確か安田さんが言っていたと思うけど、Journal of Economic Perspective (JEP)は無料で、一流の学者が専門家でもない人でも読めるように書いているものが多いので、お勧めである。興味のあるトピックの特集があった場合、専門の研究者でなくても(あるいは自分の専門でなくても)楽しめる。それでも、理論系の場合多少のバックグラウンドがないとわからないものが多い(例えば前に扱った最適課税理論についてのJEP論文は普通の人には敷居が高いと思う)けれども、最近の経済学は面白いデータを扱うものが多いので、読みやすいものが以前より増えてきたと思う。
幸い、最新のJEPは「不平等」特集であった。 特に、不平等というと所得の不平等に焦点が当たりがちであるが、不平等について所得以外の面から見てみた論文を集めており、とても面白かった。今回は、その中でも、Attanasio and Pistaferriによる消費の不平等についての巻頭論文("Consumption Inequality”)についてメモしておく。
そもそも論からはじめよう。なぜ、消費の不平等が重要なのか?一般的に不平等が重要なのは、最終的には、できることなら、皆が等しく幸福な社会(幸福度の不平等が小さい社会)を実現したいからだ。そして、所得の不平等が重視されるのは、所得が幸福度に重要な影響を与えると考えるのが自然だからだ。例えば、小指の長さの不平等も不平等ではあるが、そんなものは(おそらく)幸福度とは関係ないので小指の長さの不平等が拡大していたとしてもあまり問題はないはずだ。
但し、(短期的な)所得の不平等は必ずしも直接、幸福度の不平等につながるとは限らない。所得の変動が短期的(transitory)で、恒久的(permanent)な所得の違いがなくて、金融市場でお金の貸し借りができれば、所得が低いときにはお金を借りて所得より多くの消費を行い、所得が高いときには貯蓄をして消費を所得より少なくし、将来所得が低い時に備えることができるからだ。このような行動が完璧に実現できれば、所得の変動はあっても消費はまったく変動しなくて済むので、消費の不平等はゼロになる。所得の不平等は存在するけれども、消費の不平等は存在しない。そして、どちらが幸福度の不平等と直接的に結びついているかといえば、消費のほうである。
では、なぜ、所得の不平等が注目を浴びるのか?一般的に、所得のデータの方が充実しているからである。以下で述べるように、アメリカですら、個々人の消費のデータにはいろいろな問題がある。但し、そのことは、消費のデータを忘れていいということではなくて、仕方なく所得のデータを使って不平等を議論しているとしても、最終的に需要なのは消費の不平等であること、消費のデータを改善することに力を注がなければならないことを忘れてはならないだろう。
ところで、(マクロ)経済学では、しばしば、消費と余暇(時間の消費)が幸福度を決める重要な要素と考えられているので、この論文では最後に余暇の不平等についても述べられている。この論文の最後でちょっと余暇についても触れられている。
では、以下に、彼らの主要な議論を要約していく。
1. アメリカでもっともよく使われる家計レベルの消費のデータはConsumer Expenditure Survey (CE)である。CEは1980年から始まっており、CPI(消費者物価指数)のバスケット(平均的な消費者が買うもののリスト)を作るのに使われている。CEにはインタビューサーベイ(3ヶ月ごとに年4回、家計の消費行動についてインタビューを行って家計レベルの消費データを作成する)と、日記(Diary)サーベイ(2週間の間、購入したものについて記録をとり続けることで、家計レベルの消費データを作成する)の2種類があるが、一般的には、インタビューサーベイがよく使われているが、最近、CEは実際の消費の実態をうまく把握できていないのではないかという疑問が生じている。CE(インタビューサーベイ)の総消費とGDPの総消費(Personal Consumption Expenditure, PCE)を比べると、1992年まではCEはPCEの70%を把握していたが、その割合は2010年には58%まで急降下した。但し、この問題の主要な原因は、CEとPCEで把握しているものが異なっていることであると考えられている。その証拠に、CEとPCEが同じようなものを把握している非耐久消費支出(食料に対する支出など)の場合、CEはPCEの93%を把握できている。CEとPCEの差が大きくなってきているのは例えば耐久消費財(自動車、家電など)である。
2. また、CEは所得が高い人が少ない(所得が高い人はそもそも少ない上に、おそらくサーベイへの返答率も低い)こと、所得が高い人の所得や消費は過少申告されていることも、不平等を考える上で問題となっている。このようなバイアスの下では、消費の不平等度が低く計算されがちだからである。さらに、この問題が近年悪化しているのであれば、消費の不平等度の上昇度合いが低く見積もられることになる。下で触れる最近の研究では、このような問題点を克服するために、CEを他のデータセットで補完するという方法がとられている。
