Neoclassical Models are (a Lot) More Versatile than You Think

これで2014年は最後のエントリだ。年が明けたらまた、面白かった論文の紹介という通常営業に戻ろうと思うが、その前にひとつ。

どうも、現代のマクロ経済学で使われるモデルについて様々な誤解があるように思う。タイトルではキャッチーにするため新古典派モデルとしたが、「新古典派」なんて言葉は、AKモデルではないという意味で「新古典派成長モデル」(Ramsey-Cass-Koopmansモデル)という言葉が使われる以外は、研究者の間ではほとんど使われないと思う。そういうわけで、これ以降は「現代のマクロ経済モデル」という言葉を使う。今回は、いろいろな誤解をとく手助けになるように、現在のマクロ経済モデルは、しばしば勘違いされているように幅の狭いモデルではないことを示したいと思う。これは、僕の個人的な認識なのだけれども、ちゃんとしたマクロ経済学の研究者では、大まかには同じような考えが共有されていると思う(願っている)。

1. 現在のマクロ経済学の基本モデル
モデルの基本要素は以下の3つだと思う。
(1) 無限期間(つまり動的=Dynamic)。
(2) 経済主体(消費者と企業)は目的関数の最大化を行う。目的関数は、消費者の場合は厚生(生涯にわたる効用の(discountされた)和)であり、企業の場合は企業価値(将来にわたる利益の和)。
(3) 経済は「均衡」上にある。

Dynamicsが必要とされるのは、今日消費を増やせば投資にまわせる額が減り、将来の消費が小さくなるというトレードオフが重要とみなされているからである。言い方を変えれば、マクロ経済の重要な要素である投資が意味を持つにはDynamicなモデルが必要だからだ。それに、債務がある場合、その債務を将来は返済したり借り替え続けたりしないといけないという考慮も自動的に発生する。70年代までのモデルにありがちだが、こういう要素が抜け落ちると、現在のGDPや消費を最大化したり、借りれるだけ借りるのが常に最適なモデルとなってしまう。

モデルにおける期間の長さは無限である必要はないが、無限だと数学的にちょっと簡単になるので無限期間がデフォルトで使われている。学部生に教える時には、無限期間で簡単にするための数学が使えないので3期間とかで教えていた。

目的関数の最大化が重要なのは、いわゆる「ルーカス批判」に対応するためである。例えば、所得税率が上がれば時間当たりの手取りの給料が落ちるので労働時間が下がるというような反応は、消費は常に所得の一定割合といったような70年代までのモデルでは考えることができなかった。それにDynamicsがあって、消費者が将来にわたる効用の和を最大化する場合、消費税増税の前に駆け込み消費が起こり、消費税増税後は消費が大幅に落ちる、更に、それにあわせて消費税が引き上げられる前後でGDPも大きく上下するといったことも、モデルで比較的容易に再現できる。70年代までのモデルではこういう動きは容易には再現できなかった。

ここで、一言書いておく。しばしば、現代のマクロ経済モデルでは、消費者がお金のことばかり考えている(それは現実とそぐわない)という批判が見られるが、消費者の効用は、(お金で直接的に買える)消費のみによって定義することもできるし、他人との比較(external habit)や、高いものに慣れたら安いものに容易に戻れないというような生活習慣(internal habit)というようなものも含んだモデルも用いられている。ステータスが効用を高めるという消費者のモデルを使っている人もいる。この点についてはまた後で述べる。

 経済が「均衡」にあるという要素も、しばしば誤解される。狭義では、何の摩擦もなく、すべての市場で需要と供給が一致するという状態を指すかもしれない。このような意味でしか理解しない人が、「現在のマクロ経済学では失業がない」といった間違った考え方を持ってしまっているのだと思う。現実はそうではなく、現在はもっと柔軟な「均衡」が用いられている。この点についても下で振り返る。

もうひとつ言っておきたいのは、 ここで描写したモデルというのは、ミクロ経済学のいわゆる一般均衡モデルというものだ。よく、いまや一般均衡モデルはマクロ経済学者にしか使われていない、といわれるが、まさにそのとおりだと思う。実際、コアコースの一般均衡理論はマクロ経済学者が教えているというケースもよくある。更に付け加えると、現在のマクロモデルというのは、基本的には、一般均衡モデルにいろいろ加えて、実際のマクロ経済に似ている形にしたもの、ということができる。何を加えるかは、何を分析したいかによるのだが、元のモデル(シンプルな動的な一般均衡モデル)が皆で共有されているので、あるものを加えたらどういうことが起こるかというのがわかりやすいという面があると思う。

2. RBC(Real Business Cycle)モデル
おそらくは、いわゆる「新古典派マクロ経済モデル」が誤解されている理由は、RBCしか知らない人が多いからであろう。RBCモデルが何であるかは詳しく立ち入らないが、基本的には、 現在のマクロ経済学の基本モデルで、次のような特徴を持ったモデルである。
(1) 代表的個人(representative agent)
(2) 完備市場
(3) 摩擦がない
(4) 景気循環はTFP(Total Factor Productivity、大まかに言うと生産性)のランダムな変動によって引き起こされる

このようなモデルでは、もちろん、銀行なんて存在しない(必要がない)し、貨幣の役割もないし、経済は最適な状況にあるので政府がやることはない。ただ、このモデルは、景気変動のうちどのくらいが生産性の変動によるものかを計測するために作られた特別な(シンプルな)もので、別に現在のマクロ経済モデルが皆このようなモデルであるわけではない。そもそもこのモデルが開発されたのは1980年ごろだ。このころは、このモデルが解けただけでもすごいことであった。ある経済学者がこのようなモデルをベンチマークとして使っていても、そのこと自体が、その経済学者はすべての財政・金融政策は無駄と考えていることを必ずしも意味しないと思う。

