Justifying Super-High Top Marginal Tax (Diamond-Saez)

Pikettyの本で有名になったように、所得の不平等が拡大していることを受け、高所得者に対して高率の所得税をかけるという議論が盛んに行われている。最近触れたSuper-Taxはそのような試みの代表的なものだ。高所得者により多くの税金を払ってもらい、低所得者は税率を低くする、あるいは補助金を増やすことで、(税や補助金を考慮した)可処分所得の不平等を多少なりとも小さくしようというのが根底にある考えだろう。

では、このような高所得者への高い税率は正当化されるだろうか?この質問は、公共経済学において古くからある質問だが、再び盛り上がるきっかけを作ったペーパーが2011年にDiamond-SaezによってJEP(Journal of Economic Perspective)のに発表されたペーパー(The Case for a Progressive Tax: From Basic Research to Policy Recommendations)である。このペーパーの中で、彼らは、高所得者に適用する最適な最高税率を計算した。今回は彼らの議論を紹介する。これから数回にわたって、どのような関連研究が最近なされてきたかも紹介するつもりなので、彼らの議論がどのような仮定に基づいているかもできるだけ議論しようと思う。ちなみに、彼らのペーパーで展開されている議論は、Saez (Review of Economic Studies 2001)のモデルにもとづいている。もう一つ付け加えると、このエントリで取り上げた内容も同じDiamond-Saezのペーパーに含まれている。

まずは、どうやって「最適な」最高税率を定義するかであるが、高額所得者に適用される税率を引き上げることで高額所得者は損をし、高額所得者の納税額が増えたことで税負担が軽くなったり、補助金の額が増えることになる低所得者は得をすることになることが容易に想像できる。問題なのは、このような得をする人と損をする人が同時に存在する状況では、経済学は容易には政策の好ましさについて議論できないことだ。もし、高所得者の幸せが重要なのであれば、このような政策は好ましくないが、反対に低所得者の幸せが重要なのであれば、このような政策は好ましいことになることが容易に想像できるであろう。言い方を変えれば、政策に対して異なる影響を受ける各人の幸福度に対してどのようなウェイトをつけて「社会全体における幸福度」を定義するかについては、価値判断の問題であり、経済学ではなんともしようがないのだ。とはいえ、何かしらの答えを出せないと役に立たない議論にしかならないので、まぁ、皆これであれば文句も少ないであろうというウェイト付けについての仮定をおいて、そのウェイトによって定義された「社会全体における幸福度」を最大化する税率を「最適な」税率と定義する。しばしば使われるのは、社会を構成するすべての人に同じウェイトを与えるという方法である。

但し、このペーパーでは、議論を簡単にするために、高額所得者の損は社会全体では大して重要ではないという仮定の下に議論を進めている(Saezのオリジナルの論文ではもう少し丁寧な議論がなされているが省略する)。損をする高所得者を無視できるなら、社会を構成する人々全員が得をする政策なので、「最適な」最高税率というのは、高額所得者からの税収を最大化する税率ということになる。このような仮定を正当化するために、以下のような議論が用いられている。ここでは最高税率が適用される超高所得者しか考えていない。よって、そもそも、最高税率引き上げで損をする人の数は少ない。だから彼らの損は無視しても社会全体における幸福度の近時としては悪くないといえる。それに加えて、最高税率が適用されるような人達にとっては、極端な例を挙げると、100ドルくらいは何の価値もない。その一方、その他の人々(特に低所得者)にとっては、100ドルは重要である。よって、高所得者の損は低所得者の得によって容易に打ち消すことができると考えても差し支えないだろう。

