メカニズムは単純である。収入や貯蓄が低い人の消費性向は高く、収入や貯蓄が高い人の消費性向は低いことは知られている。このような状況下で、収入が高い人の収入が更に増え、収入が低い人の収入が更に減ったとしよう。もちろん、この場合、所得の不平等は拡大することになる。総消費はどうなるか?収入が高い人は、そもそも消費性向が低いので消費はあまり増やさない。収入が低い人は、収入が減ると消費は直接減少することとなる。彼らは、貯蓄があまりないので、一時的に収入が減少したとしても、貯蓄を切り崩して一時的に消費を支えることができないからである。結局、総消費は減少することとなる。
このペーパーは、このようはメカニズムが標準的なマクロモデル(労働収入について個人レベルのショックがある不完備市場のマクロモデルに賃金の下方硬直性を加えたもの)においてうまく機能するかを調べたものである。
まずは、彼らは、賃金の下方硬直性がないモデル、つまり、名目摩擦がないモデルから分析を始める。これは、いわゆるAiyagariモデルである。このモデルで、上で書いたような不平等の拡大というショックが起こったとしよう。ショックが起こった時点の貯蓄や、生産性は変わらないので、労働者が同じ時間働く限り、GDPは変わらない。GDPが変わらず消費が減少するとしたら貯蓄=投資が増えることとなる。そして、投資が増えるので将来のGDPは増加する。つまり、短期的には消費が減少するものの、GDPは減少しない、つまり、不況は生み出されない、更に、将来のGDPは増えてしまうのである。このことは、「不平等が不況を生み出す」というような状況とはぜんぜんかけ離れている。
では、Aiyagariモデルに賃金の下方硬直性が入ったモデルを考えてみる。このモデルは、いわゆる「ケインズ的な」挙動を示す。総需要が減少した場合、賃金を切り下げたくても切り下げられないので、失業が生まれるのである。このモデルで、上で説明したような不平等の拡大が起こったと想定してみよう。消費の需要が減少するので総需要が減る。今説明したように、企業は賃金を下げて雇用を減らし、生産を減らしたいんだけれども、賃金は下げられない。よって、レイオフを行うこととなる。GDPは消費と一緒に減少し、上のモデルで起こったような投資の増加は起こらない。逆に、将来にわたって消費需要(そして総需要)が低くなることが予想されるため、投資も抑制され、GDPは長期的に減少することとなる。つまり、よく言われているような「不平等が不況を生み出す」ことが実現されるのである。
このペーパーでは、ここで述べたようなメカニズムの大きさを比較的容易に図ることができるような方法(ケンブリッジ界隈で大流行のsufficient statistics approachだ)を提示したり、それを使って、不平等乗数のようなものを提示したりしていて、いろいろ面白いのだが、その辺は捨象する。
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