Model of Retirement: Hyperbolic vs. Exponential

前に書いたとおり、退職時期を労働者が決定するモデルに双曲割引を組み込んで、スタンダードな指数割引のモデルとどう挙動が異なるかを分析したペーパー("Policy Effects in Hyperbolic vs. Exponential Models of Consumption and Retirement," JPubE 2012, A. Gustman and T. Steinmeier)について軽く触れる。双曲割引を組み込むことでこのように異なってくるはずだとか言うような見込みなしでとりあえずやってみましたという感じも漂うけれども、それなりに流行なのでOKということなのだろう。

モデルの基本的な構造は次のようなものである。
  1. 1年1期間のライフサイクルモデルである。最高100歳まで生きられるが、年齢に応じたある一定の確率で死ぬ。
  2. 労働者は毎年、フルタイムで働くか、パートタイムで働くか、働かないか、を決める。年齢に限らず働いたときの 給料は同じである。
  3. 退職したときの幸福度は年をとるにつれて高まっていくと仮定する。そうしないと年をとるにつれて退職するという行動が出てこないからであろう。
  4. 毎年毎年、いくら貯金して、いくら消費するかを決める。貯金したときの利子率は一定とする。普通は退職した後の年金の額のほうがフルタイムで働いていたときの給料よりも低いので、働いている期間は貯蓄をして、退職後に貯金を切り崩すという、ライフサイクルモデルで典型的な行動が最適となる。
  5. 公的年金制度はアメリカの現行の制度を真似てモデル化されている。つまり、公的年金の金額は退職時期に応じて決まる。最初に公的年金を受け取れる年齢は62歳である。それ以降、退職を1年遅らせるごとに、毎年退職後に得られる金額は大きくなってゆく。ただ、総額でいくら受け取れるかは、何年間受け取るか(退職時期が遅いほど短くなる)と毎年受け取るか(退職時期が遅いほど高くなる)のバランスで決まる。この両方をかんがみて、生涯で受け取る公的年金の総額が最も高い年齢が通常退職年齢と呼ばれる(実際はだんだん高くなっていっているけれどもペーパーでは65歳に固定されている)。つまり、一生で受け取る公的年金の金額は65歳を過ぎると減少してゆく。これらのことから想像がつくと思うが、アメリカでは多くの人が62歳と65歳で退職する。62歳以上でフルタイムで働くのをやめると公的年金を受け取りはじめることになる。パートタイムで働いていても受け取れるが、受取額は減らされることとなる。
  6. 将来の幸福度をどのように割り引くかについては2つのモデルを使う。一つはスタンダードな指数割引(ED)である。毎年毎年幸福度がbeta (=0.96)の割合で小さくなってゆく。もう一つのモデルは双曲割引(HD)である。前回説明したとおり、最初の年と次の年はgamma (=0.67と設定されている)の割合で幸福度が大きく減少し、その後は毎年beta(=0.98)の割合で幸福度が小さくなっていくとする。

では、ペーパーの結果を簡単に見ていこう。まずは、2つのモデル(EDとHD)において、労働者が毎年どのくらい消費&貯蓄し、どのくらいの人が退職する(フルタイムで働くのをやめる)かを比べると、あまり変わらないという結果が得られた。前回書いたとおり、betaは退職時の平均貯蓄額が二つのモデルで同じになるように別々に設定されている。例えば、各年齢でどのくらい貯金するかを示したのが下のグラフである。
違うといえば違うが、致命的に違うわけではないように見える。次は、フルタイムで働くのをやめた人の割合である。
EDとHDのモデルでほとんど変わらないことが見て取れる。上で書いたとおり、62歳(公的年金を受け取れる最初の年齢)と65歳(通常退職年齢)の2箇所にピークがあることわかる。

このモデルを使って、筆者らは、次の3つの仮想的な政策変更に関するシミュレーションを行い、労働者の行動がどのように2つのモデルで異なるかを見ていく。一つ目の政策変更は、公的年金受給開始年齢を62歳から64歳に引き上げるというものである。フルタイムからの退職者の割合がどのように変化するかが以下のグラフで示されている。
どちらのモデルにおいても62歳にあったピークが64歳にずれただけという、まぁあ当たり前の結果が出ている。 次の仮想政策変更は、65歳以降に退職を遅らせたときの公的年金受取額の増加度合いを現行の5-7.5%から8%まで引き上げるというものである。前に書いたとおり、現行の制度では、働きたくても65歳以上に退職年齢を遅らせると「損をする」ようになっているが、そうでないようにしたらどうなるか?次のグラフは、各年齢において、フルタイムで働き続ける労働者の割合がどのくらい増えたかを示している。
例えば65歳においては2%程度となっているが、これは、退職を遅らせたことによる公的年金受取額の増え方が大きくなった場合、65歳でもまだフルタイムで働く人の割合が2%増えたということを指す。上のグラフからは、1-2%程度の人がフルタイムで働き続けること、EDとHDで政策変更の影響はあまり変わらないことが示されている。では最後の政策変更シミュレーションを見てみよう。退職して公的年金を受け取り始めてからも働き続けて年収がある一定額を超えたら年金を受け取れなくなるという制度がある。この制度を廃止するとどうなるか?もちろん働いても年金がもらえるので、できるだけ早くいったん退職して年金を受け取り始め、かつ働き続ける人が増えるだろう。ただ、問題はもう少し込み入っている。早くから「退職」して年金を受け取り始める人が増えれば、公的年金の出費が増えることになる。公的年金制度の赤字を増やさないための対策として、ここでは年金の金額を平均的に下げると仮定する。このような政策変更の元で、フルタイムで働く人の割合がどう変化したかを示したのが下のグラフである。
 まずわかるのは、どちらのモデルにおいても、フルタイムで働き続ける人の数がかなり増えている。それより面白いのは、EDのケースにおいてのほうがHDのケースより、フルタイムで働く人の増え方が大きいことだ。なぜだろう。この政策変更によってどのような変化が生じたか思い出してほしい。フルタイムで働きながらも年金を受け取ることができるになった反面、毎年に受け取る年金額は減ったことになる。この場合、将来の年金額の減少に備えて、比較的若いうち(60台半ばだけれども)にはより多く働いてその後の退職生活のための貯蓄を増やすことが最適な反応なのである。しかし、EDの労働者はこうした長期的なプランを実行することができても、HDの場合、このように現在苦しんで(長く働いて)将来に備えるということが苦手なのである。最初の2つの仮想政策変更の場合と違って、現在と先の将来のトレードオフが絡んでくるときには、「現在苦しんで先に備える」ということが苦手なHDの労働者とそれができるEDの労働者との間で異なる反応が出てくる、と解釈できるような気がする(論文ではあまり直感的説明がされていないが…)。多くの場合、EDとHDで政策変更に対する反応はあまり違わないように思えるだけに、こういう例は面白いと思う。

最近は、今回取り扱ったように、行動経済学的要素を含みつつもきちんとしたモデルで分析を行うというペーパーが増えてきている。 では、どちらの選好を使うべきなのかという重要な質問に答えるのが最も重要な課題だと思うが、とりあえずは、こういう論文も面白い。

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