では、これ以降は、高所得者からの税収を最大化する税率を「社会にとって最適な」税率と考えて、議論を進めていく。このような税率をT*(経済学では最適なものにしばしば星(スター)をつけるのでその慣習に従う)と呼ぼう。ではまず、T*はどの辺にありそうか考えてみよう。まず、税率がゼロであれば高所得者から得られる税収はゼロなので、これがT*になるとは考えにくい。おそらくは税率をゼロから上げていけば、税収は増えていくだろう。では、逆の極端なケースを考えてみよう。税率を100%にしたらどうなるか。稼いだ分が全部持っていかれるので、おそらくは誰もこの税率が適用される所得を得よう(申告しよう)とは思わないだろう。もちろん、働いて所得を得ることにお金以外の意味がある場合、全部持っていかれても働く人はいるかもしれない(実際、無償で働くインターンもいる)が、ここではそういうケースは捨象する。結果として、税率を100%にしたときも税収はゼロになってしまうので、100%の税率がT*になるとは考えにくい。税率を100%から下げていけば、その税が適用される所得を得る(そして申告する)人が出てくるだろうから、税収は増えるであろう。結局、最適な税率であるT*は0%と100%の間になることが、当たり前だけど、予想される。この議論は、いわゆる、ラッファーカーブというものだ。

では、T*をどうやって求めたらいいか、考えてみよう。そのために、まずは、高所得者が税率を上げても行動を変えないと考えてみよう。この仮定の下で、税率をt%だけ上げたら税収はどの位増えるであろうか?そのことを示すのが以下の(1)である。

tN(Zm-Z*)       (1)

 tは税率を上げる幅、Nは最高税率が適用される人の人数、Z*は最高税率が適用される収入の下限、ZmはZ*を上回る収入の平均値(だからm(mean=平均)を着けている)である。一方、税率を上げると高所得者は労働時間を減らして収入を下げるか、何とかして申告する収入を減らそうとするであろう。1ドル税金の支払額が増えたときにeドル申告する収入を下げるとしよう(eはelasticity=弾力性である)。この場合、税率をtだけ上げたらどの位税収が減るであろうか?それを示すのが以下の(2)である。

e tN Zm T /(1-T)       (2)

N人の高額所得者が全員Zm(平均)の収入を得ていると考えてみよう。Tは現在の税率で、T+tに引き上げられたと考えてみよう。税率が引き上げられる前の税の支払額はZmTである。ちょっと細かい議論になるが、現在の税率が既にTとすると、そこからtだけ税率を引き上げると、税率の上がり具合を割合で示すとt/(1-T)である。eは税がそれだけ上がったときにどれだけ申告する所得が減るかを示しているので、高所得者一人当たりの申告される収入の減少分はe tZm /(1-T)で示される。現在の税率がT、高所得者の人数がNなので、総税収の減少は、e tZm /(1-T)にTとNをかけたものとなるわけである。

では、最適な税率では何が起こっているはずか?細かい議論は省略するが、ある条件の下では、税率が最適、つまりT*のときには、Tをちょっと変えたときの税収の増加分と税収の減少分が等しくなっていると考えられる。この状態から税率を上げると、申告される所得の減少による税収の減少分が税率の引き上げによる税収の増加分を上回ってしまうので、TはT*から引き上げると総税収は減少する。逆に、TとT*から引き下げてしまうと、申告する収入が増えることによる税収の増加分が、税率の低下による税収の減少分を下回るので、TをT*から下げても総税収は減少してしまうのである。

長々と話してしまったが、T*では、上の二つが等しくなっている。つまり以下の数式(3)が成り立っている。

 tN(Zm-Z*)=e tN Zm T* /(1-T*)       (3)

この数式を簡単にすると、以下のようになる。

 (1-Z*/Zm)=e T* /(1-T*)       (4)

ここで、Diamond-Saezは高所得者の所得分布はパレート分布で近似できると主張する。以下のグラフが、高所得者の所得分布とパラメータを適切に選んだパレート分布を比較している。
細い線がアメリカの所得分布のデータ、太い線がパレート分布である。現在のアメリカでは最高税率が適用される年収は40万ドル(1ドル100円換算で4000万円)ほどである。上のグラフを見れば、40万ドルを超える部分では、パレート分布はアメリカの所得分布をうまく近似しているといえるだろう。ここで、とても便利なのは、パレート分布の特徴として、Z*/Zmが一定であるということである(パレート分布のこの性質は最近の経済学でこれでもかというくらい広く使われている)。詳しく言うと、Z*/Zmは以下の式(5)で示される。