3. DSGE (Dynamics Stochastic General Equilibrium)モデル
1980年以降、RBCモデルのような、現代のマクロ経済学の基本モデルのうち最小限のモデルがいろいろな方向に発展させられて、いろいろなことが議論できるようになったのだが、それらのモデルを総称して(広義の)DSGEモデルと呼ぶ。一般的はRBCモデルに以下のような要素が加わる。
 (1) 様々な摩擦(→データとモデルを整合的にするのに役立つ)
 (2) 特に、名目的な摩擦(Nominal Friction)。入れ方としてはCalvo(企業はある確率でしか名目価格を変えることができない)とMenu Cost(名目価格を変えるには(メニューを書き換える)コストがかかり、そのコストは価格を大きく変えれば変えるほど大きくなる)。これらの摩擦が入ったモデルはNK (New-Keynesian) DSGEモデルと呼ばれる。このモデルの利点は、金融政策が実物経済に影響を持つようになるので、金融政策を議論することができるという点である。
(3) 景気循環は様々なショックによって引き起こされる。どのようなショックが景気変動を引き起こしているかは様々なモデルが入ったモデルを推定することで、データに語らせるのが普通である。

以下では、現在のマクロ経済学モデルに加えられてきたそのほかの要素について言及する。

4. Financial Frictions(金融市場の摩擦)
お金の貸し借りに摩擦がある場合、銀行の役割が生じてくる。特に、金融危機以降、マクロモデルに銀行やその他金融機関を入れたモデルが活発に開発されている。

それに、何らかの理由で企業に借り入れ制約があり、借りたい分だけ借りられないという要素が入ったマクロ経済モデルも多数存在する。このようなモデルでは、何らかの理由(例えば企業が保有する不動産などの資産の価値が下落したので、不動産の価値を担保にした借り入れがしにくくなる)で企業の借り入れが難しくなると、生産量が縮小し、景気に深刻な影響を及ぼしうる。前FRB議長のBernankeや清滝さんが有名なのは、この分野で金融危機が起こるずっと前から貢献してきたからだ。

5. Labor Market Frictions(労働市場の摩擦)
労働者が自分に合った職を探すのに時間がかかるので、職を探している間は失業者となっているという要素の入ったマクロ経済モデルも、1990年台以降活発に開発されてきている。基本となっているのは2010年にノーベル賞をとったDiamond, Mortensen, Pissaridesの3者が開発した労働市場の摩擦モデルであるが、1990年代以降、RBCモデル(あるいはDSGEモデル)に加えられ、今ではマクロ経済モデルで失業を議論する際に普通に使われている。

ここで一言付け加えておくと、労働市場に摩擦があって、働きたいけど働けない労働者が存在するような「均衡」も普通に使われているということだ。ある意味「均衡」という言葉の濫用と考える人もいるかもしれない。

それ以外にも、最近のエントリで扱ったが、賃金に下方硬直性があるので、賃金を下げれば完全雇用が達成できても、均衡では失業が生じるというモデルも使われる。

6. Behavioral Assumptions(行動経済学的な仮定)
現代のマクロ経済学は行動経済学的な要素を簡単に取り入れることができる、柔軟なフレームワークである。例えば、よく使われるPresent Bias(現在の消費を魅力的に感じすぎてしまい、消費しすぎる)といった仮定も、基本モデルにおける消費者の目的関数を変更するだけで取り入れることができる。最近は、投資家が強気すぎる予想の元に投資決定をしたり、住宅価格が過去と同じペースで上がり続けると錯覚したりすることも、現在のマクロ経済モデルの中で分析されている。こういう意味で、「新古典派経済学か行動経済学か」といった二元論は間違っていると思う。

7. Heterogeneous Agents(異質性)
一般的なDSGEモデルで使われる代表的個人の仮定の下では、所得の不平等や、所得再分配政策、年金政策、世代間再分配をモデルの枠内で議論することができない。このような問題を超えるために、年齢や所得といった面で異なるたくさんの消費者が存在するモデルも1990年台より活発に開発されてきている。消費者の側の異質性だけでなく、企業の側の異質性を導入したモデルも最近発達してきている。

現在のマクロ経済学の面白いところは、「ゲームのルール」が共有されており、その中で競争が行われていることだと思う。基本モデルは共有されている。そのメリットは、大体において、ある拡張を行った場合、モデルの挙動がどのように変わるかはある程度感覚的にわかることが多いことである(もちろん驚くべき変化が生じればすばらしい)。基本的なモデルが拡張された場合、モデルの成功はデータとの整合性(の改善)によって測られる。同じような改善を示すモデルが複数ある場合、モデルによってインプリケーションが異なる他のデータを見てモデルの優劣が決められる。モデルがある程度データと整合的で「使える」と判断されれば、モデルの政策的インプリケーションが分析される。「最適な政策」は、通常、消費者の目的関数を最大化するものと考える。政策的なインプリケーションは、モデルをちょっと変えたとき、あるいはパラメータの値が変わった時も同じものが得られるか(頑健か)がチェックされる。

前回のエントリで、モデルの重要性を叫びすぎだと受け取られたかもしれないが、このようなルールに則ってもらわないと、皆で協力して日本経済についての理解を深め、政策をよりよいものにしていくというプロセスに貢献しないと思ったからだ。

いつにも増して推敲に時間を割いていないので、後でちょっとづつ書き直すことになると思うがお許し願いたい。では、よいお年を。どこまで続くかわからないが、来年もとりあえず続けてみようと思う。

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