Reflationists or Just Plain Doves?

個人的には日本のマクロ経済政策に関する議論はとても理解しにくいと感じている。傍観者からは、(もちろん例外もたくさんいるけど)大まかに言って次の3者が対立しているように見える。

1. 最近のマクロ経済学のトレーニングを受けた経済学者。主にHawk(タカ派)。
2. 昔ながらのマクロ経済学を基に議論している経済学者。Dove(ハト派)もHawkもいるように感じる。
3. ちゃんとしたマクロ経済学のトレーニングを積んでいない人達。基本的にDove。いわゆるリフレ派という人達はここ。

それぞれのグループが異なるアプローチを元に議論しているので、議論を成立させるのすら難しいと感じられる。アメリカではブロガーはいろいろな人がいるけれども(ブロガーなんてのは政策に影響を与えるわけではないのでどんなアプローチだろうが害はない)、政策に関わる人達は最近のマクロ経済学のトレーニングを受けた人たちが中心なので、共有された基本モデルとアプローチの元で、議論がしやすくなっている。言い方を変えると、ちゃんとした最近のマクロ経済学のトレーニングを積んだグループにDoveがあまりいないように感じられる、あるいは、2のグループの人たちが最近の経済学の動きに(意識的に)ついていっていないのが日本の問題なのかなぁと感じられる。

何でこんなことからはじめたかというと、いわゆるリフレ派という人達の書いたものは、基本的に注意を払っていないからだ。とはいえ、日本の経済政策に影響力があるようだし、ホリデーシーズンで自分の仕事以外のものにも目を向ける余裕がちょっとあるので、矢野さんという方の、「なぜリフレ派は消費増税に反対なのか」という小文を読んでみた。

自ら応用統計学者と名乗る人(なのでどの程度ちゃんとしたマクロ経済学のトレーニングを積んだのかもよくわからない)の文章に突っ込みを入れるのも無粋なのかもしれないけれども、いい機会なので、よくわからないなぁと思うことをつらつらと書いてみる。コメントとして書いているのは、この小文に対してだけではなく、リフレ派という人達の主張一般についても含む。形式はレフェリーレポートのようにしてみよう。レフェリーとはしばしばそういうものだが、日本の状況に詳しいわけでも、金融政策の専門家なわけでもなく、印象を述べているだけなので、間違い等があったら指摘してもらえるとうれしい。