3. では、CEで消費の不平等を見ていこう。最も重要な質問は、消費の不平等は1980年以降高まったか、である。1980年以降、所得の不平等が高まったことはよく知られている。消費の不平等も同じように上昇したのか、あるいは消費の不平等は所得の不平等と一緒に上昇しなかったのか。前者であれば、所得の不平等をみることで幸福度の不平等の代理変数とすることにあまり問題はないが、後者の場合は、所得の不平等を見ているだけではダメだということになる。驚くべきことに、この質問に対する答えは最近10年程度で大きく変化した。少し前までは、消費の不平等は所得の不平等ほど上昇していないというのがコンセンサスとなっていた。例えば、Krueger and Perri (2006)によると、1980年から2003年の間、所得の対数の分散(不平等の度合いを示すものとしてよく使われる統計量である)は0.35から0.57まで、22ポイント上昇したが、CEによると、消費の対数の分散は0.18から0.24まで、6ポイントしか上昇しなかった。つまり、消費の不平等も上昇はしたが、その上昇幅は所得の不平等の上昇幅に比べるとずっと小さいと考えられてきたのである。このことと平行して、2000年代初めには、所得の不平等が大きく上昇したのに消費の不平等が何であまり上昇しないのかということを理論的に考える動きが盛んであった。
4. 1980年代以降、消費の不平等が所得の不平等ほど大きく上がらなかったコンセンサスは、所得側のデータとも整合的であった。恒常所得仮説によると、恒久的な(permanent)所得の不平等は消費の不平等に直結するが、一時的な(transitory)所得の不平等は消費の不平等にはあまり影響を与えない。そして、例えばGottschalk and Moffitt (1994)は、1980年ごろ以来の所得の不平等の上昇分のうち1/2から1/3くらいは、一時的な所得の不平等の上昇によるものだと主張した。つまり、所得の不平等は上昇したけれども、消費の不平等に直結する恒久的な所得の不平等の上昇はそのうちは1/2-2/3程度だということであった。
5. しかし、最新の研究は、そのような結果が正確ではないのではないかという疑問を投げかけている。これまで正しいと考えられてきたことは、特に最近消費の実態をうまく把握できていないというCEの問題によるものではないかと考えられるようになったのである。最新のペーパーでは、CEの問題点を考慮し、CEのインタビューサーベイの結果に他のデータの結果を組み合わせることでデータの精度を向上させている。最新の結果を比較したのが以下のグラフである。
オレンジの線(Heathcote, Perri, and Violante)は、伝統的な手法(CEをそのまま使う)で計算された、消費の対数の分散の変化を示している。2000年以降ちょっと上昇しているが、それ以外の期間はあまり上がっていない。つまり、オレンジの線はこれまでのコンセンサスを示している。それ以外の線は、新しい方法で計算された消費の対数の分散の変化を示している。赤茶色の線(Attanasio, Battistin, and Ichimura)は、CEのインタビューサーベイデータをメインとしつつも、インタビューサーベイデータがうまく把握できていないところについては日記データで補完をしている。緑の線(Attanasio and Pistaferri)は、1999年以降は、PSID(Panel Study of Income Dynamics、CEと並んで消費のデータが充実しているデータセット、1999年以降は消費のデータが大幅に拡充された)を用いている。青い線(Aguiar and Bils)は、消費を、貯蓄額の変化と収入から逆算して求めている。どれについても言えることは、新しい手法を使うと、伝統的な手法で求められた消費の不平等の上昇より、大きな消費の不平の上昇が見られるということである。Aguiar and Bilsによると、消費の対数の分散は20ポイント以上上昇しており、所得の不平等の上昇幅(22ポイント)とほぼ同じである。
6. この、消費の不平等の上昇に関する新しい結果は、所得の不平等の上昇に関する新しい研究結果と整合的である。所得をより正確に把握できるデータに基づく最新の研究によると、所得の不平等の上昇の大きな部分は恒久的な要素が占めており、消費の不平等に直接的に影響を与えるはずである。逆に、最新の研究によると、一時的な所得の不平等の上昇は限られている。
