Macro Perspective of the Optimal Tax for Top 1%

所得の不平等が拡大するにつれ、高額所得者の所得にどの位課税すべきかという問題がアカデミアの内外で議論されてるようになってきた。このポストでは、Diamond-Saezが静的なモデルを使って導出した結果を紹介した。彼らのモデルによると、アメリカにとって最適な、高額所得者に適用する最高税率は現行の43%よりずっと高い73%ということだった。

但し、彼らがその結果を導くにあたって使用されたモデルはかなりシンプルなものであった。もちろん、シンプルだから結果がシャープでわかりやすいというメリットは大きい。彼らのような、最適な政策などを観察できるいくつかの統計量の関数として表現することで、それらの統計量と最適な政策とのリンクを明示化するアプローチは「Sufficient Statistics Approach」とよばれて、最近流行りまくっている。

但し、その一方、彼らの結果を導出するのに使われた仮定を緩めるとどうなるか、というのも面白い問題として残っている。この問題に答えたいくつかのペーパーが出てきているので、紹介しておこう。どちらのペーパーも、マクロ経済学で一般的に使われる不完備市場OLGモデルをベースにしているという意味で、カリブレートされた動的なモデルを使う、マクロ公共経済学の観点からDiamond-Saezの質問を再考しているととらえることができるだろう。

まず、Diamond-Saezのモデルの大きな仮定は、静的なモデルということである。つまり、税率が上げられた場合、労働者にできるのは労働時間を短くすることだけであり、消費するか貯蓄するかというチャンネルは考慮されていない。それに、貯蓄が存在しないということは、高額所得者の収入の大きな部分を占める金利・配当・キャピタルゲインに対する課税が無視されているということである。これらを考慮するために動的なモデルにするとDiamond-Saezの結果はどう変わってくるか、について研究したのがKindermann and Kruegerによるペーパー"High Marginal Tax Rates on the Top 1%?"である。

彼らは労働者にライフサイクルが存在するOLG(Overlapping Generations Model)を使って、Diamond-Saezと同じ質問に答えてみた。彼らのモデルは不完備市場モデル(いわゆるBewley-Aitagari-Huggettモデル)で、個人の生産性にショックがあり、そのショックが大きいので、アメリカ並みに大きい所得の不平等、及び(モデルの中の個々人が行う最適な貯蓄行動の結果)資産保有の不平等が再現されている。労働者は、生産性が高いときには、生産性が低くなったときに消費を減らさずにすむように(precautionary saving motive)、あるいは退職後の消費を補完するため(life-cycle saving motive)に、貯蓄を行う。

著者らは、彼らのモデルを使って、トップ1%の高額所得者に適用する最適な税率を計算したところ、最適な税率は73%よりさらに高い89%であることがわかった。社会的効用を最大化せず、トップ1%から得られる税収を最大化すると、税率はさらに高い95%であることがわかった。なぜこんなに高いのか?彼らのモデルでは、収入でトップ1%に入るような人はとんでもなく高い生産性を運よく(ショックによって)手に入れた人である。彼らはしばらくすると生産性が落ちてしまうので、生産性が高いうちにはできるだけ働いて、生産性が低くなってからも高い消費が確保できるように働きまくるのである。このようなインセンティブが存在する場合、トップ1%に適用される税率をかなり引き上げても、彼らの労働意欲は減退しない(つまり、労働供給の課税に対する弾力性が低い)ので、効率の税率をかけてもそれによって労働時間が減って税収が下がるような負の効果はあまり強くないのである。重要なのは、トップ1%に入るような生産性の劇的な向上が運によってもたらされること、さらに、その幸運は長続きしないということである。

ただ、トップ1%に入るような劇的な生産性の向上を得ることは、何らかのスキル(人的資本)の蓄積があって初めて可能となるのではないかと考えることもできるであろう。最近の研究では、トップ1%にはいるような人は、大学(院)を出て、いろいろなスキルを身につけた人が多いという研究結果もある。では、上で挙げたモデルに、人的資本の蓄積を組み込んだら結果はどう変わるであろうか?もし、トップ1%に入るような高い生産性を獲得するためにはスキル(人的資本)を蓄積しなければならないのであれば、静的なモデルあるいは動的だけれどもスキルの自発的な蓄積というチャンネルのないモデルよりも、トップ1%に対する税率を上げたときの経済全体のスキルの蓄積に対する負の効果が大きいことが考えられる。この場合、そのような効果を勘案すると、トップ1%に適用される最適な税率はDiamond-SaezあるいはKindermann-Kruegerの結果よりずっと低いこともありうるだろう。

Badel and Huggettのペーパー("Taxing Top Earners: A Human Capital Perspective")はこの質問に答えたペーパーである。セットアップはKindermann and Kruegerと同じく、不完備市場のOLGモデルであるが、今回は、人的資本の蓄積が自発的に行われると仮定されている。もちろん人的資本の蓄積が速いか遅いかはショックによるのであるが、税率を上げると、人的資本の蓄積に負のインセンティブを与えるというチャンネルはきちんと取り入れられている。著者らは、このモデルを使ってトップ1%からの税収を最大化する税率を計算し、52%という結果を得た。更に重要なことに、人的資本の蓄積というチャンネルをはずすと、最適な税率は66%と高めに出ることがわかった。つまり、人的資本の蓄積というチャンネルを考慮しないと、最適な税率は高く(ここでは14pp)計算されすぎるということである。更に、著者らのモデルから得られるデータに、Diamond-Saezのモデルの結果を当てはめてみると、最適な税率は本来の52%よりかなり高くなることもわかった。

ここで紹介した結果は、単純なモデルから得られる結果は、単純化のための仮定に大きく左右される可能性があることを示している。高額所得者にどの位の税率を課すべきかという重要な問題に対して、経済学者が合意できるまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。

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