Intergenerational Redistribution in the Great Recession: Did Anybody Gain?

なぜ金融危機が起きたかとか、どのように金融セクターの問題がマクロ経済全体に波及していったかというペーパーではないのだけれど、Great Recessionが異なる世代にどのように異なる影響を与えたかを分析したペーパー("Intergenerational Redistribution in the Great Recession," A. Glover, J. Heathcote, D. Krueger, and J.-V. Rios-Rull)について触れた後、この論文の結果に対して(若干の)異議を唱えた論文(今年のJob market candidateによって書かれた)にも簡単に触れる。

Great Recession(に限らずどの不況でも程度の差こそあれ起こることであるが)においては、GDP(家計の収入と言い換えてもよい)と資産価格(特に住宅価格)が大きく下落した。Great Recessionの底において、GDPは(トレンドと比較して)8.3%下落した。また、彼らの計算によると、資産価格の下落に伴い、家計が保有するリスクの高い資産(株式・持ち家)の資産価値は2007年から2009年にかけて32%も下落した。32%の下落の約半分は持ち家の価格の下落、約半分は株価の下落によるものである。

これらの変化は、異なる世代(年齢の家計)に対して、異なる効果を持つことは簡単に想像できるであろう。異なる世代への異なる効果を、緻密に分析したのがこのペーパーである。ペーパーでなされた緻密な分析を丹念に追ってゆくことはブログでは不可能なので、Great Recessionが異なる世代に異なる効果を与えうるチャンネルを一つずつ見てゆき、コンピューターシミュレーションで計算された、すべてを総合した効果を最後に説明する。

1. 不況に陥った際に資産を多く持つ世代の方が、資産価格の下落によって、より大きな損失を受ける。

上のグラフは、2007年における、異なる年齢の家計の平均の労働収入(実線)と保有する総資産価値(点線)を表している。一目見れば明らかだが、若い世代は資産が少なく、資産はだんだん増えてゆき、60-69歳にピークに達し、その後減少する。このようなパターンは、ライフサイクル仮説と呼ばれる理論によって説明できる。若いときはそもそも資産を持っていないものの、退職後の生活に備えて、働いている間はだんだん資産を増やしていく。60-69歳でピークに達するのは、そのころに大部分の家計が退職するからである。70歳以降はその貯蓄をちょっとづつ使っていくので保有資産額は減少してゆくのである。

それぞれの世代が、一定の割合でリスクの高い資産に投資しているのであれば、金額で見れば、不況が訪れて資産価格が下落した際には、資産残高の多い世代(特に60-69歳)ほどダメージが大きいということになる。

2. その一方、総資産のうちリスクの高い資産に投資されている割合は若い世代ほど高い。
彼らの計算によると、20-29歳は資産のうち135%がリスクの高い資産に投資されている。100%を超えているということは、レベレッジを利かせているということである。言い換えると、総資産の35%に相当する借金を負っているということになる。但し、容易に想像がつくと思うが、この大部分は持ち家である。若い家計は住宅ローンを借りて、資産保有高以上の価値の家を持っているのである。彼らのモデルでは家と株式を区別していないが、若い家計の持ち家を、株式を所有するようにモデル化するのは問題があるように思われる。

この割合は年齢の高い世代ほど下がってゆく。例えば、40-49歳では105%が高リスク資産に投資され、5%の借金を負っている。これが60-69歳になると、総資産のうち85%は高リスク資産、15%は低リスク資産という構成になる。70歳以上の家計では79%が高リスク資産、21%が低リスク資産という構成である。

これらは何を意味するか?1.とは逆に高リスク資産へより多くの資産が配分されている分、高リスク資産の資産価格の下落の影響は、今度は逆に、若い世代のほうが大きくなるのである。

では、これらを組み合わせて、2007-2009年における資産価格の下落が各世代の家計のどのような影響を与えたかをまとめたのが以下の表である。

Total Lossesという列を見ると、金額で、それぞれの年代の家計が資産価格の下落によっていくら損をしたかが計算されている。例えば、20-29歳の家計は平均して3万ドル(1ドル77円換算で230万円)の損失、40-49歳の家計は16万ドル(1250万円)60-69歳の家計は31万ドル(2400万円)の損失を被ったのである。結局、2に挙げたような効果はあるものの、やっぱり総産の多い60-69歳の家計のダメージが最も大きかったことがわかる。

その横の列には、総資産額に対する損失の比率が計算されている。比率で見ると、平均して、20-29歳は総資産の39%を失った一方、40-49歳は35%、60-69歳は29%と、年齢とともに損失が総資産に占める比率は低下している。これはまさに2の効果である。

3. 若い世代は一時的な収入の低下がその後の人生の幸福度に与える影響は比較的小さい。
では、Great Recessionで生じた収入および資産価格の低下が異なる世代の家計の幸福度(welfare)にどのような異なる効果を与えたかを考えてみよう。ここから先の分析にはモデルが必要になってくるが、モデルの詳細には立ち入らない。まずいえるのは、若い家計は、Great Recessionで(おそらく)一時的に収入が下がったとしても、その後に持ち直すことが予想されるので、一時的な収入の低下が一生の平均的な消費量に与える影響は小さいといえる。反対に、退職間近の世代は、収入が一時的に落ちたときにその後の人生の平均的な消費量に与える影響は比較的大きい。収入が落ちてからの平均的な人生の長さが短いからである。極端な話、死ぬ直前の人を考えてみよう。その人は資産を持ってなくて、すべての収入を消費すると仮定しよう。その場合、収入が10%落ちれば消費も10%落ちる。反対に、あと100年生きる人を考えてみよう。その人の最初の1年間だけ収入が10%落ちたところで、その下落分を100年間でならせば(利子とかは無視しておく)、各年の消費の下落はたったの0.1%である。つまり、不況が一時的なものであれば、不況がその後の人生の幸福度に与える効果は、若い世代ほど小さいのである。もちろん、この議論は、高齢の世代の、これまでの人生の幸福度を無視していることには注意が必要である。

