アメリカが金融危機を契機とする景気後退、いわゆる「Great Recession」に陥って以来、金融部門がどのように「危機」に陥るかを分析するモデル、そして金融部門(の問題)がどのようにマクロ経済に影響を与えるかを分析するモデルが大量に生産されている。もちろんGreat Recessionの重大さを考えると、これらの問題に皆が注力することは当然なんだが、あまりに玉石混合で、最近何がなんだかよくわからなくなってきている。よって、どのようなことが2007-2009年あるいはそれ以前に起こって、(特にマクロ経済学において)どのような課題が僕らに突きつけられているのかを、簡潔に整理したいと思っていた。そういうところに、"Getting up to Speed on the Financial Crisis: A One-Weekend-Reader's Guide," by Gary B. Gordon and Andrew Metrick (2012, NBER Working Paper No. 17778)という論文が目に付いたので頭の整理を助けるために読んでみた。この論文はJEP(Journal of Economic Perspectives)に出版予定だけあって、専門家でなくても読めるようになっている。但し、この論文は頭の整理の助けにはなったが、丸きり参考にしているわけではない。著者らはFinanceとくにBankingの専門家だけあって、金融部門の問題に注力しすぎていると個人的には思うので、この論文よりはマクロ寄りに書いてみる。ただ、僕も頭の整理をしながら書いているので、これはおかしいというところが多々あると思う。気づいたら教えてほしい。
以下、時系列的に、何が起こったか、どのような政策がなされてきたか、そして、今後の問題点は何か(と僕は考えているか)を書いていきたい。
(1) 「住宅ブーム」
1990年代中頃から、アメリカには空前の住宅ブームが訪れた。少なくとも1970年代から1990年代まで持ち家比率(家計の中で家を所有する比率)は64%前後で安定的に推移していたのが、1990年代中頃から持ち家比率は急激に上昇し、2005年には69%まで達した。その有力な理由として考えられているのは、頭金がいらない住宅ローン、利子だけ払えばよい住宅ローン、最初のうちの元利支払いは少なくてよい(但し支払い金額はその後急激に増加する)などの新しいタイプの住宅ローンがあらわれたことである。これらを使って家を買った人はおそらくはちょっとでも経済状況が悪くなれば住宅ローンの返済に困ってしまう人であったので、これらの新しいタイプの住宅ローンは後にはサブプライム(=優良でない)ローンになって保有する金融機関に多大な損失を与えた。それは後でまた書く。
家を買う人の人数が増えるにつれ、住宅価格も急上昇した。1996年から2006年の間に、家関係を除くCPI(消費者物価指数)は27%しか上昇しなかったが、平均住宅価格は2倍になった。言い方を変えると、住宅の(他の一般的な消費財に対する)相対価格は56%上昇した。
この点において重要なのは、住宅ブームがバブルであったか、と言うことであるが、残念ながら僕はバブルか否かを判断するすべを持ち合わせていない。バブルだというモデルは(簡単に)作れるし、(バブルでなく)ファンダメンタルが住宅価格を引き上げたというモデルも作ることができる。この問題とは別に、住宅ブームがバブルであったかファンダメンタルに基づくものであったかにかかわらず、このような住宅価格の大きな振れは抑制すべきものかという問題もまだ答えは出ていない気がする。日本であれアメリカであれ今でこそ皆住宅ブームは悪いものであったような言い方をするが、一時的には好景気を楽しめたのだ(もちろんこういうことはアカデミックには重要な質問だと思うが、一般の人にすれば何言ってるんだといわれる類の質問と思われる)。
(2) ABS (Asset backed Security)特にMBS (Mortgage Backed Security)の出現。
住宅ブームと同時に、細かい住宅ローンをまとめて、それを担保に借金をする(厳密にはちょっと違うがまぁこういうものだと思う)という動きが活発になった。住宅ローン(=モーゲージ)に裏打ちされた債券という意味でMBSと呼ばれる。担保にするものは別に住宅ローンでなくてもよい。クレジットカードローンやオートローンに裏打ちされたものもあり、総称してABSと呼ばれるが、MBSの発行残高が一番大きかったと思う。いわゆる証券化(Securitization)の一環である。更に、銀行などの金融機関の子会社が住宅ローン買いあさり、集めた住宅ローンでMBSを作って借金することが多く行われた。子会社にやらせることで、銀行のバランスシートにある時のようにリスクに見合った資本を積み増したりする規制を逃れることもできた。特に、住宅ローンをまとめて、その中で優良(そうに見える)ものだけ切り売りして優良な担保に裏打ちされた(ように見える)借金をすることで、低い金利で借金をすることもできた。銀行の子会社以外にも比較的ゆるい監督下に置かれていた投資銀行も積極的にこれを行った。いわゆる規制のゆるい「影の銀行セクター」と呼ばれる金融部門がこのようなう動きのけん引役で立った。
金融危機以来、バランスシート外におかれた資産、負債もきちんと報告させるような制度が整備されている。また、投資銀行等の「影の銀行セクター」への監督も厳しくなっている。MBSのような新しい種類の金融商品を規制するか(あるいは課税して弱めるか)については、まだ答えは出ていないと思う。より多くの金融商品が増えることは歓迎すべき(いらなければ使わなければよい)というのが簡単な答えであるが、そうなのか?
