Representative Agent Model versus Heterogeneous Agent Model

「正しい」モデルは存在しない。コンピューターの発達によってこれまでは考えもできなかった複雑なモデルが解けるようになったとはいえ、現在の技術的制約の元で僕らができるのは、せいぜい、現実の中で重要と思われる要素だけを取り出して、それらをうまく取り込んだシンプルなモデルを作り、それらの要素がどのように相互に関連しているかをシンプルなモデルで明確にすることくらいである。

このような状況下で重要な質問は、何が「はずすことのできない」重要な仮定かということである。1970年代以降、ルーカスらの貢献によって、実行されている政策を考慮に入れた上で消費や投資に対する決定を行う消費者や投資家の行動をきちんとモデル化しないと、政策が変更されたときに消費者や投資家の行動がどのように変わるかについてうまく予想することができないことが認識された。この認識が共有されたによって、いわゆる現在のDSGEモデルにつながる「最適化する意思決定主体」に基づくモデルが「はずすことのできない」仮定として皆に共有されることになった。

具体的には、この「ルーカス批判」以降、所得の1%の変化に対して消費が何%変化するかというような、政策(やその他経済環境全般)によって大きく変わりうる数字を変化しないものと仮定して推定するようなことは時代遅れとなり、消費者の選好や、利用可能な技術といった「deep parameter」を変化しないものと仮定して推定(あるいはカリブレート)するようになった。

一方、ある意味、DSGEの仮定にはばかげたものが多い。その一例は、Representative Agent(RA)という仮定である。一国の経済には、一人の消費者しかいないのである。それは誰をモデル化しているのであろう。僕のようなお金もなくて影響力もない人が一国の代表になることはありえないから、RAがモデル化しようとしているのは、ゲイツとバフェットを組み合わせた人のようなものを想像すればよいであろう。日本でいえば孫正義のような人であろうか。では彼らが国の代表として(あるいはモデルに日本には孫正義が1億3千万人いると考えてもよい)意思決定をしていようなモデルが信用できるだろうか?普通の答えは「そんなはずない」である。それでは話が終わってしまうので、もう少し大人の答えを挙げてみると、「もちろん厳密には間違っているけど、近似としては悪くはない」というものであろう。では、その、大人の答えはどのくらい正しいのか?この問題に対してルーカスと同じような方法論で答えを提供しているのが、今回簡単に触れるChang, Kim, and Schorfheide ("Labor-Market Heterogeneity, Aggregation, and the Lucas Critique," NBER WP No. 16401)である。

彼らが行った実験は以下のようなものである。まずはChang-Kimが、生産性や保有する資産の量が異なるさまざまな消費者が存在するモデル(Heterogeneous Agent (HA) Model)を作る。このモデルにおいては、さまざまなタイプの消費者が、毎期毎期、どのくらい消費、貯蓄し、働くかを決定する。経済の中にはさまざまなタイプの消費者がいるので、一国の総生産、総消費、総投資等は、各消費者の行動を集計することで得られる。彼らはこのモデルのシミュレーションを行い、総生産(GDP)、総消費、総投資、などの時系列データを作り出す。次に、彼らは、HAモデルから作り出された集計データをSchorfheideに渡す。Schorfheideは、最新のDSGEモデル推定技術を駆使して(Chang曰く、Schorfheideは「偉大なブラックボックス」とのことである)、パラメーターを推定するのだけれども、彼は通常のDSGEモデル(つまりRAモデル)を使う。彼らが明らかにしようとしたのは、Heterogeneityを無視したことによってどのような問題が生じるか、ということである。

細かい部分には立ち入らないが、彼らは以下のような結果を得た。

1. DSGEモデルを推定することによって得られたパラメーターの値のいくつかは、データを生み出したHAモデルのパラメーターの値と大きく異なった。特に重要なのは、労働供給の弾力性である。異なる財政政策の元でHAモデルが作り出したデータをDSGEモデルで推定すると、労働供給の弾力性の値(もちろんHAモデルでは一定である)が大きく異なった。これは、異なる財政政策の下では、労働を供給する労働者の生産性が異なる、つまり、(DSGEモデルでは暗黙のうちに仮定されている)労働者の生産性の分布が変わってくることに起因する。

2. DSGEモデルにおいて、推定された「deep parameter」が変わらないものと仮定して、政策の変化に伴う総生産、総消費、雇用の変化を予測してみると、HAモデル(「真の」モデル)が生み出す変化と大きく異なっていた。ルーカス批判と同じように、あるパラメーターを「変わらない」と仮定して政策の変化に対する経済の反応を予測することの危険性が示されている。

3. TFP(Total Factor Productivity)のみが景気循環を生み出すHAモデルによって作り出されたデータをTFPショックと選好ショックがあるDSGEモデルで推定すると、景気循環の大きな部分が選好ショックによって生み出されているという結果になった。具体的には、DSGEを使うと、選好ショックは、GDPと総消費の動きの10%、労働時間の動きの50%を「説明」できるという結果が得られた。そもそも選好ショックというのは何がなんだかわからないのだけれども、モデルのフィットをよくするのに役に立つという理由でスタンダードなDSGEモデルにしばしば取り入れられているのだが、それが何を表しているかについては意見が分かれている。例えば、Chari, Kehoe, and McGrattanのおなじみミネソタ組はモデルに欠けているものがそこにあわられているに過ぎないという解釈を取るのに対して、例えばSmets and Woutersは総需要ショックがそこにあわられていると解釈している。Chang, Kim, and Schorfheideの結果は、Chari, Kehoe, and McGrattanの解釈をより一歩掘り下げたとも解釈できるであろう。

今回取り上げたペーパーで扱われているHeterogeneityはとてもシンプルなもの(消費者の違いは働いたときの生産性と資産保有量しかない)であり、かつ企業側のHeterogeneityは完全に捨象されている。おそらくは、もっとさまざまなタイプのHeterogeneityを導入すると、今回のペーパーの結果と同じような結果(DSGEモデルの問題点)がいくらでも得られるであろう。では、DSGEモデルを使うのをやめるべきか?そうとも言い切れない。DSGEモデルはシンプルで使いやすい。DSGEの枠内に留まっている限りいくらでも新しい要素をお手軽に加えることができる。その一方、HAモデルは現在のコンピューターパワーを持ってしても解くのが大変なのである。HAモデルで現在のDSGEモデルと同じようはさまざまな要素を導入することは現時点では不可能なのである。僕の中でもこの問題に対する答えはまだ出ていないが、このような問題点をシンプルな形で示したいう意味でこのペーパーの貢献度はとても高いといえる。

1 comments:

tazuma said...

これは面白いですね。さて、どうしましょう?

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