このペーパーは、とても面白いデータから始まる。アメリカのデータで、各年齢において、所得によって個人を4つのグループに分けてみよう。グループ1は所得上位25%、グループ2は所得で25%-50%、グループ3は所得で50%-75%、グループ4は所得下位25%とする。彼らは次の3つのデータの特徴を指摘した。
1.どのグループにおいても、退職前も退職後も、医療費は年齢とともに上昇してゆく。このことは特に驚くべきことではない。
2.退職前(働いている期間)で、グループ1の医療関連支出とグループ4の医療関連支出を比べると、その比率は1.3程度である。つまり、各年齢グループにおいて、所得上位25%は所得下位25%に比べて約30%多く医療関連の支出を行っているのである。
3.退職後は、この比率は1程度に下がる。つまり、所得上位25%も下位25%も医療関連支出は同じくらいだということである。
では、このような医療関連支出の分配は「最適」なものだろうか?この質問に答えるため、著者らは医療支出が生存確率に影響を与えるライフサイクルモデルを構築した。彼らのモデルで重要なのは以下の点である。
- 個人は生きている限りある一定の効用を得る。その効用は所得に関わらず同じである。
- 医療関連支出は健康を改善し、生存確率を高める。
- 個人は働いている間は生産性が異なる。
- 退職前は個人は正の生産性を有する、つまり働いて所得を生み出すことができるが、退職後は生産性がゼロになる。つまり所得を生み出すことはできない。
- 政府は所得再分配を行うことができる。
- 退職後の個人は、働くことができないし、生きていることによる効用は皆同じなので、社会的には皆同じである。
- しかも、働いて所得を生み出すことができないので、政府からみると役にたたない。生きていることによる効用がなければ、退職した時点で医療費をゼロにして早く死んでもらうことが社会の平均的な効用の最大化に資する。しかし、生きていること自体から効用が得られるので、そのような政策は最適とはならない。皆同じ医療費を受け取ることが最適な分配となる。
- 働いている人は所得を生み出すことができるので社会にとって有益である。しかも、生産性が高い人のほうが多くを生み出して他の人に所得を振り分けることができるのでより政府にとっては役に立つ。よって、政府としては生産性の高い人のほうにより多く医療費を振り分けて、彼らが若くして死んでしまう確率を下げるのが望ましいということになる。
- 生産性が年とともに上がっていく場合、医療費も生産性の高い、中年の個人に多く振り向けるのが望ましくなる。
では、政府の介入をなしにした場合(レッセフェール)、医療費の配分はどのようになるか?所得の高い人はより多くの所得を医療費に費やすことができるので、医療費の配分は上で述べた最適な配分に比べてずっと不平等なものになる。
こういう論文を紹介すると、(主流派)経済学は血も涙もないというような批判をされそうで怖いのだが、医療保険制度をどのように設計するべきか、などの大きな質問に答えが出ていない、いわば手探りの状況では、このようなシンプルかつ大胆なモデルによる分析も重要だと思う。
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