(3)「アメリカの貯蓄不足あるいは世界的な貯蓄過剰」
アメリカは政府部門も家計部門も恒常的に支出が収入を上回っている。このことは、経常収支が恒常的に赤字だということと同じである。輸出が輸入を下回ればドルが海外に流れる。ではこのドルがどのように使われたかというと、多くはアメリカの政府証券の購入に使われた。アメリカの政府証券のような安全な資産の需要が多かったことから、同じように「安全」そうに見えるMBSの需要も高まったという仮説がある。
更に、Bernankeが「global saving glut」と呼んだものもある。彼によると、2000年代前半には世界的に貯蓄が過剰になっており、その貯蓄が住宅価格を引き上げたり、アメリカの政府証券に大量に投資されたりした。更に、アメリカの政府証券のような安全な資産の需要が増えたことが、一見「安全」そうにに見えたMBSの需要も引き上げたという仮説にもつながっている。ただ、2000年代前半の状況が本当に世界的に貯蓄超過だったのかのか判断するのは難しいのでは。
(4) 「2007-2008年のサブプライム金融危機」
2007年ごろから住宅ブームに終了の気配が漂いだした。それまでは(今では、特に日本人には、信じられないが)上がるだけと思われてきた住宅価格も下がり始めた。前に書いたように、いわゆる新しいタイプの住宅ローンを借りていた人はちょっとでも景気が悪くなると返済できなくなる人たちだったので、住宅ローン、特にサブプライム住宅ローンのデフォルトが増加した。特にサブプライムの住宅ローンを集めてMBSを作っていた銀行の子会社、投資銀行は多くの損失を計上することとなった。更に、子会社がサブプライムローンで大きな損失を計上した場合、親会社がその子会社の損失をカバーしたりしたので、親会社たる普通の銀行の業績も悪化した。更に、MBSのリスクが思っていたものより高かったことがわかり、保有していた機関が一斉に売りに出し、価格が暴落したことで、MBSを使って借金をしていた金融機関のダメージが更に大きくなった。
こうなると、いわゆる取り付け騒ぎである。サブプライムローンで大きな損失をこうむった金融機関は、そのダメージとともに、ほかの金融機関から短期のお金を借りることさえできなくなり、破産することとなった。リーマンブラザーズなどはその例であろう。投資銀行でない普通の銀行も、子会社の損失を埋め合わせることで損失が拡大していった。更に、比較的ダメージの小さい金融機関の間でも、貸し倒れのリスクへの不安が大きくなり、金融機関がお互いに短期の資金を貸し借りすることができなくなった。いわゆるカウンターパーティリスク(金融取引の相手の貸し倒れリスクを懸念することによって、銀行間の金融取引が円滑に行われなくなること)である。短期のインターバンク金利が急上昇したのはこういうときである。FRBは、銀行が短期の資金繰り困って破産しないように、銀行が短期の資金を借りられるようなさまざまな制度を整備した。
(5) 「金融危機からGreat Recessionへ」
Great Recessionの初期には、金融セクターの問題が発端となってこれだけ深刻な景気後退が引き起こされると考えている経済学者は比較的少なかったように思われる。銀行の短期の資金繰りが問題になったのであれば、銀行に短期の融資を供給すればそれでおしまい。サブプライムローンで損失をこうむった銀行があれば、それらの銀行が破産するなり業務を縮小する間に、ほかの比較的健康な銀行がシェアを拡大すればそれで終わりではないか。実際はそうはならなかった。なぜだろう。今回参考にしたペーパーはこの点には触れていない。説明としていくつかの候補をあげてみる。但し、どれが正しいか、どれも間違っているのか、答えは出ていないと思う。
(a) 金融危機で投資家や消費者が心理的ダメージを負った。例えば、将来の経済成長への見通しが暗くなった。それに伴い投資や消費の需要が大幅に減少した。これは典型的な「ケインジアン」の理論である。
(b) 住宅ローンで損失をこうむった金融機関が、リスクを減らすために貸し出しを引き締め、実体経済に影響を与えた。今回の景気後退の中で金融機関が貸し出しを引き締めた証拠はあるものの、それがマクロ経済にあれだけのダメージを与えることができるのか?
(c) 銀行間の資金取引が円滑に行われなくなったことで、各金融機関が貸し出しを減らすこととなった。(b)と似ている。(b)と同じく、特にFRBが銀行間の資金取引コストを下げるべく介入している中で、このストーリーがそれほど大きな効果を実体経済に持ちうるのか?
(d) 資産価格が下落したことで、企業が保有する資産を担保に借り入れをすることが以前より難しくなり、生産が減速した。Kiyotaki and MooreやFinancial Accelerator(BGG)のモデルである。(b)や(c)と組み合わさる。
(e) 金融危機で、将来の経済状況に関する「不確実性(uncertainty)」が高まり、企業は長期のプロジェクトの実施を控え、消費者は大きな買い物(家など)を控えてしまっている。最近流行のuncertainty shockである。これについては、さまざまな研究が最近なされているので、また紹介する。
もっといろいろなことを網羅的にかつクリアに書こうと思っていたのだが、尻すぼみとなってしまった。残念だけど、現在の僕の理解はこの程度ということなのだろう。
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