Unemployment Insurance as Automatic Stabilizer

マクロ経済政策のやり方のひとつとして、自動安定化装置(automatic stabilizerあるいはbuilt-in stabilizerとも呼ばれる)というものがある。不景気のときには政府が支出を自動的に増やし、景気が過熱気味の時には政府が支出を減らようにあらかじめ決めておくことで、自動的に、政府の支出の増減が「総需要」を安定化させ、景気循環の触れ幅を小さくしようというものである。

では、なぜ「あらかじめ決めておく」ことがいいことなのか?3つ理由を挙げてみると、1つ目は、不景気のたびに景気をしたささえするために特別な法律を作る必要が省けるというのがある。不景気の時に景気対策以外のことで国会が忙しい場合、景気対策が後回しになってしまうがリスクあるが、あらかじめ自動的に財政支出を変化させる仕組みを作っておくことでそういうリスクを小さくできる。2つ目は、経済主体の期待に働きかけることができるということがある。普通は、企業が景気が悪くなってきたと感じた場合、従業員を解雇する人数を増やすことが起こりうるが、もし、そうした企業が、自動安定化装置の存在を知っていて、財政支出が増えることが予測できていれば、解雇をしないという結果になるかもしれない。3つ目は、景気がいい時でも、政府支出が削減されることを決定するのは政治的に難しいが、そうすると恒常的に財政赤字がつみあがってしまう。好景気の時には支出を減らすとあらかじめ決めておくことで、財政への長期的な影響を中立的にすることができる。但し、年金支給額のマクロ経済シフトがどうなっているかからわかるとおり、景気がいいときででも財政支出を削減しないのは人気が取れる政策なので、コミットメントの問題がある(日本政府の場合コミットメント能力は無きに等しいと思われる)。

では、実際には自動安定化装置はどのように実施されているのか?もっとも有名な例が「累進所得税」である。累進的であるということは、所得が上がれば上がるほど税率も上がるということをさしている。景気が落ち込んで人々の所得が低くなった場合、累進所得税のものでは、人々の所得に適用される税率が「自動的」に低くなり、可処分所得(税引き後の所得)が増加する。逆に景気がいいときには、所得は高くなるので、それとともに所得に適用される税率も上昇し、可処分所得は税引き前の所得ほど伸びないことになる。このような政策の下では、人々の可処分所得の変動幅が税引き前の所得の変動幅より小さくなり、景気の大きな上下動を抑えられることが期待される。

と、ここまでは前置きだったのだが、もし、失業保険の金額あるいは受け取れる期間が景気とともに自動的に上下すれば、それもautomatic stabilizerとして機能しうることはわかるであろう。景気が落ち込んでいるときには失業率は高い、つまり、失業者も多いし、平均的な失業期間も長くなりがちである。この場合、失業保険の金額あるいは給付期間を自動的に延ばす仕組みがあれば、不況時には失業者が受け取る金額は大きくなり、可処分所得の落ち込みが抑えられるというわけである。実際、アメリカでは、通常時は6ヶ月までしか失業保険を受け取ることができないが、失業率が高くなると給付期間が自動的に延長される仕組みがある。但し、失業保険の金額は州によって異なるものの、不況時に自動的に増額されるような仕組みはない。

では、実際に、失業保険の金額を景気によって変化させればautomatic stabilizerとして機能するのか?という質問に答えようとしたのが、今回紹介するペーパー("The Importance of Unemployment Insurance as an Automatic Stabilizer" by Di Maggio and Kermani, NBER Working Paper No. 22625)である。但し、上に書いたとおり、失業保険の金額は景気によって変わらない。よって、著者らは、州の間の失業保険の金額の違いに注目した。

具体的には、著者らが行ったのは以下の分析である。まずは、アメリカの各市(カウンティ、とりあえず「市」と訳しておく)の失業者の失業保険受取額が失業前の所得のどのくらいの割合か(これを失業前所得比率=RR=Replacement Ratioの訳)を計算し、その平均をとる。これが、各市の失業保険の手厚さの指標となる。著者らのデータによると、RRの平均は23%(普通は40-60%なのでこの数字はとても小さい)で標準偏差は11%なので、市の間の差はとても大きいことがわかる。では、これらの市の経済にショックがある場合、そのショックに対する市の所得や雇用の感応度は、RRによって異なるかを見るというのがメインの分析である。RRが高い市であれば、失業した人はより多くの失業保険をもらえるということなので、市が不況に陥って失業率が上がった時に、失業保険も含む可処分所得の落ち込みは小さいということとなる。もし、総需要への効果が実際にあるのであれば、可処分所得の落ち込みが押さえられることによって、その市の景気の変動の大きさが小さくなるということになる。