1. Summary
  1.  ゼロ金利制約(中央銀行が経済に影響を与えるために操作する、いわゆる「名目政策金利」がゼロなので(あるいはゼロに近いので)名目政策金利を引き下げて経済を刺激しようにもそれができない状態)の元では、伝統的な金融拡張(名目政策金利の引き下げ)による経済の刺激ができない。
  2. このような状況下では、将来に予想されるインフレ率を引き上げることで実質政策金利(=名目政策金利ー将来に予想されるインフレ率)を引き下げることができる。最近日銀が実施しているのはこの政策である。
  3.  経済がゼロ金利制約に直面している状況では、ある一定幅の消費税増税等がGDPに与える負の効果は、ゼロ金利制約に直面していない状況に比べて大きくなる。
  4. よって、消費税増税は、経済がゼロ金利制約に直面している現在実施すべきではない。
  5. 消費税は、逆進性が強いので、所得の低い人の可処分所得がより強く影響を受ける。このことも消費税増税が好ましくない理由である。
2. Major Comments
  1. そもそも、経済学者が最大化したいのは、人々の幸福度(社会的な厚生とも呼ぶ)である。なのにインフレ率の引き上げにこだわる理由がわからない。期待インフレ率の上昇によって実質金利が低下し、実体経済が刺激される(よって、社会厚生が改善する)チャンネルは理論的にありうるが、ゼロ金利制約下で拡張的な金融政策が実体経済を刺激するチャンネルは他にも考えられる。いわゆるQE(量的緩和、政策金利がゼロであることは気にせず、金利がまだゼロにいっていない様々な資産を購入することで、それらの金利を下げて経済を刺激しようとする政策)の下では、実質長期金利の低下、円安、リスク資産の実質金利の低下によっても理論上は実体経済は刺激できる。このような状況下、インフレ率引き上げを通じたチャンネルに特に注目する理由がわからない。
  2.  もし、拡張的な金融政策を通じて経済にプラスの影響を与えようというのが基本的な考え方なら、インフレに執着しなくてもよい。金融政策重視のDove(ハト派)と改名したらどうか。
  3. 但し、このグループは、財政政策にも一家言あるようだ。いっそのこと、日本でしか通用しない変な言葉を使うのはやめて、一律Dove((財政も金融も含む)ハト派)とすればいいのではないか。この方が国際的にわかりやすいし、対外的に説明するのが恥ずかしくない。
  4. 逆に、インフレを引き起こすことで経済を刺激するのが一番の目標であれば、財政政策がどうであろうが、金融緩和を実施すればいいだけだ。あるいは、緊縮財政を打ち消すだけのさらに大掛かりな金融政策を提案したほうが「リフレ派」の名にふさわしいのではないか?
  5.  中央銀行の独立性が重要である点について言及されているが、政府の意向に沿うような大幅な金融拡張を好む総裁を据えるというのは、中央銀行の独立性というトレンドとはまったく反対にあると思う。今はその悪影響が出てきていないが、こんなことしてて将来的に大丈夫かと不安だ。
  6. そもそも、最近の日銀の政策は、実体経済に対してどの位影響があったのか?そしてそれはどのようなチャンネルを経ているのか?そういうことを分析した研究をもっと紹介して欲しい。将来の期待インフレ率が動いたのか、ゼロ金利制約に引っかかっていない金利が下がったのか、為替の影響が大きかったのか?例えばEconomistなどは、最近は、為替切り下げの影響が大きかったという前提で記事を書いているように見える。
  7. 矢野さんの分析は、現在のGDPにしか焦点が当たっていない。現在のことしか考えなくてよいならば、消費税率をゼロ(あるいはマイナス)にして、むちゃくちゃに金融緩和して現在のGDPを引き上げればよい(実際上がるかは別問題)。このような政策が実施されないのは、消費税引き下げ(引き上げの延期)や金融緩和は(長期的で見えにくいかもしれないが)マイナスの効果もあるからである。そのようなことを考慮に入れない、トレードオフのない、いい加減な「モデル」を示して取るべき政策を議論されても困る。どんな政策にも短期的な見えやすい効果と、長期的な見えにくい効果のトレードオフがあってそのバランスを取るように政策を決めなければならないというのが、現在のマクロ経済学(というかApplied Microとなったマクロ経済学)の最も重要な視点の一つだと思うのだが。
  8. それに、GDPだけ見ればいいというものではない。現在の日本の状況が一時的ではく構造的なものであれば、金融緩和でちょっと経済を刺激したところで、経済の効率が低下して長期的には結局はマイナスの影響が強いことも考えられる。
  9. いわゆる消費税の逆進性に言及して、消費税の増税は総消費を減少させる(から望ましくない)と議論しているが、様々な視点が抜けていると思う。例えば、消費税には税収が安定するという利点や、効率性のロスが小さいという利点があり、長期的には望ましいという議論がある。普通のモデルを使うと、短期的な景気のコントロールから生じる厚生の上下は、長期的な効率性の改善から得られる厚生の改善に比べて非常に小さい。
  10. それに政府支出には頼るけど税金は支払いたくないというおめでたい国民性なので税率は上げれるときに上げないと、将来の借り入れコストが上がり、もしかしたら将来デフォルトに追い込まれるかもしれないというリスクが上がるかもしれない。
  11. また、消費税を上げないことで経済に勢いがつくというようなモデルを想定しているように感じられる(そうでなければなぜ消費税引き上げのタイミングがそれほど重要なのかわからない)が、どんなモデルなのか。どの位そのモデルは信用できるのか。 
  12. 理論的には、ゼロ金利制約がある状況のほうが財政緊縮がGDPに与える影響が大きいというのはわかるが、この結果はどこまで頑健なのか?この理論はデータでも支持されているものなのか?個人的には理論的にそうはならないモデルも作れる気がする。もしデータで支持されていないのであれば、そのような理論を元に消費税増税に反対するのは無理があるのでは。一般的にいえば、あまり信頼が置けないモデルで強い政策論を展開するのは不用意なのでは。
3. Minor Comments
  1. レトリックが多すぎる気がする。きちんとした経済学の書き物であれば、経済学らしく(少なくとも形式的には)科学的な書き方をしたほうが良いのでは。
  2. なぜわけのわからない被害者意識が強いのだろう?日本の最近の経済政策はいわゆるリフレ派というグループが推進する政策にとても近いので、被害者意識を持つ理由がわからない。
  3. 理論を提示しているのだから、わけのわからない書き物だけでなく、理論の元になっている論文や、理論のデータとの整合性などを論じた論文を参考文献に載せて欲しい。
もしかしたらちょっと刺激的過ぎるかもしれない。クリスマスだということ調子に乗ってみた。すぐに消してしまうかもしれない。

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