(実質)賃金が景気循環に伴ってどのように動くかについてよく知ることは、どのような景気循環の理論がより信頼できるかを選ぶための一つの材料を提供してくれる。労働市場に摩擦がなく、賃金が労働生産性と強く連動しているモデルを考える場合は、モデルとデータの突き合せが比較的単純であるが、労働市場に摩擦があって、賃金と労働生産性の間に乖離がある場合はちょっと話は複雑である。更に、労働者の能力に差があって、景気循環に応じて雇用されている人および失業している人における労働者の能力構成が変化する場合、話は更に複雑になる。いづれにしても重要なのは、まずは、factsを把握することである。
では、実質賃金について何がわかっているか?実質賃金は労働生産性より変動が小さく、GDPとの相関も労働生産性ほど強くはない。この事実は、いわゆる、「実質賃金の粘着性」といわれている。名目価格は関係ない(取り除かれている)ことに注意してほしい。実質賃金と労働生産性が異なる動きをすることは、普通、労働市場に何らかの摩擦がある(から賃金が労働生産性に等しくなるまで調整されない)ことの証拠として考えられている。
では、どのような人が雇用されているかという能力構成についてはどんな事実が知られているか?(僕の専門ではないので著者の受け売りだけれども)Solon, Barsky, Parker (QJE1994)によると、平均して、雇用されている人の能力は不況期のほうが高かった。これは納得しやすい事実である。不況期には、能力が低い人のほうが失業しがちであろうから、雇用されている人の内訳を見ると、能力が高い人も不況期により多く失業するとしても、能力が低い人に比べれば失業する確率は比較的低いことが考えられるからである。このことは、能力構成が好況期と不況期で変わらないとすると、実質賃金はより上下に大きく動くはず、言い換えると、実質賃金の粘着性はデータで見るほど強いものではない、ことを示唆しているとも言える。
一方、最近の研究(Hines, Hoynes, Krueger (2001))によると、この解釈は必ずしも正しくない。彼らによると、不況期には能力が高い人が雇用者に占める割合が比較的高くなるという結果は、能力が高い人の労働時間が不況期には比較的大きくなることによるものらしい。「不況期のほうが雇用されている人の平均的な能力が高くなる」という結果は、労働時間でウェイト付けをしなければ、消え去ってしまうと著者らは主張している。
今回簡単に触れるペーパーでは、雇用者ではなく、失業者の構成を見ているという点で新しい。CPS (Current Population Survey)というマイクロデータから、著者は以下の事実を見つけ出した。
- 失業前の賃金の平均(だいたい能力の平均に対応する)は 不況期に上がり、好況期に下がる。つまり、景気と逆に動く(countercyclicalという)。つまり、不況期には失業者の平均的な(賃金で測った)能力は上がる。
- 失業者を賃金が平均より高いグループと低いグループに分けると、 職を見つける確率(job-finding rate)の平均および平均失業率との(負の)相関は二つのグループであまり違いはない。どちらのグループも、不況期(失業率が高いとき)には職を見つける確率は同じように下がるのである。
- 逆に、職を失う確率(separation rate)は二つのグループで,平均はあまり違わないもの、平均失業率との(正の)相関は賃金が高いグループのほうが高かった。つまり、賃金が高いグループのほうが、不況時(平均失業率が高いとき)には、職を失う確率がより高くなるのである。
- 一つの職から別の職に転職する人の割合(job-to-job transition rate)は両方のグループともに不況期(失業率が高いとき)には低くなるが、(負の)相関は高賃金グループのほうが弱い。つまり、転職者は低賃金グループのほうが不況期に少なくなる。
- 上記の事実は、何もコントロールしていない賃金を使っても、観察可能な労働者の特徴をできる限りコントロールしたあとの賃金(残差賃金)を使っても同じである。
- 事実2と3を使えば、事実1が説明できる。不況期には、賃金が高めのグループのほうが失業する確率が高まる一方、職を見つける確率は両グループで差はないため、失業者全体における高賃金者の割合が高まるのである。
理論のパートは、信用制約の仮定がちょっと信じがたいこと、このモデル以外より簡単で同じ事実を再現できるモデルはないことを筆者は議論しているが、それについて説得力を持たせることは難しいことから、不満が残るが、データのパートは面白い。データと理論をうまくミックスしているという意味でも理想的なjob market paperだといえる。
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