Z*/Zm=(a-1)/a       (5)

ここでaは、パレート分布の形を決めるパラメータである。上のグラフでは、縦軸にaが示されている。つまり、所得分布がパレートに近いというのは、所得分布からaを計算すると、aが安定しているということを示している。 上のグラフを見ると、a=1.5のパレート分布でアメリカの所得分布がきれいに近似されていることがわかる。

では、この性質を使って、さっきの数式(4)をさらに簡単にして行こう。(4)においてZ*/Zmを(a-1)/aで置き換えて、式(4)をT*について解くと、以下の式(6)が導ける。

T*=1/(1+a e)       (6)

つまり、aとeだけわかれば、高所得者に適用する最適な税率が計算できるのである。aは既に1.5くらいだと述べた。ここでaが小さいというのは、(5)によるとZ*/Zmが小さい、あるいはZm/Z*が大きいということである。Zm/Z*が大きいというのは、ある水準Z*より所得が高い人の所得の平均を計算した場合、所得の平均が高いということを意味する。言い換えれば、所得分布のテールが太い、あるいは、簡単に言えば所得の不平等性が大きいとを意味する。(6)の式は、所得の不平等が大きい場合は、高所得者に適用する最適な税率が高くなることを示している。

もう一つのパラメータeは、税率が上がった場合に、高所得者が申告する所得がどの位下がるかの程度を示している。この数字が低ければ、高所得者は税率ががっても所得を減らさないので、より高い税率で効率的に課税できるということを示している。このパラメータもデータから推定されている。 Diamond-Saezによると、eの推定値は0.17から0.57あたりである。その中央の値、0.25を使うとしよう。(6)式によると、T*=1/(1+1.5x0.25)=73%となる。この73%というのが、彼らがリーズナブルと考える高額所得者に適用される最適な税率ということになる。

では73%というのはどの位高いのか?Diamond-Saezによると、現在のアメリカで高所得者に適用される最高税率は43%らしい。連邦所得税の最高税率は現在35%だが、それに、平均的な州の所得税率(5.9%)や平均的な消費税率(2.3%)などを加えた結果が42.5%という税率である。つまり、ここで算出された最適最高税率73%は現行の最高税率43%よりかなり高い、つまり、最適な税率に向けて最高税率はかなり引き上げなければならないということになる。

73%というセンセーショナルな数字は、多くの仮定に基づいていることがわかるであろう。仮定を緩めれば、73%という数字は大きく違うものになるかもしれない。以下では、仮定のうちいくつかをリストアップしてみよう。
  1. 彼らのモデルは静的モデルである。動的な側面は無視できるのか?
  2. 動的な側面の一側面だが、ライフサイクルを考えると彼らの結果は変わるのではないか?
  3. 彼らは高所得者の損は無視できると考えている。この仮定はリーズナブルか?
  4. e=0.25というのはリーズナブルか?永久に高所得者への税率が高いことになれば、高所得者はe=0.25で仮定されているより大きく反応するのではないか?これについては、著者らが簡単な分析を行っている。例えば、現行の43%が最適となるためにはeが0.9という、現在ある推定値のレンジをはるかに上回るeでなければならない。逆の言い方をすると、e=0.6、つまり存在する推定値で最も高いレベルを採用しても、最適最高税率はT*=1/(1+1.5x0.6)=53%となる。eをかなり大きく見積もっても最適最高税率に達するためには現行の最高税率を10%程度引き上げなければならないといえる。
  5. 高所得者が働く時間(あるいは努力)を削減したとすると、このモデルでは無視されているが経済全体の生産性が落ちたりするのではないか?例えば、高所得者が企業家だと考えた場合にこのような懸念は有効となるであろう。
  6. 高所得者の国外流出のようなケースは十分考慮されているか?
最近の研究はこれらの仮定を緩めたら彼らの結果がどういう影響を受けるか、という方向に進んでいる。気が向いたら、そのような研究の一部を紹介しようと思う。

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