この夏の学会で印象に残った研究について引き続き書いてみる。
個人の意思決定をモデル化し、その総量という形でマクロ経済を分析する という方法がだんだんと盛んになってきている。この背後にあるのは、年齢、年収、教育程度、性別、家族構成、といったさまざまな面で異なる個人の最適化問題を解いてシミュレートできる計算環境が整ってきたことが大きいが、このような発展と平行して、マイクロベースのマクロ経済の分析のために使えるマイクロデータの整備も進んできた。マイクロデータを見ることでどのようにマクロ経済に役立つか?一例を挙げると、所得移転によって総消費を刺激したい場合に、もしあるグループの個人の限界消費性向が高いことがわかれば、そのグループの所得を集中的に増やせばいいのである。このようなことは、マクロのデータだけ見てても(なかなか)わからない。
マイクロデータの整備という面で、この夏も、革新的な研究を目にすることができた。
まずは、"The European Household Finance and Consumption Survey - First Results" (by Michael Ehrmann and Jiri Slacalek)という論文について簡単に書いておく。さまざまな資産がどのような家計にどれくらい保有されているかというのはマクロ経済学のみならずファイナンスにおいても重要な情報であるが、これまでは、アメリカのデータ(Survey of Consumer Finances, SCFと通常呼ばれ、現在はFRBが3年に一回データを公開している)が他のものより優れていたので、アメリカの資産分布の研究の方が進んでいた。このような状況に対して、EU15カ国で、SCFと同じフォーマットで個々の家計が保有する資産を記録しようという試みが開始された。このデータセットはHousehold Finance and Consumption Survey(HFCS)と呼ばれる。このデータセットの第1回のデータが最近公開された。HFCSはEU15カ国の比較が容易のみならず、アメリカとの比較も容易にできるようにデータが整備されていることがすばらしい。いくつかの国においては消費のデータも含んでいたり、パネルデータになっていたりするので、ある面ではSCFより進んでいるともいえる。
EUがアメリカと比較しやすいデータを整備するというトレンドは他のデータセットでも見られる。50歳以上の個人の資産、所得、健康状態などを網羅的にカバーしているデータセットとして、アメリカではHRS(Health and Retirement Study)が非常に役に立つが、EU諸国でもHRSのEU版であるSHARE(Survey of Health, Aging, and Retirement in Europe)というデータセットが近年整備され、高齢化、健康に関する研究の発展に寄与している。
日本でもHRSに相当するデータセットはあるが、個人的な経験では 非常に使いにくい。もしかしたら他のデータにも当てはまるのかもしれないが、もっと使いやすいように整備してほしい。それに、日本もSCFのようなデータセットが、SCF(およびHFCS)と整合的な形で整備され、公開されると、日本でも資産分布に関する研究がいっそう伸びると思う。
もう一つ触れておきたい研究は、"Reality Economics: Using Naturally Occurring Data to Measure Income, Expenditure, and Wealth Accurately in Real Time" (by M. Shapiro, D. Silverman, S. Kariv, and S. Tadelis) である(このペーパーはまだ一般には公開されていないかもしれない)。これは最近流行りつつある、民間のデータを使うというものである。この研究で使われるデータセットは、「CHECK」というソフトウェア(アプ)が収集したものである。このアプは何をするかというと、個人が持っている銀行口座、クレジットカード口座、住宅ローン口座、年金口座、等のあらゆる口座を連結し、個人の総バランスシートを簡単に管理できるようになりますよというものである。著者らはこの会社がユーザーから集めた情報を入手し、例えば、不定期の収入(定期的な収入は銀行口座への定期的な入金の動きから把握できる)が(クレジットカードなどを通じた)消費にどのような影響を及ぼすかといった分析に使っている。もちろん、このようなアプを使う人だけがサンプルに含まれるのでおそらくはとても激しいセレクションバイアスがある等の問題はあるが、個々人がそれこそ秒単位でどのように消費の決定をしているかを正確に見られるという利点は捨てがたいものがある。この「CHECK」に対抗するサービスも存在し(最大のライバルはMint.comのようだ)、そのデータを使った研究も行われているそうだ。
このペーパーで印象的だったもう一つの点は、個人情報の割り出し方である。基本的にはこのアプのユーザーは年齢などの個人情報を入力しないことになっているが、ユーザーのメールアドレスやアプへのアクセスに使ったIPアドレス(それに名前も含まれるかも)を提供してお金を払うと、googleなどのサーチエンジンを使って個人の年齢、住んでいる場所、家族構成、などの情報を割り出してくれるサービスがあり、それを使って個人の属性を割り出したそうである。もちろんメールアドレスをもとにサーチすればかなりのことがわかってしまうのは驚くことではないのかもしれないが、ちょっと恐ろしい。
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