消費税(Sales tax)を予定通り5%から8%に引き上げるかというのが大きな争点になっているようだ。消費税を引き上げたときに何が起こるかを過去のデータを使って分析したようなペーパーはあるか探してみたのだが、見つからなかったので、とりあえず、理論的に、どんなチャンネルが考えられるかをつらつらと書いてみる。
1.Old Keynesian View
マクロ経済学を1980年以前に学んだ場合、あるいはそれ以降のマクロ経済学の「発展」を無駄だと考える場合、考えられるチャンネルは:消費税引き上げ→可処分所得減少→消費減少→総需要減少→総需要の減少に対応して生産縮小→景気の悪化、というものである。おそらくは消費税を上げれば日本経済の景気が悪化するといっている人のほとんどすべての人はこのチャンネルを念頭に置いているだろう。このモデルは一期間モデルなので、長期的影響は考慮されない。
2.RBC View
こんどは、逆に、短期的影響を捨象して、長期的影響だけを見てみよう。消費税の最も重要なベネフィットは、所得税に比べて、労働のインセンティブあるいは消費のインセンティブを阻害しないという点である。所得税であれば根気多く働いた分のうちいくらかは税金として持っていかれるのでその分働く意欲が阻害されるが、消費税ではそういうことはない。(将来にわたって消費税率が一定だとすると)いつ消費しようが税金は同じだけかかるので、消費税の存在によって貯蓄行動がゆがめられることもない。長期的には、所得税が消費税に置き換えられると、国内の貯蓄が増加し、労働供給も増加するので、長期的にはGDPが増加するはずである。但し、「長期的」な効果なので、見えにくい(アピールしにくい)のと、所得税(あるいは他のインセンティブをゆがめる税が)が本当に将来引き下げられるか(あるいは人々がそう信じるか)というのが問題点だろう。
ちなみに、インセンティブという観点からすると、特定のものについて税率を下げるような政策はとるべきでないと思う。低所得者の方が買いがちなものの税率を下げて再配分効果を生み出すという観点は理解できるが、再配分効果の正攻法はこういう間接的な方法でない直接的な所得再配分だと思う。もちろん政治的に難しいということがあるのかもしれない。再配分がそんなに気になるなら、消費税引き上げを所得再配分の強化とセットにすればよい。いろいろな品目別の税率を導入すると税制の効率性も損なわれる。
3. Modern OLG View
最近のマクロモデルでは、長期的には消費税の引き上げのおかげで所得税が引き下げられるとしても、人々の時間は有限なので、その恩恵をこうむる人とコストをこうむる人が異なってくる可能性も考慮した分析が行われている。もちろん、親が子の幸福を自分のものと同じように考えればOLGではなくDynastic model (つまり2.のようなモデル)に戻るのだが、そうではないと仮定しよう。極端な例として、消費税が引き上げられるものの、政府の債務債務を減らすために所得税の減税は永久に行われないものとしよう。この場合、2.の効果によって長期的には賃金や利子率が上昇するとしても、消費税の増税による可処分所得減少の効果の方が大きい人々(退職者や比較的退職に近い人々はこのカテゴリに含まれる可能性が高い)は消費税増税によって損をする可能性が高い。将来の世代はそれによって恩恵をこうむるとしても、将来の世代は政策決定に携わっていない(投票権がない)ので、このような状況下では消費税の導入は政治的に難しいものとなる。
4.Redistribution View
これまでの議論では、世代の中で得をする人と損をする人がいることを考えてこなかった。消費税は消費し応じて一定の税率を納めるという、ある意味フェアな税だと思う(もちろん「フェア」の定義は人によって異なる)。なぜだかわからないが、所得に占める消費の割合が高いという理由で消費税は低所得者に厳しい税だと考える人もいるみたいだ。この、「消費税は再配分という観点から見て好ましくない」という考え方は、消費税が累進性の高い所得税に取って代わるという前提のもとで有効な議論な気がする。この点については3つコメントしたい。一つは、消費が現在少ない理由が若くて賃金がまだ低いというのであれば、将来この人は所得が上がるのだから、再配分を考える必要はない。言い換えれば、再配分政策を論じるときには、ライフサイクル全体を見た上で議論しなければならないと思う。二つ目は、消費税のようなインセンティブを阻害する効果が低い税制に置き換わることで、経済の構成員全体が、長期的には程度の差こそあれ恩恵をこうむる。三つ目は、上でも書いたが、もし、現時点での所得再配分の悪化が大きな問題なのであれば、消費税の引き上げと再配分の強化とうまく組み合わせればよい。