では、各市へのショックはどうやって計算するか?著者らはほかのペーパーでも使われている、Bartikショックというものを使っている(Bartikという人のペーパーで提案されたからだ)。Bartikショックというのは、次のように計算される。まずは、全米における、各セクターの雇用の変化を計算する。そして、各市における各セクターの重要度に応じてウェイト付けすることで、その市におけるショックの大きさを計算するのである。具体例を挙げると、例えば、石油関連産業の雇用がアメリカ全体で大きく落ち込んだとする。この場合、テキサスなどの、石油産業が全体の雇用に占める割合の高い市は、大きなショックを受けたことなり、石油産業がぜんぜん雇用に貢献していない市であればショックはないと仮定される。つまり、全米全体における各セクターへの影響が、家訓セクターの雇用における重要度に応じて各市に均等に配分されるというものである。かなり突っ込みどころが多い仮定のような気がするが、最近多くのペーパーで使われている。

著者らの分析の結果を要約すると以下の通りである。

1. RRが高い市のほうがショックに対する雇用の成長率の感応度が小さいことがわかった。RRが10ポイント下がると、ショックに対する雇用の成長率への感応度は9%下がった。

2. RRが高い市の方が、ショックに対する雇用の成長率の感応度は小さいが、この結果は非貿易セクター(サービス、建築等)に於いてのみ有意(しかも16-20%と大きい)であった。逆に、貿易セクター(製造業)においては、RRはショックに対する雇用の成長率の感応度に影響を与えていない。このことは、RRの雇用の感応度への影響が総需要への影響を通じたものであることを示唆している。

3. 各市における自動車販売台数のデータもあるので、自動車販売台数を、総消費の代わりのデータと考えると、RRが高い市の方が、ショックに対する自動車販売台数の伸びの感応度が18%低いことがわかった。

4. RRが高い市のほうが、ショックに対する総賃金収入の増加率の感応度が低いこともわかった。RRが11ポイント下がると感応度は8%減少する。

5. このエントリで扱ったが、Auerbach and Gorodnichenko(2012)は、財政支出のGDPへの影響は不景気の時の方が大きいという実証結果が積み重なってきている。同じロジックによると、RRのショックへの感応度への影響は負のショックのときの方が大きいことが予想される。この予想の通り、RRが、ショックに対する雇用の成長率の感応度に与える影響は、不況期(Bartikショックが悪いとき)には大きく、好況期には小さいことが確認された。

6. 著者らの回帰分析による結果を元に、財政乗数(Fiscal Multiplier)を計算すると、1.9であった。この数字は、失業保険の金額の変化についての財政上数であるという点は留意しておかなければならないが、最近のペーパーで市や州のデータを使って推定された財政乗数の値と整合的である。

これら全ての結果から著者らが主張しているのは、失業保険の金額(あるいは期間)を不況期に上げることによって、不況期における可処分所得の落ち込みを緩和させ、総需要を下支えすることで、雇用や所得、消費に対する影響を緩和することができるということである。まぁ、市の間の失業保険の違いから国レベルの自動安定化政策の効果にもっていくのはいろいろ突っ込みどころがあると思うが、面白い結果であることには変わりない。

理論面でも、失業保険が自動安定化装置として機能することが最新の研究で示されている。McKay and Reis ("The Role of Automatic Stabilizers in the U.S. Business Cycle" Econometrica 2016)では、不完備市場のNKモデルを構築して、失業保険のような、MPC(限界消費性向)の高い家計に不況期により多くの所得を移転する政策が、自動安定化装置として有効であることを示している。automatic stabilizerの分析のためには、総需要がGDPに影響を与えるモデルが必要なので、通常の不完備市場のモデルにNKモデルのような名目価格の硬直性を導入する必要がある。このようなモデルはごく最近開発されたので、automatic stabilizerの役割は最近DSGEモデルを使った分析が可能になった。

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