Analyzing Secular Staganation using Historical Data

アメリカ経済はSecular Stagnation(長期停滞)に陥っているか、そしてその答えがYesならその原因は何か、という質問が、不平等に関する質問とともに最近最も注目を浴びている。アメリカ経済が大不況(Great Recession)から脱して以来、これまでの多くの景気回復期に見られた景気の急回復が見られず、経済成長率が低く安定していることから、アメリカ経済は長期的な低成長の時代に入ったのではないかと考えるのはある意味自然なことだろう。但し、このような議論は、経済がちょっと低成長を続けると必ず出てくるものなので、過剰反応するのもよくない。今回ちょっと触れるのは、経済史学者のBarry Eichengreenが、今年のAEAで開催されたSecular Stagnationに関するセッションで行ったプレゼンである(スピーチの内容はNBER Working Paper "Secular Stagnation: The Long View"にまとめられている)。ここでは、Eichengreenは、長期的なデータを見ることで、Secular Stagnation仮説についての分析を行っている。

Eichengreenは、Secular Stagnationを、貯蓄需要が投資需要を上回ることにより、実質利子率が低迷し、経済成長率も低迷すること(あるいは大きなGDPギャップが存在し続けること)と定義している。では、まずは、実質利子率のデータを見てみよう。

上のグラフは、1800年以降の、アメリカにおける実質利子率の1800年以降の動きを示している。実際に、1980年ごろから、実質利子率は減少傾向にあることが見て取れる。しかし、その一方で、1980年以降の利子率の低下は、単に、1970年代の高インフレ時代を経て「平均への回帰」が起こっているとも読める。 Eichengreenは、このスピーチで特に「平均への回帰」という見方を強調しているようには見えないが、1980年以降の動きが「平均への回帰」と解釈するならば、1980年以降の利子率の低下は特に問題にすべきことではない。

Eichengreenは、Secular Stagnationの原因について4つの仮説を提示している。その4つを
順にみていこう。

1. 新興市場の経済発展により世界的な貯蓄率が上昇したこと。いわゆるGlobal Saving Glutとも呼ばれる仮説である。なぜ新興市場は貯蓄率が高いか?家計や企業は金融市場が発展していないことから、貯蓄をキープすることで様々なショック に備えようとする。政府や中央銀行は為替市場のショックに備えて、外貨を溜め込もうとする。このような貯蓄需要は新興市場に特徴的なので、新興市場のウェ イトが高まれば、世界的な貯蓄需要が上昇するのだ。下のグラフは、世界的な貯蓄率の歴史的な推移を見たものである。2つの世界大戦と大恐慌の期間に貯蓄率が下がったことを除けば、貯蓄率は安定した上昇トレンドにある。上昇トレンドは特に第2次世界大戦後に顕著である。その一方、1980年以降、貯蓄率の「上昇のスピードが減速した」と見ることはできるが、特に1980年以降に世界的な貯蓄率が「低下した」と解釈することはできない。タイミングが合っていない。



次のグラフはアメリカの投資率(貯蓄率と近い)を示している。アメリカの投資率は、アメリカが新興市場だった1800年代に大幅に上昇した後は、大恐慌の時期を除けば安定している。(これは、新古典派成長モデルの典型的な挙動である。)このアメリカのトレンドは、今後現在の新興市場で起こりうる貯蓄率の安定化を示唆しているかもしれない。


2. 投資財の価格が下がったことで投資の金額が減少したこと。よく聞く話は、コンピューター(半導体)の価格がどんどん下がっていることである。投資の数量は安定的に伸びているにしても、投資財の価格がどんどん下がれば、価格で見た投資需要はGDP比でどんどん下がっていくことになる。

上のグラフは、アメリカにおける投資財の価格のトレンドを示したものである。確かに、投資財価格は歴史的に上下動を繰り返していたが、1980年ごろから急激に低下していると見ることもできる。あるいは、投資財価格の下落トレンドは1950年ごろから始まったが、1970年代にはオイルショックにともなって一時的に上昇したと解釈することもできる。

上のグラフは11先進国のデータであるが、1950年代以降投資財価格は低下しているという仮説とより整合的に見える。

上のグラフは、Gordonが、投資財の品質による調整を加えた、投資財価格のトレンドを示している。1950年までしかさかのぼれないが、1950年代以降投資財価格は減少し続けているという仮説と非常に整合的である。

投資財価格は1950年代以降下がり続けていることを考えると、1980年代以降のSecular Stagnationが投資財価格の減少によるものだとは考えづらい。タイミングが合わないからである。

3.次の仮説は、Secular Stagnationは人口の構成の変化と関係しているというものである。Alvin Hansenは、投資率は人口成長率にひきづられて低下したと主張した。人口成長率が低下すれば、一人当たりで同じ資本を維持するための投資の額も自動的に減少するので、投資需要が減少するというものである。

それに、寿命が長くなっていくと、より長い退職後の人生をファイナンスするために、貯蓄率が増えることも考えられる。但し、このチャンネルには、逆のものも存在する。相対的に若い人が減って退職した人が増えていくと、退職した人は貯蓄率が低いので、国全体の貯蓄率は下がっていくからである。

この仮説は、ルースな分だけ、タイミングを合わせることはできるかもしれないが、人口構成の変化のようなゆっくりとした動きが1980年代以降の急激な実質利子率の低下を説明できるか、という疑問が残ると思う。

4.最後は、技術革新のスピードが減速したことで、投資をひきつける案件が少なくなり、投資需要が減少したという仮説である。この説を最初に唱えたのはAlvin Hansenであるが、最近はRobert Gordonがこの説をプッシュしている。Gordonによると、蒸気機関と鉄道が19世紀の経済成長を牽引し、石油と内燃機関が19世紀後半から20世紀半ばまでの経済成長を牽引した。それに比べると、1970年代以降のコンピューターによる技術革新は、一部の産業(流通や金融)にしか影響を及ぼしていないので、経済成長を引っ張る力が弱い、というものだ。確かに、20世紀以降の経済成長率はそれ以前に比べて低い。但し、そのことは、将来的に経済成長が停滞することを示してはいないだろう。もしかしたら、コンピューターに引っ張られた形での経済成長がこれまで弱いのは、まだ多くの産業がコンピューターの力を最大限に生かせるように再構築されていないからかもしれない。そうであれば、今後経済成長率が高まることは十分に考えられる。それに、現在発展中の技術が近い将来経済成長率を大幅に引き上げる可能性だって十分にある。

さすが経済史学者だけあって、スケールの大きい話だ。

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