5.Borrowing Constraint View
上の4.と関連するが、もし貯蓄の少なくてお金を借りられない人が消費税の増税によって借りることができれば実現できた消費を実現できないとすれば、消費税引き上げの負の効果と考えられる。これもまた所得再配分によって助ける必要があるかもしれない。もちろんすべてのケースを考慮することは非常に難しいのだが。
6.Default Risk View
消費税引き上げに反対する人の中には、現在の消費税引き上げが将来の(所得)税の引き下げ、あるいは引き上げの回避、年金受給額の引き下げの回避、等のベネフィットを生み出すと考えられないのかもしれない。こういう長期的効果の計算はたくさんの仮定に依存するので難しい。こういう人を説得するためにちょっとでもできることは、例えば、現在消費税を引きあげると、例えば、将来の年金受給額の(回避不能な)引き下げがどのくらい食い止めることができるかを示したりすることではないだろうか(すでに行われているかもしれない)。
あるいは、ある人々は、どうせ日本政府は将来デフォルトするんだから、今多く払ってちょっと公的債務を減らしたところで最終的な結果は変わらない(外国の債権者の将来の損を減らしているだけ)と考えているかもしれない。どの時点で国家がデフォルトするかは(self-fulfillingな側面もあるので)僕らには正確にはわからないので、デフォルトを避けることがいかに重要か、現在の税率の引き上げがどのくらいデフォルトリスクの低減に貢献するかを地道に示していくほかはないのかなぁ、という気がする。
7.Business-Cycle View
人によって消費税の利点、あるいは欠点と考えるものとして、消費税の方が税基盤が安定している(景気変動に伴う動きが小さい)という点があげられる。景気が悪くなったときに税収が下がらないというのは、「自動安定化装置」としての役割が弱いということなので、景気の悪いときには減税・財政支出の拡大が好ましいと考える人にとっては、消費税のこのような特徴は好ましくない。反対に、景気が悪くなったときに税収が比較的下がらないということは、最近のヨーロッパのように景気が悪化したときに政府が債務返済問題に陥る可能性が低くなるということである。景気が悪いときに財政支出を増やす方が政治的に用意であるということを考えると、個人的には消費税の安定性は望ましいのではないかと思う。
8.Temporary Rise and Fall View
消費税が引き上げられる時には、その直前に消費が一時的に急上昇し、引き上げ後に消費は急に減少することが予想される。アメリカのCash-for-Clunkersが失効するときも駆け込み需要とその反動が発生した。これらは、超短期的な消費の増加が長期的な景気の行方に影響を与えない限り(そんなことはないだろう)心配するような話ではない。
これと関連して、一度に税率を引き上げるよりも、ちょっとづつ引き上げた方がよいという議論も目にするが、(3.の議論を別とすると)何らかの非線形性を仮定しないとこういう議論は正当化できないと思うし、段階的な引き上げの方が幸福度という面で優れているというモデルは僕は見たことがない。
9.New-Keynesian View
消費税率の引き上げという点に関する限り、New-Keynesianは基本的には、動学モデルでOld Keynesianの議論を行っているだけだと思う。総需要の減少から生産が一時的に減少するが、長期的には2.のポジティブな効果が現れると思う。それに、逆に、8.の効果が一時的な総需要の増加としてポジティブに働くかもしれない。いずれにしても長期的に見た効果はNKモデルが想定するさまざまな摩擦には影響を受けない気がする(がモデルを走らせて見ないとわからない)。
多分、ここで上げられているほかの効果もいろいろあると思う。抜けているものがあったら指摘してくれるとうれしい。
0 comments:
Post a Comment