4. 資産価格が一時的に低下している場合、これから資産を蓄積する若い世代は得をする。言い換えると、一時的な資産価格の下落は(資産を多く持っていて資産を売ろうとしている)高齢の世代から(資産をこれから買う)若い世代への所得移転の効果がある。
このポイントがこのペーパーの一番の売りである。Great Recessionでは誰もが(程度の差こそあれ)苦しむと考えるのが普通であるが、このチャンネルの強さ次第では、若い世代は「不況で得をする」ことが理論的にはありうるのである。

5. Great RecessionではGDPが8.3%下落したが、労働収入の低下度合いは世代によって異なっている。特に、若い世代の労働収入の低下が大きい。
GDP(彼らのモデルでは総労働収入と同じ)は合計で8.3%下落したものの、各世代を見てみると、労働収入の低下度合いは異なる。

上の表は、それぞれの世代の労働収入が、2008年と2010年の間で平均してどの程度下がったかを整理している。20歳台と30歳台の労働収入は11-12%も下がっている一方、60-69歳の収入は6.2%しか下がっていない。このチャンネルによると、Great Recessionの不の影響は若い世代ほど大きいということになる。ただ、この違いは主に失業率の違いから生み出されているのではないかと思う。そうであれば、「平均的には」若い世代の収入の落ち具合が大きいが、若い世代の中の格差を見なければ厳密な議論はできないと思う。

では、上で述べたような要素をもったモデルで、Great Recessionが与えた各世代の幸福度への影響の違いを計算し、整理したのが以下の2つの表である。一つ目は、5、つまり、年代による収入の低下の違いを考慮しないケースである。幸福度は生涯の消費の何%下落に相当するかというものさしで測られている。例えば、ー3%というのは、Great Recessionによって被った幸福度の下落が、各年の消費をちょうど3%づつ削ったのと等しいことを意味する。

なお、1列目の1-6は20-29歳、30-39歳、…、60-69歳、70歳以上、に相当する。また、結果が3列あるが、左から、Risk Aversionが1,3,5に相当する。彼らは、Risk Aversion=3を最も標準的なケースとして扱っているので、真ん中の列に注目しよう。ちなみに、想像通り、Risk Aversionが高いほど(右へ行くほど)Great Recessionが幸福度に与えた影響は大きく(より深刻に)なっている。なお、このシミュレーションにおいては、Great Recessionは10年続いて、その後は経済は通常の状態に戻ると仮定されている。驚くべきことに、20-29歳の世代は、Great Recessionによって、得をする(0.33%の消費の増加という微々たるものであるが…)のである。若い世代が得をする効果を生み出すチャンネルは3と4、特に4である。若い世代にとっては20歳台のときに一時的に収入が下がっても一生の消費に与える影響は小さい(これは3)。更に、資産を蓄積するときに、高齢の世代から資産を安く買い取ることができるので得をするのである。価格が安いのに何で高齢の世代は資産を売るのかというと、彼らはまもなく死ぬし、子孫に遺産を残すことは仮定されていないので、死ぬ前に消費するためには資産価格が安かろうが売るしかないのである。言い換えれば、もし、子孫兄さんを残すことができて、それによって幸福を得られるのであれば、高齢の世代のダメージは小さくなるはずである。極端な例では、Ricardian Equivalenceのときのように、Dynasty(異なる世代が遺産を通じてつながっていてあたかも一つの永久に生きる消費者のように行動すること)が作れれば、世代による違い自体が消えうせる。

その後は、40-49歳は約2%の損失、60-69歳は6.2%の損失というように(monotoneではないが)大体年齢とともに、Great Recessionによる幸福度への負の影響は増加してゆく。70歳以上にいたっては、9.2%の消費に相当する幸福度の損失を被ることになるのである。

次の表は5、つまり、若い世代の収入の低下幅が大きいという仮定(データに基づく)を入れたものである。

だいたいその前の表と同じだが、若い世代の幸福度が全体的に下がる一方、比較的高齢の世代の幸福度の低下幅が小さくなっている。これは驚くべきことではない。単に、若い世代は収入がより大きく低下し、より高齢の世代の収入の低下幅が小さくなったからである(5で示した表を思い返してほしい)。例えば、20-29歳は、前の表では、Great Recessionによっ幸福度が増加するというちょっと驚くべき結果が出ていたが、その効果は(まだ幸福度の低は幅は小さいものの)消されてしまった。

では、この計算はどの程度信用できるであろうか?job marketに出ているので、あまり詳しく書くのは控えるが、あるペーパーでは、3つの問題点が提起されている。
(1) 若い世代は安い価格で資産を買いたくてもたぶん流動性制約に引っかかって買うことができないので、若い世代は結局安い資産価格の恩恵を享受できないのではないか。
(2) 上であげたペーパーは各世代の中の格差を捨象している。若い世代のうち、多くの家計は平均で見る以上に借金をしている。よって、若い世代の中でも、資産価格の下落で大きく損をする家計も存在する。
(3) データで見ると、若い世代の消費量、持ち家の資産価値、その他の資産の保有残高、は2007年と2009年で減少している。このことは、若い世代が得をするという理論と整合的ではない。
どの指摘も最もだと思う。これらを考慮したうえで、このペーパーでは、若い世代の幸福度も消費換算で平均5%下落したと計算している。

細かい点はいろいろ突っ込みどころがあるが、不況が異なる世代に与える異なる影響を綿密に分析したというのはとても面白い。

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