Exchange Rate, Inflation, and Net Exports

為替レートが変化すると、インフレ率や輸出、輸入にどういう影響を与えるだろう、という国際経済学における永遠のテーマの一つについて、最近読んだことをメモしておく。

標準的な考え方はこのようなものだ。例えば日本に比べてアメリカの金利が上がる(FRBは現在利上げを進めている一方、日銀が近々利上げをするとは考えにくい)と、ドルの方が円に比べて魅力的になるので、ドルの相対的な需要が高まって、ドルが円に対して強くなる。すると、日本がドル建てで買って輸入するものは円建てでは価格が高くなる(ドルが高いからである)ので、輸入品も含めて日本人が消費する物の平均的な値段が上昇する。いわゆる「輸入インフレ」というやつである。

その一方、 輸入するものがドル建てで価格が設定されているとすると、円建てでの値段が高くなるので、輸入するものの競争力が落ち、輸入数量が減少する。日本が輸出するものは、円建ての価格(原価)が変わらないとすると、ドル建てでの価格が低下するので(円が安いからである)、日本が作る輸出品の競争力が上がって輸出数量が増加する。合計すると、純輸出(輸出ー輸入)は増加することになる。

 但し、純輸出が増加する効果は、価格の調整に比べて遅いかもしれない。その場合、円で計算した輸入額は、輸入数量がすぐには変わらない一方円建ての輸入価格は上昇してしまうので、円建ての純輸出額(輸出額ー輸入額)はまずは低下してしまう。貿易収支が悪化するといっても良い。但し、時間がたって数量が調整されてくると価格の効果は打ち消されて数量の効果によって純輸出額が増加、あるいは貿易収支が改善することになる。このような動きはアルファベットのJの形をとってJカーブ効果といわれる。

このようなことが教科書的な話だけれども、これは本当だろうか?

まずは為替レートの変化とインフレ率の関係についての最近のNBERのペーパーから紹介しよう。最近のNBER Working Paper("The International Price System")でGita Gopinathは、44カ国の輸出と輸入がどの通貨建てで行われているかに注目した。ちなみにこのペーパーは2015年のJackson Hole Symposiumでの講演が元になっている。主要な発見は以下である。
  1. 世界の貿易の大部分は限られた数の通貨で行われており、その中でもドルのシェアが圧倒的に高い。
  2. 例えばドル建ての貿易を考えた場合、2年までのスパンで考えると、ドル建てでの価格は為替レートの変動にあまり反応しない。
これらからわかることは、為替レートの変化が国内のインフレ率にどのくらい反映されるか(パススルー率という)は、外国通貨建てで行われる輸入の比率によって決まってくるということである。例えば、アメリカは、輸入の93%をドル建てで行っているので、自国通貨建ての輸入の比率がとても高い。 よって、為替レートの変化は輸入品のドル建ての価格にもちろん影響を余り及ぼさない。よって、為替レートの変動に対するインフレ率の反応は小さい。

日本の場合、アメリカからの輸入は総輸入の13%にしか過ぎないが、日本の輸入の71%はドル建て(それに加えて5%はユーロなどそのほかの外国通貨建てで、円建ては24%である)なので、日本の場合、為替レートの変動が、輸入品の国内通貨建ての価格に強く影響する。

上のグラフは、アメリカ、日本、トルコ、において、為替レートが減価した場合(日本で言えば円安になった場合)、輸入品の国内通貨建ての価格にどの位パススルーされるかという比率をあらわしている。先に書いたとおり、アメリカにおいては、為替レートの変動によって輸入品価格はあまり影響を受けない。2年後のパススルー率は44%である。つまり、10%ドルが安くなった場合、2年後に輸入品の価格が4.4%高くなるということである。日本の場合、円が10%安くなった場合、輸入品の価格は2年後には9%も高くなる。つまりパススルー率90%である。トルコも日本と同じような感じである。
上のグラフは、彼女が分析した国における、アメリカからの輸入の比率(薄い色)とドル建ての輸入の比率(濃い色)を示している。アメリカからの輸入量に比してドル建ての輸入が多いというのは何も日本(上のグラフの左から2番目)に限ったことではないのがわかるだろう。

では、為替レートと輸出入の関係はどうか?最近Economistの記事があったのでちょっと紹介しておく。Economist誌はマクドナルドのBig Macの値段だけから、為替レートの動きを計算している(Big Mac Indexと呼ばれる)。最近の記事によると、日本のBig Macは2013年にはアメリカより20%安かったが、2016年1月にはアメリカより37%も安いことがわかった。Big Macによると、日本円は2013年以降ドルに比べて20%以上安くなっているといううことである。単純な理論によると、円が安くなれば日本の輸出は増え、輸入は減るはずである。但し、円は安くなったにもかかわらず、日本の輸出量はぜんぜん増えていないようだ。それを示しているのが下のグラフである。
IMFが1980年から2014年にかけての60カ国のデータを使って行った分析によると、為替レートが10%下がった場合には、純輸出の(大幅な)増加によって長期的にGDPが1.5%増加する、しかもその効果の大部分は最初の1年で現れるはずなのだが、このグラフはそのような研究結果と反している。IMFによると、円の為替レートの動きから考えると、輸出量は過去の動きから想定される量より20%低いそうだ。詳細な分析はなされていないものの、Economistはこの理由の候補として2つの説が挙げている。
  1. この時期、世界的に成長が鈍化しており、貿易量もそれと同時に停滞している。
  2. (日本も含めて)多くの国はグローバルサプライチェーンの一部になっているので、輸出や輸入の動向が為替レートの変化にあまり敏感ではなくなっているのではないか。
輸入がどうなっているのかとか、純輸出がどうなっているのかとかを見たかったのだが、上のグラフが再現できなかったのでEconomistの記事の紹介にとどめておく。

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