からDC型への移行は公的部門においてはあまり進んでいない。

2. 彼らの調査した州および市政府では、すべてにおいて、追加的な任意加入のDCプランが提供されている。

3. 公的部門の退職貯蓄はどのくらいのレベルか?(日本でもそうだが)公務員の退職貯蓄は手厚いと思われている。それは本当だろうか?一般的に年金のレベルを表す際には、RR (Replacement Rate)という指標が使われる。単純に言って、RRとは、退職後最初にもらう年金の金額を退職前の最後の年収で割ったものである。彼らの計算によると、DB型の年金制度において、最終年収が5万ドル(今の為替レートで言えば410万円くらい)の公務員のRRは70-75%を超えていた。これは十分と考えられるレベルである。比較のために民間部門の例を挙げると、1999から2003年の民間部門退職者のRRの中央値(median)は56%だったという計算結果がある。この数字だけを見れば、DB型の年金を採用する公的部門においては平均的な民間企業より年金は手厚いといえる。

4. とはいえ、RRもそれぞれの公務員の状況によって大きく異なる。
(1) 公的年金制度(Social Security)は累進性がある(年収の低い人ほどRRが高まる)ので、年収が高ければ高いほどRRは低くなる。例えば、最終年収10万ドル(820万円)の公務員のRRは5万ドルの公務員のRRより10%ほど低い。
(2) 公的機関で働いた年数が長いほどRRも高くなる。公的機関で働いた年数が40年から、35年、30年、20年に減少すると、RRも8%、16%、35%さがってしまう。
(3) 年金の支給額は最終の年収に依存するので、例えば、キャリアの最初の5年だけ民間部門で働いた人と、キャリアの最後の5年だけ民間部門で働いた人では、後者のほうが年金支給額が低めになりがちである。
(4) RRは州によって大きく異なる。例えば、35年働いて最終年収5万ドルで退職した公務員のRRは、ペンシルバニア州では150%(最終年収より50%も多い!)であるが、メイン州では79%である。

5. DC型の退職貯蓄制度をメインにしている(少数の)公的部門においては、民間部門と異なり、制度への貢献(貯蓄)が必須になっている。

6. 民間企業によくあるタイプのDCプランは、ある一定限度までは、従業員がDCに貯蓄した金額と同じ金額だけ雇用者も貢献する(employer matchと言われる)ものだが、公的部門では、従業員の貢献度合いにかかわらず雇用者が貢献する形式もよくみられる。

7. DC型退職貯蓄制度においては、投資先を自分で決められると言うのが重要な特徴であるが、投資方法のオプションは民間部門も公的部門も似ている。大部分の公的部門においては選択できる投資オプションの数は10-20である。

8. 公的部門のDC型退職貯蓄制度においては、従業員の貯蓄が強制的になされているところが大多数なので、DC型年金を採用する民間企業(ほとんどは強制的な貯蓄は存在しない)に比べて、退職後に貯蓄がない状況に陥る可能性が低い。

次に、彼らは、行動経済学が年金、あるいは一般的に退職後のための貯蓄行動に関して、どのような発見をしてきたかを整理している。以下では彼らの議論を簡単に箇条書きにする。
1. よく知られている事実は、多くの人が、退職貯蓄制度制度についてまるでわかっていないことである。そもそも金融について知識が乏しいことに加え、退職に向けての貯蓄と言うような長期的で複雑な決定に関しては、お手上げといった人が多い。
2. 人は、困難な選択を迫られた際には、ぐずぐず決定を引き延ばす(procrastination)ことが知られている。極端な例では、引き伸ばしによって、退職後のための貯蓄をぜんぜんしないという結果も起こりうる。著者らの別の研究によると、年金加入プロセスを簡素化することによって加入率の上昇がみられた。選択肢がわかりやすければ人はぐずぐず決定を引き延ばさないことが多いのである。
3. 貯蓄や投資に関する行動においては、単純な経済理論(行動経済学的要素を考慮しない理論)では影響するわけがない要素が影響をあたることが知られている。最もよく知られた例は、デフォルト(何も行動を起こさなかった場合に自動的に選択される選択肢)の与える影響である。例えば、デフォルトをDBからDCに切り替えると、DC加入者が増える。
4. 人は、貯蓄や投資に関する行動において、本来考慮しなくてよい情報(過去のリターンなど)に注意を払う一方、本来重要な情報(Mutual Fundにかかるさまざまなコストなど)に注意を払わないことも知られている。
5. 人は、意思決定の際に、単純なルール(rules of thumb)に基づいて決定をしがちである。
6. 人は、経済に関する複雑な意思決定をする際に、全体から切り離されたそれぞれの一部分において最適と思われるけれども、全体としては最適でない意思決定をしがちである。いくつかの異なる年金を運用する際に、別の年金ではどのような運用をしているかを無視してそれぞれの年金におけるポートフォリオを決めたりするのがその例である。

最後に、著者らは、これらの行動経済学的な発見が、公的部門の年金制度についてどのようなことを示唆しているだろうかという質問に簡単に答えている。
1. 大部分の州、市政府が採用するDBプランは、ルールが単純で、従業員が特に決めることはなく、強制的に貯蓄させるので、行動経済学的には優れた面が多い。但し、問題点も多い。まず、DB型年金は年金受給額が何年勤めたかに大きく依存するので、労働者の転職を妨げる。また、逆に、多く転職する労働者は結局あまり年金をもらえない状況に陥りうる。メイン州が実施した調査によると、州の公務員のうち半分以上が、年金を受け取るための最低限の労働年数(5年)を待たずに退職している。
2. いくつかの公的部門では退職貯蓄の形式について従業員自身が選択できるようになっている。この場合、従業員が選択の自由度に圧倒されて不利な選択(例えば何にも加入しないなど)をしないように、選択の方法およびデフォルトを慎重に決める必要がある。一方、選択ができるというのは、従業員に有利な面も多い。どのような退職貯蓄制度が適しているかはそれぞれの個人が直面する状況によって異なるからである。
3. DC型の退職貯蓄制度においては、DB型の退職貯蓄制度に比べて加入者が決めなければならないことが多すぎることが潜在的な問題点であるが、加入を強制にし、最低限の貢献額を設定し、可もなく不可もない平均的な投資ポートフォリオをデフォルトにすることによって、この問題を緩和することができる。
4. 追加的な任意加入のDCプランについては、そもそも任意の制度なので、デフォルトを設定すること自体が難しい。
5. 最後に、退職貯蓄をどのように受け取るかという問題がある。DC型では、年金(生きている限り一定の金額を毎年受け取る)の形が、民間でも公的部門でも一般的である。但し、民間では、全額を一括で受け取る(lump-sum payout)オプションを与える年金基金が増えてきており、それを使う人の数も増加しつつある。その一方、公的部門では一括受け取りのオプションは部分的にしか認められていない。たとえば、最初の数年分だけ一括で受け取れるというような形で実施していることが多い。DB型退職貯蓄制度では、年金の形で受け取るには何らかのアクションを起こさなければならない。デフォルトは、一括受け取りであることが多い。民間部門では、年金の形で受け取る選択肢があることが普通であるが、それを選ぶ人は多くない(このことは、経済学界では"annuity puzzle"と呼ばれている)。公的部門では、年金の形で受け取ることがオプションとして存在していないことが一般的なので、年金の形で受け取るためには、一括で受け取った後に、別のところで年金化しなければならない。

まとまりがないサマリーだが、そもそも元のペーパーもまとまりがないので、こんなものだろう。

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