7. ところで、これまでは「消費」を「消費額」で把握してきたが、その背後にあるのは、全ての人が同じ価格を払っている(ので、価格は不平等には影響を与えない)という仮定であった。消費額をPCと表した場合(P=価格、C=消費の数量)、Pが皆同じであれば、PCの不平等を見ることで(本当に関心のある)Cの不平等を見ることと同じなわけだ。しかし、最新の研究では、このような仮定は必ずしも正しくないことが示されてきている。Aguiar and Hurst (2007)は、退職した人は、よりは長い時間買い物に費やし、同じものを安く買っていることを示した。Griffith, Leicester, and Nevo (2008)は、イギリスのデータを使って、所得が低い人はものを大量に同時に買うことおよび安いブランドのものを買うことで節約していること、および、セールやクーポンの利用度は所得が高い人と低い人が中間的な所得の人に比べて積極的に行っていることを示した。Nevo and Wong (2015)は、大不況に直面して、所得が減少した人ほど、セールやクーポンを利用し、まとめ買いを行い、安いブランドに切り替えることで、支出を抑えようとしたという、間接的な証拠を示した。Kaplan and Menzio (2016)は同じ物の値段がどうして異なるかについて、スキャンデータを使って分析を進めている。もし、低所得者のほうが安くものを買っているのであれば、消費(=C)の不平等は消費「額」(=PC)の不平等より小さくなるはずであるが、この分野の研究はまだ発展途上である。
8. 食料については総消費よりよいデータがあるので、食料への支出の不平等を見てみよう。下のグラフは食料への支出額の不平等の変化を表している。
赤い線が、食料への支出の不平等の変化を表している。今度は、上位10%と下位10%の食料支出額の対数の差として示されている(これも、不平等の度合いを測るためによく用いられる統計量である)。不平等が1980年代以降、最近に至るまで確実に上昇していったことがわかるであろう。青い線は、フードスタンプ(低所得者が受け取ることができる、食料購入用のバウチャー、とはいえ最近はクレジットカードのようなカードに入った補助金を使うという形態が普通である)を加えて不平等を再計算したものである。フードスタンプの金額は狭義の「消費支出」ではないので赤い線には含まれていないものの、消費の一部である。青い線は、赤い線より常に下に位置している。つまり、低所得者に与えられるフードスタンプは、食糧消費の不平等の改善に役立っているということが示されている。更に、緑色の線は、様々な人が異なる価格を支払っていることを考慮したものである。具体的には、高所得者は比較的外食が多く、低所得者は比較的家で食べる頻度が高いので、外食の値段に比べて食材の値段があまり上がっていなければ、価格の違いを考慮に入れた場合の「食料消費」の不平等は「食糧消費額」の不平等より小さくなるはずである。実際、緑の線は、わずかではあるが、青い戦より下に位置している、つまり、低所得者の支払う価格はちょっと低いのである。特に青い線と緑の線の差が最近大きくなっていることは、先ほど言及したNevo and Wong (2015)の研究結果と整合的である。
9. では、最初にちょっと議論したが、余暇の不平等はどのように変わってきているだろうか?もしかしたら、消費の不平等との拡大とともに、余暇の不平等も逆の意味(低消費者の余暇がより増えるという意味で)で拡大しており、消費の不平等の拡大の効果を多少和らげているかもしれない。余暇の時間の不平等がどのように変わってきたかを示しているのが下のグラフである。
青い線は、所得の低い(高校を卒業していない)人の余暇の時間の推移、赤い線は所得が高い人(大学に行った人)の余暇の時間の推移を示している。左が男性、右が女性である。どの線も上昇基調にある。つまり、どのグループの人々も、余暇の時間は1960年代から現在に至るまで、増えてきている。それと同時に、特に男性において顕著であるが、低所得者の余暇の時間の増加がより大きい。もしかしたら、最初に述べたように、低所得者の余暇の時間が高所得者よりさらに増加することで、幸福度という意味では、余暇が消費の不平等の拡大の効果を和らげているのかもしれない。但し、余暇がどのように幸福度に影響を与えるか、というのは、とても難しい問題であり、将来更に研究が進められるべき分野である。
10. 最後に、親と子の所得および消費にはどのくらい強い相関があるかを見てみる。いわゆるintergenerational mobilityという概念なんだけれども、日本語でなんと言うのかわからない。相関が弱いということは、親の収入に関わらずこの収入が(運や努力次第で)上がりも下がりもするという、いわゆるフレキシブルな社会であることを示している。しばしば見られるのは親と子の所得の相関であるが、このペーパーではでは消費についても見ている。上で紹介したPSIDというデータセットでは、サンプルに入っている家計の子供が独立するとその子供もサンプルに入れて子供の収入や消費も追いかけるので、消費の親と子の相関を調べることができる。下のグラフが所得(右)と消費(左)の親と子の相関を示している。
住んでいる場所による所得の違いをコントロールするため、住んでいるところにおいて、所得および消費のランキングがどのくらいか(100%が最高(住んでいるエリアで最も収入が高い)で0%が最低)を示している。この線が平らであれば、親の所得および消費は子の所得および消費に影響しないということであり、45度線であれば、親の所得や消費が子のそれを決める社会ということになる。所得の消費も、もちろん正の相関があるが、消費の方が相関が弱いように見える。
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