Checklist before Criticizing Economists

これで通算100個目のポストだ。始めたときには、毎週1-2つポストできればといっていたが、毎週1つポストしたとしても2011年10月には100個目に到達していなかればならないので、ずいぶん遅いということになる。まぁ、やめていないだけでも、上出来としておこう。

記念すべき100個めなので、冗談半分に、twitterとかでマクロ経済学(者)を批判する前に考えてほしいリストを作ることにする。とりあえず思いつくものを書くけれども、後で追加する(あるいは引っ込める)可能性もある。

以下、ありがちな、マクロ経済学(者) への批判と、それに対する答えを順に書いていく。

1.「現代のマクロ経済学は難しい数学を使いすぎている。」
僕らが使っている数学なんて大したものではない。この批判は、足し算しか知らない人が、掛け算のような難しい数学を使ってけしからんといっているようなものだ。現代のマクロ経済学で使われている数学なんて1年くらい勉強すれば誰でも「使える」レベルには到達できるくらいのものである。

2.「マクロ経済学は、代表的個人のような非現実的なモデルに基づいている。」
他の学問と同じように、マクロ経済学も比較的分析のしやすい状況のもとにおける分析が基本となっている。物の動きを分析するときに摩擦のない状況の分析から始めるのと同じことだ。IS-LMだって基本的には代表的個人のモデルだ。但し、このことは、代表的個人しか考えていないことを意味しているのではない。さまざまなケースにおいて、さまざまな異なる家計や企業が存在するモデルでもマクロ全体で見れば代表的個人が想定されているモデルを同じ、あるいはかなり近い挙動を示すことがわかっている。更に、さまざまな異なる家計や企業が存在するモデルは最先端のマクロ経済学において活発に行われている。もし誰かがマクロ経済学は代表的個人しか存在しないようなことを言っているのであれば、(1)その人は最先端のマクロを理解していない、(2)代表的個人を仮定しなくてもおそらくは通用する結果について述べている、(3)話している相手、あるいは読者のレベルを勘案して難しい話題を避けている、のいずれかだと思う。

3.「マクロ経済学は、完備市場のような非現実的なモデルに基づいている」
基本的なレスポンスは2と同じだ。最先端の話なので、話している人がわかっていないか、難しい話を避けているからこういう批判を受けてしまうのであろう。1930年代以降Great Depressionに近いレベルの景気後退が先進国では起こらなかったことから、先進国ではこのような大きな景気後退は起こらないだろうと考えてしまったのは経済学者の間違いだったと思う。但し、2008年以降は、金融市場の摩擦を考えたモデルが更に発展している。また、金融市場でrun(取り付け騒ぎ)が起こった場合には、中央銀行が積極的に介入することでrunを封じ込めるのが効果的だということは経験からわかっていたので、Great RecessionはGreat Depression並みの景気後退にならなかったともいえる。

4.「マクロ経済学者がテレビでわけのわからないことを言っている」
「マクロ経済学者」でもいろいろいるので、テレビに出るような人の発言を取り上げてマクロ経済学の批判をされても困る。Dr. Philの発言をもとに医者を批判するようなものだ。

5.「マクロ経済学のモデルではすべての情報を持ち”合理的”に判断を下すという非現実的な経済主体が仮定されている」
この批判に対する答えも基本的には2と同じだ。完全な情報を持っていて、スタンダードな効用関数を最大化する経済主体が一番分析しやすいからそれが基本モデルとなっている。但し、意思決定者がすべての情報を持っていなかったり、情報にノイズがあるので情報をきちんと認識できなかったり、スタンダードな効用関数を最大化するわけではない経済主体が存在するモデルはだんだん開発されてきている。

6.「マクロ経済学では労働市場がクリアされるので失業が存在しない」
これに対するレスポンスも2と同じだ。 失業の分析がメインではない基本モデルでは捨象されるのでそう思われるのかもしれない。さまざまな種類の摩擦によって失業が生み出されるモデルはいくつも存在している。

7.「マクロ経済学では経済主体が将来について完全にわかっているという非現実的なモデルを使っている」
将来の政策や経済環境の変化が現在の行動にどのような影響を及ぼすかをモデルを使って分析するためには、モデルの中の経済主体が将来の政策や経済環境についてどのような予測を持っているかについての仮定が決定的に重要になる。ではような仮定が「よい」のか?仮定を変えると結果はいくらでも変わってしまうので、結果が受け入れられるためには、何等かのディシプリンが必要になる。完全予見(経済主体は将来の政策や均衡における経済環境をすべて予見している)という仮定は一番恣意性が少ないのでシミュレーションを行う際のベースとなる仮定として使われている。但し、完全予見でない場合の分析もしばしば代替的シナリオとして分析される。

8.「ここ数ヶ月で新たに実施されたマクロ経済政策の大成功を予測できなかったマクロ経済学者は役立たずだ」
日本経済に関して明るいニュースが多いのはうれしいことだが、まだデータポイントが少ないので大成功と呼ぶまでもうちょっと待ってみよう。年率換算の実質GDP成長率が3.5%を越えたことは過去20年に何度もあったわけだし、Nikkei 225が最近のように上昇しては落ちることだってよくある話だ。政策を実施する前に、どのようなチャンネルを想定していて、そのチャンネルの効果はどのように測ることができるかをモデルを使って示してくれれば、データをモデルを通して見ることができて、もう少し客観的な評価がしやすくなるのだが、日本はそういうことをするカルチャーではないようだ。


9.「現代のマクロ経済学でつかわれるダイナミクスは役に立たない」
株価のような資産価格は将来予測されるリターンに大きく影響される。また、将来の政策金利にコミットするForward Guidanceのような政策も、経済主体が将来の金利動向を予測して現在の行動を決めるからこそ効果がある。また、消費税が増税される際の駆け込み需要もダイナミックなモデルだからこそ分析できるものである。日本の消費が低迷しているのは、現在の財政状況に鑑みて、消費者が将来の増税を予測していることも十分考えられる。もちろんダイナミクスが大きな役割を果たしていないチャンネルもいろいろあるが、基本モデルとしては、上で挙げたような効果をきちんと分析できるモデルが望ましいので、基本モデルはダイナミックなのである。

5/20 失礼かもしれないのでちょっと修正。

1 comments:

メモ紙 said...

100エントリーおめでとうございます。いつも楽しく拝読しております。ひとつ質問なのですが,「さまざまな異なる家計や企業が存在するモデルは最先端のマクロ経済学において活発に行われている」とのことですが,最先端の現代マクロ経済学において「産業」という視点を取り込んだモデルも開発されてきているのでしょうか。

吉川洋さん(ブログ主からすると「過去の人」でしょうが)の現代マクロに対する批判のポイントは「代表的個人」の仮定というよりも「産業」や「セクター」という視点がないということだと解釈しているですが,そのあたりいかがでしょうか。門外漢の実務家としても失業の分析など「産業」を捨象して語れるものなのか気になります。

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